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第14話 盗賊退治

 マリアは人当たりの良い女性だった。その上、少女と見紛(みまご)うほどに小柄ながら、アンナとゲーヴの間に割って入る剛胆さも持ち合わせていた。口振りや仕草からは彼女の育ちは良さが感じられ、話してみれば、年頃はウィレムたちとさほどかわらないように思えた。


 木陰が東へと枝を伸ばし始めた。

 いざこざが収まってからも、四人は大木の下で休息を取っている。特にウィレムは体力の限界で、とても歩き出せる状態ではなかった。


 一方、先程まで苦しそうにしていたマリアは、けろりとしている。

 彼女の言葉を借りるなら、



「あれは持病の発作みたいなもので、大人しくしていれば、治まるのよ」



 ということらしい。


 会話が弾むウィレムとマリアの姿を、隣に座るアンナが前髪をクルクルと指で(もてあそ)びながら、横目でうかがっていた。アンナは決して話したがりではなかったが、ここまで静かなのは珍しいことだった。


 ゲーヴはというと、三人から少し離れた所で、太い腕を胸の前で組んだまま、突っ立っていた。話が聞こえているのか、時折視線が合うと、よそを向いてしまう。


 遠景に、ウィレムたちが来た方角から、みすぼらしい格好の一団が丘を登ってくるのが見えた。追っ手を()くために主要な道を避けているとは言え、道程で出会う人が全くいないという訳ではない。現に、ウィレムたちはマリアと談笑している所だ。


 始めに異変に気付いたのはゲーヴだった。

 足早にウィレムたちに近付き、マリアの手を掴むと、強引に引っ張っりあげる。



「ちょっと、痛いじゃない。腕が抜けたらどうするのよ」

「お前の腕がそんなに(やわ)なわけあるか。面倒事になる前に出発するぞ」



 マリアは口をとがらせて抗議したが、ゲーヴは聞く耳を持たず、腕を引く力をさら強めた。



「止めろ。乱暴が過ぎるぞ」



 見兼ねたアンナがゲーヴの手首を掴む。

 再び両者がにらみあう。不穏な空気が、熱を帯びながら膨らみ始めた。

 だが、今回はゲーヴが折れた。

 小さく舌打ちをすると、黙ってマリアの腕から手を放す。



「私、もう少し彼とお話ししていたいのだけど。面倒事って何が起きるっていうの。ちゃんと説明して」



 彼女の問いには答えず、ゲーヴは黙って剣を抜いた。

 視線の見据える先には、下から登ってきた一団がいる。

 ほこりまみれの粗末な服に、伸びるに任せた髪と(ひげ)、垢まみれの顔に怪しい笑みを浮かべた一団は、各々が物騒な得物を手に携えていた。

 自分たちが窮地に立たされていることに、ウィレムは初めて気が付いた。

 アンナがさりげなくウィレムとマリアの前に出る。


 (ちじ)れ髭の大男がゲーヴの前までのそのそと歩み出た。肩に大人の胴回りほどもありそうな棍棒を引っかけていた。



「兄ちゃんたち、持ってる物全部出して消えな。ただし、そこのお嬢ちゃん二人は置いていってもらうぜ」



 男は下卑た視線でアンナとマリアをねめつけた。

 慎重に見回すと、いつの間にやら十人以上の男たちが大木を囲んでいた。逃げ道はなさそうである。

 賊たちに最も近いゲーヴが動かない以上、ウィレムも迂闊なことはできない。



「てめえ、聞こえてねえのか。それとも、痛い目見ないとわかんねえ薄ら馬鹿か」



 痺れを切らした縮れ髭がゲーヴの顔をのぞき込む。ウィレムから見ればゲーヴも頭一つ分は大きかったが、男はそのゲーヴを見下していた。


 何の前触れも無く、ゲーヴをにらみつける男の首に金属の枝が生えた。

 縮れ髭は首を手で押さえながら、自分の血が(したた)る剣と、それを握る男を見る。

 剣が抜かれると血が一気に(あふ)れた。男は両膝を地に着けた。

 その腹にゲーヴは再び剣を突き立てる。

 刃の根元近くまで突き入れて、一度ねじってから剣を引き抜くと、縮れ髭は地鳴りとともに倒れ伏した。


 一瞬、その場に集う全員の動きが止まった。小鳥の鳴き声だけが耳に入った。

 そして、次に襲ってきたのは激しい怒号と怒濤となった盗賊たちだった。

 特に縮れ毛を手に掛けたゲーヴの周りには、多くの敵が群がっている。

 アンナとゲーヴが剣を構えた。


 ゲーヴの戦い方はウィレムの知るどんな戦い方とも違った。アンナのような流麗な剣捌(けんさば)きも、マクシミリアンのような豪快な一撃も無い。動き自体は凡庸だった。


 ただ、躊躇(ちゅうちょ)が無い。

 一摘みの迷いも見せず、正確に相手の急所を突く。

 目に、口に、咽喉(のど)に、胸に、淀みなく切っ先を突き立てる。

 戦うための剣というよりも、殺すための剣というのが適切に思えた。



「ゲーヴ、私も戦おうか」



 ウィレムの後ろから、甲高い声が飛ぶ。

 マリアは今にも飛び出そうと、身を屈めていた。



「うるせえ、お前が出てくると余計に面倒だろう。坊主の後ろで大人しくしてろ」



 三方からの攻撃を同時にあしらいながら、ゲーヴが答えた。マリアが戦力になるとは思えなかったが、数の上での劣勢は、火を見るより明らかに思えた。


 アンナはというと、余裕の笑みを浮かべながら、常時五人以上を同時に相手取っていた。ただ、相手に致命傷を与えないため敵は減らない。助太刀を頼むのは無理だった。


 戦況は拮抗していた。

 二人の邪魔をしないためにも、マリアは自分が守らなければならない。

 マリアの位置を再度確認しようと振り返る。

 振り向きざまに、ウィレムの鼻梁(びりょう)に強い衝撃が走った。

 何が起きたかわからないまま地面に倒れた。

 鼻が詰まったのか呼吸し辛く、口を開けると血の雫が舌に落ちる。



「動くんじゃねえぞ。こいつの命が惜しけりゃ、武器を捨てやがれ」



 降り注ぐ声に頭を上げると、小柄な男がマリアの首にナイフを突き付けていた。

 激しかった乱闘が一旦治まる。ゲーヴとアンナの周りの男たちも、囲みを広げた。



「卑劣漢め。女を盾に取らないと戦えないのか」



 アンナが眉をつりあげた。だが、盗賊たちは全く応えていないようだった。ゲラゲラと嘲笑する声さえ聞こえてくる。



「おい、どうするんだ。この嬢ちゃんの命はいらないのか」



 小男が苛立(いらだ)たしげに催促する。

 アンナは一度だけウィレムの方を見てから、渋々剣を置いた。

 しかし、マリアの連れであるゲーヴが一向に剣を放さない。眉間に小さな歪みをつくったまま、剣を携えて突っ立っている。



「これが最後だ。剣を捨てないと、このナイフが嬢ちゃんの喉笛を掻っ切るぞ」

()()()()()()()()。後始末に付き合わせるなよ」



 そのぶっきらぼうな返答に、盗賊たちすら唖然とした。ウィレムとアンナは言うまでもない。

 小男の顔が湯気でも噴きそうなほどに赤くなる。



「どうなっても知らねえぞ」



 激高した小男がナイフを持つ腕を振り上げようとした。その腕を二本の小さな手が掴んで離さない。

 マリアのささやかな抵抗に対し、男は愉快なものを見るように頬を緩めた。

 だが、悦楽にゆがむ男の顔は、徐々に別のものに変わっていった。脂汗が流れ、口で呼吸するようになる。目が血走り、紅潮した顔は、やがて、青から赤黒く変色していった。

 その間もマリアは男の腕を握り締め続けていた。


 盗賊たちも仲間の異変に気付き始めた。

 敵の注意は完全にマリアに向けられていた。足下に倒れるウィレムにまで気を向けている者はいない。

 その間にウィレムは息を整えた。脚も立ち上がれるくらいには回復している。



「あぁ、ああー」



 鬱血した自分の腕を見ながら小男が悲痛な叫びを上げた時、ウィレムはすかさず立ち上がった。倒れ込むようにして体当たりを喰らわせる。

 一緒になって地面に倒れると、仰向けになった男の上に馬乗りになる。

 相手を見下ろしながら、その頬に力の限り拳を打ち込み続けた。

 気が付くと男は動かなくなっていた。


 拳を開こうとすると、指の付け根や手の甲に鈍い痛みが走る。

 残りの盗賊たちは、逃げていなくなっていた。その場にいたのは、ウィレムたち四人と気絶した小男、そして、ゲーヴによってつくられた屍の山だけだった。

 走り寄ってきたアンナの腕に身を任せる。鎧の上からでも、彼女の柔らかな感触が感じられるような気がした。



「ウィレム、助けてくれてありがとう。貴方って見かけによらず頼りになるのね」



 正面には頭巾を被ったマリアの微笑があった。



「もし良かったら、途中までご一緒しない。頼りになる仲間は多い方が良いに決まっているわ」



 マリアの提案に頷く余力すら、ウィレムには残っていなかった。

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