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第13話 ひと休み・ひと波乱

挿絵(By みてみん)


 徒歩の旅は思っていた以上に辛い。

 照り付ける日差しが徐々に体力を奪うが、水は無制限に飲めるわけではない。太陽が落ちれば進むことは出来ず、慣れない野宿を強いられる。


 重い脚を引きずりながら、ウィレムはその日何度目かの弱音を飲み込んだ。

 出発してから五日、歩き詰めのウィレムの身体は限界に達していた。足首が、膝が、脚の付け根が、どういう訳か、腰や背中までが痛みを訴えていた。

 一方アンナは、軽装とはいえ鎧を着込みながらも、その足取りは軽かった。今も、少し先でウィレムが追いつくのを待っている。



「大丈夫、ですか。休憩にしましょうか」

「それじゃあ、次の木陰を見つけたら、そこで休もう」



 このやり取りも既に三回目である。

 旅程は滞っていたし、ウィレムとしては、彼女の前で弱音を吐きたくないという妙な意地もあった。


 二人は一路東進し、ヘレネス王国を目指している。階下へ通じる道があるコンスタンティウムは、ヘレネスの都である。

 刺客の追跡を()くため、舟の利用は避けることにした。距離を稼ごうと安易な方法をとれば、相手にも動きを読まれやすくなる。何より、舟の上で襲われた時、慣れない水上戦でアンナに負担をかけさせたくはなかった。


 道の先には小高い丘があり、その上に錐形の大木が見えた。取り敢えず、そこまで頑張ろうと、ウィレムは泥のようになった身体に鞭を打って歩き出した。

 大木の下にたどり着くなり、ウィレムは木陰の端に座り込んでしまった。もはや、立っていることも困難に思える。

 未だ元気が有り余っていそうなアンナが、面白いものを見るような顔で、水筒を差し出した。ウィレムが荷物を失ったため、旅の必需品は全てアンナの荷物が担っている。


 口に含んだ水が一瞬で消える。その感覚は、飲むと言うよりも、染み入るという表現が適切に思えた。

 何も感じなくなっていた脚に、気怠(けだる)い解放感と微かな痺れが戻ってくる。

 やや熱をはらんだ午後の空気を、木陰を吹き抜ける風が遠くへ追いやってくれた。木の枝が揺れ、さらさらと葉擦れの音を立てている。


 落ち着いてから改めて辺りを見回すと、木陰には先客がいたことがわかった。

 あちらも二人連れで、一人は木の幹に寄り掛かり、もう一人はその足下に座り込んでいた。


 立っている方は屈強な体躯の男だった。マントの上からでも、男の頑丈な骨格と、それを包む強靱な筋肉が見て取れた。彫像のような顔に獣性を帯びた瞳を輝かせながら、用心深そうにウィレムたちを眺めている。


 座っているのは少女だろうか。

 頭巾を目深に被っていて見えにくいが、時折、頭巾の合間から美しい金髪と象牙のような白い肌がのぞく。華奢な腕はウィレムでも手折ることが出来そうだった。

 見れば、少女は(あご)を小刻みに上下させながら、浅い呼吸を繰り返している。

 見兼ねたウィレムは、震える膝を(かば)いながら二人に歩み寄っていった。



「こんにちは。お連れ様が辛そうですが、私に何か出来ることはありませんか」



 突然の申し出に、男は値踏みするようにウィレムの顔を見つめた。



「いや、結構だ。俺たちには構わんでくれ」



 感情のこもらぬ低い声は、ことさら他者を拒んでいるように聞こえた。

 男から視線をはずし少女の方を見ると、未だに辛そうに荒い息をしている。とても、放っておいて良い状態には見えなかった。

 ウィレムはしゃがみ込むと、少女の顔をのぞき込んだ。幼さの残る愛らしい顔が苦悶の表情にゆがんでいた。



「君、大丈夫。水、飲むかい」



 ウィレムの行為に、男は眉をひそめた。



「構うなっていったろうが」



 男がため息混じりに蹴り出した脚は、差し出されていた水筒を弾いた。水筒はそのまま少し離れた地面に転がった。けして強く足を出したわけではない。男にそこまでする気が無かったのは、蹴られたウィレムにも十分にわかった。しかし、遠目に事態をうかがっていたアンナにはそうは見えなかったらしい。



「きぃ、さぁ、まー」



 親の仇でも見つけたような剣幕でアンナが男に詰め寄った。剣の柄を握った手は怒りに打ち震えていた。



「私のウィレムさまに何をする」

「俺たちに構うなと言っただけだ」



 今にも斬り掛かりそうな勢いのアンナに、男は淡泊な調子で返す。だが、その双眸(そうぼう)は自分に向けられた敵意を正面から受け止めていた。

 今にも一戦始まりそうな剣呑な空気が立ち籠める。心なしか、空が暗くなったように思えた。



「アンナ、落ち着いて。僕はほら、何ともないから」

「ウィレムさまは下がっていてください。あなたを足蹴にするなんて、この男ただでは済まさない」



 事態を治めようとしたウィレムの声も虚しく響くだけだった。

 男の太い腕が、帯びていた剣の柄に伸びる。

 一触即発。衝突は避けがたい局面を迎えつつあった。


 にらみあう二人が剣を抜こうとした刹那、思わぬ乱入が入る。

 先程まで座り込んでいた少女が、二人の間に立って、剣に掛かった両者の腕を握っていた。それだけでアンナも男も動けなくなった。



「ゲーヴ、貴方、もう少し愛想良くしなさいって、私、言ってるわよね」



 子どものような甲高い声が、男を叱りつける。

 男の眉間に皺が寄った。彫像の顔が初めて人間味を帯び、如何にも嫌そうに少女を見下ろす。

 そんな男の視線を受け流すと、少女は次にアンナを見上げた。



「私の連れが無礼を働いたみたいでごめんなさい。この人、カタツムリの殻みたいに心がねじ曲がっているだけで、悪気は無かったのよ。それと貴方も、女性なのだからもっとお淑やかにしないと、意中の殿方に嫌われてしまうわよ」



 アンナの顔に一瞬赤みが差した。

 むきになって言い返すのではとウィレムは気を揉んだが、アンナはウィレムの方をちらりと見ただけで、剣の柄から手を放した。

 争いを治めた少女は、青い顔で見守っていたウィレムを安心させるように、朗らかに笑って見せた。

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