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第12話 ああ、二人旅

 なんとも気まずい。

 前を歩くアンナをちらりと見てから、ウィレムは周囲の木々へと視線を移した。脇や背中が妙に汗ばんでいるのは、春先の日差しの所為だけではないだろう。


 マクシミリアンを撃退してから半日が過ぎ、ウィレムとアンナは林道を東へ向かっていた。

 昨晩、馬車の所まで戻った二人だったが、ホイの姿も、ウィレムの荷物も、そこにはなかった。懐に入れていた銀塊と硬貨だけが手元に残った。


 どうにか近くの村で宿を借りて、翌朝目覚めた時、昨日の興奮は、ウィレムのなかから、きれいサッパリ消え失せていた。

 冷静になって思い返すと、自分は随分と向こう見ずな言動をしていた気がする。

 その場の流れとはいえ、アンナに側にいて欲しいと言ってしまったのだ。フランデレンを出る時の悲壮な決意はどこへ行ったのか。ウィレムは頭を抱えて地団駄を踏んだ。


 村を出て歩き出すと、前を行くアンナが一言二言話しかけてきたが、会話は長続きしなかった。

 例えば、



「今日も晴れましたね」

「そうだね。あまり暑くならないと良いけど」



 そして、二人とも黙り込む、といった具合である。

 昨日、刺客たちとにらみあっていた時間よりも、気が滅入った。

 ウィレムは会話が続きそうな話題を必死になって考え続けた。アンナの好きな甘い菓子の話か、それとも、剣術や馬の話か。必然的に前方への意識は希薄になる。



「ふあっ」



 何かにぶつかった拍子に、ウィレムは素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げて、尻もちをついた。立ち止まっていたアンナに気付かず、ぶつかってしまったのだ。

 アンナが済まなそうに眉を寄せながら、手を差し出した。



「ごめ……、いえ、申し訳ありません。お怪我はございませんか。ご主人様」

「大丈夫。こちらこそごめん。考え事をしていたんだ」



 手を引かれて立ち上がる時、アンナの髪型が目に付いた。夕日を映す川面のようだった長い髪は、首から下がばっさりと断ち切られており、今は残った髪が耳の辺りで軽やかに揺れていた。



「髪まで切ることはなかったのに。でも、その髪型も似合っているよ」



 思っていたことが、口を突いた。ウィレムには、女性を褒めることに対して、何の照れも抵抗もなかい。

 アンナの方はというと、赤くなった顔を両手で隠すとそっぽを向いてしまった。おかげで、掴んでいた手を放されたウィレムは、再び臀部(でんぶ)から地面に落ちることになった。


 慌ててアンナがウィレムの手を取った。



「重ね重ね、申し訳ございません。私もあれに目が行っていたもので」



 彼女が指差す先を見ると、木の枝に二羽の小鳥が止まっていた。

 全身灰色で、尾に白い羽が混じっている。並んで羽を休める隣では、木のうろから数羽の雛鳥が顔を出していた。家族だろうか。ウィレムの脳裏に郷里に残してきた母や弟たちの姿が浮かんだ。

 同時に、鳥の一家はアンナへの重要な問いを思い出させてくれた。



「アンナ。君、家族に何て言って出てきたんだい」



 アンナの両親であるメリノ夫妻は、ウィレムにとっても大切な人たちだった。もし、彼女が無断で家を出てきたのなら、家に帰さなければならない。



「ちゃ、ちゃんと了承は頂いてますよ。父さまは最後まで渋々だったけれど……」



 ため息を吐きながら娘を送り出すシャルルの姿が、ありありと目に浮かんだ。



「それじゃあ、お母様は」

「母さまは背中を押してくれました。ただ、相手の心遣いを無下にして、自分の我がままを通そうというのだから、断られても家には戻らないくらいの覚悟をするようにと、念を押されましたけど」



 娘と妻が血気盛んに問答する横で、シャルルの顔がどんどん青くなる光景が、容易に想像出来た。



「お母様らしいね。覚えているかい。昔、皆で家畜を逃がしちゃった時のこと。責任持って全ての家畜を捕まえてくるまで、何日かかろうと屋敷には入れないって、(しか)られたよね」

「あ、あれは、ウィレムたちが、面白い遊びを思いついたって言うから……」



 そこまで言って、アンナは口をつぐんだ。



「――ごめんなさい」



 ずぶ濡れの子犬のように、アンナはしゅんとなってしまった。



「無理に敬語を使わなくても良いんだよ。今まで通りの話し方で」



 優しく提案するウィレムに、アンナは髪を振り乱して首を振った。



「それではけじめがつきません。それに、そんなに優しくされたら、私の覚悟が鈍ってしまいます。私はご主人様の側にいられるだけで十分なんです。それ以上は望まないと誓ったのですから」



 アンナは頑なに首を縦に振らなかった。



「せめて“ご主人様”は止めにしない。アンナには名前で呼んで欲しいんだ」



 言葉は根っからの本心だったが、それ以上に、アンナに「ご主人様」と呼ばれるたびに、ウィレムは背中の辺りがこそばゆくなるのだった。



「わかりました。ウィレムさま……、こっ、これで、宜しいですか」



 頬を染めながら、遠慮がちにアンナがウィレムの名を呼んだ。改めて言われると、これも何やらむずがゆい。



「その代わりというわけではないのですが、私が変な勘違いをしないよう、あなたの騎士である証を頂けませんか。私が剣であることを常に戒めるために」



 この申し入れにはウィレムも頭を悩ませた。

 今、ウィレムが持っているのは銀塊とコインだけのはずだ。そのうえ何か買おうにも、ガリアでは未だに物々交換が主流だった。


 困り果てて懐をまさぐっていると、冷たい感触を指先が感じ取った。

 取り出すと、それは一角獣を彫刻した銀のブローチだった。アンナから返されたものを懐に入れたままにしていたのだ。今ではこれが唯一の持ち物と言えた。

 アンナの視線がウィレムの手の中に向けられる。その瞳が宝物を見つけた少年のように輝いていた。



「今あげられる物はこれしかないんだけど」

「願ってもないことです」



 ウィレムの言い終わりに被せる勢いで、返事が飛んでくる。



「以前に頂いた時、ウィレムさまは、これが私を(わざわい)から守ってくれると仰いました。ならば、安心して矢面に立てるというものです」



 ブローチを握るウィレムの前で、アンナは片膝を突いた。



「改めて誓います。私は剣となって敵を討ち、盾となって主を守りましょう。あなたの側を片時も離れません」



 高らかに誓言するアンナの胸に、ウィレムはブローチを着けてやった。

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