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第121話 次の行き先

挿絵(By みてみん)



「話が違うんじゃねえか」



 イージンの冷たい口調に(さら)され、ウィレムは居心地悪そうに視線をそらした。



「仕方ないだろう。ヴァルナラム軍の侵攻があんなに早いとは思わなかったんだ」



 庭でのんびりと地虫を(ついば)んでいた鶏が二人の口論に驚いて走り出す。窓の外ではアンナとオヨンコアが夫人を手伝って朝の務めに精を出していた。



「朝からお騒がせして、申し訳ありません」

「元気があるのは良いことさ。それより、隣から種火を借りてきてくれないかい」



 夫人の太い笑いに、オヨンコアの気持ちは幾らか楽になった。


 ウィレム一行はとある農村に滞在している。村はガンガー川とシンドゥ川が東西に分かれる辺りのちょうど中間にあった。

 シカンデーラの通った道筋を求め、西に向かったウィレム一行だったが、彼らがシンドゥ川流域に辿り着く前に、主要な都市はヴァルナラムが掌握していた。

 ヴァルナラム軍とのいざこざを避けつつ、伝承を聞いてまわるのは骨が折れた。そのうえ、シカンデーラについて詳しく知る者はほとんどいなかった。

 手掛かりを掴めないまま、彼らは人目を避けて寒村に身を寄せている。



「あんたら、無憂(アショカ)王様の知り合いなのかい」



 夫人に尋ねられ、ウィレムの鼓動は大きく脈を打つ。



「そんな訳ねえだろう。あんた、恐れ多いことを言うねえ」

「そうかい。知り合いなら、王様に一言伝えて欲しかったんだけどねえ」



 咄嗟(とっさ)にイージンが誤魔化すと、彼女は肩を落とした。

 話を聞くと、ヴァルナラムを恐れて近隣のバラモンが逃げてしまい、活力(テージャス)が薄くなっていると言う。神の加護が受けられず、村人の生活に差し支えが出ているらしい。火起こしも出来ず、家畜に言うことを聞かせるのも一苦労なうえに、怪我や病気の者が長く寝込んでしまうと秋の種まきに人手が足りなくなると、彼女は不安がっていた。

 ウィレムも額に皺を寄せ腕を組む。バラモンの不在はウィレムたちにとっても都合が悪い。古い伝承を調べるならば、バラモンに尋ねることが一番手っ取り早かった。司祭である彼らは多くの伝承にも通じている。



「あんたら、バラモン様に会いたいのかい」

「そうなのです。なかなか見つけるが出来なくて」



 うつむくウィレムに夫人は(あつら)え向きの噂話を聞かせてくれた。



「スメールのお山に高名なバラモン様たちが集まっているって言うよ」

「スメール山、ですか?」



 話を聞こうと、ウィレムは身を乗り出した。アンナとオヨンコアが裾を引っ張って、彼を押し留めた。


 ヴァルナラムによるガンガー・シンドゥ両河川流域の支配に対し、各地のバラモンやクシャトリヤは不満を募らせていた。しかし、相手取るにはヴァルナラム軍はあまりに強大で、あまりに苛烈だった。バラモンにしても、クシャトリヤにしても、抵抗した者は(ことごと)く命を奪われる。

 彼から逃れた者たちは対抗するために聖山スメールに集まった。その山はカイラース山と並ぶ聖地であり、神々の住処だと伝わっている。どれだけ強力な軍勢をもってしても、そう簡単に(おとしい)れることは出来ない。常に濃厚な活力が立ち篭め、庶民(ヴァイシャ)ですら神の声を聞くことが出来るのだそうだ。死ぬまでに一度は(もう)でたいと夫人はこぼした。



「どうするよ」



 夫人が去ると、イージンが声を低くした。



「ワタシたちには、あまり多くの道は無いと思いますよ」



 オヨンコアは優しい声色で決断を迫った。

 三人の視線がウィレムに集まる。



「そこにバラモンがいるのなら、行くしかないのかな」



 そう言いながら、ウィレムの心には無憂城での日々が蘇る。耐え難いこともあったが、数箇月に渡り世話になった。多少なりとも親しみを感じている。

 スメール山に入るということは、無憂城で出会った人々を本格的に敵に回すことを意味していた。

 内心で衝突を避ける方法を考えつつも、ウィレムは唇を結び、深く頷いた。

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