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第11話 赤対白銀

 アンナに破れた刺客たちは皆姿を消し、崖の前には、ウィレムとアンナの二人だけが残った。

 だが、神は二人に息つく暇を与えなかった。

 マントの一団と入れ代わるように、新たな敵が現れる。



「見つけたぞ。ウィレム・ファン・フランデレン。大人しくオレ様に成敗されろ」



 (やぶ)の中から鼻息荒く飛び出してきたのは、白銀色の鎧をまとった大男、マクシミリアンであった。額に大粒の汗が浮き、口で激しく呼吸している。大仰な鎧のまま、藪の中を駆け回っていたのだろう。一言叫んだ後、膝に手を突いて息を整えている。


 一見すると間抜けな、それでいて眼光だけは鋭い男を前に、アンナが対応に困ったような視線を送ってきた。

 だが、ウィレムはこの男が尋常ならざる相手であることを身に浸みて知っていた。下手をすれば、先程の七人を合わせた以上の強敵である。

 主人の表情から危機が去っていないことを感じ取り、アンナは剣を握り直した。


 呼吸が落ち着いたのか、マクシミリアンが丸めていた背筋を伸ばす。

 馬上での圧力も凄まじかったが、同じ大地に立つことでその巨大さはさらに際立っていた。ウィレムやアンナと比べて、子どもと大人ほどの違いがある。

 気圧されそうになるウィレムに、激しい罵倒が追い打ちをかけた。



「貴様、女の後ろに隠れるなど、恥を知れ」



 あまりの怒声に、一度は巣に帰った鳥たちが、一斉に飛び立つ。

 地面が揺れたような錯覚に、ウィレムは尻もちを突きそうになるのを堪えた。

 アンナだけが微動だにせず、剣を構えたまま男をにらみつけていた。



「私はこの方の剣だ。ご主人様の前に立つのは当然の勤め。貴方がご主人様の敵だというのなら、排除するのみ」

「しゃらくさい奴め。押し通る」



 気合い一声、間合いを詰めたマクシミリアンが背負っていた大剣を抜き放つ。

 アンナの左肩から右脇の辺りへ向かって、閃光が走った。

 アンナは上体を引くことで、その攻撃を辛うじて(かわ)した。

 だが、マクシミリアンの剣は止まらない。

 一瞬で(ひるがえ)ると、同じ軌道を切り上り、さらに真上から縦一文字に切り落とす。

 一撃一撃がウィレムの時の比ではない。

 目に映るのは、方向を変えるために止まる一瞬だけだ。

 相手の連撃にアンナは防戦一方に見えた。

 時に受け、時にいなしながら、神速の攻撃に身を(さら)し続けている。

 助けに入らなければならないと思ったが、足がすくんだ。地中に埋められているかのように、指先までがぴくりとも動かなかった。


 その時、大剣の巻き起こす暴風が、ぴたりと止んだ。

 マクシミリアンの刃が、アンナの首の横で止まっていた。

 アンナの髪が一束、光を乱反射させながら、音もなく地に落ちる。



「どうだ。オレ様は女相手でも容赦はしない」



 マクシミリアンが、ゆっくりと剣を引く。

 アンナは瞬きひとつせず、敵の瞳をにらみつけていた。引き絞った弓のように、凛々しい表情を崩さない。



「我こそは、鶏鳴の騎士、マクシミリアン・ガルス・ガルス。我が主君ルイ・ド・セーヌ陛下の御代に、時をつくる者なり。主君に仇為すうじ虫どもは、オレ様が全て(ついば)んでくれる」



 大真面目の名乗りに対し、アンナを包む空気が一瞬だけ緩んだように見えた。



「女、何が可笑しい」



 アンナの気配に気付いたのか、マクシミリアンが食ってかかった。



「御免なさい。その、貴方が可愛らしいことを言うものだから、つい」



 アンナの肩が小さく震えていた。



「それにしたって“鶏”って」



 かすかに漏れる声がウィレムの耳にも届いた。

 鶏冠(とさか)のように髪を逆立たせたマクシミリアンが、鬼の形相でアンナに迫った。

 その鼻先に剣先が突き付けられる。既にアンナの顔には先程までの笑みはない。



「貴方の名乗りに答えます。私はアンナ・メリノ。ウィレムさまのお側に(はべ)る者。ご主人様のためならば、例え神代の獣とて成敗して見せましょう」



 話しながら、アンナの左手が自分の髪の毛を束ねていく。流れるような長髪がうなじの辺りで一つになった。



「それから一つ訂正を。私は剣。女など()うに捨てています」



 言うが早いか、アンナは束ねた髪を根元から切って捨てた。

 髪の多くは勢い良く足下に落ち、残った何本かが宙を舞いながら、ゆらゆらと落ちていく。



「さあ、戦いを再開致しましょう」



 アンナが大きく歩を進めた。

 マクシミリアンの眼前に、アンナの剣先が迫る。

 マクシミリアンは首を振ってそれを躱したが、今、顔の横を通り過ぎていったはずのものが、そこにはない。

 別の方向から突きが飛び、次の瞬間にはまた別の方向から斬撃が襲う。

 先程までの戦いが嘘のように、攻守は逆転していた。

 ウィレムは必死に目で追ったが、二人の間で何が行われているのかわからない。

 明らかなのは、アンナの動きが段違いに良くなったことだ。


 ふと視線を落とすと、アンナの髪が散らばる地面に奇妙な半円が描かれていた。

 よく見ると、それは足跡によって描かれているようだった。アンナの左足があった所が中心で、そこから右側にだけ足形によって円の輪郭がなぞられている。

 再び顔を上げると、アンナはステップを踏むように相手を翻弄していた。

 地面には無秩序な足跡が無数に残っていた。


 遂に、マクシミリアンが膝を地面に突いた。

 それに合わせて、アンナも踊るのを止める。



「勝負ありね。今の疲れ切った貴方では、私たちを追い掛けることは出来ません」



 アンナは汗一つかかずに、苦悶の表情を浮かべる相手を見下ろした。



「貴方も主のために剣を振るったのでしょう。忠君の志に免じて命だけは取りません」



 アンナはそれだけ言うと、主人の元へ駆け寄って、その手を取った。



「さあ、行きましょう。私はどこへでもお供します」



 走り出すアンナに腕を引かれ、ウィレムはその場を後にした。

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