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第10話 新たな契約

 刺客に襲われたウィレムを救ったのは、深紅の鎧に身を包んだアンナだった。

 ウィレムは思わず、自分と刺客たちの間に立つ女性の名を呼んだ。大きな声ではない。吐息のように少し擦れた、だが、腹の底から湧き上がる声だった。


 しかし、アンナの返事はない。

 背を向けたまま、右手の剣を油断無く敵に突き付けている。

 刺客たちも状況がつかめないのか、武器を拾って立ち上がった後も襲ってくる気配がなかった。囲みを崩さずに用心深く二人をにらみつけているだけだ。


 不意に、それまで黙っていたアンナが口を開いた。



「危ない所でしたね。僧侶さま」



 はじめ、アンナが自分に話しかけていることに、ウィレムは気が付かなかった。

 譲り受けた祭服を着ているとはいえ、僧侶である自覚はまだ薄い。



「多勢に無勢。見かねて助太刀しましたが、本来、私とあなたは赤の他人で御座います。これ以上のご助勢は、余計なお節介かと存じますが」



 声の調子からアンナの考えを読み取ろうとしたが、よくわからなかった。

 加えて、何故アンナがここにいるのか、何故自分を助けてくれたのか、わからないことだらけだった。



「もし、これより先のご助勢を望まれるならば、私もあなたと無縁ではいられません。どうか、私にあなたとの新たな(えにし)をお与えください」



 ウィレムの顔が曇る。それは承伏しかねる提案だった。

 自分は異界に向かうのだ。そんな人間と一緒になっては迷惑をかけると思ったからこそ、婚約を破断した。アンナの幸福は、自分の側にはないと考えての決断だった。その決意は今も揺らいでいない。



「ダメだ。僕の隣は君のいるべき場所じゃない。今すぐ家に戻るんだ」



 それが自分の望みだった。ここで承知してしまっては、メリノ夫妻にも顔向け出来ない。わかっているのに、言葉が出る度に胸が(きし)んだ。



「戻る所などありません。家も、(くに)も、捨てて参りました。一度破れた約束を、再び結んで頂こうとは思いません。ただ、あなたの側にいさせて欲しいのです」



 アンナの声は所々で詰まり、震え、それでも尚、力強さを失わない。たどたどしくも、はっきりと、自らの意思を紡いでいた。



「あなたが死地へ赴くならば、私はあなたの剣となりましょう。襲い来る万難を排し、厄災を打ち倒しましょう。それが叶わず、あなたがここで討たれることを望むなら……」



 初めて振り向いたアンナの瞳には、一片の曇りもなかった。



「私も供に、死にましょう」



 アンナが完全にウィレムに正対した。その隙に二人の男が後ろから襲いかかる。

 彼女に気付いた気配はない。

 精神も肉体も限界だったが、ウィレムの身体は意識よりも先に動いた。

 アンナを押し退けると、右の男の攻撃を短剣で受ける。左の男の攻撃を避け、その腕を左脇に抱え込んだ。両手で二人の男の動きを封じる。



「アンナ! 君は強情な女性(ひと)だね。僕の負けだ」



 背中越しに、そこにいるはずの元許嫁に語りかける。

 初めからわかりきっていたのだ。結局、自分はアンナへの気持ちを断ち切ることは出来ないのだろう。アンナの危機には身体が勝手に動いてしまう。加えて、彼女の覚悟を否定することも出来なかった。



「アンナ・メリノ、これから君は僕の剣だ。僕の側から離れないでくれ」



 言うやいなや、突風が吹いたかと思うと、押さえていた男たちの力が抜けた。

 顔の中央を殴られた男たちは、力無く仰向けに倒れ込む。

 アンナの繰り出した拳が二人の顔面をとらえたのだ。

 唖然とするウィレムの前に、満面の笑顔でアンナが歩み出る。夕日に照らされた真っ赤な鎧と炎のように踊る髪が、神秘的な輝きを放っていた。



「承りました、ご主人様。これより、アンナ・メリノはあなたにお仕え致します」



 アンナは(ひざまづ)いて、慇懃(いんぎん)に頭を下げた。



「では、手始めに、目の前の敵を一掃して御覧に入れましょう」



 アンナが向き直ると同時に、男たちが一斉に襲いかかった。

 前方に三人、左右に二人、五本の刃がアンナに迫った。

 アンナは右手で剣を抜くと、正面の男の剣を受けた。

 そのまま、敵を右にいなして隣の男にぶつけ、返す刀で左手前の剣を弾く。

 弾かれた剣が空を舞う間に、左右の男たちが短剣を突き立てようとしたが、その場にアンナの姿はなかった。

 下がって攻撃を(かわ)したアンナは、勢い余って衝突した男たちを蹴り飛ばした。

 無様に倒れ込む男たちを前に、アンナが小さく息を吐く。

 五人の男を同時に手玉に取りながら、その動きは一呼吸の中に完結していた。



「貴方たちでは相手になりません。尻尾を巻いて消えなさい」



 胸を張るアンナの姿は、貴族の令嬢のそれではなく、勇壮な戦士の姿だった。

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