プロローグ
その巨大な塔は、人が歴史を紡ぎ出した時には既にそこに建っていた。もっと以前、神々が地上を統べていた時代にも建っていたのかもしれなかった。
神々が彼方に去った後、残された哀れな迷い子たちには、そこで暮らすしか道は残されていなかった。石の時代が終わり、青銅の時代が過ぎ、鉄の時代が潰え、英雄の時代が途絶えても、その塔は変わらずに在り続けた。
人はそこで生まれ、愛する者と出会い、麦を挽き、家畜を育てて、生涯をおくった。絶え間なく繰り返される人の営みを、塔は見守り続けてきたのだ。
エトリリアの世界帝国が滅んで500年余り、絶対的な支配者が現れないまま、文明は衰退し、商業は朽ち、宗教は腐敗した。時は混沌の時代となっていた。
今から18年前、ガリアの北方、塔壁の「窓」にほど近いフランデレンの領主の家で、男の子が産声を上げた。彼は、小さな身体に似合わぬ大きな声で、思い切り鳴いた。
すると、太陽は温かな光の帯を彼の額に投げかけた。風はたおやかな袖でやさしく彼の頬をなでた。水は彼のためにきよらかな音を響かせた。世界の全てが彼の誕生を祝福しているようだった。
男の子は健やかに育ち、季節を重ねて、青年となった。ささやかながら父親の領地を相続し、近々、許嫁との祝言も執り行われるはずである。
これからするお話は、そんな彼が生涯を費やして塔の世界を旅する物語である。