愛をこめて花束を
∀・)家紋武範様、あの一作企画応募作品になります(2023)
∀・)黒森冬炎様、制服企画応募作品になります(2021)
※本作は「Cocoro Station-707-」の番外編になります。
西暦6017年4月。木星圏コロニーであり一連邦国家であるCocoroの707番州駅は部署ごとに職員の記念撮影を実施していた。駅長であるミナトは駅が閉設しても多忙を極めている。あろうことか、徴兵時代の旧友で今は大手機械製造会社の社長となったマーク・ドモンとの面談もこの時間帯に入っている。デルモと無線機を交互に使って各部署チーフとやり取りをする。横にはエンジニア部チーフのレザードがついている。彼が撮影を担当する。駅内をワープあるいは歩きながらあちこち移動する。これから宇宙船停留所近くで宇宙船対応部署と駅総合受付部署の撮影を予定している。そんな時に受付部署チーフのガーディから無線が入った。
『もしもしミナト駅長、とれますか?』
「あい。ミナトだ。どうぞ」
『申し訳ないのだけど……ウチの馬鹿がスカーフを自宅に忘れてしまったの』
「え? 何だって?」
『だ・か・ら・ウチの馬鹿が制服を忘れちゃったの! 撮影の予定を遅らす事は可能ですか? 失態の責任はいくらでもとりますから……』
「そうか。ウチの馬鹿とは誰だ? アカリちゃんのことか?」
『ええ。今帰宅させていますわ。20分後には戻れるかと』
「わかったよ。時間ぐらいはいくらでも遅らせよう。でも、あんまり怒ってやるなよ? せっかく1年も一生懸命やっているのだから」
『駅長はあの子に優しすぎます! 1年もやっていてこの失態はあり得ない!』
「わ、わかったって……今日中であれば時間はいくらでも待つからよ。また後で」
ミナトはやれやれと言った顔をして無線を切った。
「駅長、ドモン氏との面談が入っていることも忘れずに」
「わかっているよ。今日は帰るのが随分遅くなりそうだ」
「どうかしたのです?」
「今の話聞いてないのか? 一人、制服のスカーフを忘れてとりに帰ったって」
「そうなのですか。そんなの気にしなくていいのに……」
「お前らはただ作業服着てりゃいいからな。彼女達は違うのさ」
「そうかなぁ。だって今日撮る写真なんてせいぜいホームページに載せるぐらいでしょ?」
「ああ。言ってみればそうだな」
「スカーフ一つにこだわっちゃうなんて。ボクにはわからないよ。あんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ」
「えらくハッキリ言うなぁ」
「言いたくなりますよ」
「おい、レザード」
「はい?」
「早く帰れないのはお前だけじゃないからな?」
「わ、わかっていますって……」
それから宇宙船対応部署の撮影が終わり、受付部署メンバーが待機している小部屋へ一応向かった。そこにはアカリを除いた受付嬢3人がいた。ミナトが入室するなり一気に視線が集まり、この場の雰囲気の悪さをミナトは肌に感じた。
「申し訳ございません! 駅長! 彼女と連絡が繋がらなくて……」
「ああ。もう30分たっているよな? もしかして紛失したのかもしれないな。まぁ、誰しもありうることだ。彼女には始末書を書いてもらって、それでお咎め無しにしてやれ。今日の残業はしっかり給与につけておくから、解散していいぞ。キャンベラも充電が切れないうちに戻っておけよ」
「モドリマセン! キョウノシゴトハキョウノウチニスマセマス!」
「キャンベラの言うとおりです! ミーアも休日を返上して、わざわざ来てくれたのに任された仕事を残して帰れますか!」
「いや、何ていうかな……そう言われると……」
アカリ・クリスティ。彼女は昨年のこの時期に入社した受付職員である。ちょうど1年になるのだが、入社時は始末書を記入する事も珍しくない問題職員だった。しかし彼女の一生懸命に働く姿は心打たれるものがある。1年経って特に目立ったミスは聞かなくなったところで、この出来事だ。彼女自身が1番ショックを受けているのだろうが……人一倍仕事に厳しいガーディにその倍アカリを嫌うキャンベラだ。アカリがスカーフを見つけてここにやって来てもロクなことにならないだろう。嫌な沈黙が続く。
「悪いけど私はお言葉に甘えて、帰らせてもらいます。明日仕事だし」
ミーアが沈黙を破った。彼女はここ最近アカリと仲良くしている職員でもある。
「何言っているの? ミーア、貴女らしくないわよ! 仲良くなったからって、あの馬鹿に惑わされないでよ!?」
「惑わされてなんかないわ! 変なポリシーに惑わされているのは貴女の方じゃない! 駅長が解散していいって言っているのに、無理やり居残りさせて!」
「何よ! 貴女にとってこの責任はそんなにどうでもいい事だって言うの!」
「おい! いい加減にしろ! ボクたちエンジニア部は17人でもこんなに意思疎通がとれてないことはないぞ! お前らたったの4人じゃないか!! しっかりしろ!!」
「何よ! 部外者が文句をたれるな!!」
レザードまで割り込んできて余計にややこしい喧嘩に発展する。ミナトは溜息をつき、腕時計をみた。時間がきたようだ。それがわかった途端に彼のデルモが振動して電子音を鳴らす。
「レザード、時間だ。一旦オレの部屋に戻るぞ」
「え? もうそんな……くそ! 覚えていやがれよ!!」
「ワスレルモンカ! クッソッタレエンジニアメガネ!」
もうワケがわからない修羅場と化していた。結局ミーアは勝手に帰りだして、ミナトとレザードはドモン氏の待つ駅長室に向かった。ガーディとキャンベラはあのままあの部屋に居続けるのだろうか? アカリが来ないこととキャンベラが充電カプセルに戻ることを望むばかりだ……。
「くそっ! あの女狐もロボットも二度と口をきいてやるものか!」
「おい」
「なんですか!」
「お前今年でいくつになったよ?」
「え? 何が?」
「年齢だよ。年齢」
「33ですよ?」
「そっか。確か結婚して子供2人いたってか?」
「そうですけど……それがどうしたのです!?」
「わきまえろ。イチイチ些細なことで切れるな。もう一度言うが、早く帰れないのはお前だけじゃないからな?」
「わ、わかっていますって……」
ミナトはかつてこの駅のエンジニア部署のチーフをしていた。レザードとはその頃からの付き合いだ。彼はミナトの真剣な眼差しをよく知る人物だ。言うなればミナトの優しさと同時に恐ろしさもよく知る人物にあたる。調子にのりがちなレザードだったが、何度もミナトに戒められて職場の責任者へと育った男である。しかし潜在的な彼のマイナスな人間性は残っていた。先ほどそれはよくわかった。一緒に動いてみて分かることはあるものだ。やがて2人は駅長室に到着した。
20年ぶりの再会となるだろうか? 軍に所属していた時の面影は残るも若干ふけていて恰幅のよい体格となった友はドアの前に立っていた。ミナトもマークも互いに「おお!」と言い合ってハグを交わした。それからミナトは「遠慮せず入ってくれ。ここがこの駅の心臓だ」とドアを開け、かつての親友を駅長室へと招き入れた。
2人の語らいは軍人時代に苦労した話やこれまで世の中をどう生き抜いてきたかなど多岐にわたった。1時間は経ったぐらいだろうか。マークは突如思ってもない話を切り出してきた。
「ところでだ。ミナト、お前に今日見て欲しい物があって俺はここに来た」
「見て欲しい物?」
「ああ。これだよ」
「これは……」
マークはデルモを懐から取り出して電子画面を開いてみせた。そこの電子画面には新型の人間型アンドロイドのモデルが映し出されていた。マークの得意気な説明が始まる。目的はこれだったのだ。だからこそ機械技術に詳しい職員を呼べと言ったのだ。全てに合点がいったミナトは溜息をついた。
「どうした? そんなに興味がわかないか?」
「いや、そういうワケじゃなくてね……いやいや、何でもないよ。で、コイツは何の用途に役立つ? 具体的にどういう仕事にむいている?」
「そうだな! 特に人工知能でも最先端のものを組み込んでいるからな、滑らかに話すのはそんじょそこらの物とは違うぞ。最近の口下手な女の子よりもはるかに上手いはずだ。特に受付でオペレーターなんか良いだろうな。耐久性もあるぞ。特に打撃にも高度な耐性が施されている。テロリストがやってきても素手でやりあえるぞ。さっき言ったように1日1時間程度の充電で動けるからな。どうだ?」
「ふーん、受付にむいているねぇ……」
「何だ? 随分不服そうじゃないか?」
「ドモン殿、これは確かに文句なく良質で魅力的なアンドロイドです。でも値段にしてどのくらいの物になるのです?」
「そうだな。ざっと300万程度かな。だけど昔のよしみだ。半額にまけよう」
「半額!? そんなことしていいのですか!?」
「ああ。我が社はいま羽振りがいいからな。ミナト、お前が駅長をしている話を聞いた時は驚いたよ。こうして再び会えたのも何かの縁だ。本当ならタダにしてあげたいところだが、これは画期的なビジネスだ。考えてみるだけでもどうだ?」
「ふん。随分と親切な営業だな」
「?」
「お前はキャンベラの事を知ってここに来たのか?」
「キャンベラ? 何だ? お前の奥さんのことか?」
「この街で彼女を知らない人間はそういない。これが彼女の替わりを提供する話なら、これは最悪の侮辱だぞ? 今すぐ家に帰れ。そして二度とここに来るな!」
「おい、そんなに怒ることでもないだろ? ここに古い機種のこういう物があるなら心機一転で替えればいいだけの話だ。何を悩む必要がある?」
ミナトはマークの胸座を掴んで言い放った。
「どんなに年月が過ぎても変えたくないものだってある! ここにまた来るなら、キャンベラのことをよく調べてから出直してこい!」
「ま……待て、そんなに怒るな! 俺はここの職員ロボットで100年以上も年季の入ったヤツがあると聞いて、何か力になれるかと思って来ただけだ!」
「知っていたのか……」
「ああ。お前のことを知る知人から話は聞いていたよ。一応は」
ミナトはマークを手放す。マークはネクタイを整え直し、名刺を机の上に置き、こう言い残して駅長室を出ていった。
「ミナト、時代は変わっていくぞ。いつまでも過去に囚われるな。その似合わない髭も剃れ。俺からお前にアドバイスできることがあるとしたらそれぐらいだ。気が変わったらいつでも連絡してこい。お前が俺を見捨てても俺はお前を見捨てはしないからな」
マーク・ドモンが駅長室を出て5分の沈黙が残った。やがてミナトが口を開く。
「宇宙船停留所まで行く。帰りたければ帰っていいぞ?」
「早く帰りたいのはボクだけじゃないのでしょ? ついてきますよ」
「生意気なヤツ」
「何とでも言ってください。今日のボクはあなたの専属です」
ミナト達が向かった先の部屋でガーディとキャンベラはまだ残っていた。よく見るとガーディ達は誰かを怒鳴っていた。間違いない。アカリだ。今にも泣きそうな顔をして顔を俯かせている。ミナトの想定した最悪の事態が展開されている。
「だから……ヒロと喧嘩してヒロが物置の裏に隠していて……」
「アンタの家庭の事情なんか知るか! それとこれとは全く関係ないでしょうが! どう責任とるの!?」
「それはうぅ……」
「コノヤクタタズガァ!!」
ミナトが彼女達の間に入ろうとした時だ。キャンベラがアカリを押し倒した。その勢いでキャンベラも前倒れになった。しりもちをついたアカリはすぐに動きだしたがキャンベラはまるで名のまま人形のように全く微動もしなかった。
「キャンベラ!!」
ガーディが倒れたキャンベラに駆け寄って抱きかかえる。ミナト達も近寄る。キャンベラの瞳は灰色に沈み、口は半開きになっていた。耳を澄ますと「ジーッジーッ」という音が聴こえる。アカリは青ざめた表情で自分が生みだした状況にただショックを受けていた。
レザードが頭部にあるスイッチを押して電子画面を起動させた。
「これは……まずいですよ。システムの根幹部分が微塵もなく破壊されている。ただちに電子遺伝子の設定を組み替えないと本体そのものが発火、破裂します!」
「いやぁ……キャンベラ……」
「くそっ! 俺がただちに運ぶ!!」
「ちょっと! 駅長! 直で肌に触れて運ぶのは危険です! ま、待って!!」
ミナトはキャンベラを抱っこして彼女のメンテナンスをしている作業室へと急いで向かった。レザードも向かう。
その場に静かに残ったのは涙にひたすら濡れるガーディとアカリだ。
ガーディはゆっくりアカリに近づいてビンタを1発与えた。しかし彼女を叱る際に必ずしている2発目を出せなかった。彼女は気がつけばアカリに抱きついて嗚咽にただ喘いでいた。
「ガーディ先輩……」
「ごめんね。ごめんなさい……こんな辛い思いをさせて……」
「先輩……う、うう……うぅぅ……」
駅長室近くにあるミナト個人が所有する作業室。大きな人型カプセルの周りに無数の電線をひいているこの部屋が言うなればキャンベラのお家だ。彼女は夜間、カプセルの中で充電して英気を養っている。彼女の休養するスペースだ。しかし今は彼女の緊急治療室となっている。彼女のメンテナンスは全てミナトが請け負っている。元々は彼の祖父であるアウムがその作業にあたっていたが彼の死後、その意志を受け継ぐようにミナトが独学で身につけたのだ。だがこの事態、打開できるとは言えなさそうだ。彼はPCに映る無数の数式を解いていった。何とか本体の発火と破裂は防げた。それでも深刻なシステム障害は直しようがなかった。
気がつけば朝になっていた。横には座ったまま寝ているレザードがいる。
カプセルの中でキャンベラは灰色の瞳を開いたまま天井を見上げて横たわっている。目が冴えてくるとともに何とも言えない怒りが込み上げてくる。
「クソがああっ!!」
ミナトは壁を激しく殴った。その衝撃音でレザードが目を覚ます。
「あれ? ああ。ボクってばこんな所で寝ていたのか……いけない。妻に連絡をしないと。ジョンの風邪が心配だ……」
レザードは近くに置いてあった眼鏡をかけて髪を軽く掻き毟り、デルモで電話をかけた。彼の家族にしているのだろう。電話を終えたレザードはミナトの肩を軽く掴むと一言言った。
「どうしようもない事もあります。今日も駅は動きます。ボクらも動きましょう。何があっても貴方がボクたちのボスですから。ね? ミナト駅長」
拳を握り締めたミナトの瞳からは涙が溢れて止まらなかった。
それから彼は可能な限り時間を空けてはキャンベラのシステム復旧に努めた。その作業から見出せる可能性は0に近かった。絶望しかなかった。しかしキャンベラが倒れた翌日から無償で作業を手伝うレザードの姿は頼もしかった。
「こりゃあ、際限ないですわ。砂漠の中を歩いているようですよ」
「だよな……もう諦めるしかないのかな……」
「生意気言いますがドモン氏からのお話、改めて考えてみるのも良いかもしれません。ここで悲観に暮れたって彼女は悲しむだけでしょう?」
「随分きついこと言うなぁ」
「現実です。受け止めなきゃいけない現実があるなら逃れちゃいけない。それをボクに教えてくれたのは誰ですか?」
「そうだな……そういうこともあったな。でももう少し頑張らせてくれよ」
「ええ。ボクは貴方に従いますよ。可能ならボクも彼女に復活して欲しいから」
「ん? もう二度と口をきかないとか言ってなかったか?」
「あの時はね。でもこのコはこの駅のシンボルなのでしょ?」
「ああ。お前……」
「そりゃあ駅長がこんなに真剣になっていたら調べたくもなりますよ」
「そうなのか。その言葉、聴かせてやりたいなコイツに」
「やめてくださいよ。恥ずかしい。でも期限は決めましょう。1週間、1週間もして何の兆しもみられなかったら諦めましょう。それからドモン氏の話を再検討しましょう。本来なら蹴るべき話じゃなかった筈ですよ。あれは」
「それもそうだな。ああ、そろそろ替わるぞ?」
「いいですよ。もう暫くはボクにさせて下さい。退屈なら駅長室でコーヒーでも飲まれてください。ボクもたまにはカッコいいところ見せたいですから」
「ふふっ、生意気な奴」
レザードはエンジニア部署のチーフで所帯を持つ男だ。仕事後夜遅くまで手伝ってくれることは手伝ってくれたがそれにも限度がある。深夜あるいは明朝までほぼミナト一人の格闘だった。
キャンベラ修復作業2日目、無理が祟って作業の途中でうたた寝をしてしまうことがあった。途中で中断しても何の問題も発生はしないが、彼は1時間して目を覚ました。その時に思いもよらない光景を彼は目の当たりにした。
カプセル内にいるキャンベラの手をとっている人物がいたのだ。女とおぼしきその人物はキャンベラの手をおでこに当てて何かを唱えている。
「誰だ」
ミナトの声に振り向いたその顔はミナトのよく知る人物のそれだった。
「アカリちゃんか」
「す、すいません! 勝手に入ってなんかして!」
「いや、構わないが。どうしてここを?」
「え、その、ガーディ先輩から場所を聞いて……」
「いや、そうじゃなくて、目的は何なの?」
「え? キャンベラに神様のご加護があるように、お祈りを捧げにきたのです」
「お祈り……そうか! そうだったな! 君はクリスチャンだったな! ははっ! キャンベラの奴も喜ぶぞ! ありがとう!」
「えへへ~。だと嬉しいですね。キャンベラ治りそうなのです?」
「ああ。大丈夫だよ。君のお祈りがあれば早まるかもしれないな」
「そうなの! 明日も来ますね!」
「ああ。ありがとう」
翌日も翌々日もレザードが帰った後にアカリはやってきてキャンベラの手をとっては祈りを捧げていた。それも毎日だ。あんなに辛くあたられていた筈なのに。
ある日、ミナトは総合受付部署の状況確認も兼ねてガーディと話をする機会を持った。
「毎日出勤!?」
「ええ。彼女が望んでやっています。キャンベラが戻ってくるまでそうしようと」
「おい、それをやり続けたら労働法に触れてしまうだろ……」
「キャンベラはもう戻ってこないのですか? そうなら無理してでも撤回はさせますよ? でも私も彼女もキャンベラが戻ってくることを信じてやっています」
「それは……ってお前もそうしているの!?」
「私達全員です。ミーアもそうしています。みんな確信しているから」
「おい、お前だいぶ考え方がおかしくなってないか? そんなことしてもアイツは喜んだりしないぞ?」
「誤解しているわね?」
「何が?」
「この提案したのはアカリよ。私じゃない。毎日お祈りしに行っているのでしょ? 本人に聞いてみればわかる話です。今度聞いてみてはいかが?」
「いや驚くばかりだ……お前があのコの言う事をきくのがまず信じられん……」
「やっぱり貴方は誤解しているわね?」
「え?」
「私、あのコが大好きなの」
「はぁ!? それでいてあんなに怒るのかよ!?」
「甘やかすことばかりが優しさではないですよ。そうじゃなくて?」
「それはそうだが……」
「それにあのコに似て私も不器用だから」
「お前が不器用? そんなワケないだろ?」
「うふふっ、謙虚にいたいだけなのかもね? キャンベラが倒れたあの日、私はやっとあのコと心と心でぶつかれました。やっと理解しあえた。だからなのかも。あのコったらこの1週間完璧に仕事していますよ。驚くぐらいにね」
「…………」
「ねぇ、キャンベラは死んだのです?」
「!?」
「そうならそうだと早めにお伝えください。それでも私たちは変わりませんから。じゃ、仕事ありますので私はこれで」
「ああ、体壊さないようにしろよな」
その晩、ミナトはマークが置き残した名刺をゴミ箱へ破り捨てた。
覚悟を決めた。レザードと決めた期限最終日。その日は丸1日作業に集中した。
レザードも彼の休日を捧げて作業の手伝いに励んだ。息子の風邪は治ってない。
何も変わらない。灰色の瞳をしたキャンベラはずっと無表情だ。
その晩早くにアカリもやってきた。今日がどういう日なのかわかっているのか、彼女は祈りを捧げてからも帰らなかった。ずっとキャンベラの傍に寄り添い続けた。気がつけば寝ていた。レザードも彼女に続いて座ったまま寝てしまった。
日付が変わろうとした深夜、遂にミナトも眠気にやられてしまった。
夢をみていた。生前の祖父と婚約者、駅職員になる前にテスト仕様で庭の手入れを手伝うキャンベラ。今に比べてその表情は幼い。ああ何と懐かしいのだろう。夢の中のミナトは手を伸ばした。別れる前に触れてみたい。もうじきにお別れの時がやってくるのだから――
目を覚ますとまだ夢が続いているようだった。
目をこする。いや信じられない。現実的にはありえないことだ。
彼女と目と目が合う。こっちにそっと微笑んできた彼女の瞳は緑に輝く。
「オハヨウ。エロオヤジ」
「ああ、おはよう……!」
ミナトの瞳から涙がポロポロと零れ落ちて止まらなかった。
「アタタカカッタ……ズットアタタメテクレテアリガトウ。アカリ」
キャンベラは寝息をたてて寝ているアカリの頭をそっと撫でた。
それから3日後、10日間に及ぶ毎日出勤を終えた3人の受付職員達は1人の受付嬢の復帰を待った。宇宙船停留所の近くにある待機所。アカリはその視線に気づいて手を振ってみせた。
「あ! 来た! キャンベラ!!」
キャンベラは照れ笑いをしながらも軽く会釈をしてみせた。よく見るとアカリの左手には花束がある。ゆっくり彼女に近づく。アカリはキャンベラに花束を手渡した。
「おかえり! キャンベラ!」
キャンベラは驚いた顔をしながらも花束を受け取る。そのすぐ横には微笑んでそれを見守るガーディとミーアがいた。ちょっと離れたところにミナトとレザードもいる。やがてアカリはキャンベラに抱きついて謝った。
「ごめんね。キャンベラ。私がスカーフを忘れたばかりに……」
「ウウン。ワタシノホウコソゴメンナサイ。ホントニゴメンナサイ……」
「なーに2人でしんみりしているの! 今から撮影よ! ほら笑顔になって!」
「ガーディの言うとおりよ! 笑顔は私たちの専売特許じゃない! カメラマンさん、準備はOK?」
ミーアの声におどおどしながらもレザードはデルモを取り出し、撮影モードの電子画面を開いた。まずは一人一人の証明写真から。それから集合写真を撮る。
集合写真にはミナトも入って写る。この輪の中にキャンベラがいるのだ。ああ。何て嬉しくてたまらないのだろうか。この場にいる誰もがそう思っているに違いない。
「撮りますよ~。はい! チーズ!」
1週間遅れの記念撮影。でもそれぞれがそれぞれらしく1枚の写真に納まった。そんな最高の記念写真となった――
∀・)読了ありがとうございました!本編最終話でアカリとキャンベラが急に仲良くなっていた感じがあったので何かエピソードを作らなくては思い、執筆にあたりました。楽しんでいただけたら何よりです。こちらの作品からCococroの世界に触れた御方は是非これを機に本編も読んで貰えたらと思います。それではまた次回作でお会いしましょう☆