彼氏の友達
集合場所である駅前に着くと、すでにフミの彼氏である広木さんがいた。
広木さんは同じ大学の3年生で、何回か会ったことがある。
背が高くて、優しい雰囲気の人だ。
実際、とても優しい。1回もケンカをしたところを見たこともないし、怒ってるのも想像がつかない。
「ご、ごめん…優太…はぁ…お、遅れちゃって…」
「いや、いいよ。いつものことだし」
広木さんは気にしてないというような感じで笑った。
ほんとにフミはいい彼氏さんを持ったと思う。フミはたぶんデートの時、時間通り来ることの方が少ないのに、怒りもせずにいてくれるのだから。
「それじゃ、いこーか!」
「あ、文香ちょっと待って」
「なに?」
フミが元気よく一歩踏み出したところで広木さんが止めた。
「実は今日は1人、俺の友達を紹介したいんだ」
「え?そんなの聞いてないけど?もしかして女の子…?」
「違う違う。男だよ。そんなで目で見るなって」
じとーと睨むフミに広木さんは焦りながら説明する。
「俺たちと同じ大学のやつなんだが…そいつを紹介したいのはちょっとわけありというか…昨日からなんか知らんけど1人で失敗しただのと落ち込みまくっててな…ほっとけなくてつい…女性ならやんわりと慰められると思って」
「あぁ、なるほど。優太、そういう友達ほっとけないもんね。まっかせなさい!私、そういうの得意だよ!」
フミはポンっと右手を胸に当て、できる子オーラを出していた。
「頼りにしてるよ。#陽菜乃__ひなの__#ちゃんも」
「あ…はい」
急に私の名前がでてきたので、返事が適当になってしまった。
広木さん、ごめんなさい。
「それで、その噂のお友達はどこなの?」
「ちょっとコンビニに行ってて…っと噂をすれば、おーい」
広木さんが手を振るほうから男の人が歩いてきた。
って、どこかで見覚えが…。
「え…?」
「え?」
お互いがお互いを見たところで声が重なった。
「え?なに?ヒナ、知り合い?」
「えっと…昨日話してた公園であった人…」
こんなこともあるんだ…。
まさか、赤の他人に2日連続で会うなんて。
むこうの人も、なんて言っていいのかわからないのか、黙っていた。
「と、とりあえずいくか」
広木さんが黙っていた私たちを見かねて、出発を促した。
それにしたがって、私たちは駅から駐車場に向かった。
私たちのパターンとしては移動手段がフミと二人の時は電車だが、広木さんがいるときは広木さんの車で移動する。
今日はフミがテレビで見た、新しくできたパンケーキ屋さんに行くことになっている。駅から車で30分くらいとのことだ。
私は車に乗るときにある問題があることに気がついた。それは車の席だ。
お世辞にも私はおしゃべりが上手とは思っていない。
しかし、フミは道を説明しなきゃいけないから当然助手席だろうし…。
昨日会ったとはいえ、ほぼほぼ初対面の男の人と一緒に放置されるのは困ってしまう。
こんなことを考えていても、けっきょく結果は変わらないわけで…。
席順は、広木さんのお友達さんと一緒に後部座席に座る形となった。
そして、まかせなさいと言っていたフミはパンケーキ屋さんの場所をスマホのマップで出して、説明するのに必死で、こちらのことは忘れているようだ。
「あの…昨日はチョコレートありがとうございました。あ、僕は鹿野 考って言います」
鹿野さんが気をきかせてくれたのか、お礼と自己紹介をしてくれた。
これは、私も名乗らなくては…。
「立花 陽菜乃です…。こちらこそ、バッグを見ててくれて、ありがとうございました」
うん。我ながら違和感のない名乗り方だったと思う。
「立花さんは本、好きなんですか?」
「え?あ、はい。ほぼ毎日読んでます」
どうしてわかったのだろうか…。
私はちょっと怖くなった。
私の様子を察したのか、鹿野さんは少し慌てて説明した。
「あ、わざわざ公園に来てまで本を読むってことはすごく本好きなのかなって思っただけです」
なるほど…。
たしかに、公園で本を読む人なんてそうそういないかもしれない。
それを聞いて納得した。
そういえば鹿野さんって広木さんのお友達なんだよね?じゃあ私よりも歳上のはず…。
「鹿野さん、敬語じゃなくても大丈夫ですよ?私の方が歳下でしょうし…」
「え?じゃあ…でもそれなら立花さんも敬語じゃなくてもいいよ?」
「いえ…私は…」
「ヒナは昔から私以外には敬語使ってるから気にしなくてもいいと思うよー。あ、私、優太の彼女の松風 文香です!」
「よろしく、松風さん。そうなんだ」
ここで急にフミが入ってきて、鹿野さんはちょっと動揺しつつ、挨拶をする。
「それでそれで?鹿野さんは昨日、何を失敗したの?」
「ちょ、ちょっとフミ…」
あまりにストレートすぎるフミの質問に、私はフミに抑えるよう言った。
「え?あ、あぁ…もう大丈夫。うん。さっき解決したんだ」
「へ?そうなの?」
フミはちょっと拍子抜けしたような声をだした。
「お前の昨日の様子を2人に見せてやりたいよ」
そう言って優太さんはケラケラと笑った。
「へぇ…聞きたい聞きたい!」
「勘弁してくれ…」
鹿野さんは焦っていたけど、嫌そうではなかったので安心した。
これで私は話さなくても…。
「あ!ダメ!」
フミが私のカバンを取っていった。
「フミ…?」
「ヒナ、今本を出そうとしたでしょ?」
ギクッ…。
まさかバレるとは…。
「いつも本を持ち歩いてるんだね」
横を見ると鹿野さんのイケメンスマイルが目に映り、つい顔をそらしてしまった。
「はい…暇があれば本が読みたいので…」
「そんなに?」
「あーたぶんそれはほんと。フミ、暇さえあったら本読んでるし。休日も私が誘わないと本ばっかり読んでるし。」
「そ、そんなこと…」
さすがに私だってそんなに本ばかり読んでないと思う。たぶん…。
「じゃあ、読書以外はなにしてるの?」
鹿野さんの質問に私は答えられなかった。
だって、よくよく考えたら家で恋愛小説を読むか、料理の本を読むかしかしていなかったからだ。
お料理…そうだ。
「お買い物…とか…」
料理を作るには材料が必要!ということでそれっぽくして答えると、フミの追い打ちが私に飛んでくる。
「へぇ…それは初耳かも…何買いにいくの?なんてお店?」
「え!?えっとぉ…」
まさかお店まで聞かれるとは…。そこは『そうなんだ。』くらいで済む話じゃないかな。
「……パー……に…くとか…」
「え?もっかいい言って」
もうどうにでもなれ!という勢いで私は声を大きくした。
「ス、スーパーにお肉とか買いに!」
あぁ…私は大きな声で何を言ってるのだろう…。
私の言葉にフミは口を抑えて笑いをこらえ、広木さんの顔は見えないが、おそらくフミと同じだろう。
鹿野さんはキョトンとしていた。
「い、い、いいんじゃないかな…読書とお買い物が趣味で…ぶふっ」
「むー!」
すでに笑いの我慢ができなくなったフミに対して私は頬を赤くして膨らませた。
あまりの恥ずかしさに体中が暑い。
「お、あの店か?」
「え?あ!あれあれ!」
話をしていると、フミが言っていた店に着き、私達は車を降りた。