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プロローグ『私の出会い』



私はある日、恋に落ちた。

恋に落ちたと言っても、これが本当に恋心というものなのか、自分でもよく分かっていない。

なにを隠そう、私は大学2年になる今まで恋をしてきたことがなかったからだ。

しかし、彼のことを考えると胸の奥が少しもやもやとしたような、違和感を感じる。この違和感がいわゆる『恋煩い』というものなのだろうか。恋の病をついに私も患ってしまったのだろうか。


出会いは公園だった。私は休日になると、唯一の趣味である読書を、外ですることが多かった。公園だったり、カフェだったり。けっきょくは本を読むことに変わりはないのだが、なんというか、家で読むのとは違った雰囲気を味わいながら読書ができるのが好きだった。


その日は天気もよく、公園のベンチに座り、春の麗らかな陽気を感じながら、今読みかけの恋愛小説に目を落としていた。今は小説の中の男の子が初めて好きになった女の子に話かけるという場面だ。

そんなちょっとドキドキを感じさせるところを読んでいる私に、声をかけてきた人がいたのだ。


「あの…すみません…」


本の中の男の子と同じセリフ。『あの』から『すみません』の間も私の想像通りの長さで音読でもされたのかと思ってしまった。

私は本に向けていた目線を前に向けると、私と同じ歳、もしくは少し上くらいの男性が立っていた。

普段、本を読んでいて話しかけられることなんてないため、少し驚いた。


「はい。なんでしょうか」


「他に椅子が空いてなくて…お隣いいですか?」


そう言われて周りを見ると、私の座っているベンチ以外、恋人達で埋まっていた。

まったく、いちゃいちゃするなら家の中でしてほしいものだと思いながら、私は横に置いてある自分のトートバッグを膝の上にのせた。


「どうぞ」


「ありがとうございます!」


彼はぱぁっと表情を明るくして、私の隣に腰を下ろし、コーヒーの入った紙コップを横に置いた。

私の周りにコーヒーのいい匂いが漂う。

たまにはこういうこともあるだろう、くらいの気分で、私はまた小説に目を落とした。


しばらく読み進めていき、第3章が終わったところで腕時計を見ると、針は12時半を指し、2時間近くこのベンチで読書をしていたことに気がついた。

私はふと、先ほどコーヒーの匂いを思い出し、のどが少し乾いた。


コーヒーでも買いに行こうか。それとも場所をカフェに移そうか。そんなことを考えながら横を向くと先ほどの彼が本を読んでいた。

タイトルはカバーを付けていてわからなかったが、足をくんで、軽く背もたれに寄りかかりながら本を読む姿が様になっていた。


彼が私の視線に気がついたのか、顔をこちらに向けた。

その時私はしまった…と思った。


「どうかしましたか?」


彼に話しかけられて、私は少しの焦りを感じながら何かいい感じに誤魔化せないかを必死に思考していた。


「あ…えっと…何か飲み物を買いに行こうかなと思ったんですけど、まだしばらくここにいますか?」


つい、とっさに出てきたしまった言葉に、よくよく考えるとおかしいことに気がつき、半ば後悔した。

この聞き方では私が飲み物を買いに行っている間、荷物を見ててほしいと言っているように聞こえないだろうか。


「あぁ、大丈夫ですよ。今日はこの本、読み終わらせてから帰ろうと思ってたので。荷物、見てますよ」


そう言って彼は微笑みながら半分以上残っている本を見せた。

やっぱりそういう風に聞こえたよね…。


「あ、ありがとうございます…」


私は顔に熱を感じながら、手早くトートバッグから財布とスマホを取り出して、足早にベンチから離れた。


近くには自動販売機はなく、しかたなく少し先のコンビニまで行くことにした。

予想時間は往復15分。

コンビニについたところで時計を見ると、予想通りかかった時間は7分とちょっと。私は予想が当たった少しの満足感を感じながら、『いや、なんで時間を気にしてる?走れメロスじゃあるまいし』とツッコミを自分に入れて、店の中へ入る。


そこで私は飲み物コーナーで何にしようか悩みながら商品を見回した。

キャラメルラテにしようか、抹茶オレにしやうか、少し歩いたのでスカッと炭酸飲料でもいいかもしれない。

そんなことを考えていると、先ほどの彼が持っていたコーヒーを思い出した。

最近のコンビニはレジの横に紙コップでコーヒーなどを売っているところがほとんどだ。

私は1度も頼んだことのないレジ横のコーヒーを頼むことに決めた。

商品を何も持たずレジに行くのはよくわからない恥ずかしさがあり、お菓子でも適当に買おうと思ってお菓子コーナーへ向かった。


考えて見ると、私のカバンをずっと彼は見てくれているわけだ。何かお礼でも買っていくべきか…。

そう思って私は100円くらいの10個入りチョコレートを持ってレジに行き、無事コーヒーを購入した。

蓋が付いているとはいえ、中身が入ってるものを持っていると気にしてしまい、先ほどのベンチへ行くには10分ほどかかってしまった。


ベンチに到着すると、彼はまだ本を読んでいた。


「あ、おかえりなさい」


彼は私に気がつくとニコっと微笑んでこちらを向いた。

さっきは気がつかなかったが、彼はなかなか、と言うよりもだいぶイケメンの部類に入るのではないだろうか。

少し茶色がかったおしゃれな髪、スッと整った顔立ち、スラリと伸びた長い足。

うん、アイドルはきっとこんな感じなんだろうと思わせる見た目だ。


「あの、ありがとうございました。バッグを…」


「いえいえ、大丈夫ですよ。本を読んでいただけですから」


くっ、笑顔が眩しい…。

こんな人と話をしているのかと思うとだんだん恥ずかしくなってきた。

きっと大学なんかでもモテるのだろう。


「これ、よかったら…バッグを見ててくれたお礼です」


「そんな、お礼なんて…」


「いいんです、成り行きで買ったものですから」


そう言って私は断ろうとする彼のコーヒーの横にチョコレートを置いた。


「では、ありがたくいただきます」


彼はチョコレートを開け、1つ取り出して口に入れた。

私はその様子を見ながら、バッグから本を出し、また文字の世界へ入り込んで行った。


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