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どうかなぁ

作者: 木下秋

「……衝動買いのがあるんだよ。だからお金全然貯まんないの。この前も急にカメラとか買っちゃうしさ」


 湘南モノレール、湘南江の島行きを待つ一番線のホームで、僕は彼に言った。それは僕の貯金がどれだけ頼りないか、という話をしていた流れで放った言葉で、背負ったリュックの中に入っているそのカメラは特別高額なモノでもないんだけど、確かに僕は時々衝動的な物欲に駆られることがあって、そんな時僕は決まって悩んだり我慢することも無く、ポチッと買ってしまうのだった。いい歳して、お金の貯め方、使い方を知らないのだ。両親のことは愛しているけれど、子どもにお小遣いを与えない教育方針はどうかと思う。子ども時代にお金のやりくりを経験しなかったから、いざ突然十数万手元に転がってきた時に、それを如何に計画的に使っていくか、という事が出来ないのだ。「金は天下の回り物なんだから……」「オレが少しでも経済を回してやるのさ」なんて言い訳つけて、パーッと使ってしまう。


 空は白く薄曇っていた。彼は「こんな天気の時が一番目が開かない」と眩しそうに言う。僕は電車を待つ間、切符を指でパチパチ弾いていた。湘南モノレールは電子マネーでは乗れなくて、僕たちはかなり驚いた。


 やがて電車がやって来て、僕たちはそれに乗り込む。一番前の車両では四、五人の子ども達がはしゃいでいる。「当然一番前の車両に乗るよね」と僕は彼に言った。彼はオタクとまではいかないものの電車が好きで、一番前の車両に乗って前方の景色を観るのが好きだということを知っていた。僕も、悪くないと思っている。


「おっきい子どもだから」


「な」


 彼とはよく、「もうオレらも○○歳だぜ」「困っちゃうなぁ」なんて話をする。

 

 モノレールは意外と揺れてスピードも出るし、ジェットコースターみたいに走った。


 江の島に着いた僕らは境川を歩いている途中で遊覧船乗り場を見つけて、一度は通り過ぎたものの戻ってそれに乗ることにした。片道、大人四百円。中国人観光客グループの楽しげな会話を聞きながら、十分ほどのクルーズを楽しんだ。江の島の一番奥にある岩屋のちょっと前で降ろされて、僕らは海辺の岩場を歩きながら、春服や、今欲しいものや、夏の予定について話した。僕は景色に目をやり、島の景観や海や友人を、カメラで撮った。


 それは、僕より年上のカメラだった。八十年代にロシアで作られたもので、ネットで評判が良かったからフリーマーケットアプリで三千円で買った。一週間も経たずに送られて来たそれはボロボロの箱に入っていて、試しにファインダーを覗くと妙な臭いがした。ネット記事に従い、買ったフィルムを込めた。だが、まだ一度も現像した事がなかった。写真をバシャバシャ撮るようなイベント事もなかったので、結局置物になってしまったのだ。その日、友人を誘って江の島、鎌倉にやって来たのは、ただ遊びに来たのではなく、写真を撮るためでもあった。


 岩屋を出て、僕らはサザエを玉子でとじた江の島丼を食べた。そして江の島で一番高い塔、展望灯台シーキャンドルに昇った。その頃には雲が割れ、日が差して、青空が見えた。僕らはお決まりの「オレ達の日頃の行いが良いからな」なんて冗談を飛ばした。


 一番上の階に出て、僕は友人越しの景色を撮った。彼はニカッと白い歯を出して笑う。


 僕は「取れてるかなぁ」とシャッターを押すたびに言っていた。古いカメラだし、一度も現像していないためどんな写真が撮れているのかが全くわからない。光で真っ白に飛んでしまっているかもしれないし、手ブレの影響を強く受けてしまっているかも。


「それが良さなんじゃない」


 彼は言った。「現像してみるまでわからないなんて、そこがちょっとワクワクするっていうかさ」


「まぁね」


 フィルムを回す、ジッ、ジッ、という音と感触。それは、インスタントカメラを持って出かけた子どもの頃の修学旅行を思い出させた。



 帰って来た僕はネットで検索してフィルムの取り出し方を学んだ。巻き取りネジが硬くて思わず笑ってしまう。ようやく取り出せたフィルムを、ケースに入れる。


「どうかなぁ」


 どうか、写ってますように。


 小さなフィルムを手のひらで弄んで、呟いた。

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