プロローグ
人を呪わば穴二つ。
それが事実ならば、私は愛する人を呪って、永遠に解けない鎖を繋ぐわ。
薄幸で誰かへの恨み憎しみ嫉みを抱きながら生き続けた少女が、誰か一人だけ他人を呪う力を得たとしたら?
数えきれない汚辱の人間よりも、生涯で愛せるたった一人に呪いをかけてやろう。
罪が何かというならば、彼女に恋を教えてしまったことが罪なのだ。
少女は美しかった。だが白い肌と濡れ羽色の髪は、人々の目にはおぞましく写った。少女は闇を纏っているのだと、艶やかな黒髪を指差して誰かが言った。その言葉は波紋が広がるように容易に皆の耳に届き、少女を見る者全てがそう思うようになった。まるで意識の根が人類全てに繋がっているように、少女を知る人は例外なく同じ感情を抱いていた。気味が悪い、恐ろしいと。
悪いことをしていないのにどうしてそんな目で見るのと、少女は哀しんだ。誰かに笑いかけてほしくて声をかけても、仲間に入れてほしくて手を伸ばしても、皆蜘蛛の子を散らすように離れていってしまう。悲しみに暮れた少女が痛みに慣れた後、心に芽生えたのは恨みだった。
目で人を射殺せそうな少女。恨みの渦でこの世界を沈めてしまえそうな少女。願うだけで町に病の風を吹かせることが出来そうな少女。少女の立つ地面はひび割れ、まるで地獄に繋がっているようだ。
そう思ったのは、人々へ向く少女の果てしない恨みに釣られた悪魔だった。
悪魔は少女の前に現れた。悪魔の存在に少女は驚かなかった。人は誰もが自分を避けていくから、目の前に現れたのが悪魔なら合点がいくわ、と暗い声で少女は言う。悪魔は愉快そうに笑った。
悪魔は少女に宝石を渡した。宝石は紫色の怪しい輝きを放ち、黒い障気を纏っている。じっと見つめていると瞳から魂が吸い込まれそうな輝きだった。
―――それには呪いの力が宿っている。人間が使っても一人くらいは完全に呪うことが出来るだろう。
悪魔はそう言った。少女は少し困った顔で悪魔を見上げ、そしてまた宝石を見る。宝石に対して、何かを伝えたいけど言葉が出てこない、そんな気持ちになる。
―――…きっと私には使えないわ。
―――なぜ?
―――全ての人を呪ってしまいたいから。
悪魔はまた愉快そうに笑う。宝石の力に期限はない。他とは比べものにならないほどの相手を見つけたら、それを使うといい。悪魔はそう言い残し姿を消した。
残された少女は、宝石を小さな木箱に入れて大切にしまった。この宝石で誰かを呪う予定はない。きっとこれからも、偏見で少女を見るもの達ばかりなのだから。だけど、この石があれば、耐えられるような気がした。この宝石は、唯一少女の味方なのだから。