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乾坤一擲  作者: 響 恭也
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石田佐吉とゆかいな仲間たち

ノブ:秀隆よ。先日の興行からどこへ行っても信長様と声がかかるのじゃ。気楽に旅ができんようになってしもうた…

ヒデ:自業自得です!

 一通りの騒動が終わったころ、肥前名護屋にて唐入りの準備をしていた秀吉が復命に現れた。

「あ…」

「将軍様、よもや儂のことをお忘れであったのではありませんな?」

 額に汗をにじませつつ信忠は最初から切り札を切った。秀吉に対する最も効果的な相手を召喚するのである。

「父上! 父上!」

「おお、秀吉よ。役目大義!」

「大殿…大殿おおおおおおおおお!!!!」

 信長死去の狂言を秀吉も知らされていなかった。位置関係的に知らせにくかったということもあったが。敬愛するを通り越して崇拝する主君の死は彼から生来の陽気さを奪い去り、生ける屍になったとすら言われていたのである。

 そしていま、信長を目の当たりにして秀吉の感情のタガが外れかけていた。いきなり駆け寄って信長に縋り付いたのである。

「おう、藤吉郎よ。貴様はいい年をしてまだ童のようなふるまいをするのか」

「儂の心根は秀隆様に拾っていただき、大殿に引き立てられた時から変わっておりませんぞ?」

「うむ、貴様は忠義者よ」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」

 人目も憚らず信長に取りすがって号泣する秀吉にその場にいた者はもらい泣きする者もあったという。


 落ち着いた秀吉は改めて報告した。冒頭のような暗い雰囲気はなく、にこやかな表情を浮かべている。

「さて、名護屋には5万の兵を半年ほど動かせる物資を集めました」

「なんだと!?」

「行軍様のご指示通りですが?」

「うむ…むしろあのドタバタの中でそれだけの物資をよくかき集めたものと感心しておった」

「まあ、儂の下におる者たちがしっかりやってくれた結果でございます」

「なればその者たちを呼んでくれぬか。直接褒賞を与えたい」

「はは、佐吉、平馬、正家、長盛。将軍様のお召しじゃ!」

 秀吉配下の4人が広間に入ってくる。まだ若さの残る彼らは、雲上人たる将軍信忠と、先代の信長に対し緊張を隠し切れなかった。

「この佐吉をかしらとしまして、羽柴家の内治を担う者どもにござる。またこの平馬は兵を率いさせてもひとかどでして、万の兵を率いさせたいものと思うておりました」

「おお、大儀である。此度の見事なる働きは羽柴家の面目であり、天下の面目であった!」

 信忠の最大限の賛辞に彼らは恐縮し平伏する。そして感動に目を潤ませていた。


 彼らは近江の国人や土豪出身者である。元々近江は商業的に発展しており、敦賀からの北国往還や東西をつなぐ街道があり、近江商人の名は天下に知れている。そういった地縁もあって算術や商人とのやり取りを経験している者が多かった。

 長浜城主時代の秀吉は織田の重商政策を早くから理解し、人材を求めていたのである。ときには自ら、または秀長らの腹心を領内くまなく巡らせ、人材を集めた。三杯の茶のエピソードはこのころの話とされる。またこの話を聞いた信忠は佐吉を直臣に望み、条件付きながら受け入れられた。

「石田佐吉よ、お主の力、天下で発揮せぬか?」

「それは…どのような意味でございましょうか?」

「将軍家の直臣になってもらいたい」

「それは…!?」

「佐吉、めでたきことである。お受けせよ」

「親父様。しかし…」

「儂に恩を感じていてくれるのはうれしい。だがな、親というものは子がより高みで羽ばたくのをもっとうれしく思うのじゃ。お前が天下で活躍するならば儂はこの上もなく幸せなことであるぞ」

「はい…将軍様。わが存念、申し上げてよいでしょうか?」

「許す」

「直臣のお話、ありがたくお受けいたします。ですが」

「うむ?」

「私の本貫は羽柴家にあります。普段は羽柴家与力として働き、ことあれば将軍家の石田佐吉として働かせていただきたく思います」

「許す」

 それまで沈黙を保っていた信長が答える。

「って父上!?」

「将軍家よ。何を迷う。これほどの義理堅き男、天下を見渡してもおらぬわ。そこな藤吉郎の薫陶をよく受けておる。そして主君の役割として、臣下が気持ちよく働ける環境を作るのは重要なことじゃ」

「おっしゃる通りです。わが器、まだまだ父上に及びませんな」

「ふん、儂の半分ほどしか生きておらぬうちに抜かれては儂の立場がないではないか」

「おっしゃる通りにございますな」

「ああ、そうじゃ。大谷平馬、長束正家、増田長盛、そなたらも同じ条件で幕臣にならぬか?」

「「「ありがたき幸せにございます」」」

「当面は羽柴家への与力で、今の仕事をこなすがよい。そして天下に関わるような大仕事の際には我が直属として働いてもらう。よいか」

「「「はは!」」」

「それと秀吉よ。名古屋に集めた物資だが、今回の戦で荒れた土地の復興と、釜山の開発にあてよ。対馬の武装強化もな」

「はっ!」

「ひとまずこれでこの話は終わりとしようか」

「そうそう、当家の内部の話ですが。蜂須賀小六、前野長康、竹中半兵衛の3名が隠居を申し出ております。それぞれの嫡子が後を継ぐことをお許しください」

「よかろう。3名の家督継承を認める」

「それとですな…ちと困ったことが起きまして。秀長のところの秀保ですが、病で当主の仕事ができんようになったかもしれませぬ。よろしければですが、秀保の妹婿に後を継がせようと思うのですが」

「讃岐羽柴家の後継となれば天下の事じゃのう…」

「お継をつかわせ」

「弟をですか?!」

「此度羽柴家は大きな功を上げたゆえな」

「わかりました。わが弟を元服させ、羽柴家の婿養子といたす。諱は秀勝としようか。烏帽子親は秀吉に頼む」

「え!? いやあの、そこまでしていただかなくとも…」

 秀吉の考えとしては信忠に近い家臣の家から次男坊を回してもらえば上等という考えであった。だが主君の弟が来るとなると…格式もそれなりにせねばならず、いろいろと頭の痛い話である。というところでひらめいた。

「石田殿。将軍家直臣としての初仕事でござる。このたびの婚儀を取り仕切っていただこう」

「おお、それはよい。おぬしらのお披露目もできるな」

「は!? え!? ちょ!?」

 そもそも主家の婚儀を取り扱うとなるとそれなりの地位のある家臣に任される。それをいくら直臣に抜擢されたばかりとは言え、まだ若い彼らに任されるのは異例である。

 佐吉は助けを求めるように秀吉に目線をおくるが、秀吉は満面の笑みであった。だめだこりゃ。佐吉は痛み出す胃を押さえつつ、謹んでお受けいたしますと絞りだすように答えたのだった。

のちに讃岐羽柴家に在籍していた藤堂高虎も佐吉の仲間に加わるのだった。

ちなみに、高虎の父の名は虎高(トリビア

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