踏み締める鎖 3
憎悪の鎖と妖しい笑みを浮かべる女騎士との一騎打ち。
村で起こる憎悪の連撃の前に女騎士はどう立ち向かう。
「寂しいな。亀あたまが満足そうに果ててやがるな」
死屍累々の中をゼフロはただ歩く。
「ゼフロ。敵は殆どいないみたいだよ」
「だが、油断はするな。ミカエル」
リーゼンが二人の間に立つ。
「団長がまた一人で始末したのだろう。あの人らしいな」
「リーゼン隊長は団長と長いのですか?」
「ああ、お前たちよりは長いな。少なくとも俺が初めて合った時からあの感じだ」
リーゼンは悠然と語る。
「正直、僕は団長が怖いです」
「ははは、無理も無い。お前の反応が普通だ。何も恥じることはない、隣の変態男のようにはなるなよ」
「くくく、女侍らしたお次は年端も行かない少年にも手を出そうなんて、とんだ変態隊長だな」
「何だと?」
ゼフロの言葉にリーゼンは食らい付く。
「貴様のような盗賊上がりが! 偉そうに物を言う」
「盗賊上がりがどうした。体裁がそんなに大事か? 人は一度、死にかければ体裁なんざどうでも良くなる。この俺のようにな」
ゼフロの右目の擬態が解け魔道球になり赤黒い光で出来た線を放つ。魔道球の義眼だ。
「救済魔法か、メサイアの血をなぜ扱える?」
「さぁな。俺の場合は使おうと思えば使えた。『血の清め』を行わないでも使えるってことだ。ただ俺が奴隷時代に司教の息子の奴隷と一晩を過ごしたことがあったけどな」
メサイア教の救済魔法使用するには教団に入り『血の清め』を受けなければならない。 『血の清め』は救済の女神メサイアの血を受け入れることを意味する。
「俺は団長と殿下に忠誠は誓ってはいるが。お前には誓ってはいない。必要ならどちらが上か教えるのが盗賊の流儀だ」
ゼフロは露骨に喧嘩を売る。妖しくメサイアの血を揺らしながら……
リーゼンも流石に耐えきれず買ってしまう。
「ああ! 二人とも敵の生き残りだよ!」
「ちっ」
「くく、嬉しいねぇ。残飯があったのか」
ミカエルが声を上げながら二人の盗賊へ向けて矢を放つ。
が、どちらも当たらない。
「あっ!」
「仕方ないな。ミカエル君は」
ゼフロが飛び出す。
「くく、間合いだぜ?」
盗賊の目の前で不気味な笑みを浮かべる。
盗賊が斧を振り下ろしゼフロを真っ二つにする。
したはずだった。
「何?」
ゼフロの身体は赤黒いメサイアの血となり蛇のうねりをしながら周囲に溶け込むように消えていく。
「堪らないな。その恐怖に満ちた顔。もっと堪能させてくれよ」
理解を超え恐怖に歪んだ盗賊の背後を短剣で突き刺す。
「ぐがぁ!」
「くくく、いいねぇその声。聞いていると勃って来るなぁ」
笑みを浮かべ更に傷口を抉る。
だが、横から剣で止めを刺された。
「ゼフロ、止めは早くさせ! 苦痛を味合わせる戦い方は殿下は望まれない」
「……そうだったな」
ゼフロは腕を組む。うつ伏せに倒れた盗賊を眺めながら……
「うおぉ!」
「甘い!」
リーゼンが素早く踏み込み切りつける。
「凄い、こんなに鮮やかな戦いをするなんて」
ミカエル後ろで二人の様子を眺めるのであった。
・
「ふふふ、あなた良い戦いをするわね」
「くっ、帝国の犬が!」
余裕の表情を浮かべる騎士の女と憎悪の炎を上げる奴隷の女、両雌が激しく火花を散らす。
奴隷の女は単純な振りなのだが、その威力が尋常では無いのだ。
振り下ろした斧が地面を深く抉り砂塵を撒き散らす。
「ここの土はとても栄養不足なのね。可哀相にこれじゃ盗賊に対抗出来ないのも無理無いわ」
騎士の女は舞う砂塵の先に立つ奴隷の女をただ見詰める。
「けれど、あなたは痩せた彼らと違って体型にそぐわない力を持っているのに。どうして奴隷の身分に堕ちたのかしら?」
横髪を手でなぞりながら騎士の女が歩み寄る。
「こいつらの元にいればいずれ帝国へ辿り着ける……」
「あら、わたくしの知らないところで帝国も面白い娘に狙われているのね」
「何故、貴様はそのように笑える?」
「ふふ、面白いから笑うのよ」
「貴様! 貴様らのそれが我らを殺したぁ!」
「あら? わたくし以外にこのような笑い方をするのは……ああ、そういうこと。また、随分と派手にやったのね」
奴隷の女の怒号と共に繰り出された一撃は騎士の女の笑み消させた。
「と言うことは、あなた、たしかっ」
「その口を閉じろぉ!」
奴隷の女が振った斧を受け流し地面へ落とす。
斧の刃が割れ柄がへし折れる。
「ふふ、そんな粗末な斧じゃ乱雑に扱えばそうなるわ。さて、憎き帝国軍を相手に素手でどう戦うのかしら? っ!」
悠然と話す隙を突き、地面に指を突き刺し抉り取り投げつける。
「とっても、嬉しいわ。そこまで憎悪の炎を燃やした姿、かつてのわたくしと戦っている気分。ああ、これ、この感じ、この殺気、わたくしが今の今までまで出会えなかった者、そう、それがあなた!」
騎士の女は歓喜で頬を染め武器を捨て歩いて行く。
「さぁ、語らいましょう。命を賭して」
互いに間合いに入った瞬間、顔面に拳を叩き込み合った。
「ぶっ、ふふ、良いわ。これよ、これ」
「ガッ、狂人め。縊り殺してやる」
「ふっふふ、そう言うあなたも十分に狂人よ」
殺気をぶつけるように殴り合いながら話す。
「旧同盟領からわざわざ盗賊まで使ってわたくしに合いに来てくれるなんて嬉しいわ」
「何をっ、ガッ」
「フランカの民ね。あなたっ」
騎士の女の拳が溝に入る。
「そうだ。貴様らに滅ぼされた者たちの名だ!」
騎士の女へお返しする
「グッ、ふふふ、わたくしもその場にいたかったけど。帝国ってだけでやっていないことで憎まれてもね。憎悪の対象は的確に絞った方が長生き出来るわよ。先輩のわたくしからのアドバイスよ」
「だまっ」
「聞き分けのない娘ね。わたくしも近衛騎士団の統括する身なのよ。私情だけで動く訳にはいかないの。また今度遊んで上げるから。それまで良い娘でいなさい」
顔面を鷲掴みにし全体重を乗せ地面へ叩きつけた。
「こ……ろし……て……やる」
最後の力を振り絞って首を掴もうとするが寸前で意識が飛ぶ。
「大した娘、たった一人で帝国への憎悪だけで戦うなんて。武器を持った頃のわたくしに似ているけど、帝国そのものを報復対象にしたのは頂けないわね。エリクリード殿下のおわすディッカ帝国を敵に回すのなら最後はわたくしが同胞の元へ送ってあげる」
「団長! こちらにおられましたか」
「あら? リーゼン、招集を掛けたのに随分掛かったのね」
「団長、この男、帝都で随分お楽しみだったようで。下半身が疼きっぱなしなせいで」
「ゼフロ! 貴様はいつも余計なことを」
背後からリーゼンとゼフロ、そしてミカエルがやって来た。
「あらあら、ふふふ、二人は仲が随分良いのね」
「流石は団長、見る目が違う」
「待て! 貴様と仲良しになった覚えは無い!」
「こうは言ってますが。二人っきりなると。俺に甘えて来るんです。可愛いでしょう?」
「貴様ぁ!」
「もう、ゼフロもこんな時に悪ふざけしないでよ」
「ふふふ、ミカエルは、まだ青いわね。これぐらいはウチでは日常よ」
団長がミカエルの髪を撫でる。それにミカエルは身体を小刻みに揺らす。
「あら、わたくしに怯えなくても良いのよ。いじめたりなんてしないわ」
ミカエルは団長のその話し方と表情と行動、その全てが怖いのだ。
「そうだぞ、ミカエル。怯える必要は無い、俺たちは仲間だ」
「ミカエルには優しいのだな。隊長? 気がある訳か?」
「あるか!」
リーゼンの必死の否定に終始不気味な笑いを浮かべる。
「殿下の元へ急ぐわよ。あっちにはエレナーデとエロイデが付いてるけど、わたくしがいないと少し心細いわね。それとゼフロ、彼女をしっかりと拘束しておいて」
(団長から見ればそうでしょうよ。彼女?)
リーゼンは本人に聞こえれば面倒なので心に留めておく。
「承知した。団長」
「くくく、持ち帰って楽しもうって訳ですな」
「ふふふ、あなたも一緒に楽しむ?」
「遠慮しておきますよ。本命が嫉妬します」
「誰がするか!」
「ふふ、無駄話はそこまで。早く合流するわよ」
ゼフロは奴隷の女を縄で厳重に縛る。手慣れた縄捌きは団長を身悶えさせるに十分だった。
帝国の「妖艶の死神」と「憎悪の鎖」が激突の末、「憎悪の鎖」が倒れた。
彼女一人で村の一角を占領した盗賊団を撃破した。
隊長と合流した団長は第二皇太子エリクリードの元へ向かった。
団長の戦闘力の前では「憎悪の鎖」も子どものように遊ばれてますね。
次回は随時投稿致します。