第八話 教室夢双
一期卒業生が居るということは、二期卒業生も居るということだ。
シロ様は先生だった。童貞村長も先生だった。廃人眼鏡は頼れる兄貴だった。翔子ですら狩猟という名の体育の先生だった。
俺は、用務員のおじさんだった。
別れ際に俺が一応の村長だと言うことを知り、皆で驚愕していた。
「私、失礼なこと言っちゃったかも……」
うん、そこで悩んでるキミ、言ってたよ。
「何で居るんだろあの人?」って至極真っ当で心に突き刺さる疑問を口にしてたよ。
廃人眼鏡やシロ様達の中では人助け。
俺や童貞村長の中では青い鳥を探してうろつく危険人物の除去作業。
見ているものは違えども、ゴールは同じだった。
青い鳥を探し続ける人達に、青い鳥の作り方を教えて放す。
たった一週間ほどの集中講義なのだが、このリゾートアイランドではその一週間で詰め込める程度の知識が天国か地獄かを分ける。
一週間前はただの木でしかなかったものが、一週間後には建材に見えるようになる。
一週間前は暮らし難い野生の島だったものが、一週間後にはリゾートアイランドの遊び場に見えるようになる。
……だからなぜ、さ○とう先生のサバイバルを寄越すんだ? 主催者よ?
役には立ったけどさぁ。何回読み返しても面白いけどさぁ。ちょっと危機感を煽りすぎだよ。
もっと真面目なサバイバルハンドブックなら、もっと早く問題が解決したと思うんだよね。
それともこれは主催者による命の選別……だったのか?
この限られた情報の中で、それでも生き延びられる逞しさを持つ人間を選ぶための。
だとすれば、この学校の開校はリゾート主催者の思惑を大きく裏切る存在だろう。ざまぁ見ろ。
アニメ一年分、四クール分の恨みはまだ残っているんだからな?
翔子の内心は、よく解らない。
俺がやると言ったから付き合ってくれているだけ、のような気もする。
シロ様の内心も、よく解らない。
暇があればオラが村の『NAISEI!!』に勤しみたいのを我慢して、付き合ってくれている。
廃人眼鏡の内心は、よく解った。
隣村のあぶれもの三人衆と共に純潔の誓いをたてておきながら、早速破って舌打ちと唾を吐かれて泣いていた。泣いていたので、俺も舌打ちして唾を吐いておいた。この裏切り者めっ!!
まぁ、下心というのも人を動かす原動力の一つだ。
学校が始まってから、特に何の用も無いのに童貞村長と他二名がよく顔を出すようになった。
しかし、女生徒達からの反応は鈍かった。
「ちょっと、三人ともガッツき過ぎてて……それよりも、眼鏡さんの方が……」
非童貞ならではの余裕。
非童貞ならではの貫禄。
非童貞ならではの……もう、死んじゃえよお前。
何が人助けしたいだ、お前の存在が一番の害悪だよ!!
唐突に訪れた廃人眼鏡のモテ期により、死者三名という実に不幸な結末であった。
いやまぁ、ただ立ってたりして授業の邪魔をしてたりしてたら、そうなるよね?
まず、どうやって女の子にアプローチするのかを廃人眼鏡に聞いてみると良い。
道端で進退窮まった女の子を見つけ出し、さっそうと現れ、抱いて村に帰る王子様スタイル。
……うん、惚れるな。
俺が乙女なら惚れてるよ。畜生、やってらんねぇ。
まさか、ジャッキーの訓練がここに来てこんな結果を生みだすとは、眼鏡、恐ろしい子。
さらに輪をかけて恐ろしい存在は、隣村からお風呂に入りに来たリア充女子の二人だ。
男の誘い方、男の慰め方、男の操縦法と言った影の技術を伝授していくのだ。
俺たちは、島から危険人物を除去しているのだろうか?
それとも、島に危険人物を解き放っているのだろうか?
あのシロ様までもが影の授業に熱心に参加なさって、末が、大変恐ろしゅう御座います。
ここまでは、良い面だった。
◆ ◆
ここからは、悪い面だった。
生きるのに必死な状態の人から、必死を奪うと心に余裕という空白地帯が生まれてしまった。
そしてそれは、望郷の念という形になって、彼女の心を苛んだ。
……ドウシヨウモナカッタ。
また一枚、銀色のエマージェンシーブランケットが増えてしまった。
近くに、置いておきたく無いのだと、一期生の子が持ってきたのだ。
俺は、黙って頷き受け取った。
一期生、七人のうち六人は助けられた。
一期生、七人のうち一人は助けられなかった。
廃人眼鏡がエマージェンシーブランケットを手にして泣いていた。
ある意味では俺達が殺したことになるのかもしれない。
……完璧な回答なんて、無かった。
あったのかもしれないけど、気付かなかった。
どうせ俺も『非生産的な皆さん』の一人だ。
心理カウンセラーの一人も付けてくれよ、主催者。
……いや、そのお医者さんは世の中に有益な人だから、こんな島に連れてきちゃ駄目だな。
廃人眼鏡はそれでも折れなかった。
遺品のエマージェンシーブランケットを使って、もう一棟の客室を造った。
より多く、より早く、もっともっと助けられるように。
たとえ取りこぼすことがあっても前向きに、前だけを向きながら歩き続けた。
そりゃ、女の子が惚れるわけだよな。
その辺を真似ろ、下心三人衆よ。
日本に、帰りたい人が居た。
日本に、帰りたくない人も居た。
俺は……正直言って、帰りたくない。
この島だからこそ生きているけれど、日本に帰ってまで今の強さを維持できるかは解らない。
日本列島はベリーイージーではない。人間関係に関してはとくに。
この島では助け合わなければならないという必然性が、人間関係を強制的に円滑にしていた。
ベリーイージーなのは生存だけじゃない。
人間関係もベリーイージーな島なんだ。
一期生の村に数人の男性が入村することで人間関係は安定した。
男を慰められるのは女だけで、女を慰められるのは男だけなんだと思い知らされた。
その中にはあのゾンビ大好き爽やか好青年も混じっていた。
今では調子に乗っていた自分を恥じ、男班を纏めるサブリーダーとして謙虚に勤めているそうだ。
なので、女村長が恋人の廃人眼鏡は気が気ではないだろう。ざまぁ見ろ。
でも、たとえ寝取られても次の女の子が慰めてくれて……あぁ、憎い。このモテ期野郎が憎い!!
次の犠牲者を出さないために下劣な作戦を俺達は実行した。
二期生の目の前であざとくリア充カップルにイチャイチャしてもらい、この島にも幸せはあるんだよと露骨にアピールして心を逸らす手伝いをしてもらった。
これが、俺と童貞村長が無い知恵を捻って絞りだした精一杯の苦肉の策だった。
でも、その逸れた視線の先が全部、廃人眼鏡に向かってるんだよなぁ……童貞三人衆よ、諦めろ。
お前らの分の幸せは、無い。
◆ ◆
久しぶりの悪夢だった。
久しぶりの高校の教室。
久しぶりに**君とも再会した。
「よう、久しぶり」
「え? 俺、お前と親しくねぇぞ?」
「まぁ、気にすんなよ。良いじゃん? 仲良しが多いってことは良い事じゃん?」
「お、おう。まぁ、そうだな。え? そうか?」
**君は相変わらずのトゲトゲしい髪型で周囲を威嚇していて安心できた。
他の皆は空気の俺を無視して、また『何か』を見て楽しんでいた。
まぁ、どうでも良い事だ。
空気は空気を読みません。
とは言え、多少は気になる。
そりゃ気になるよ。
「アレ、何見てるのかって、知ってる?」
俺が知らないんだから、**君からの答えは無いと思いつつ尋ねてみた。
が、答えは返って来てしまった。
「あぁ、アレね。お前だよ。ハブられて、困惑してるお前を見て楽しんでるんだよ。ウゼェ奴等だよなぁ、ホント」
……そうか、やっぱり俺は虐められてたんだな。
うん、十年経って、ようやく認められたわ。
全方位に攻撃的な**君と、極一部に攻撃的な皆。
どっちが善良なんだかな。
あの懐かしの金髪ピアスも出会いが違えば……他人に刃物向ける奴は論外だな。アレは別枠。
「そんなもの見てて、面白いのかねぇ」
「俺にはわかんねぇよ。でも、お前がシカトされてることをシカトしてたから、むしろムキになったみたいだぜ?」
「あ~、な~る~ほ~ど~。ただ、シカト自身に気付かなかっただけなんだけどね~?」
「お前、鈍感な奴だなぁ」
「うん、鈍感だ。こんなことに気付くまで十年もかかるほど神経が鈍いとは、我ながら鈍感だ」
**君の言うとおり鈍感だ。
十年、俺は、悩んでいたんじゃない。
十年、俺は、認められなかっただけなんだ。
十年、俺は、怒っていたんだ!! 友達からいきなりシカト? ふざけんな!!
「なぁ、俺があいつ等ぶん殴ったら止めに入る?」
「いや、はいんねぇよ。舐めた真似してんのアイツ等だろ?」
「じゃ、今からぶん殴ってくるわ♪」
「おぉ、がんばれよ」
不良の**君の声援を背中に受けて、俺は拳を握り締め『教室夢双』を開始した。
……流石にクラスメイト全員皆殺しというのはやりすぎたらしく、**君が引きつった笑顔をしていた。ごめん。
目が覚めるとリゾートアイランド。
翔子はトクントクンという心音が、そんなに好きなのか?
最近は、頭を撫でても寝たふりを止めない。
ただ、満足するまで寝たふりを続ける。
ただ、満足と言う言葉を翔子は知らない。
なので、最後は俺の疲れきった腕による弱弱しい空手チョップから朝が始まる。
「ひーどーいー、女の子ぶったー!!」
「豚は俺だ!!」
「はっ!! 鷹斗にしては鋭い切り替えしだっ♪ おはよぉ」
「うん、おはよう」
今日も、リゾートアイランドの一日が始まる。
今日からは三期生の授業開始だ。
みんな、頑張ってくれたまえ、俺は校長先生兼用務員のおじさんだからな。
あと、給食のおじさんだ。天狗になるとハムになるから謙虚に振舞うけどな。
環境に負荷を掛けない地球に優しいお食事だ。
◆ ◆
狙ったわけではないのだけれど、女子生徒ばかりが集まってくる。
男は一人でも、食べ物さえあればそれなりに生きていける。
だけど、女の子は身体の事情が……その、月のものがあって、体調を崩しやすい。
一度体調が崩れると栄養不足で風邪を引いたりなんだりと、ドミノ倒しに不幸が重なる。
そして入国管理官、今では入学試験官の試験が男性にはキツい。
大きな胸に視線を向けてはいけないという女性成分不足のこの島では、灘中入学よりも難易度が高い試験で篩い落とされる。
この難関を突破した男性は一人だけ。ゲイの御方でした。
女生徒達に知識を与えて送り出して回った結果、ちょうどバランスが取れていた。
男が力仕事を請け負い、女が頭を悩ませる、支え合いの文化だ。
一人の人間に力も技術も双方を備えさせると、支え合いではなく一方的な依存になってしまう。
あるいは、一方的な命令系統だ。それは、あまり良くない傾向だ。
一本の柱で支えられた建物は一本が折れてしまえばそれでお終いだ。
そうして崩壊してきた村を幾つも見てきた。見捨ててきた。
狙ったわけでは無いのだけれど、何となくバランスの取れた村が誕生していった。
男と女で足りない互いの部分を補い合う……なんだかエロティックだな。
こうした地道な活動を続け、幸せの村を探し求めるゾンビ退治が完了したのは夏も盛りの時期だった。
知識を持つ人間は、その知識を分け与えることが出来る。
そして、知識は分けても減るもんじゃない。
だけど、知識を使った定住生活は周囲の自然環境に負荷を与える。
なので自然環境への負荷を考えつつ、お互いに距離を取りながら、お互いの日々の発見を交換する。
そんな村と村を繋ぐ緩やかなネットワークが完成するにつれ、廃人眼鏡が泣くこともなくなった。
廃人眼鏡がモテることもなくなった。
童貞三人衆は、童貞のままだった。
結局、最後まで能動的な女性へのアプローチ方法を身に付けることが出来ず、誰とも結ばれなかった。
廃人眼鏡を囲んで女性の口説き方教室が開かれたが、この講師がホント使えねぇこと。
まず、足を挫いている女性を見つけだす、そこから始まる白馬の王子様ストーリーだからな。参考にならねぇ。
そしてお前たち三人と違って廃人眼鏡は下心で動いてないからな。そこが重要だからな?
お惚気講座に対する謝礼は飛び交う舌打ちの嵐。
こうやって舌打ちをして気晴らしをしている童貞三人組の中、童貞村長だけが授業を通して一人の女生徒と良い仲になったことを俺は知っている。
どこまでいったかは知らないが、童貞のフリをした裏切り者が混じっている気配がしてならない。
舌打ちの音に迫力が足りないのだ。
童貞のフォースが足りていないのだ。
なんだか非童貞の余裕すら感じるのだ。
童貞村長は村長として、他の二人との調和を保つため空気を読んでるんだな……。
裏切り者めっ!! この偽善者めっ!! 地獄に落ちろ!!
◆ ◆
これは、多くの卒業生を用務員のおじさんとして送り出して解ったことだった。
この島には明らかに不自然な数の湧き水や源泉が『用意』されていた。
だからその数だけ、安定した環境の開拓地が用意出来た。
俺達の村か隣村を参考にして、自分達の手で村を拡張していくことも出来るだろう。
生活が安定さえすれば、自分たちなりの創意工夫による独自色の村を目指すことも出来るだろう。
それだけのものが十二分に『用意』されていた。
この島に虫が居るのは受粉のため、鳥が居るのは虫を一定数に保つため、川魚が居るのは俺たちの生活のため。
飲用できる湧き水、熱源となる源泉。豊富な食料源。
これだけのものを用意するのは国家規模のプロジェクトでも不可能だろう。
なにせ、自然の島丸ごと一つを一から作りあげるようなものだ。
なにより採算性を度外視している。
これは、人間業じゃない。
結果、出てくる答えを口にした。
「じゃあ、人間じゃ、無いんだろう。このリゾート計画の、主催者は」
見知った星座の無い星空を眺めながらそう口にした。
「私も、そう思います」
同じ夜空を見上げながら隣に腰掛けたシロ様が返事をくれた。
「シロ様も、そう、思う?」
「…………はい。始めからそう思ってました。でも、信じてもらえないと思って黙ってました」
さらわれた宇宙人ならぬ、宇宙人にさらわれた。
ただの女の子に言われても信じられない話だ。
今のシロ様の実績と信頼があるからこそ信じられる話だ。
「私、骨髄の病気だったんです。でも、この島で目を覚ましたときには治ってました」
「病気の人も、非生産的な、皆さん、か」
合点がいった。
俺は精神的に非生産的、赤い村の村長は経済的に非生産的、シロ様は肉体的に非生産的。
日本から居なくなっても極力問題の少ない人間をわざわざ選び出すほど、慎重な計画だったんだ。
その慎重な計画のもとでリゾート地を『用意』しても死んでしまう、予想以上に『非生産的な皆さん』だったことには主催者もさぞ驚いたことだろう。
人間、何ですぐ死んでしまうん?
駄目人間を舐めすぎだ!!
「眼鏡さんの眼鏡、伊達眼鏡なんですよ? それに、虫歯だった人の歯も綺麗になってました。この島に来てから虫歯になった人が居ないこともそれを裏付けています」
俺の知る限り、器用に虫歯菌を死滅させる方法を人類は有していない。
これは、人間以上の何かの手が加えられた痕跡だ。
「……俺の、体脂肪、は?」
「……栄養、の、一部、と、思ったん、じゃ?」
シロ様に苦笑いをさせるとは、気の利かない主催者だ。
この体脂肪のおかげでどれだけ苦労したことか。
……まぁ、メタボは自業自得なんだから、治さなかったからと文句を付けるのはおかしな話か。
少なくとも肉布団は翔子の役には立っている。敵か味方か我が脂肪分よ。
「私、自分達の生産能力を認めさせることで、少しでも主催者からの評価を高めなきゃって頑張ってたんですよ?」
「村の、NAISEI、頑張ってた。それ、理由、か?」
シロ様はコクコクと頷いた。
これが何かの競争だとしたら、俺のしたことは大失点か、大得点のどちらかだ。
生産性のある人を生産したことを評価してくれたなら大得点。
ただ単にアドバンテージを失ったとするなら大失点。
「俺、シロ様、邪魔したかも、知れない。怒った?」
「……少しだけ。でも、良かったです。たくさんの人が、助かって良かったです」
「じゃあ、少しだけ、ごめんなさい」
俺の言い分がおかしかったのか、シロ様は微笑んでくれた。
こうして主催者の思惑についてどれだけ推論を重ねても、その答えは神のみぞ知る、だ。
こういった会話に対して警告してくることもない。質問に答えてくれることも無い。
この謎解きパズルもリゾートの一環で良いんだろう。
「翔子ちゃんにこの話をした時、泣いてました。昔のお話も聞きました。だから鷹斗さんは頑張って我慢してくださいね?」
「……わかった、頑張るよ。アカ様、ありがとう」
シロ様は自分で口にしながら、その生々しい発言に赤く頬を染めていた。
翔子が急にアグレッシブさを失ったのは、廃車が知らぬ間にレストアされてたと知ったからなんだな。中古車から廃車、そして再生車、忙しい奴だ。
「もう、真面目な話なのに……。じゃあ、感謝の気持ちを込めて頭を撫でてください。翔子ちゃんのお許しなら貰ってます」
シロ様がアカ様のまま、目を閉じて、俺に身体を預けてきた。
……これは、そういう、意味なんだよな?
恐る恐る手を近づけて頭を撫でても、ドッキリでしたー!! とは、ならなかった。
幸いなことに翔子と違ってシロ様は満足と言う言葉を知っていた。
でも、腕が攣りそうになるまで満足しないあたり、シロ様でも女は女だった。強欲だった。
◆ ◆
『日本からの距離を考えますと無謀としか表現しようの無い行為』もの凄く迂遠な言い回しだ。
北極星が存在しないから南半球だとばかり思っていたが、南半球で見えるはずの星座も無かった。
つまり地球の外なんだから、そりゃ日本までの脱出は無謀としか表現のしようが無いな。
まさか、恒星系すら違うとは。
相手は神か悪魔か宇宙人か。
そしてこれは俺とシロ様と翔子だけの内緒の話になった。
口にしたところで生活に変わりは無く、むしろ争いの火種になりかねないと判断したからだ。
主催者の思惑を邪推して、乱開発競争に陥っては何のために学校を開いたのか解らなくなる。
法の網を潜って他者の開拓の邪魔をする者も出てくることだろう。
手紙にはただリゾートライフを楽しめと書いてある。
だから、邪推せず単純に捉えればリゾートライフを楽しんだ者が勝利者だ。
正確に言えば、リゾートライフとして『楽しめる』者が勝利者だ。
でも、勝利の後にあるものはなんだろう? 敗北の後にあるものは?
そもそもこれは勝負なのだろうか?
「鷹斗、また何か難しいこと考えてるの?」
我に肉布団を満喫させよ、ただし暑いのは嫌だ、と夏場なのに無理難題を押し付けつつ乗しかかってきた翔子が尋ねてくる。
また、劇画調のサバイバル顔に戻っていたのかもしれない。
「まぁ、ね。村長だから一応な」
「鷹斗は心配性だねぇ……カッコ良いね」
そう言って、真っ赤になりながら俺の胸の谷間に翔子は隠れた。
三分もせずに「暑い!!」と、飛び出してくる姿はカッコ悪いぞ?
そして暑いのはお互い様だ。まったく、いつまでも肉離れできない困った子だ。
頭をワシワシすると、また胸の間に隠れた。
今度は一分も持たなかった。
「拾ってきたばかりのアタシの可愛い鷹斗は何処にいったのじゃ? さびしぃのぅ」
「拾われた覚えは無いけどな。小悪魔だった翔子ちゃんは何処に行った? 寂しいぞ?」
「それは~、その~、し~らないっ♪ 鷹斗が悪いんじゃ!! ぜ~んぶ、鷹斗が悪いんじゃ!!」
プイッと顔を背けて仰向けになられた。
これで俺から見えるのは頭頂部だけだ。
「そういえば、一つ聞きたい」
「なぁ~に? 翔子ちゃんの胸のカップ数ならEだよ? 翔子ちゃん、いぃ乳してまっせ?」
「……俺のほうが巨乳だ。自慢できるほどじゃないな」
アンダーとトップの差なら俺のほうが大きい。
「し、翔子ちゃんの存在価値が……」
アイデンティティを根本から覆されて、ショックを受けたように揺ら揺ら揺れる。
「で、何で廃人眼鏡を嫌うの? 他の男と違って、いつまで経っても慣れないだろ?」
ピタリと翔子の身体が止まった。
「……聞きたい?」
聞きたい。そして、一緒に傷つきたい。
俺は、ゆっくりと頷いた。顎先でクリクリと頭頂部を撫でる。
「中学の先生が、眼鏡してたの。それだけ」
やっぱり脳裏に瞬間の映像が浮かんで、胸がズキリと痛んだ。
でも、大丈夫。この程度は耐えられる痛みだ。
翔子の味わった痛みに比べれば、毛の筋のような痛みだろう。
「そうか……ウブい奴じゃ」
頭頂部が丸見えなので、ワシワシもし放題だった。
顔を隠す必要もないので、ワシワシもし放題だった。
翔子はただ、ワシワシされ放題のまま、俺の上で黙って転がっていた。
ずっと黙って転がって、その内、スヤスヤとした眠りについていた。
…………うん、おやすみ。