第七話 呪われた愛の巣の下で
三つの村を巡って、オラが村に帰ってくると銀色の鏡餅が出来ていた。
正確には、銀色のドーム状の建物が出来上がっていた。
この島では俺が旅に出ると、何かが村に建立されるゲームシステムらしい。
「なに、コレ?」
「姐さんが注文した愛の巣ッス。いやぁ~、もう少し納期があると思ってたのに、ギリギリだったッスね~」
造りは竪穴式住居とあまり変わりない。
違うと言えば、柱の本数と素材の違いだ。
まず中央に一本の太い柱。
次に、その柱に向けて竹をしならせたドーム状の骨組みが十六本。
その竹の束を中央の柱部分でビニール紐で束ね、重石の石を置いて骨組みを安定させている。
最後にエマージェンシーブランケットと少量の布地を銀色ガムテープでパッチワークした巨大な一枚布を被せて完成。
銀色が未来感漂わせるパオっぽい何かだ。
でも、モンゴル人がこんな未来的なパオに住んでたら嫌だ。
しかし、どこから出てきた、この多量のエマージェンシーブランケットと布地の束?
「眼鏡。この物資、どこから?」
「日々、色んな道で海に向かってると~、人間が歩きやすい所って決まってるから自然と出会っちゃうんッスよね~。あと、二、三棟は作れるっスよ?」
何と出会ってしまうかは聞かないし、手遅れだったのだろう。
時折、帰りが遅かったのは、手遅れになってしまった人々を埋葬していたからなのだろう。
そしてそれが、廃人眼鏡の選んだリゾートライフなんだろう。
……優しい奴だ。
ゲームと違ってリアルライフはリスポーンもリザレクションもしないからなぁ……。
「さっぷら~いず♪ 良くやったわ眼鏡。褒めてつかわすぞ♪」
「ははっ、ありがたきお言葉ッス」
こうして布地の一枚一枚が御仏の慈悲である呪われた愛の巣が完成した。
……凄く寝るの怖ぁい。
確かに冬場に向けて保温性の高い建屋の完成を目指していたんだが、ちょっと完成早過ぎない?
植物図鑑と周りの植物を参考にすると、まだ初夏に入るかどうかの時期だぞ?
俺の脳内計画書では秋の終わりまでに用意されるはずの越冬イベントクリア用アイテムだぞ?
どうもこの村民達、ベリーイージーな島に対して基本的性能が高すぎるらしい。
塩作りも『何とかの原理』を利用して、海水さえ補充しておけば蒸発分が勝手に給水され、結晶化まで自動的にされるようになってしまった。
さすがは現役学生の周辺世代、十年のブランクがある俺よりも理科や物理に強かった。
これは……既に一年間のサバイバルミッションを完全にクリアしちゃってないか、君たち?
良く見れば、ビニール袋のクッションが御仏の布地を利用した手触りの良いクッションにグレードアップされている。中身は……羽毛だと!?
そういえば、俺のグルコサミンとコンドロイチンの為に乱獲してたな。
ビバ、NAISEI。
ビバ、役立たずの俺。
親が無くても子は育つって、この事か……。
何でもかんでも俺が考えなくても、考えるための頭なら自前で皆が持っていた。
ワンパクだし逞しく育ってくれた三人に感激だ。そして、俺のメタボディに恐怖だ。
そこで俺はようやく気が付いた。
ここ、村じゃないわ。子供の秘密基地だわ。
元々が高性能な三人x源泉というエネルギー源=やりたい放題。
あぁ、俺たちは危機的な状況下で生活してるんじゃない。
みんなは優雅な環境で遊んでたんだな。
主催者が言っていたとおりにリゾートをいつのまにか楽しんでいた。
一人、劇画調で深刻なしかめっ面をしていた俺が馬鹿みたいだった。
……基準が俺のメタボ性能だから環境が過酷に見えただけでした。
さ○とう先生のサバイバルほど、俺たちはサバイバルしていなかったんだ。
リゾートアイランドだって、ちゃんと手紙に書いてあったね? その通りだったわ。
あははははははは……。
メタボな俺にとっては生きるか死ぬかの超サバイバルだったんだけどなぁ……。
◆ ◆
「あ、童帝さま。やっぱり、お風呂は日本人の文化ですねぇ~」
童帝とは、これだけ女に飢えた環境でありながら清い身体を貫く俺に対する尊称だ。
「童帝、言うな。この童貞」
お隣の村から技術交換の留学生としてお招きしたあぶれもの三人衆の一人がオラが村名物の露天風呂に浸かっていた。
元々、シロ様が一度実演したくらいで覚えられるほど竹篭作りは簡単ではない。
シロ様自身も、四苦八苦して最初の籠を作り上げるまでに二日かかった。……たった二日だ、末恐ろしい。
彼等がなんとか再現しようと四苦八苦していた所に、廃人眼鏡を使者としてご招待したのだ。
翔子は、やはり男性相手だということで避けている。
これは恐怖症とは違うのだろうけど苦手意識なんだろうな。あるいは嫌悪感か?
「竹篭、解った?」
「えぇ、かなり上手になりましたよ。でも、凄いですねここは。お風呂からトイレまで。文明開化の音がしますなぁ」
それは俺の首をざんぎる予定の風切り音だ。
一滴一滴、愛情を持って見守り続けるドモホルンな塩作りの仕事すら機械に奪われた。
機械化文明に単純労働者の椅子が乗っ取られようとしていた。人豚類の危機だ。
あぁ、次は産業革命か……源泉の蒸気を利用して蒸気機関の発明が……本当になりそうで怖いわ。
留学に来たあぶれもの三人衆の一人、この彼こそがあの村の村長であった。
村長の癖にあぶれてた。だからこそ男女のバランスがとれていたのかもしれない。
同じ村長としての意見を聞きたくて、あの後に立ち寄った二つの村について話を振ってみた。
久々のインディアン語で申し訳なかったが、日本人なので察してくれた。
流石は童貞村長、優しい。童貞は童貞に優しくあるべきだ。
「あぁ、片方の村は知ってますよ。元、村長達が集まった村長村ですよね? 人を集めるのは上手いけど、中身は何にも無かったって言う。俺も一度は引っかかった側の人間ですから、あんまり馬鹿にはできないんですけどねぇ……」
「そう、なのか? そうは、見えない、けど?」
「高い勉強代でした。でも、反面教師として勉強になりました。もう一つの大集団は知らなかったんですけど……怖いですね。俺のいた最初の村は無計画に周囲の食料を食いつぶして、たった一月で駄目になりましたから。集められる食料の種類が増えたとしても、五十二人は流石に密集しすぎでしょ?」
「だよ、ねぇ?」
同意見らしい。良かった。
農耕民族と違い、狩猟採取民族は薄く広く分布しなければいけない。
「それに、リーダーシップ溢れる村長の下に居た人だから……うかつに受け入れることも出来ませんしね。ほら、俺も童帝さまと同じでリーダーっぽいところ無いですから、逆に舐められて村の中での不和の元になるでしょうし」
「……そうか、それは、気付かなかった。舐められる、それ、超不味い」
俺を舐めてもしょっぱいだけだぞ? あと、ラードっぽいぞ? 太るぞ?
それにしても意識高い系村人の入村か……それは嫌なイベントだわ~。
そして童帝さま言うな。
「前回の村長の失敗から、ただただ人のバランスと、自然とのバランスだけを考えてここまで何とかやって来ましたけど、ちょっと手詰まりだったんですよね。……シロ様をくださいませんか? いえ、むしろシロ様をうちの村長に」
「俺より太る、条件」
「うわっ、凄い鉄壁の肉壁だわ」
俺のメタボ力を舐めるなよ!!
最近はアンコが詰まり始めてるんだぞ!!
アンパンの人になる日も近い。
「まぁ、それは冗談として、かなり参考になりましたよ。あの銀色シートの丸い家とか、ウチでも真似させてもらって良いですか? 建材を変えてもかなり効果的な建屋になるでしょ?」
「元々、モンゴル人、真似。モンゴルの人に、感謝」
「ははははははははは、確かにそうだ。モンゴルの人に感謝しましょう。…………それで、本題ですけど、俺達に何を求めてるんですか? こんなに村を発展させておいて、こっちから出せるものなんて思いつきませんよ?」
あ、嫌味と取られたかな?
こう、文明人が未開人にライターの火を見せ付けてるみたいな。
いやいや、そうじゃないんですよ。はい。
「求める、は、第三者、視点。なにか、危険、ないか?」
「あぁ、なるほど。自分達では気付かない点を、他人に指摘して貰いたいと……そうですね、無理にでも上げるとすれば、余力に溢れすぎてることでしょうか? 助けられないから助けないのと、助けられるのに助けないのでは、かなり、心の負担が違うと思いますよ?」
そうか、やっぱりか……。
助ける力はある、でも、その背後には自然界の力がある。
自然界の力には限界があるし、誰かを助けるとなれば厳選しなければいけない。
助ける人の選別をした後に残るのは、きっと誰かを助けたという喜びではなく、誰かを見殺しにしたという後悔だけだ。
誰かを助けたんじゃない、誰かを見捨てたんだ。
そんな思いを皆に抱かせるわけにはいかない。
今が、大事なら、今を脅かすものは見捨てて行かなければならない。
だから……選別すらしない。廃人眼鏡を見捨てた翔子みたい……だな。
「村長の、仕事ですね」
「村長の、仕事だな」
童帝村長と童貞村長がともに頷いた。
バランスを取る仕事。
つまり、乗せるものと捨てるものを選ぶこと、それが仕事だ。
それはとてもとても残酷な仕事だから、未来ある若者には任せられない仕事だ。
でも、俺の心は、そんなに強く無いんだけどなぁ……。
もっと、良い方法が、あれば良いのだけど……。
◆ ◆
浜辺で泣いていた頃から、まだ三ヶ月も経って居ないのに俺も随分と変わったもんだ。
息苦しいという意味では悪夢が続いている。
夢の中で夢だと気付くのは、あまり脳によくないって聞くんだけどなぁ。
俺がこの場で発言しても、空気の言葉は空気に消えるだけ。
そう、この高校の教室の中で俺は空気だった。
そういえばラスボスの**君だけが、俺の相手をしてくれたんだっけ。
そういう意味では、彼だけが俺をシカトしてなかったのか。
……そういえば、十年前も、そうだった気がする。
他の皆は俺を空気扱いしていた、だけど、チョイ悪な不良の彼だけは相変わらず威嚇してくれた。
ある意味、他の皆よりも善良な人だったのかもな。
すまん、**君。名前を思い出せなくて。
その特徴的な髪型は思い出せるんだけどね?
「なんだよ? ガンつけてんのか?」
「いや、その髪、気合入ってるなと思って」
「あ? 舐めてんのか?」
「時間、かかるよね? その髪型。だから、気合入ってるなと思ってさ」
「お、おぉ、朝の五時に起きて気合入れてっからな」
「五時っ!? マジでっ!?」
「気合だからな。男は舐められる訳にいかねぇからな」
「す、すげぇ……」
こんな会話の背景では、俺を空気にした皆が『何か』を見て笑っていた。
けれど、心は動かなかった。
どうせ、お前らが楽しめる程度のものなんだろ? 興味無いわ。
それよりも**君の名前の方が気になるわ。
くそっ、思い出せないなぁ。
「えっと、ごめん、名前、聞いても良いかな?」
「あ? 同級生の名前も知らねぇのかよ? 俺は**だよ」
やっぱり夢の中だ、解らないものは解らないものらしい。
名前の部分だけが**になって聞き取れなかった。
そして俺が苦笑いをすると、**君が怒ってきた。
ごめんごめん、この苦笑いはそういう意味じゃなかったんだよ。
「ぶっ殺すぞテメェ!!」
「おう!! ちゃんと殺せよテメェ!!」
この切り返しは想像外だったらしい、**君がキョトンとしてるや。
あははははははははははははは!!
目が覚めると、俺を毎晩、悪夢に誘う夢魔が胸の上に乗っていた。
眠っていたのではなく、眠ったふりをして乗っていた。
もう起きて、俺の心臓の音を確かめるようにして胸に顔を埋めていた。
「いくらメタボだからって、そんな簡単に心臓発作は起こさないぞ?」
「鷹斗、起きたの? おはよぉ」
「おはよう」
朝のキスよりも、朝の撫で撫での方が、俺と翔子の関係には似合っている。
あるいは、翔子はずっとこれを待っていたのかもしれない。
「ウブな奴じゃ。頭を撫で回してくれよう」
うりゃうりゃと撫で回していると、翔子の顔がアカ様になっていた。
それに気付かれまいと必死に俺の胸に顔を埋めて隠そうとしてくる。
本当にウブい奴じゃ。うりゃうりゃうりゃ♪
◆ ◆
御仏の無念渦巻く愛の巣は、結局、客間になった。
お隣の村からのお客人を泊めるための客室だ。
サプライズにはサプライズ返しだ。**君、ありがとう。
だって、お化け怖いじゃん? 普通に怖いじゃん?
あのシートの一枚一枚に人の業が背負われていると思うと、竹の骨組みって頑丈だなと思う。
竹「人の業? その程度に我が敗れるとでも?」
竹さんは超硬派な御方でした。
もうすぐ、初夏に入ろうかという頃、やっぱりあの村の崩壊が始まった。
夏という季節は一見食べ物が豊富に見えて、人の食べ物に限ればそんなに多くは増えない。
豊富に感じるのは、夏野菜が採れるという農耕民族としての感覚だろう。
植物図鑑によれば夏は多くの植物が栄養を蓄える時期であり、食料が豊富となるのは秋だ。
成長途中の植物を食べる虫なら一杯だ。虫を食べられるなら飽食の夏だ。
春夏秋冬の移り変わりにあわせて食料事情に波があるというのに、養える人数が一定だと勘違いすると飢えが起きる。
そして、大きな期待は大きな失望に変わった。
こうして、あの爽やかな好青年の村からカリスマ性が失われた。
結局、自分のお腹を満たしてくれる彼に夢を見て、寄生していたに過ぎないのだろう。
ここにきて未だ『非生産的な皆さん』な五十二名の心が彼から離れて、村は簡単に崩壊した。
そもそも、食べるものが近場に無ければ探すための知識があったって無駄なんだよ。
優秀な選手が優秀な監督になるわけではない。
言葉の使い方が間違っている気がするけれど、その実例を見た気がした。
この村は駄目な村だった、だから、次の幸せな村を探そう。
そんな考え方の人間を受け入れたがる村が……村長村のほかにあればいいけどな?
ウチの入国管理官はその辺を理解しているのか理解していないのか、同じ結論に達していた。
こいつらを入れても碌な事にならないと獣の嗅覚で識別していた。
「ふ~ん、それで、あなたは何が出来るの?」
「えっと、食べ物を集めることができます」
「ウチの人間は自分達で自分達の食べる分を集められるけど? そうじゃなきゃ生き残ってるわけないじゃない? つまり、役立たずってことね? 別の村を探してちょうだい?」
……ごめん、童貞村長。
あの日、二人で頷きあったけど適材適所ってあるからさぁ……。
しかし、翔子の言葉はなんだか企業面接を思い起こさせる。
十年引き篭もりの俺は受けたことなんて無いから脳内面接なんだけどね。
『君を雇うことで当社はどんなメリットが得られるのか教えてくれるかな?』
……ネットで見たときは、すっごい嫌味な言葉だと思った。
だけど、事実上、生死が掛かった状況下だと否定ができない。
『君をオラが村に招き入れることに何の利益があるのか教えてくれるかな?』
……素朴だけど、胸を抉る言葉だ。
今回の入国審査は女性相手だったので、まだ優しいほうだった。
翔子の胸へのチラ見は一回まで許される。
その回数を越えた時点で、自制心無しと判断されて追い出される。
こちらは会話による面接の機会すら無い。三十秒以内に男性はほぼ全滅だ。
これが『生産的な皆さん』であれば、多種多様な資格や特殊技能持ちが現れたのだろう。
だけど集められたのは『非生産的な皆さん』なので皆様そろって手に職は御座いませんでした。
そろそろ『求まぬ!! 即戦力も!!』と、非求人情報を立て看板に書いたほうが早いのかもしれない。
そうすれば、絶対に通らない入国審査をあえて受けさせて他人の心を傷つけることもない。
既に、ウチも隣村も共同体として完成されていた。
他の村々もそうだ。
設備面はまだまだとしも、人間関係という点においては完成されていた。
現状で上手く回転している状態なのに、わざわざ不和の元を招き入れる馬鹿は居ない。
そして仏心を出せるほどの余裕もみんな持っていなかった。
……ウチの子以外には。
◆ ◆
「捨ててきなさい!!」
「いや、でも……怪我してるんッスよ!?」
「あの、私なら一人で……ごめんなさい。……ごめんなさい」
……どこかで見た光景だ。
どこかじゃなく、以前もそこで行われていた光景だ。
足を挫いた。たったそれだけで人が一人ならば命取り。
廃人眼鏡に背負われた女の子は、足を怪我しているようだった。
見放せば、死ぬ。見放されれば、死ぬ。よく生き残れたな、俺。
今、廃人眼鏡に背負われている女の子は普通の子なんだろう。
今、見捨てられて死ぬことを怖がっている普通の女の子だ。
自分の死を理解していながら、救いの手に辞退を申し出たシロ様は凄い子だ。
シロ様を基準にしちゃいけない。
そもそも、どうしてこれだけ聡明な子がこの島に連れてこられたのか不思議なくらいの女の子なんだ。
そんなシロ様が困ったような、苦々しげな表情を浮かべていた。
あの日、助けられた自分の姿を重ねて居るんだろう。
そして、村に受け入れることが問題になってしまうことも理解しているんだろう。
一人助けた、じゃあ二人目は? 三人目はどうする?
困った人を際限なく受け入れることは出来ないし、治ったなら出てけと言えるほど薄情にもなれない。
だから、受け入れて、見捨てることに、俺が決めた。
「受け入れる、構わない」
「鷹斗!?」
「鷹斗さん!? 良いんッスか!?」
眼鏡、自分で頼んでおきながら驚いた顔をするなよ。
「でも、療養の、あいだ、村、作り方、覚えてもらう。そして、遠くで、村、作って、もらう」
新しい村の開拓。俺一人では手の回らない一大事業だ。
シロ様はもちろん、廃人眼鏡の手も借りる。翔子もだ。
隣村の童貞村長達にも手を貸して貰わないといけないだろう。
答えは最初から出ていた。だけど、俺の我侭だから中々言い出せなかった。
今、この島に足りていないものは職業訓練所や村長育成所。つまり学校だ。
竹を使ったパオっぽい家、竹の水筒、竹篭やその他の小物作り、食料の備蓄方法、環境負荷について、足を動かせず逃げられないのを良いことに、呪われた愛の巣の中で詰め込み教育を施した。
廃人眼鏡は村を造るのに良さそうな立地に複数の心当たりがあり、隣村の男連中と共に現地の資材を使って最低限の住環境を用意してくれた。
最低限なのは、それを自分達で育てていく過程で住人同士の信頼関係を育むためだ。
それに、自分たちで考えながら村を育てていくことで村に対しての愛着だって湧く。
何でもかんでも頼られたって困るんだ。
シロ様が技術面の知識を、童貞村長が村長の教えを、廃人眼鏡達が新しい居場所を用意した。
翔子が入国審査の名目で獣の嗅覚を使い人格を判断し、開拓者を募った。
そして俺は……何にもしてなかった。
いや、だって、インディアン語は授業に向いてないし?
愛情を持って塩の一粒一粒を見守る仕事が俺には待ってたし?
川まで罠に魚がかかってないか見に行く仕事が待ってたし?
……校長先生って、何を仕事にしてた人なんだろうね?
花壇に水遣りとかしてたけど、そういう仕事の人だったんだろうか?
あ、ご飯作った!! 忙しい皆に代わってご飯作った!!
俺、給食のおじちゃんしてた!!
受け入れ、教え、そして見捨てる。
学校とは、そういう場所だった筈だ。
学校とは、非生産的な皆さんを、生産的な皆さんにクラスチェンジさせる場所だった筈だ。
こうしてオラが村は『生産的な皆さんを生産する』、島で一番生産性の高い村になった。
見返りは……何も無い。これから一人立ちする卒業生から奪えるものなんて、何も無い。
だから、完全に俺の我侭だ。
俺一人では手の回らない一大事業。
なのに事業が上手く回り始めると、俺は邪魔者扱いされました。
移動が遅く機動力が落ちて労働の作業効率が落ちる。
インディアン語の授業はそもそも意味が解らない。
……酷いな。お前等はそんなに俺にカロリーを消費させたくないのか?
そんなこと言うなら俺はご飯を作るたびに摘み食いしちゃうぞ?
ンマーイ、けど、さびしぃ……。
俺も俺にしか出来ない何かを……太り方教室とか……。
愛情を持って、塩の結晶を見守る、ドモホルン教室とか……。
俺は、相変わらず一人では生きられない無力な子でした。
◆ ◆
第一期の卒業生が旅立って、しばらくしてからのことだった。
「あの、鷹斗さん、いいッスか?」
「眼鏡、どうした?」
なんだか、口にし辛そうだ。
ゴニョゴニョと口ごもっている。
「すんませんでした……」
「……なにが?」
主語を抜かれると、解らない。
俺のコミュニケーション能力の低さを察してくれ。
「あの~俺が、我侭言ったせいで……こんな一大事になって」
「眼鏡、心、スッキリ、したか?」
「……人の役に立つって、気持ち良いことッスね。……スッキリしたッス」
愛の巣に使われたエマージェンシーブランケットの数だけ、後悔と無念を重ねてきたんだろう。
まだ生きていて、助けられる人が居るなら助けてあげたい。それは当たり前の感情だ。
そして、これからは大々的に胸を張って助けてやれるようになった。
その土台は出来た。あとは応用を考え、効率を上げていくだけだ。
「じゃあ、良い。折角、リゾートだ。楽しければ、それで良い。皆、学校、楽しんでやってた」
「……そッスね。そッスね」
眼鏡がボロボロと涙を流し始めたから、頭をポンポンと叩いて撫で回してやった。
なんだか最近、大人役が板に付き始めたような気がする。
この島に来て、ようやく俺も縦に向かって伸び始めたのかもしれない。
「それより、一つ、聞きたいこと、ある」
「な、なんスか? 鷹斗さん?」
でも俺には、そんなことよりも大事な、とっても大事な質問があった。
廃人眼鏡。俺と、お前は、友達だよな?
俺は、真剣な目で眼鏡に問う。
「眼鏡、童貞?」
鷹の目は見逃してないぞ?
お前と怪我をしてやってきた彼女がなんだか、あま~いムードだったことを。
そして、足しげく向こうの村に通っていることも。
「ど、ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわぁ……」
「それは許せないっ!!」
「いや、不可抗力ッスよ!? 不可抗力!! ほら、空気に流されちゃって……一回だけ、仕方ないッスよ、ねぇ?」
「ねぇ? は、ねぇ!!」
お前こそ俺の頭を撫でるべきだ!!
お前の方が先に大人の階段上ったんだからなっ!!
日々、翔子の女体盛りを我慢している俺の苦しみをお前は知るべきだっ!!
ギャースギャースと言い争いを続けるうちに、まぁ、色々な黒くて重いものが流されていった。
流れていってしまえ、ぜ~んぶぜんぶ!! 流されていってしまえ!!