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有人島物語  作者: 髙田田
有人島物語~春夏の始章~
6/23

第五話 俺たちキノコ族

 憤怒の表情をした不動明王像が村の前に立っていた。

 おかしい、こんなものをオラが村の前に建立した覚えは無い。

 二日かけて降りた下りは四日かけた登りとなり、最後には杖でも足りなくて左右を廃人眼鏡と白いワンピースの少女に抱えられるように……抱えられように……抱えられ……。

 あぁ、そうか、不動明王像を建立したな。今さっき。

 二人の支えから離れて、もはや立つ事すら限界な足を進めて翔子の下を目指す。

 より、ドラマティックに、ロマンティックに、フー、フー。

 もちろん、自然に足がガクガクさせて、さりげなく倒れこむとても自然な演技ではない転倒も織り混ぜる。

 そして、ヨロヨロと立ち上がり、俺は翔子の下に辿り着いてこう言うんだ。

「ただいま」

「お~か~え~り~!! お~そ~い~!!」

「無茶言うな。膝、グルコサミン、コンドロイチン、不足中」

 翔子が俺を抱き抱えるようにして家に連れ帰ろうとして、挫折した。

 肉体ごと挫折した。

「ちょっとやだっ! こんな、人前で押し倒すなんて……鷹斗ったら……いやん♪ いや、マジで重いから!! マジで重い、無理!! 無理ぃぃぃぃぃ!!」

 結局は廃人眼鏡と翔子に両サイドを抱えられて家に戻った。

 家、と言っても今はまだ、細い竹と葉っぱの付いた枝を材料にした縦穴式住居だ。

 そのうちバンブー製ログハウスに改築しようと廃人眼鏡と計画中だが、道程は長い。童貞歴も長い。

 しかし、竹は硬いね。竹、硬い。竹さん、超硬い。

 サバイバルナイフは真剣にサバイバルのためのナイフであり、人殺し用のツールではなかった。先端部分はナイフ、柄の近くは両方向の三角ノコギリ、背は片方向の波刃ノコギリだった。

 お洒落や遊びが含まれない、真剣にサバイバルのためのナイフであり、柄にはヤスリや火打石になる部分すら付いていた。

 よく解らない機能もいくつか。……缶詰が無いのに缶切りがあるのはどうかと思うけどな。

 十徳ナイフの十徳のうち、生涯使われない徳みたいなもので一杯だった。

 そんなサバイバルナイフ様でも十分に成長した太い竹は中々切れたものじゃない。

 そもそも、ノコ刃の長さが足りないんだ。さらに、そのナイフの形状のために片手でしか握れない。

 結果、竹と言う素晴らしい建築素材を目の前にしながら夢のバンブーログハウス計画は頓挫していた。

「結局、また、役立たずが一人増えたわけね」

 翔子の氷点下の視線が白い少女を竦ませる。

「あ、あの……はい、すみません……」

 ジロリと男性陣に向けられる居竦みの術。

 廃人眼鏡が竦み上がる。

 ついでに俺も竦み上がる。

 主催者よ、人の瞳も凶器になるんだってことにしてくれない?

「あの村、間違い。食料、集め方、解らない。なのに、教えない。だから、ずっと役立たずのまま」

 功績値の管理とやらをしていた彼は、管理者ではあっても指導者ではなかった。

 ただ村から外に追い出して食料や薪を集めさせ、物資を自分に都合よく再分配していただけだ。

 指導者を名乗るからには集め方が解らない者には集め方を指導するべきだ。

 自分に出来ないなら、出来るものと組ませて教えるべきだ。

 だから、本当に声だけが大きい奴だったんだ。

「さらに、食事抜いた。食事抜けば、もっと、集められなくなる。悪循環。いずれ、彼女……死ぬ」

 一月もすれば近場の食料なんて探しつくされている。

 そんななかで三日間、水しか飲ませず空腹に倒れそうな少女に食料を集めさせる?

 それで集められられなきゃ更に飯抜きの懲罰か?

 頭の中が百年ほど古いんじゃないのか?

 本当に優秀な村長様なら労働力をここまで痩せさせたりしない。

 ……太らせたりもしないけどな。

「あぁ、確かにそうッスね。腹減ってるのに頑張って食料探してこいとか根性論は流行らないッスよ!!」

 餓死寸前までいった廃人眼鏡の言葉には実感が篭っていた。

 腹が減っては戦どころか食料探しも出来やしない。

「じゃあ、この役立たずに何させるのよ?」

「塩、造り、任せる。俺でも出来る、簡単、作業」

 そうだ、この肥満体でも出来る簡単な作業が塩造りだ。

 源泉の湯に浸した大きな石の鉢に濾過した海水を流し込み、ただ待つだけの簡単でカロリーを消費しない作業。

 濾過装置も竹を利用することで、一段階目で砂利を、二段階目で砂を、三段階目で布を使って細かな粒子を取り除くほどまでに進化している。そして熱によって海水が蒸発するごとに海水を注ぎこみ、結晶が溜まってきたなら木のヘラで掬い、天日に晒して乾かしてからナイロン袋に収納する。我慢強ければ小学生にだって出来る作業だ。

 ……本当にカロリーを消費してないな、俺。文明の利器は俺を駄目にする。

 この濾過装置、造るまでは大変だったが、造ってからは楽だった。

 本当に大変なのは廃人眼鏡の往復作業だ。俺は一人、ここにきてもなお楽をしていた。

「ふ~ん、その子に塩造りね。ほんとに出来るの?」

「俺に出来る、なら、彼女にも出来る。説得力は、極大」

 この肥満体に出来ることがこの子に出来ないわけはないだろう。

 あまり排他的になられても困るんだ。オープンユアハートだ、翔子。

 俺の予想では、きっと翔子に対する主催者の中での期待値は……とても低いはずだ。

「……ねぇ鷹斗、自分で言ってて恥ずかしくない? 確かに、説得力は極大だけど」

「男の、甲斐性。恥ずかしくない」

「そ~う~い~う~、男の甲斐性は~、夜のお布団の中で見せて欲しいかな~?」

 我慢する。これも男の甲斐性だ。

 翔子さんは解ってないなぁ。


 とにかく、合計六日の旅を終えた俺達一向。

 汚れを温泉で落とした。俺は廃人眼鏡という翔子対策と共に。

 白いワンピースの女の子は鈴音という実にお似合いの名前だったのに『シロ』と翔子が名付けなおしていた。

 扱いは廃人眼鏡のさらに下、ペットの位置付けだ。

 銀色布のエマージェンシーブランケットがこれで五枚。

 いそいそと銀色ガムテープでマクガイバーをして布団をもう一組作った。

 夏は、逆に暑いかもなぁ……。

「えーっと、私が布団で良いんですか?」

「シロ、お前、布団。眼鏡、シート。逆、眠れない」

「そうッスよ。女の子に寒い思いはさせられないッス」

 うん、実に男気溢れる発言だ。

「じゃあ、私もその……お二人みたいに、眼鏡さんとご一緒に?」

 モジモジと顔を赤らめながらの発言だが、それは無謀な提案だ、お嬢さん。

「眼鏡、女の子と一緒。寝られるか?」

「無理ッス!!」

 うん、実に男気溢れる即答だ。

「あ~もう、さっさと寝る。我侭言わない。鷹斗の肉布団は余のものじゃ!!」

「翔子、お前が一番、我侭」

 結局、俺と翔子で一組、シロが一組、廃人眼鏡が一枚という組み合わせに決まった。

 廃人眼鏡がもっとも男らしいように見えて、これから毎晩、翔子の気が済むまで悪夢にうなされる俺こそが男らしいんだぞ?

 主催者よ、悪夢を見せる翔子の技は加害行為に含まれないのか?


 ◆  ◆


 だんだんと暖々な気候に近づくにつれてカリスマ村長達のメッキが剥がれて来たようだ。

 そりゃあ『夏』に向けて薪拾いに精をだしてりゃそうなるよ。

 俺を見た瞬間『使えないデブ』『厄介者のデブ』『ただ飯狙いのデブ』扱いをした村長さんには正しい季節を教えなかった。

 それ以外の扱いをした村長さんが居なかったので、結局は誰にも教えなかった。

「え? 今って秋じゃなくて春だったんッスか?」

「気付いて、無かったのか? 北極星、無い。だから、ここ、南半球」

「あ~確かに、見覚えのある星座とか見なかったッス。じゃあ、薪とか集めてた村はどうなるんスかね?」

「最悪、解散。最善、解散」

「どっちにしても解散ッスか、そりゃ笑えるッスね。あははははは!!」

 最悪の解散は孤独なまま散り散りになること。

 最善の解散はそれなりに信頼の置けるパートナーと手を取り合って別れる事。

 村としてはもう一度作り直しだけど、その中身は全然違うものになるはずだ。

 その頃にはようやく備蓄してきた塩の出番もやってくるだろう。

 商取引は取引相手が信頼できてこそだ。

 ネットオークションで何度、高い授業料を払ったことやら。……俺のお父さんが。

 怒られて、当然でした、ごめんなさい。

 カリスマ村長達は……村長だけの村長村でも作ればいいんじゃないかな?

 村長どうしで尊重しあう理想的社会の実現だ。


 ……本当の最悪は村として機能していないのに形だけ残そうとすることだ。

 鍋の中で水から煮始めると逃げ時を失い、生きた蛙や蛸が茹であがるように、形だけの共同体は多くのものを失わせることだろう。主に命とか。命とか。命とか。

 いずれ、供養のついでに全滅した村へ物資をいただきに訪問することになるかもしれない。

「あ~、それに気付いていれば竹の子とか探せたッスねぇ」

「……タケノコ、まだ、遅くない。植物図鑑、書いてある」

「え? え~っと、タケノコタケノコ……あぁ、四月から五月ってことは多分、今が旬ッスね」

「うん、探そう。よく煮て、よく乾燥させれば、よく保存も利く」

 こうして素人による第一回タケノコ狩り選手権が開催されたのだった。


「翔子、タケノコは飛ばない。なぜ、石弓持つ?」

「鷹斗が欲しがってるグルコサミンとコンドロイチンのために決まってるじゃない」

 いや、何が決まってるんだ?

「軟骨成分は鳥にも魚にもありますから、翔子さんは鳥を狙ってるんです」

「え? 魚にも?」

「はい、魚にも若干ですが含まれています。骨と骨の継ぎ目にはちゃんと、軟骨があります」

 なんてこったい。グルコサミンもコンドロイチンもこの島に落ちてたよ。

 そして自ら落としてきちゃったよ。

 魚を三枚におろし、身を削ぎ、残りの骨の部分は罠漁に使ってた。

 ごめんな、俺の膝。お前に優しい成分を俺は全部捨てちまってたんだってよ……。

「シロはねぇ、賢いのよ? いっぱいものを知っててエロエロ教えてくれるの」

 あの翔子がギューッと抱き締めていた。

 あ、やべぇ俺のカリスマ()のメッキがボロボロと……。

「私は病院でずっと本を読んでいたから知っていただけで……その、実践できる鷹斗さんとは違いますから!!」

 いえいえ、そんなに気を使わなくても。

 総理大臣になりませんか? いつでも席を代わりますよ?

 その場合、俺に出来る仕事は……塩造りでも良いですか?

「まぁ、どこかのゲームの知識しか無い眼鏡の数億倍は役に立つ子ね。良くやったわ。もう眼鏡は出てって良いわよ」

「姐さん、酷いッスよ~」

 温泉の成分がナトリウム泉だと判明した今、廃人眼鏡の仕事は無い。

 薄いながらも塩水の温泉がそこにあるのに、塩水を海まで汲みに行っていた馬鹿な男達が居た。

 湯の花を毒だったりすると危ないなと思って避けていたのだが、その花が塩の結晶であることに気付け。

 海水にはナトリウム泉には無いミネラル成分があるため、一応、海水汲みは続いている。

 湯の花に毒素が含まれていないという保証も無い。

 それにもうジャッキーの訓練は廃人眼鏡のライフワークらしい。

 行商人のフリをして他村の状況を探る密偵という設定だそうだ。

 なにそれ? カッコいいじゃねぇか!!


 思えばシロ様がいらっしゃってから、随分と文明が開化いたしました。

 竹が切れない? なら、根元を火で焙ってから叩いて砕けば良いじゃない。竹はしなっても炭はしならない。

 竪穴式集合住宅が三つの個室になりました。なぜ、四つじゃない?

 水汲みが面倒? なら、竹の筒を繋ぎあわせて上水道を造れば良いじゃない。そのまま下水道にもなるからトイレは水洗式どころかウォッシュレットだ。

 柔らかなクッションが欲しい? なら、草を茹でて天日に干した後、ビニール袋につめれば良いじゃない。これでバンブーや地面の固さや寒さともおさらばだ。

 ビバ!! NAISEI!! 今ならあのときの眼鏡の発音の意味が解る。

 ……文明開化の音がしすぎて、俺の首がザン切られる日が近そうだ。

 しかし、そんなシロ様にも解らないことがあるらしい。

 この島には動物が、哺乳類も爬虫類も両生類も居ない。

 こんな海のど真ん中の島に川があって淡水魚が居る。

 川魚と鳥と虫、それから植物だけの世界。

 この島の生態系は異常だった。

 さ○とう先生の教えに従ってネズミには気を付けていたのだが、そのネズミ自身が居なかった。

 毎日、食料を探しに行く翔子も鳥以外の動物には出会っていない。

 海水を汲みに行く廃人眼鏡も川魚以外の動物には出会っていない。

 鳥と川魚と虫だけの生態系。

 おかしいなぁと思いつつも、ガラパゴスした島ではそういうこともあるのかもしれない。

 海辺に亀はいた。蟹も海老もいた。廃人眼鏡が拾ってきてこれにはちょっと安心した。

 もちろんキチンと美味しくいただいた。キチンとキトサンこれ大事。


 そして素人タケノコ狩り選手権の結果発表。

 翔子が三個で優勝。

 シロ様が二個で準優勝。

 俺と廃人眼鏡がゼロ個で同率三位。同率三位だ。同率の三位だ。

 タケノコの水煮は高温のお湯に浸けておくだけ……薄い塩水の源泉に浸けておくだけ、これほど楽なお料理も無い。

 文明開化の音がしすぎて、俺は生存の辛さを忘れかけていた。

 本当に、この島はベリーイージーのリゾートアイランドだったんだ。

 ちゃんと物を考えて、ちゃんと観察を行なう者にとっては、超簡単モードだった。

 ただし説明書を読まなければ、どんなゲームだってハードコアだよなぁ……。


 先に温泉で汗を流しに行った女性陣を残して同率三位の男組が川魚用の罠を見に行く。

 そこでは見知らぬ男が、首パンッをしていた。

 俺達の罠に捕まった魚に手をつけようとして、首をパンッしたのだろう。

 幸いと言って良いのか、男は川の中に転げ落ちていて、その血が服に染みこむ事は無かった。

 全自然洗濯機の力で洗われた男の衣服を脱がせ、手荷物の確認をした。

 鞄そのものにエマージェンシーブランケットやガムテープ、ナイフにナイロン袋まで。

 惜しいことに漫画と植物図鑑はずぶ濡れで読めそうに無い。

 お徳用マッチが濡れてしまっていたが、天日で乾燥させれば使えないだろうか?

 一応、試すだけ試してみよう。最悪でも側面の着火用のヤスリ部分は使えるはずだ。

 俺たちにとっての被害は、それだけだった。

 あとは、死体に触れるために何度も何度も二人で吐いたことくらいかな?

 水が貴重だから吐かないって決めた。でも、今は貴重じゃないから遠慮なく眼鏡と共に吐かせてもらった。

 久しぶりのリアルが、俺達の前に戻ってきていた。

「鷹斗さん達と出会わなければ、俺もこうなってたんスかねぇ?」

「いや? ただ、飢え死に?」

「そういや、そうでしたッス!! 鷹斗さんには、命を救われたッス!!」

 俺たちは知らない男を陸にあげて、適当に土を被せた。

 掘り返す生き物が居ないのだから、これで十分だろう。

 読めない漫画と植物図鑑をお供え物として、供養を済ませた。

 忠告音も、警告音も耳にしながら、それでも飢えの苦しみが勝った。

 音の中で、飢えながら、俺達の罠の中の魚をどれくらい見つめて我慢していたのだろうか?

 そんな彼へのお供え物だ、本当はなにか食べ物が良いのだろうけど、ごめんな。俺たちにも貴重な食べ物なんだ。

 こう言うのは泣きっ面に蜂と言うのだろうか?

 あるいは、棚から牡丹餅?

 ……死ねば皆、仏、だな。

 新しい資材や服に喜べばいいのか、見知らぬ誰かの死を悲しめばいいのか、眼鏡と二人で微妙な顔を浮かべる他無かった。……今日、みんなで村の外に出なければ、助けられたかも知れない誰かの墓を前にして。

 まぁ、竹の子五個よりも大きな釣果があったので俺達こそが影の優勝者だ。


 どうか、化けて出ませんように。

 ナムアミダブツ、ホーレンゲーキョー、アーメン。

 他の宗教の祈りの言葉を俺は知らない。


 ◆  ◆


 自分達が、あまりにも恵まれすぎていて忘れていた。

 村が崩壊すれば、それまでに食料の獲り方を学習していなかった者達は飢える。そして、当たり前のように死ぬ。

 なら、この村で受け入れるか?

 無理だ。まず翔子が許さないし、環境も許さない。

 四人が食べる分量しか獲らないから川の魚は減らないし、四人が食べる分量しか採らないから森の恵みも減らない。

 何人までなら自然界の天秤のバランスが耐えられるのか、それを量るのは命懸けになる。

 この島は本当にリゾートアイランドで、本来なら千人が余裕で食べていけるだけの恵みがある。

 だけど、人口分布が偏ればその例から外れてしまうだろう。

 翔子なら「他人だし?」の一言で終らせられるのだろうけど、無関心を貫けるほど俺の心は強くなかった。

 無関心によって殺された俺の心は、無関心を貫けるほど強くはない。

「鷹斗? なぁ~に難しい考え事してるの~?」

 俺の上でゴロンと転がりながら尋ねられた。

 答えの出ない自問自答が肉を通して伝わったのだろうか?

 ……ずいぶんと器用な脂肪だな、オイ。

「あぁ、いや、俺達だけ、こんなに幸せで良いのかなぁって」

 俺の返事を聞いて、翔子は怪訝そうな顔をした。

 次に不機嫌そうな顔になって、それから怒ったような顔になって、最後にビターな笑顔になった。

 それは初めて目にする表情だった。

「ねぇ、鷹斗? この島に連れてこられた時点で幸せな人なんて居ないでしょ? 幸せな人っていうのは~日本に残ってる、アタシ達千人以外の人達のことじゃないかなぁ? 毎日綺麗なお風呂に入れて、毎日美味しいご飯を食べて、毎日電気のある生活をして、毎日毎日毎日毎日……ねぇ鷹斗? 私たち、今、幸せなの?」

 胸をグサリと抉られた。

 今日、死んでいた彼を基準に、いつの間にかものを考えていた。

 俺は馬鹿か。そうだ、文明社会から切り離されて、俺たちは今……不幸、なのか?

「なんて嘘~♪ アタシは~、鷹斗が居れば~、し・あ・わ・せ、だよ~? 鷹斗もそろそろ自分に正直になってみたらどうじゃ? ぐふふ、この伝カチンコの宝刀を抜いてみてはどうじゃ?」

 自分に正直かぁ。

 いや、翔子は自分に正直すぎるから基準にしちゃ駄目だな。

「こんな環境で子供が出来たら可哀想だ、だからしない」

「ふ~ん。じゃ~あ、子供が出来ないなら抱いてくれるんだ?」

「いや、その、こ、コンドームとか無いしぃ? 避妊具が無いだろ?」

 少なくとも、錠剤の中身はビタミン・ミネラル・抗生物質・熱冷まし等のサバイバルに必須と思われる錠剤しかなかった。避妊具だのピルだのそんな余計な娯楽用品は入っていなかった筈だ。


「中古。って言うんだっけ? インターネットじゃ処女じゃない女の子のことを中古って」

 ズキリと胸が痛んだ。

 薄々、いや確実に気付きながら触れないでいた話題。

 こんなに男に密着しながら動じない処女が居たなら、それはかなりの奇跡ミラクルだ。

「あのね、アタシの胸って大きいじゃない?」

 同意する。

 だから、グイグイと押し付けて自己主張するのを止めて欲しい。

「小学校の高学年からかなぁ、急に大きくなり始めて男子にからかわれるようになったの。で、中学生になるころには、も~っと大きくなって、オナペット? クラスの男子からそう言う目で見られるようになったんだ~。……鷹斗、まだ大丈夫? 話、聞ける?」

 俺はゆっくりと頷いた。

 まだ、大丈夫だ。まだ、安全圏だ。

「でね? そ~ゆ~クラスの男子の目が嫌で嫌でたまらなくなったの。そしたらさ、中学二年の時の担任が優しくしてくれてさ~。バッカだよね~、アタシ、そいつに喰われちゃうの。大学出たばかり新卒のやる気満々の先生だったんだけど、別の意味でもやる気満々だったんだね~。……鷹斗、まだ、大丈夫?」

 俺は……頷いた、と思う。

 ちゃんと翔子の話は続いたんだから、頷いたんだと思う。

「やることやってれば、そりゃ~出来ちゃうわけよ。その話したら顔真っ青にしてさ、急にうろたえ始めるの。な~にが、愛してるだよ。結局、下半身に負けて若い子とやりたかっただけじゃん。……ね~え? 鷹斗、まだ、話聞いてくれる?」

 俺は、やっとやっとで、頷いた。

 翔子が、泣いていたから。やっとやっとで頷けた。

「で~、先生に幻滅しちゃって親父に相談したんだ~。金髪ピアス、覚えてるよね? アタシの親父ってあんな感じの奴でさ、話を聞いてアタシのおなか、蹴りまくりやがんの。お酒入ってたからかなぁ~? 入ってなくても同じだった気がするけどぉ~? それで、赤ちゃん、死んじゃった。……ね? 鷹斗、まだアタシの話、聞いてくれる?」

 俺は、頷くことしか出来なかった。

 翔子は、俺の胸の上に顔を埋めて泣いていた。

「一応、先生は病院にお見舞いに来てくれたよ? そ~し~て~……赤ちゃんが死んだことを伝えたらホッとした顔しやがんの……。親父は親父で警察行き。そ・れ・か・ら、アタシのおなかは~中古車からめでたく廃車になっちゃいました~♪ だ~か~ら~、子供なんて出来ないよ? 鷹斗が心配してくれてるようなことは~起きないよ? まだ、話、聞いてくれる?」

 もうどうしようもなくて、ウンウンと頷くことしか出来なかった。

 ただただ抱き締めて頷いていたら「ぐ、ぐるじぃ」と文句を言われた。

「親父がそんなだから親戚付き合いも悪くてさ。なんだか何もかも嫌になって、病院からフラフラって抜け出しちゃった。あ~、そういえば入院費払って無いや。悪いことしちゃったな~。でね? 一年ほどかな? ホームレス少女してました翔子ちゃんです♪ 同じホームレス仲間の男の人にも~、やっぱりこの乳は刺激的すぎちゃうんだろうね~。それでアタシはホームレスの溜まり場にも行けないから、だ~れも居ないところで一人ぼっち。定住すると近所の人の迷惑だから、毎日毎日移動して~、気が付くとリゾートアイランドの超展開。アタシ、この島に来たとき死んじゃったのかと思ったんだよね。なのに親父みたいなのが追いかけてきてビックリした。あの世まで追いかけて来たのかと思っちゃったよ」

「……そっか、だからあの金髪ピアスから逃げてきたのか」

「うん、親父。蹴られたの思いだしちゃってさ、怖くなってさ。……そ~れ~で~、もう一人ぼっちは嫌だったから若い娘の豊満ボディーで童貞男を釘付けにしてやろうと思ったのに、この甲斐性なしがっ! うりゃうりゃ!! ここがええのんか!? ここがええのんか!? な~んて、ね。鷹斗は~、中古が嫌いなんだよね? ごめんね? 巨乳の翔子ちゃんは~中古車どころか廃車なのでした~♪ ちゃんちゃん♪」

「いや俺は中古でも……」

 瞬間、胸がズキリと痛んだ。

 中学生の翔子と、その先生とやらが***している情景が脳裏に浮かんで。

 確かに、そうなのかもしれないけど……。

「中古が嫌いって割には~身体って正直だよねぇ~。ザ・人体の神秘~♪ な~んであんなに柔らかいものが、こんなに硬くなるのかなぁ? こ~れ~が~、最後のチャンスだよ? 翔子ちゃんと~、やってみる? イッてみる?」

 俺は、勇気を振り絞って男の甲斐性を見せた。

 ここで、踏ん張らなくてどうするんだ男の子!!


「……時間、ください」

「この甲斐性なしっ!! 鷹斗の馬鹿ッ!! 鷹斗のフニャチン!! 硬いのにフニャチン野郎!!」

 何度か殴打されたが、主催者は痴話喧嘩には口を挟まないスタイルらしく忠告音は鳴らなかった……。


 ◆  ◆


 結局、元居た場所よりも高ければ幸せなものらしい。

 結局、元居た場所よりも低ければ不幸せなものらしい。

 だから、翔子は今、俺という肉布団の厚みの分だけ幸せなようだ。

 だから、皆が今よりもっと良い村を、今よりもっと良い暮らしを求めてさ迷ってるんだ。

 時折、オラが村に入居させてくれと頼んでくる人達も居たが、相変わらずの氷点下の視線でうちの入国管理官が拒絶した。

 食料や物資の交換などの交渉事もあるのだが、それすら拒むことが多い。

 翔子いわく審査の基準はその大きな胸に目が行くかどうからしい。

 俺と廃人眼鏡はその類稀なる童貞力のおかげで、今のところ翔子に存在を許されている。

 女の子の大きな胸に目が行ってしまう、ここまでは男として仕方ないが、それを恥ずかしいことと思って即座に目を逸らしてしまうあの未知なるフォースだ。

 童貞力の低い男には生涯解らないフォースだろう。

 なので聞いてみた「眼鏡、童貞?」

「んなっ!? ど、ど、ど、ど、ど、童貞違わないわ!!」

 うん、清らかなボディの同志だ。

 良かった。これで違っていたら俺の立つ背が無い。

「鷹斗さんは違うッスよね? その~翔子さんと毎晩一緒に寝てるし」

「いや? ど、ど、ど、ど、ど、ど、童貞違わないわ!!」

「え? マジッスか? ……あぁ、お腹の脂肪が邪魔をして。……解ったッス!!」

「何にも解って無いわぁっ!!」

 こんな男同士の話をしていたら、俺たちの死角で作業をしていたシロ様がアカ様になっていた。

 しまった、童貞はこういうとき駄目だな。

 二人揃ってアングリと口を開きながら、フォローのフの字も出てこなかった。

「あ、あの、あの、き、聞いてませんでしたから。大丈夫です!! 童貞、大丈夫です!!」

 いそいそと姿をお隠しになられるアカ様。

 う、うん、童貞、大丈夫。

 大丈夫!! 童貞~ファイトぉ♪

 フォローされて落ち込むのは、やはり俺が童貞だからでしょうか?


 第二回、第三回と重ねたタケノコ選手権。

 お前ら、もう村に残ってろよと視線のみで男性陣は言い渡されました。

 俺が煮る、眼鏡が切る、お日様が干す。

 三人の力をあわせた乾燥タケノコ造りはとてもとても楽しいものでした……。

 やっぱりキノコ族にタケノコを探せなんて、土台無理な話だったんだよ。

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