第四話 赤は指揮官の色
日が没すると書いて、日没と読む。
月明かりの下で出来ることなんて限られているし、無駄に火を起こして動物の気を引く気も無い。
動物は火を恐れてくれない。そもそも火を知らないからな。
赤ちゃんがストーブで火傷しちゃうのと同じだ。
むしろ明かりが興味を惹いて寄って来る。夏の虫なら結構だが、春の肉食獣は簡便だ。
だから、日が落ちたなら、もうやることも出来る事も無かったはずだったんだけれども。
「んふふ、鷹斗ったら。今日も柔らかいわね~、でも、ここはこんなに硬くしちゃって~♪」
「翔子、さっさと、寝ろ」
「え~? ホントは嬉しいくせに~、解ってるんだから。身体は正直よのぅ。身体は正直よのぅ」
「翔子、さっさと、寝ろ」
「ホントに眠って欲しいの~? 心に正直になっちゃいなさいよ! お前は鷹だ! 鷹になるのだ!」
「翔子、さっさと、寝ろ」
今日の翔子はアグレッシブすぎだ。
その理由は、隣で廃人眼鏡がエマージェンシーブランケットに一人包まって居たからだ。
ネトゲの廃人。きっと俺と同じ清らかな身体をした……若い男だ。
こんな声を隣で聞かされながら眠れたもんじゃない。
「鷹斗の身体って素敵よねぇ。こんなに豊満なボディーをしてるのに……あれ?」
ピピピ……ピピピ……という音が響いた。
これは、忠告音だ。
「翔子、強姦、よくない」
「えぇ~っ!! これって強姦扱いなの? わかんないよ!?」
俺が嫌がって、翔子が無理やりに迫ってきた。
セクシャルハラスメントの定義は難しいな。
口頭のやり取りだけを判断基準にすれば強姦になるんだろう。
「翔子、諦めろ」
「ちぇっ、わ~か~り~ま~し~た~。翔子ちゃんは諦めました~」
忠告音が消えた。本当に二十四時間体制で監視されてるんだな。
それも人間の耳できちんと判断されているんだろう。
おそらくこの首元に少しだけ感じるコリッとした異物感。これが電波を出す機械だ。そして会話を聞いている何処かの誰かが暴力的な行為を判断して止めるのだろう。
こうして俺の貞操は守られたわけだ。
いわゆる強引に迫る、壁ドンをすると首パンッする環境なんだなぁ……それは安心なような、不満が残るような。
壁ドンする壁が無いから杞憂だな。
「今のピピピって音が忠告音ッスか?」
「ピピピは、忠告、ピーは、警告、最後は……パンッだ」
「パンッって……被害者保護のために加害者を……って奴ですよね?」
「加害者を、パンッ、だ。だから、槍、人に向ける。絶対、駄目」
「うぃッス。肝に命じておくッス」
翔子は、忠告音にも関わらず。俺の身体の上で、グニグニと脂肪の柔らかさと、一部の硬さを未だに満喫していた。
これが強姦の範囲に入らないあたり基準が解らない。
あるいは……そういうことなんだろうな。
音声と、衛星等からの目視の二重監視。だから、無音ならば解らない。
衛星からの監視もエマージェンシーブランケットの下で隠されていれば解らない。
本当は、いくらでもデスゲームが可能なんだって、嫌な事実に気付かされたな。
そういえば、何とかブランケットの正式名称をエマージェンシーブランケットだと知って居たのは廃人眼鏡だ。
『何とか』という喉まで出掛かったものが解消されただけでも幸いだと思おう。
◆ ◆
海がある。島がある。山がある。
つまりは造山活動、火山の活動で生まれた島なのだから、どこかにあると思っていた温泉があった。
源泉は摂氏80度か90度か。
これで茹でるどころか塩造りすら可能になった。
あれから一月、廃人眼鏡は立派な山男になった。
そして俺も一ヶ月の間に、立派な……脂肪分になった。なぜだ?
膝が痛いという理由で動かないからだ。
その癖、魚は罠で簡単に獲れる。
翔子が果物や木の実を翔子が取ってきてくれる。
竹が見つかったので、見よう見まねの石弓を作ったところ、鳥を見事に仕留めてきた。
さ○とう先生の知識は確かだった。
ちゃんとサバイバルできました!!
そうして起こった不測の事態が、俺の運動不足とカロリー摂取過多であった。
まさかこの島に来て、さらに肥えるとはな。
俺のメタボ力は主催者の予想外を行っていることだろう。
ざまぁ見ろ。凄く膝が痛いんだぞ。
廃人眼鏡は二日で往復して10リットル以上の海水を海から運んでくる。
それは枯れた竹を天秤棒にした、ジャッキーっぽい人の訓練を思わせる風景だった。
その往復の間に俺は海水を濾過し、源泉の熱を使って水分を蒸発させ、塩を結晶として備蓄する。
10リットルから手の平一杯分の塩にしかならなかったが、これをナイロン袋に備蓄していった。
折角源泉があるんだからと温泉も造った。もちろん人の入れるものだ。
源泉の温度が90度でも、チョロチョロと垂れ流す間にお湯は空気で冷める。
秒間10ccほどの速度で溜まっていくお湯と、温泉の表面積による自然冷却を計算すれば、温度を均一に保つことは簡単だった。廃人眼鏡が「NAISEI!!」だとか日本語らしくない発音をしていたけど、俺もインディアン語を話しているのでお互いさまだった。
一ヶ月もの時間があれば、それなりに偶然の出会いがあり、出会いが出会ってお見合いとなり、小さな村のようなものが島の中にいくつか出来ていた。
その全てを知って居る訳ではないが、湧き水の傍や、川の傍で四つか五つの村と出会った。
見つけたのは廃人眼鏡で、俺は杖をついて得られる知識が無いか観察に行った。
いや、正直に言おう。その村が脅威では無いかを観察に行った。
もしも近隣の村に廃人眼鏡を引き抜かれれば、海水が手に入らない俺達の小さな村の営みは詰みの状態になる。
未だに続く、翔子の冷たい眼差しのおかげで廃人眼鏡には苦労をかけている。
最近はなんだかそれすら喜びに変えている廃人眼鏡には感謝だ。
やっぱり、人は群れて生活すべきものらしい。
この島では筋肉に任せた暴力的な支配は出来ないから、口が良く回る奴ほど上に立っていた。
口が良く回って、他人に指示をしたがる奴が上に立っていた。
その指導力の有無を別として、声が大きい奴が上に立っていた。
誰も答えを持たない状況、答えを『持っているかのように振舞うだけ』でカリスマが面白いようについてきた。
「俺たちは、これから訪れる冬に向けての対策を取っている」
俺は、その体脂肪と四足歩行用の二本の杖から、ただ飯喰らいのタカリか何かだと判断されたらしく何処の村でも歓迎はされなかった。
……この十年間を考えるに、十年熟成物のただ飯喰らいであったことは否定しないけどな?
今現在もその労働力に見合った食事量かと言われれば怪しいけどな?
そして、彼らの勘違いから危機を察知したので、源泉と温泉、それから寝床の周囲に竹や木の枝で簡単な柵を作った。
これから訪れる『夏』に向けて温泉という熱源を奪いに来られては困るからだ。
こうして竹や木の枝で囲んだだけで土地の所有権を主催者に認めてもらえるのかどうかは運次第だが、彼等自身も村を作り簡単な柵を作っている以上、俺達の竹の柵でも所有権が認められるはずだろう。
流石はマクガイバーの相棒、銀色ガムテープ。
三人……いや、四人分もあれば飛行機だって作れそうだ。
俺たちはこの一月かけて、食と住の二つは確保した。
問題は、衣だ。
翔子はよく葉っぱを使った原始的ファッションショーを披露してくれるが防寒性は期待できそうに無い。翔子の肌色の鳥肌が全てを語っていた。
お洒落は我慢らしい。男にはわからんし、その鳥肌がお洒落だとは思わん。
ここは島で村なんだから、しまむらでいいだろう?
衣装に関しては、いざとなれば源泉からお湯を引いて床暖房にでもすれば良いか。
そうこうしているうちにカリスマはあっても、指導力の無い村から離反者が現われ始めた。メッキはすぐに剥がれ出した。
自分の村の村長に見切りをつけて、他のカリスマ村長の村へ移住しようというのだ。
稀にオラが村に訪れる客人も居たが、オラが村の入国審査官は翔子だ。
絶対零度の視線と暴言で全て追い返した。
お風呂に入れてやるくらい……構わんだろうに。
いやでも、そのまま懇願されて居付かれても困るか。
ファミレスのマニュアルには『浮浪者には絶対に仏心を出してはいけない』なんて一文があるとネットで見た記憶がある。
その理由は一人に仏心を出すと、二人、三人と寄ってくるからだ。
これは難しい問題だな。
そして、その結果がこれだ。
「温泉と言う貴重な資源を独占することを俺達は認めない」
これが他所の村の意見。
そりゃ、温泉好きの日本人、お風呂に入りたいよね。
「そう? だから? 力尽くで奪ってみる? あぁ、出来ないんだっけ」
これがウチの外務大臣の意見。超大国バリの強気の姿勢だ。
主催者は俺達に温泉の所有権を認めていた。
俺が他所の村に勝手に入ろうとすれば忠告音が鳴るし、余所者が俺達の村の敷地に入ろうとすれば忠告音が鳴った。
お互い様だ。お前の村にも貴重な湧き水があるじゃないか、なぁ?
はっきり言ってウチの外務大臣は人選に問題がある気がしてならないのだが、他に勤まる人間も居なかった。
俺も廃人眼鏡も男だ。
基本的に脇が甘い。
余力があるとついつい他人を助けてしまう。
翔子は他人に対して徹底的なまでに冷たい。無関心ではなく敵対的だ。
廃人眼鏡に対しても未だに冷たい。
廃人眼鏡はそれを喜んでいる。……うん、問題ないな。
今は温泉の存在にしか気付いていないが、塩の精製まで気付かれたならどうなることやら……。
「翔子さんは他人に厳しいッスよね」
「お前、見殺し、それくらい、厳しい」
「そう言えば~、そんなこともあったッスね~。鷹斗さんが助けを入れてくれなきゃのたれ死んでたッスよ」
うん、そして、遺体になった廃人眼鏡から鞄や新しい衣服一式を嬉々として手に入れたことだろう。
そんなことを簡単に行なえる翔子の過去を俺は知らない。
翔子が語らないし、俺が聞かないからな。
俺の場合は、語るべき過去がない。十年引き篭もってた、fin。
語れるようなカッコいい過去が欲しい。
「でも、厳しい、違う。冷たい、かな?」
「厳しいじゃなくって冷たいッスか~、確かにあの目で見下されるとゾクッとするッスね」
「……眼鏡、M?」
突然、廃人眼鏡が噴き出して笑い転げだした。
地面をバンバンと叩きながら転げまわる。
だから、俺の発言の何がおかしいんだ?
「翔子、俺しか、要らない。でも、俺、お前、必要」
廃人眼鏡が居ないと海水が手に入らない。
いや、今となっては温泉の利用一回につき海水一杯でも……止めよう、この思考は危険だ。
廃人眼鏡が座っている椅子を、俺の手で引っこ抜いたらどう思われることか。人には、役割が必要なんだ。
「いや~、面と向かって必要とか言われると照れるッスね。ネトゲだと……俺のステータスの高さとか課金装備とか、そう言うので、レイド参加して皆にチヤホヤして貰えましたけど、やっぱり、リアルは違うッスねぇ……」
……いや、俺は、お前のステータスである脚力が必要だって言ったんだけども。
まぁ、なんだ、訂正するほどのことでもないか……。
なんだか、むず痒いな、こういうのは……。
◆ ◆
夏に向けて食料や薪の備蓄を始める村々。
冬に向けて海水から塩を、果物や木の実類から糖を備蓄する我々。
一人くらい、夜空のおかしさに目を向ける人間は居なかったのか?
居ないか、居ないよな。
『非生産的な皆様』達だ、居ないよう奴ばっかり集められたんだからな。
そんなことを考えて、俺は半年以上先の冬への対策を進めていった。
ただ、植物図鑑を読むかぎり、この島はあまり寒くはならなさそうだった。
そうして、パラパラと図鑑の熟読を続けていると、村の前で喧騒が聞こえた。
「捨ててきなさい!!」
「いや、だって……可哀想じゃないッスか!!」
「あの……良いんです。私は……元の村に戻りますから……」
海水を抱えた廃人眼鏡が子供を連れて帰って来た。
お前、俺の知らない間に子供作ってたのか?
清い身体の同志だと思ってたのに。
「もう一度言うけど、捨ててきなさい!!」
「こんな子供が三日も食べてないんですよ!? 姐さんだって可哀想って……」
「思わないわ!!」
平行線だった。議論どころではない。
平行線でもない、翔子の意思が全ての意見をへし折っていく垂直線の空手チョップだ。
確かに、眼鏡が連れ帰って来た白いワンピースに白い帽子の女の子はガリガリに痩せ細っていた。
背丈から計算すると……さっぱり解らん。中学生以上、大学生未満だ。
翔子よりも年下なのかもしれないし、年上なのかもしれない。
俺に女性の年齢を測る機能はついていない。
とにかく、二人の話を聞くことにした。
外務大臣は翔子だが、内務大臣は俺だ。
海とこの温泉村までの道中、川辺で泣いているこの少女を見つけたらしい。
彼女は、彼女の村の方針で食料を集めに出たのだが、何も見つけられなくて、魚を掴まえることも出来なくて、ただ泣いていた。
そこで義侠心が湧いたのか、他の何かが湧いたのか、お弁当として渡していた食料の一食分を食べさせてみたら懐かれた。
塩分と旨み成分の入った食事など一ヶ月ぶり、カ○リーメイトぶりだったのだろう。
美味しい美味しいと泣いたそうだ。
名コック長の俺としては鼻が天狗になる話だな。ハムにされそうだから天狗になるのは止めよう。
それから行きと帰りで一食ずつ餌付けをしていたのだが、これが良くなかったのかもしれない。
自分の腹がそれなりに満ちてしまえば、必死になって食料を探す気概が失われてしまう。
そして、村への貢献度が足りない懲罰として彼女は村の中に閉じ込められ、三日間を水のみで過ごした。
元々痩せていた。それが、廃人眼鏡の施しで何とか生き延びていたのだ。
話を聞くにつれ、情にほだされた男の末路について悩まずには居られなかった。
下手をすれば廃人眼鏡が彼女の村に行ってしまいかねない。
そうなれば塩の秘密は漏るし、労働力も激減だ。
グルコサミンとコンドロイチンさえあればなぁ……。
だから、苛酷なはずの環境で引き篭もりという離れ業をしていた俺が、ついに立ち上がったのだ。
杖を二本ついた、生まれたてのような子鹿の足取りで立ち上がり、少女の住む村へと向かった。
廃人眼鏡の足なら一日、いや、半日で辿り着くその集落への到着には二日の時間がかかった。
大丈夫だ、一週間分の食料を用意してきた。
俺は俺の無力を侮っていない。一週間分で足りなければ廃人眼鏡に村まで取りに行ってもらう計画すら立ててある。
この自然界という苛酷な環境にありながら、さらに肥えると言う離れ業を成し遂げた俺のメタボ力を舐めてはいけない。
翔子には悪いが、留守番を頼んでおいた。
みんなで村を出て、戻ってきて、その間に泥棒の首がパンッしていたら嫌だからな。
きっと翔子は大喜びで回収するんだろうけどさぁ……。
◆ ◆
「えぇ、私の村では貢献度に応じて食料の分配を行なって居るんですよ。ですが彼女の貢献度があまりに低すぎるため、已む無く懲罰を与えたのです。彼女が村に貢献さえすれば、十分な食料の配分を再開しますよ」
言ってる事は一見まともだな。
村に貢献できない奴は飢えて死ね。
うん、ごもっともな意見だ。耳に痛い。超痛い。
でもさ、貢献度を決めるお前は自分の貢献度を無限大に設定してるんだろう?
結局やってる事は、皆が集めてきた食料類をお前が天引きした後に再分配してるだけだろ?
「そう、解った。じゃあ、彼女は、ウチに、引っ越すから、彼女の、荷物、返せ」
「彼女の荷物と言われましても、私の村に入った時点でその荷物は全て共有財産として管理されますから既に彼女の荷物はありませんよ? 彼女を引き取りたいと言うのならそれは構いませんが、彼女の元々の持ち物は返せませんね」
さっきから、うるさいな、こいつは。
『私』の村の『共有財産』?
財産管理をしているというお前の『私物』だろ?
「んな馬鹿な話があるわけないッス!! 彼女のものは彼女のものッス!!」
廃人眼鏡が憤って立ち上がると例のピピピという忠告音が鳴った。
おっと危ない。口より先に手が出る性格なら終ってた。
やっぱり翔子は置いてきて正解だったな。
「落ち着け、任せろ」
「……わかったッス」
落ち着いて、交渉しよう。
きちんと交渉すれば、話は通じるはずだ。
このリゾート計画は、殺し合いが目的ではないのだから。
「彼女に、荷物を、返して欲しい」
「ですから、共有の財産として……」
俺の言葉に目の前の村長が何故か反応したが無視をした。
俺が対話している相手はお前じゃないんだよ。
「お前に言って無い。このリゾート計画の主催者に言っているんだ。この先、彼女が生きるために必要な物資として、この村に供託された荷物一式が必要だ。目の前のこいつがなんと言おうと荷物の所有権を決めるのはアンタ達だ。彼女の荷物一式が今後の彼女の生活に必要なものだと判断するなら目の前のコイツに忠告音を、それとも目の前のコイツが、ただ他人の収穫物の上前を撥ねるだけのコイツの言い分が正しいと思うのなら俺の首に忠告音を鳴らしてくれ。回答は、しばらく待つ」
この島の中での所有権を決定するのは俺でもお前でも無い。
俺達を監視するリゾート計画の主催者様だ。
主催者には主催者の意図があるのだから、それに従って決定が下されるはずだ。
非生産的な者が目の前に居るな。
他人の収穫の上前を撥ねるだけという非生産的な者が目の前に居るな。
コイツと廃人眼鏡が連れて来た少女、どちらの期待値が主催者にとって高いかという問題だ。
この地で最も優先度の高いものは法律でも、道徳でも、契約でもない。
リゾート計画の主催者様の思惑とその暴力が頂点に立っているものだ。
やがて、向こうの村長さまの首からピピピと言う電子音が聞こえた。
「決まったな。ちゃんと返却しろ。そうで無い場合は窃盗としてお前の首がパンッと破裂するぞ」
「いやでも、これは村に入る際の契約であって……」
首もとのピピピがピーに変った。
「それは最終警告音だ。言い訳してないでさっさと返したほうが良いぞ? 死にたくなかったらな? 俺達はそれでも構わないが?」
「わ、解りました。返却します……」
警告音が止んだ。
目の前の男が、どんな経緯でこの島に連れて来られたのかは知らないが、きっと俺とは違う。
手紙には『非生産的な皆さん』と書かれていた。
つまり、生産に対して協力的ではなく、他人の上前を撥ねるだけの人間も含まれていたのだろう。
そしてコイツは、この島に来てもその生き方を変えなかった。
皆が混乱する状況の中、口八丁手八丁で村を形作ったことは評価できることだろう。
だけど、その維持方法も構築理由も、全てが間違っていた。
自分が非生産的に、怠けるために最初だけ生産活動を行なったのだ。
自動的に自分の腹が満たされる装置として人間をパーツにした赤い村というシステムを作り上げた。
そこで彼の生産活動は終了した。
あとは、仕事の評価という管理権限を持った彼の手の平の上で人々が労働を行うだけの赤い村が残るだけだ。
この支配体制がいつまで持つことやら。
どういう意図で、どういう人選で、なにを期待して仕組まれたリゾート計画なのかは知らないが、そっちがその気なら……別にどうでもいいことか。
十年間、部屋の中で腐っていた俺が、今はこうしてちゃんと生きている。
感謝こそすれ恨む筋合いの話ではない……けど、取り溜めしたアニメが……来期のアニメが……いや、一年分、4クールのアニメがっ!!
よし、やっぱり憎もう。
でも、父さんと母さんは喜ぶんだろうな、今の俺の姿を見て……。
ん? むしろ十年間、顔を見せて無い横太りの俺を息子だと認識して貰えるか心配だぞ?
何だかんだと考えているうちに彼女の持ち物だった荷物が並べられていった。
マクガイバーの親友である銀色ガムテープやマッチ類の残りが少ないことを指摘したところピピピと音がなり、急遽、一番残量の多い物に変えられた。やるじゃん♪ 主催者。
流石にカ○リーメイトは無かったがエマージェンシーブランケットはあったし、サバイバルナイフもあった。
これだけあれば十分だ。
さて、もうこの村にも用が無いし、さっさと帰ろう。
翔子が怖いからなぁ。本当に怖いからなぁ。今回は何日分の悪夢責めで許されるのだろう?
「じゃあ、帰ろうか?」
「……この屈辱、忘れませんからね?」
「覚えてるだけ無駄だと思うぞ? なにせ暴力には訴え出られない島なんだから。折角なんだ、リゾートを楽しめよ」
赤い村の村長こと、詐欺師の恨めしい目を背中に受けながら、俺は四足歩行の家路に付いた。
◆ ◆
「あの、鷹斗さん? さっきから顔色悪いけど大丈夫ッスか?」
「うん、大丈夫。大丈夫!! 行きは、下り、帰りは、登り、忘れてただけ……」
「え~と、あの~、頑張ってください!!」
うん、俺は頑張る。
この島のどこかにグルコサミンとコンドロイチンが落ちてないものかなぁ……。