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有人島物語  作者: 髙田田
有人島物語~春夏の始章~
3/23

第二話 やり直す機会なんて何度でもあった

「ね~え? ここってさ~、何処なんだろ?」

「日本、違う」

 川沿いの沢を登るのは、浜辺を歩くよりも辛かった。

 平坦ではなく登りの傾斜があるからだ。位置エネルギーって知ってるか?

 その上、足元が均一ではないため滑らないように気をつけなくちゃいけない。

 杖が二刀流装備で四足歩行になった。

 朝は四本、昼も四本、夜も四本、この生き物なんだ? 俺だ。

「え? 日本じゃないの? じゃあアタシの初めての海外旅行だ!! やったー!!」

 俺は夜空を見た。どれだけ探しても俺の名前の由来である北斗七星も北極星も見つからなかった。

 だから、ここは南半球だ。日本が南半球に植民地でも持っていなければ確実に日本ではない。

 これは漫画の知識だけど役に立った……のか?

 確か、さらわれた時点で北半球は秋だった……筈だから、南半球では春になる筈だ。

 サバイバルライフのスタートのタイミングとして最善の季節だろう。

 今が秋ならば、今から冬篭りの準備をしても間に合うはずが無いんだ。

 主催者が何を目論んでいるのかは知らないが、そういった形での全滅は望んでないようだ。

 俺は、一本の太い木の杖に金髪ピアスのサバイバルナイフを銀色のガムテープで巻き付けて槍にした。ここが島だと言うのならヒグマのような大きな肉食獣は生息しては居ないはずだ。だけど、犬のような肉食性の生き物が居てもおかしくはない。

 そして、そんな彼等にとって俺はとっても美味しそうに見えるはずだ。

 なにせ霜降り肉だ。高級感溢れるジューシーな味わいを保証してくれるだろう。

 獣たちが俺の横の太さを筋肉だと都合よく勘違いしてくれれば良いのだけれど……。

「ねぇ? 具体的には何処か解らないの?」

「南半球。オーストラリアとか、ニュージーランドとか、ハワイとか、それ以上は、解らない」

 南半球の何処かも解らない島から、大海原を渡って日本に帰る?

 たしかに無謀としか言い様の無い行為だ。

「うっわ~、夢が広がるね!! 南半球のハネムーン!! ヨーロッパも捨て難いけど南半球のリゾート島も良いよね~!!」

「あぁ、お金に、羽根が生える、羽ムーンな」

 翔子が俺を見詰めて驚いていた。

 目をパチパチを瞬かせている。

 今、俺が何かしたか?

「なんだ、鷹斗も冗談言えるんじゃない!! インディアン嘘吐かないから冗談も言えないのかと思ったよ!!」

 誰がインディアンだ。インディアンに謝れ。

 俺はただ十年ぶりの会話で、言葉を選ぶのに時間が掛かってるだけだ。

 あとな、冗談じゃなくて本音を言っただけだ。新婚旅行は熱海で十分だ。

 こんなコテージの一つも無い自称リゾートアイランドより熱海の温泉が良い。

「冗談、違う。本気だ」

「ぷっ、はははははははははは!! やっぱり冗談言えるんじゃない!!」

 翔子は腹をくの字に曲げて大笑いした。

 なにかがツボに嵌まったのか、十分近くは笑い続けていた。

 失礼な!! そう思いながら、重い足取りで、重い身体を俺は歩かせ続けた。

 大笑いしながら歩く翔子よりも四本足の俺の方が遅い事実が、実に腹立たしく感じた。


「ここなら、水、澄んでて、綺麗。多分、大丈夫」

 沢を登っただけ水が澄み渡り、水の中に魚影も見えるようになった。

 これならきっと大丈夫。と、思いたい。

「翔子、下流、川の中、待機。靴と靴下、スカート、濡らさない。俺、魚、獲る。翔子、捕まえる役」

 うんうんと頷いて、翔子が靴と靴下を脱ぎ捨てに掛かっていた。

 俺は、そこそこ大きな石を抱き抱え、川の中を覗いた。

 俺の影が川の上に差すとスイッと岩陰に隠れる魚が居た。

 そこで、魚が隠れた岩に目掛け大きめの石を投げつける。

 本場のガチンコ漁なら一発で多くの魚が獲れるのだろうけど、今の俺の腕力ではこれが精一杯になる大きさの石をぶつけた。

 岩の下に隠れた魚が衝撃で気絶して下流に流されれていく。

「うわっ! うわっ! 魚だ! 生だ! 生魚!!」

 魚が石の下に隠れるのを確認して石をぶつけていく。

 槍を銛代わりにして魚を獲れるかとも考えたけど、俺の反射神経では不可能だった。

 だから漫画の知識でも知識は知識、ここは使えるものを使うしかない。魚とのガチンコ勝負だ。

「おぉ~、大漁! 大漁だべさ~!」

 これで十匹以上は獲れたかな?

 下流で翔子が逃していなければ今日の昼食分と夕食分には十分な漁獲高だ。

 振り返って確認する。そして、俺は色々と硬まった。

「翔子、なんで、パンイチ?」

「だって~、スカート濡らすと大変でしょ? いやぁ~、そんなにマジマジ見られると翔子ちゃんも照れちゃうなぁ~。えへへ~♪」

 ギギギと俺の顔を上流に向けて、俺が落ち着くのを待つ。

 しばらくすると俺が柔軟体操を始めたので、それから魚を焼く準備を始めた。

 生は駄目だ。寄生虫の危険が高すぎる。

 煮るのが一番だけど、入れ物が無いので今回は焼く。

 まず、魚の腹に切れ目を入れてワタを取り出す。

 ここが日本ならともかく、今の状況では寄生虫一匹で即死だ。それも悶絶しながらの死だ。

 『ワタが一番なのに、それを食わないなんて信じられないね』などと食通を気取っている場合じゃない。

 歩きながら拾ってきた小さな木の枝に火を着ける。

 炊きつけ用の紙に使ってごめんなさい、さ○とう先生。

 でも、先生なら許してくれますよね?

「鷹斗は主夫でもやってけるんじゃない?」

「主夫は、こんな、不味いもの、出さない」

「え? この魚、不味いの?」

 川魚は苦い。何か調味料でも無ければ食べられまい……と、思ったが、案外淡白な白身魚だった。

 日本の常識とはちょっと違ったらしい。

 常識と言っても鮎しか参考資料は無かったのだけれども。

「いやぁ~、余は満足じゃ!! 塩でも効いてれば、もっと良かったんだけどね~」

「塩は、海水、ろ過終ったら、使える。だから、夜まで、待て」

 俺の空のペットボトル二本を連結して、砂程度なら除去できる濾過装置を作った。

 ただ、目が細かすぎたのか、一滴一滴しか落ちていかない。この調子だと夜まで掛かるだろう。

「……ねぇ、鷹斗、なんで引き篭もりなんてやってたの? 漁師でもやってれば良かったのに」

「さっきの漁法、日本だと違法」

 遺体から物を奪っても大丈夫だったんだから大丈夫だとは思ったが、最初の一投目はちょっとドキドキものだった。

 あくまで人間同士の奪い合いの殺し合い、傷つけ合いのデスゲームにしないための主催者の監視なんだろう。

「よ~し! 御腹が一杯になったところで更に上流を目指すぞ~!! お~!!」

 翔子が立ち上がって人生に一片の悔いもなさそうに、その拳を天に突き上げた。

 翔子は元気一杯だなぁ。でも、悪いが期待は裏切る。

「目指さない。野営、準備。翔子、柴拾い。俺、野営、準備」

「鷹斗~、ノリが悪いよ~? あと、柴拾いはお爺さんのお仕事だよ~?」

 俺は無視して翔子に賢者の杖の槍を持たせる。

 森の中に入る以上、用心するに越したことは無い。

「えっとぉ、槍は鷹斗が持ってた方が良いと思うんだけどぉ……」

「気にするな。俺、ここで作業してる……だから、ちゃんと帰ってこい」

「え? ……は、はい! 行って来ます!!」

 何が嬉しかったのか、この足場の悪い中をスキップ調で森に向かう翔子。

 運動神経の差か、年齢の差か、体脂肪の差か、現状の機動力には天と地ほどの差があるな。

 俺も十年前はあんなふうに動けた……いやいや、無理無理。元々無理。

 さて、俺は俺でやることが多い。

 まず食器造りから何から、生木で作れるものは今のウチに作って起きたかった。

 さすがに手掴みの食事は卒業しておきたい。

 植物図鑑を片手に毒の無い木を選んで、サバイバルナイフでゴリゴリと削り始めた。

 いつまで翔子が一緒に居るか解らない。

 いつまで俺が一緒に居るか解らない。

 だから出来る事は出来るうちにやって置きたかったんだ。

 今までは、いつでも出来たけれど何も出来なかったのに……不思議なもんだ。


 ◆  ◆  ◆


「え、え~っと……ただいま~♪」

「お帰り。柴、取れたか?」

「取れたよー!! 大猟だよ~!! あと、木の実とかキノコとかも見つけてきたよ!! 植物図鑑で調べるよー!!」

 植物図鑑を参考に、キノコの食用・非食料を見極めるのはとっても危険だと思うのだが、翔子のやる気に水を注すのも躊躇われた。

 どうせ同じ物を食べるんだ。

 死ぬときは一緒だろう。寂しくない。

 仲良くのた打ち回って死のうじゃないか。

 木製ボウルにろ過した塩水を張り、三枚におろして寄生虫対策に一度は火を入れた魚を放り込む。

 あとは翔子が絶対大丈夫と言い張ったキノコやら何やらをザクザクと切って放り込む。

 最後に真っ赤に焼けた石を放り込むと木製ボウルの中でボコボコと泡が吹いた。

「うわっ! うわっ! 石狩っ! 石狩だっ!!」

 ……石狩鍋ではなく焼石鍋なんだが、まぁ、わざわざ訂正することでもないか。

 ちゃんと日本人文化の象徴、箸も用意した。

 菜箸と普通の箸を分ける意味を感じなかったので、全てが菜箸だ。大は小を兼ねる。

 なんという魚かは知らないけど、それなりに淡白で苦味もなく、キノコの旨み成分と塩味が効けばそこそこの鍋だった。

 汁を飲む際はお互いに木製ボウルごと持ち上げて、直接口を付ける。

「うひゃ~! 間接チューだよ!! 照れちゃうなぁ~もぅ! このっ! このっ!!」

 翔子がわざとらしくモジモジして頬を赤らめたフリをしていた。

 隙あらばからかおうとするのは止めて欲しい。

 特に汁物を含んでいる時は。噴き出したら大惨事だ。

「お前、口付けた、そっち側。俺、口付けた、こっち側」

「鷹斗~、ノリが悪いよ~? こう、さりげな~く、入れ物を半回転させるくらいの男の甲斐性を、み~せ~て?」

 そんな甲斐性無しな男の甲斐性を見せる気は無い。


 夜の食事が終ればあとは寝るだけなのだが、色々と納得がいかない。

 銀色のシートは翔子いわく、なんたらブランケットと言うのだそうだが、俺が下で、翔子が上だ。まぁ、逆は物理的に不可能なので、仕方がないのだけれども。

 二枚のシートを重ねて銀色ガムテープで寝袋に作り変えた。

 うん、ありがとうマクガイバー。

 そして、俺が下になり翔子がその上に乗って眠る。

「うへへへ~。肉布団じゃ。肉布団じゃ」

「割と、重くて、悪夢を、見そう」

「そこは~羽のように軽いよハニー♪ って言わないと、羽ムーンなんだから♪」

「月の様に、重いよ、ハニー」

 女の子は羽根のようには軽くない。

 とりあえず10kgのお米の袋が五つ分は重たい。

 よく、アニメで高いところから落ちてきた女の子を受け止めるけど、女の子はちょっとした洗濯機よりも重い。

 二階の窓から落ちてくる洗濯機を受け止める? 確実に死ねるな。

 アニメの女の子は何で出来て居るんだろう?

 砂糖菓子と素敵なものがいっぱい? そりゃ太るだけじゃねぇの?

「今、鷹斗、かなり失礼なこと考えてるでしょ? 横綱は鷹斗でしょ!! まったく失礼……なぁ? ふふふ、初心な奴よのぅ」

 気付かれたが、気にしない。

 気にしたら負けだ。気にしたら負けだ。気にしたら負けだ。気にしたら負けだ。

「ん? 女体は初めてか? 初めてなのか? ん~?」

「うるさい。寝ろ」

「んもぅ、ノリが悪いな~鷹斗は。もしかしたら、最初で最後のチャンスかもよ?」

「そんな愛の無い経験なら、しない方が良い」

「そっか、鷹斗は純愛主義なんだ。ウブい奴じゃ。仕方がない、今日の所は勘弁してやろうぞ」

 そう言うと、早々に翔子は俺の肉布団の上で眠りに就いた。

 沢登りに柴集め、食材拾い、体力的には限界に来ていたのだろう。

 俺も膝が限界だったのでこの場に留まったわけだが、それで一休みしてしまったせいか、眠りにつくには少々の時間が必要だった。若い女の子と言うのは、どうしてこう、特有の香りが……気にするな俺。気にしたら負けだ。

 しかし……本当に、最初で最後のチャンス、だったのかも知れない……。

 黙れ!! 俺!! 寝ろっ!!


 ◆  ◆  ◆


 予想通り、酷い悪夢を見た。

 昔々の出来事だ。

 あぁ、十年以上前の出来事だ。

 最初はソレが何なのか、気付く事が出来なかった。

 何も無いのだから気付くべき事も無かったんだよ。

 突然、誰も俺に話しかけてくる奴が居なくなった。

 たったそれだけだ。

 それだけの事だったんだ。

 だけど、俺が能動的に話しかけることの少ない人間だったせいで理解が遅れた。

 俺はイジメられてなんかいなかった。

 俺はシカトされてただけなんだから。

 それが、学校側の見解だった。

 話したくない奴、嫌いな奴と話しなさい、なんて無理は先生も言えない。

 そんな義務感や同情心向き出しの会話なんて、俺も何を話題にして話せば良いのか解らない。

 友達だと思ってた奴が、急にただの知り合いになっただけ。

 ただの知り合いだから、急に話さなくなっただけ。

 事務的な伝達事項以外、俺に掛かる声が無くなっただけ。

 シカト、ただの無関心はイジメなのだろうか?

 だとすると、友達が居ない奴はイジメにあってることになるのか?

 友達が居る事が当たり前で、友達が居ない事はイジメなのか?

 なら、この十年間、俺は世界中からイジメられていたのか?

 十年たった今になっても、急に皆が離れていった理由は知らない。

 俺が悪かったのか、それとも何かの勘違いがあったのか、一度離れ始めた人の流れは戻らなかった。

 そして、離れてしまった以上、その理由をお優しく俺に教えてくれる人間も居なかった。

 だから、最後まで俺は何も解らなかった……。

 こうして俺は孤独になり、孤独になり、孤独になった。

 俺は何一つ嫌がらせなんてされてない。

 嫌がらせすらされなかったんだからな。

 こうして思春期の俺の心はポッキリと折れたまま、横向きに伸び続けた。

 皆が縦の方向に歪みながらも伸びていくのに、俺の心は横向きに伸び続けた。

 横に伸びれば伸びるほどに、世間と言うものから遠ざかっていった。

 インターネットの世界に入り浸り、あれこれと上から目線の自論を語って押し付ける、そういう人間になっていった。

 何処にでも居る、くだらない人間に、更に輪を掛けたくだらない人間になっていた。

 今でも、何処で、何を、掛け違えたのか、解らない。

 それが解った所でやり直しが出来るわけでも無いのに、毎日のように悩んでいる自分が居た。

 当時、友人だった『筈』の奴に電話の一本もすれば笑い話として答えを聞けるのかもしれない。

 奴にすれば笑い話として答えてくれるのかもしれない。

 そうやって迷っているうちに十年の時間が過ぎ去った。

 思い返せば今迄の十年の間にやり直す機会なんて何度でもあった。

 そして、今から十年後にも、思い返せば十年の間にやり直す機会なんて何度でもあったと思うんだろう。

 解っているさ。

 今、この瞬間に、やり直せるなんてことは。

 解っているのさ。解ってはいるのさ……。解っては、居るんだよ……。解ってる……。


 だから、肉布団にはなりたくなかったというのに……。

 目を覚ますと川の水を使って翔子が自分の白いパンツを手で洗っている所だった。

「あっ、おはよう。随分うなされてたみたいだけど、良い夢見れたかぁい?」

「おはよう。じつに良い、悪夢が見られたよ」

 その恥ずかしげも無く自分のパンツを洗う姿を見せつけられることにも、慣れた。

 まったく慣れて無いけど慣れたことにした。絶対に反応してやらないと心に決めた。

 もう、コイツには負けてやらない。

「あ、もしかして~。今、履いて無いとか思ってるでしょ? じゃ~ん♪」

 恥じらいの欠片も無くスカートをたくし上げる翔子。

 その下にはあの金髪ピアスのトランクス。

 解っちゃいるのに目が向いてしまう自分が憎い。

 反応しないと心に決めたのに、その心の決定に従わない体が憎い。

「ふふふ、ウブい奴よのぅ。たったこれだけで反応しちゃって」

「朝勃ちだ」

「あぁ、朝勃ちってホントにあるんだね!! お硬いものが目覚まし代わりになって私、起きちゃったよ。人体って神秘~♪」

 くそっ!! 生理現象までもがからかいのネタにされるとは……。



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