第八話 無人島物語
夏来ても折り悪く、地球最後の海水浴とは洒落込めなかった。
青春を謳歌する廃人眼鏡と沙織ちゃんは海に遊びに行ったそうだ。
沙織ちゃんと二人で秋までに十億を使い果たすと豪遊を決め込みながら、全く減らないその物量に完全敗北していた。
小市民には大きすぎます、その金額。
二泊三日でやっと十万円程度のダメージしか与えられませんでした。
HP十億のボスキャラってイベント戦だよね?
もう、燃やしちゃえばいいんじゃない?
ほら、これで明るくなっただろうって歴史の教科書っぽくさぁ。
実際には一瞬で燃え尽きて手が火傷するオチになる確率が高いらしいけどさ。さらに犯罪だけどさ。
ちなみに廃人眼鏡は気付いてないが、黒崎さん家より一日二万の日当が出ているので、お前のボスキャラは日々強化され続けてるからな。
それだけの価値があると認められた授業で事業らしい。
移民先でシロ様が苦労なさらないように、という意味合いを込めたお手当てだ。
でも、移民先の開拓地で発明の楽しみを奪われたとシロ様がプンスカする姿が目に浮かぶようだ。
さて、眼鏡は眼鏡、ウチはウチ。
妊娠期間は十月十日とは言うけれど、実際には九ヶ月と半月程度らしい。
十月十日は太陰暦、一ヶ月が二十八日だったころの名残の言葉なのだそうだ。
早産ならばもう産まれてしまってもおかしくない時期に入り、ウチと黒崎家は臨戦態勢に入った。
ただし、男達だけが。
ウチの母さん、黒崎のお義母さん、そして何故か二人の妊婦すらほのぼのと過ごしていました。
母親二人は周囲がオロオロしたところでどうしようもないことを知ってらっしゃいました。
初産のはずの二人のうら若き妊婦が落ち着いていられるのは、宇宙人さんが既に移民の対象として保護してくれているからでした。
末期癌をあっさり治す大宇宙テクノロジーに守られてるんだから、そりゃ地球で一番安心だよ。
ある日、エコー検査でシロ様のお腹を覗くと逆子だった。
ただでさえ小柄な身体なのに逆子の赤ちゃんだ。
大変だ、大変だと黒崎のお義父さんが大騒ぎをしていた。ついでにウチの父さんも。
さすがにこの事態には二人の母親も冷や汗を流していた。小柄で、初産で、逆子なんだ。
まぁ、翌週のエコー検査の時には治ってたんですけどね。
大宇宙の神秘的な力が働いたのでしょう。
宇宙人さんの存在、巨大隕石の存在を示す証拠とならない範囲であれば、いくらでも気前良く手を貸してくださいました。
未だに隕石の衝突を回避する確率は今でもほぼ0%を指している。
だけど、人類が『生き残る』確率は80%ほどだそうだ。
ただし、文明が生き残る確率と人類が生き残る確率は大きく違う。
それに五回に一回は滅びてしまう計算なんだ。
もちろん、こんな大惨事が五回も起きて欲しくないけどね。
宇宙人さんの人道派が大規模な移民計画を認めなかったのも、これが原因だった。
人類がしぶとくも『生き残る』確率が高すぎたんだ。
最悪、アダムとイブからやり直しても人類は確かに地球上で生き残ることになる。
文明はやり直しでも、徐々に数を増やして、いずれは元に近い形へと戻るのだろう。
人類の九割以上は死に絶える。その当事者にとってはたまったものではない話だけれど、宇宙人さんの視点では隕石の衝突は放っておいても構わない小さな事象だった。
人類の九割が御仏になっても六億人残る計算だ。ちょっと多すぎるよ地球人。
ただ、五回に一度の絶滅を危惧して、命懸けの誓約のもとに俺達をスカウトしてくれたのが人命派の宇宙人さん達だった。
自らの存在を明かして、人類の道を曲げてでも人類という種を確実に救う。
その代償として自らの命を懸けた保護責任を誓約し、計画の実行を認めさせた。
……その生き様、男らしすぎて頭が上がりません。ごめんなさい、こんな人材ばっかりで。
アメリカはもちろん、世界の大国には核シェルターという地球規模の災害に対しての備えが存在する。
その規模は大小、数年程度のものから世代を股にかけたものまで、多種多様な備えが存在する。
原子力潜水艦や原子力空母だって一つのシェルターだ。安全な領域に移動する力すら備えている。
そのうちの一つでも生き残れば人類の勝利だ。
ただ、宇宙人さんの試算では、閉鎖空間内における精神負荷というパラメータを入力したところ、二割の確率で人類は内部からの自己崩壊により絶滅するらしい。
そして、その自己崩壊も自由意志の決断、自裁として尊重するそうだ。
相変わらずの情け容赦のない大宇宙的価値観ですなぁ……。
だが、その二割のために立ち上がった男達が人命派の宇宙人さん達だった。男、なのかな?
寿命を克服し、永遠に生きられるはずの命を懸けて人類という種を確実に守ろうとした宇宙人さん。
……その生き様、男らしすぎて頭が上がりません。ごめんなさい、こんな人材ばっかりで。
地球規模の問題と家庭規模の問題で板ばさみにされて、俺の精神はズタボロだった。
最近では翔子もシロ様も母性本能に目覚めたのか、俺の頭を撫でてくれるようになった。
だいたい俺が百回ほど撫でると、一回ほど撫で返してくださいます。ありがたいありがたい。ありがたすぎて妙な涙が出てくるよ。
「鷹斗ぉ、今日もサバイバルしてるねぇ? 翔子ちゃんが大事? 地球が大事?」
「わ~た~し~た~ちっ!!」
「……二人とも大事で両方大事だ。地球にはウチの両親も、黒崎の両親も居るんだからな」
「うむ、よくぞ言った。それでこそウチの自慢のパパなのであ~る♪ 頑張れ鷹斗♪」
「鷹斗さん、頑張ってください♪」
優秀な人達のためのシェルターは用意されている。
お偉い人達のためのシェルターは用意されている。
だけど、優秀でない人達、お偉くない人達のためのシェルターは用意されていない。
それはとても当たり前の話なのだけど、それはなんだか違和感を感じる話にも思えた。
リゾートアイランドの村長としての直感が、何か形にならない違和感を感じさせていた。
どれだけの備えが必要か、何世代に渡る災害か、そう言ったことには一切の答えが無かった。
宇宙人さんは今でさえ、かなりギリギリの綱渡りをしているところなのだろう。
俺が気付かないうちに首パンッをしていてもおかしくない。そして、それを隠していそうで怖い。
アンタたち責任感強すぎだよ!! 背負われる側が怯えて泣いちゃうよ!!
ホントに首パンッしてないんだろうね!? 宇宙人さんの業まで背負うの嫌だからねっ!!
宇宙人さんは時おり黙秘権を行使なされるので本当に恐ろしいのです。
その上で「全ては我々自身のため」としか口にしないのだから困ったものなのです。
移民達の保護者として、全ての罪過を自分自身が受け止める気満々で居ることが丸見えだ。
これも親心……なのかな?
ちょっと過保護すぎだと思うのだけれど、同じ星のなかですら喧嘩の止められない子供達だ。
宇宙人さんからすれば、とてもとても幼い赤ん坊のように見えているのかもしれない。
そして宇宙人さんは、常に一言、二言ほど言葉が足りない。……わざとなんだろうか?
俺の聞き方が悪いのか、それとも、これから保護される子供のことを思って言わないのか。
人の言葉で解りやすく説明するとこうなる。
人類を大人として認めている者達が人道派であった。
人類を子供として認めている者達が人命派であった。
大人だから保護は不要だ、子供だから保護しなければならない、こんな論戦が繰り広げられ、そして人類を未だ未熟な子供だと判断した宇宙人さん達は、その永遠の命を懸けてまで保護を誓約した。
……その生き様、男らしすぎて頭が上がりません。本当にごめんなさい、こんな人材ばっかりで。
◆ ◆
宇宙人さんからの情報を聴きつけて、困った人Aが現れた。ゾンビ王子だ。
人類がこの星で生き残れる可能性があると言うのなら、俺はそれに賭けてみたいと言い出した。
一人頭、十億円までの資金提供が許されていた。
一年当たり三千万程度の宇宙的どんぶり勘定だ。
だから、島民五百七十三名の資産を合算すれば五千億円を超える計算になる。
…………たった五千七百三十億円だ。
宇宙人さんの視点から見ても、人類の視点から見ても、たいした金額ではない。
瀬戸大橋に例えるなら三分の一程度の長さにしかならない。瀬戸内海へのダイビングスポットの完成だ。
だが、三十年の猶予と災害の種類が隕石であるという事前情報を持っている。
第一波となる巨大隕石衝突による副次的災害群、運が悪ければ直撃だ。
第二波となるのは長く長く続く冬。だが、生き残る確率があると宇宙人さんが言っている以上、全球凍結は起きないのだろう。冬は長くともいずれ春は来る。
第三波となるのは自分自身。長く長く続く冬のなか、人としての調和を保ちながら生き残り続けることは困難だ。
第四波となるのも自分自身。限られた資源の中で、増えすぎないように、減り過ぎないように、気を付け続けなければならない。
第五、第六、第七も自分自身……ベリーハードのサバイバルに彼は挑もうとしていた。
ゾンビハザードなんて鼻で笑えるくらいのリアルサバイバルだ。
やっぱり、男は浪漫に生きる生き物なんだな……ゾンビ王子の瞳は輝いていた。
困ったのはゾンビ王子目当ての女の子達だった。やっぱりモテモテだったのね。
新天地で一夫多妻制と言う名のゾンビ王子を囲む肉欲の会を結成する予定が狂ってしまった。
だが、自分の子供の将来を考えると……悩み悶えた。悶えたと言っても色気は皆無だ。
肉食獣の懊悩だ。たまに翔子が見せていた盆踊りだ。
食うべきか食わざるべきかの煩悩踊りだ。
困った人Bが現れた。非童貞村長だ。
ゾンビ王子の呼びかけに応えて俺も残ると言い出した。
こちらは奥さんに耳を引っ張られて新天地に連れて行かれることになった。
既にお腹に赤ちゃんが居るのだ。男は乙女には勝てても、母には勝てない。
乙女にすら怪しい……2:8で乙女有利だ。……1:9?
暴力を奪われると本当に無力なんだね、男って。
乙女の涙は一つの暴力だよ。凶器攻撃だよ。
どうしてアレは禁止してくれないの? 宇宙人さん。
困った人Aが現れればBが現れ、Bは無視してCが現れた。
だが、折角の移民権を持つ女の子達は新天地に行くようにと説得された。
じゃあ子種だけでもと迫られてゾンビ王子はうろたえていた。
羨ましくないハーレムだなぁ。おめでとう。
ベリーイージの環境下では、一年、いや半年で人間は社会性を手に入れた。
ベリーハードの環境下では、どの程度の期間、人間は社会性を保っていられるのだろう?
……なるほど、二割の確率で人類が滅ぶわけだ。施設が持っても人間が持たない。
リゾートアイランドでは人命派の宇宙人さんが読み誤ったんだ、人道派の宇宙人さんも読み誤ることもあるだろう。
本当に、地球の人類滅亡は二割の確率で済むのだろうか?
選択肢は二つ、用意されていた。
新天地に移住して宇宙人さんの保護下で生き延びる。
巨大隕石に立ち向かい、そして完全勝利する。
災害をやり過ごし、苛酷な環境のなか自力で生存を掴みとる。
宇宙人さんが用意した選択肢は二つ、だけど、俺達が新しい選択肢を生産してはいけないというルールはない。
それにさ~、宇宙人さん達は今まで散々人類から情報を得てきたんだろう?
ならさ~、隕石落下の情報一つくらいお前らから掠め取っても良いだろう?
八割の生存確率を限りなく十割に近付けることだって出来るんだぞ?
…………地球には『生産的な皆さん』がいっぱいだぞ?
三十年後には天寿を真っ当していそうな、教授の肩書きを持った皆さんもノリノリだ。
自分の子供とは言わないから、孫や曾孫の為の席を用意してやりたいそうだ。
黒崎のお義父さんも動き出した。もう、たったの三十年しか残っていないんだ。
南の、名も無き小さな島。本当はあるんだけど、イメージ的に名も無き無人島が人類生存の舞台として選ばれた。
これから三十年弱の歳月を掛けて、御無体の限りを尽くされることになるのだろう。
魔改造の限りを尽くされる名も無き無人島よ、祝福あれ。
ともすれば、このゾンビ王子の動きすら宇宙人さんの手の平の上の出来事だったのかもしれない。
今頃、人道派を指差して笑っている姿が見える。
宇宙人さんは、どこが指だか解んない造形だったけどね?
◆ ◆
夏の終りを迎える前にお目出度い話がでた。
黒崎のお義母さんが御懐妊なされたのだ。
黒崎のお義父さんは四捨五入すると上からの四十歳。
黒崎のお義母さんも四捨五入すると下からの四十歳。
前々からお若い方だなぁとは思っていたけど、まさかまだ三十半ばを少し過ぎたばかりだとは……。
え~っと、シロ様の年齢から逆算すると……犯罪じゃん!?
「十八までは互いに我慢したんだ。鷹斗くん、君と同じには考えないでくれ」
「……はい」
顔色を読まれたか、それとも心を直接読まれたか、釘を刺されました。
黒崎のお義父さんは、シロ様も良くお使いになる妖怪サトリの術をお持ちだからなぁ。
ウチの母さんがなんだか対抗意識を燃やしてウチの父さんを困らせているが、無茶を言うな。二人揃って五十代よ。
「子供が将来、苦労しますよ?」
「だから、どうしたんだい? 私だって苦労してきたし、乗り越えてきた。この子だって乗り越えるし、乗り越えられないなら乗り越えさせるだけだよ。……鷹斗くん。未来の不幸なんてものは最初から約束されているものなんだ。その中で足掻いて苦しみ、幸福を掴み取る事が生きるってことなんだ。私は生き続けてきた、これからも生き続ける。君もこれからは生き続けていきなさい」
そうだった。そうでした。
ベリーイージーのリゾートアイランドでも、常に幸せは掴み取りに行くものだった。
奪うものでもなく、勝ち取るものでもなく、掴み取りに行くものだった。オラ達は狩猟採取民族だ。
生存の厳しさから離れて、かなり、オラが村のパオもどきが緩みきっていたようだ。引き締めなおそう。
こうして不退転の決意表明を示した黒崎のお義父さんの横顔は凛々しく、カッコ良かった。
俺もこのように生きて、生きたいと思った。
シロ様……鈴音の横に立つ者として、こう在りたいと心に誓った……。
ウチの父さんは、相変わらず締まりの無い顔をしていた。でも輝いていた。一部のみ。
俺は急激に自信を喪失した……どうか、子供には遺伝しませんように。
宇宙人さんが何とかしてくれないかなぁ?
◆ ◆
夏の終り、二人の若妻が共に揃って陣痛を訴え出た。
あの凛々しい横顔が何処に行ったのか、黒崎のお義父さんがオロオロしていた。
ウチの父さんは相変わらずオロオロしていた。救急車を呼ぼうとしてウチの母さんに叩かれていた。
二人の母親が落ち着き払ったまま車を呼んで病院に向かった。
そもそも妊娠は病気じゃないし、最初の陣痛から出産まではかなりの時間があるんだ。
場合によっては陣痛の感覚が短くなってから来てくださいと病院から言い渡されることもあるそうだ。
しかし、二人が揃ってというのは宇宙の神秘を感じさせるなぁ。
翔子、シロ様、二人揃ってなにかしただろう?
「……早く生まれた方がお兄ちゃんだし?」
「早く産まれた方がお姉ちゃんですから?」
シレッとした顔で答えられた。
姉弟、兄妹、どちらの関係になるのか、それすら悪戯心に満ちていた。さすがは島民だ。
陣痛と陣痛の合間は痛みも無く、どうということもないらしい。普通に話していられる。
普通でないのは今からお爺ちゃんになる二人の男共だけだ。
俺は俺で『動かない』の不動の精神力を持って耐えていた。
何せ、五人の娘を見守ってきた父だからな。
「そんなことより鷹斗ぉ、ま~だ、名前決まらないのぉ?」
「そうですよ? お父さんがアレコレと名前を持ってきて困るんです。何でも偉い占い師さんのところで決めてきて貰ったとか……隕石の一つも見つけられないインチキ占い師の決めた名前なんて嫌ですよ?」
子供の性別が逆なら簡単だったんだけどねー。
翔子の娘にはウチの母さんの名前を、シロ様の息子には黒崎のお義父さんの名前をそれぞれ受け継いで貰うところだったんだけどねー。
黒崎のお義母さんの名前は受け継いでもいい。きっと素敵な淑女になることだろう。
ただ、ウチの父さんの名前を受け継がせるのは何だか心配が残るんだ。色々と要らないものが遺伝しそうでさぁ……。
色々と二人の名前を組み合わせて色々考えたんだけどねぇ……。
鷹翔……鷹匠を思い起こさせるからNG。
翔斗……ショート、短い、あるいはバチバチっといきそうなのでNG。
鷹音……高嶺の華を思い起こさせるからNG。
鈴斗……女の子の名前じゃないからNG。
思えば、今までの人生で一番難しく、幸せな悩みなのかもしれない。
……子供の名前かぁ……そんなの名付けたこと……あった、あったわ!!
塩子ちゃん、ソルティちゃん、ザルチェちゃん、サーレちゃん、セリュちゃん。
五人もの娘に名前を付けてた!! 皆……あの島で元気にしてるのかなぁ……。
「鷹斗ぉ? あとでお仕置きだからね?」
「出産を控えた妻を前にして、浮気……酷いです。折檻です」
バレたっ!!
「いやいやいやいや、翔子、君はボクの太陽さ。君の居ない人生なんて考えられないよ。愛してる」
まだプーっと頬を膨らませているが、何とか、許して貰えただろうか?
「わ、た、し、は? 何ですか♪」
「鈴音……君はボクの月の女神さ。君が居なければこの人生と言う暗闇の中、進むべき道を見失ってしまうよ。残るのはただの暗闇……どうか、ボクを照らしておくれ。愛してる」
さぁ、どうでしょう?
シロ様の採点は~、
「……私、翔子ちゃんの反射光でしかなかったんですね。それに、二十八日の内の一日は新月で要らない子なんですね。酷い……」
「あ~あ、鷹斗ったら~。妊婦さんを不安にさせるなんて酷いパパでちゅね~♪」
厳しいなぁ。
採点が渋いなぁ。
とっても科学的だなぁ。
「じゃあ解ったよ!! 鈴音!! お前は俺のお饅頭だ!! カロリーだ!! 栄養源だ!! お前が居ない人生なんて考えられない!! 愛してる!!」
「…………鷹斗さん。嬉しい……そんなに私のことを想っててくれたなんて」
何故? 何故これで涙する?
あの口説かれゴッコの一冬のせいで、ゲシュタルトな崩壊起こしてない?
「ずる~い!! 翔子ちゃんもぉ!! ほれ、口説くのじゃ! 鷹斗よ、妊婦の不安を和らげるのじゃ!」
「鷹斗さ~ん♪ も~っと♪」
いや~、最初の陣痛から出産まで十時間以上かかるものなんですね?
まさか、お医者さんの前でも壊れた口説き文句を強要されるとは思いもよりませんでした。
一冬分の口説き文句のストックがあって良かった良かった……。
……全然良くないわっ!! 大恥掻いたわっ!! お医者さんが笑いを堪えきれずにむしろ危険領域に入ったわ!!
俺の口説き文句の数々は、病院のなかで伝説として残る名言になったようです。
何処からどう伝わったのか、まさか、秋のTVドラマの中でも使用されるとは思いもよらなかったよ……。
◆ ◆
「お父さん? 隕石の一つも見つけられないインチキ占い師なんて信じないでください」
黒崎のお義父さんが正座でシロ様からの説教を受けていた。俺のついでにだ。
未だ、名前を決めかねている俺も説教を受けていた。いや、これは折檻だ。
ただ、正座をする。それだけで石を乗せるまでも無く我が体脂肪は俺の向こう脛を苦しめた。
弁慶も泣くし俺も泣く。皆の泣き所だ。とりあえず恋人を殺しとけの涙のワンシーンだ。殺される恋人は俺だ。
「鷹斗ぉ? 名前の無いこの子が可哀想だと思わないのぉ? お兄ちゃんなのに可哀想でちゅね~♪」
母親の胸に抱かれてスヤスヤ眠るその姿には、一片たりとも可哀想な雰囲気は見られないのですが?
出産レースはタッチの差で翔子が勝利した。
やはり馬体の大きさがレース展開を有利に運んだようだ。
日々、トレーニングを積んでいたのだが野生の力の前にシロ様は敗北したのだった。
産まれた赤ん坊を抱いて涙を流していたが、それが嬉し泣きだったのか、悔し泣きだったのか、俺には知りようのない話だった。
ウチの母さんと黒崎のお義父さんお義母さんが、字数がどうの、運命数がどうのと色々と日本人らしい心配りを加えた名前を用意してくれた。
ウチの父さんは、景虎、獅子丸、龍巳という素敵な名前を半紙に書いて用意してくれたので、ビリビリに破り捨てた。
己の血筋を考えろ。そして今年は辰年では無いっ!!
「……鷹斗さん? 遠慮しないで良いんですよ?」
「気に入らなきゃ自分で改名するから大丈夫だよ? シロみたいにさぁ」
「翔子ちゃん? 私、勝手に名前を変えられちゃったんですけど~?」
そう言えばそうでしたっけ。
あの頃のシロ様は初々しい純白の色をしてらっしゃいましたね……。
実のところ名前は決めてはいた。ただ、言い出し辛かった。
それは、秋に始まり、秋に終わった物語。
見方によれば、春に始まり、春に終わった物語だ。
まだ夏の終りで秋と言うには気の早すぎる季節。冬を名乗るにはさらに気が早すぎる。
問題は、二人が納得してくれるかどうか……きっと、納得してくれるんだろうなぁ。
「男の子は秋斗、女の子は雪音。二人と俺が出会った季節だ。向こうじゃなくて、この地球に合わせてになるけどね?」
一つくらい、地球の何かを背負わせたって良いだろう?
地球生まれの地球の子なんだからさ。
「……私の子に鷹斗さんの字が入ってません。ちょっと不満です」
「鷹も斗も、女の子にはちょっと可愛くないからな。その点、鈴音は両方が可愛い。きっと名付け親が良いんだな~」
ウンウンと黒崎のお義父さんが頷いていた。セーフ。
「つ~ま~り~、さっそく二人目の男の子をご所望ですね? もぅ、鷹斗さんたらぁ♪ 気が早いんですから~♪」
「そうだね~♪ 産まれたばかりなのに、もう次の子が欲しんだ~♪ パパは頑張り屋さんでちゅね~♪」
宇宙人さんの保護下なら、年子でも何でもドーンとこーいになるのかなぁ~?
あはははははは。子守は?
「鷹斗、名前に困ったならお父さんの名前を継がせても良いんだからな?」
「いや、せっかくだけど寅次郎の出番は無いから」
父さんが落ち込んだ。
昭和だもん。昭和すぎるもん。男は辛いね。
◆ ◆
赤ちゃん達の名前を決まったので、さっそく役所に出生届を提出した。
そして、その夜には紙媒体からも電子情報からも消えた。儚いね。
失踪届けの類も消して回っていたそうだ。念の入った仕事だこと。
三ヶ月検診やら何やらと、産まれたての赤ん坊は忙しいのだ。
だけど、俺達にそんな暇は残されていないのだ。
入れ替わり立ち代りで五百名以上の島民が祝いに来てくれた。
移動手段がワープというのも考え物だな。情緒が無いし、こちらが情緒不安定になる。
生まれたての赤ちゃんが五百人以上の人目に晒されるストレスを考えろ。
ストレスに圧し潰されてふてぶてしい顔で睥睨するだけだったぞ。大丈夫だ、翔子とシロ様の血をちゃんと受け継いでる。
文化の再建のため重要と思われる書籍類が運び込まれて引越しの準備も整いつつある。
どうしてもこれを持っていけと学者先生の一人に家宝の日本刀を渡されて困った。抜きたくて困る。だって、男の子だもん。
でも、その前に翔子に引き抜かれた。だって、狩猟採取民族だもん。
さて、三十年後に空から隕石が落ちてくる。君はどうする?
1・戦う。
2・逃げる。
3・身を伏せて災害が過ぎ去るのを待つ。
三つ目の選択肢を十一年前の俺は選択できなかった。卒業まで伏せていられなかった。
今回も選択できなかった。前回も、今回も、逃げるを選ばせて貰おう。
ただし、今回は四つ目の『全力で逃げる』を選ばせて貰うんだ。
後ろ向きじゃない、前向きに逃げるんだ。明るい明日に向かって逃げるんだ。
大事な大事な二人の女の子……扱いしないと怒るんだよなぁ、母親になったのになぁ。
二人の女の子と、二人の子供を抱えて、全力で逃げさせてもらおう。
他の愛する一切のものを切り捨てて、大事な物だけを抱えて逃げさせてもらおう。
俺は、勇者じゃない。伝説の勇者様じゃない。ただの一人の父親だ!!
ウチの両親が望んでいる。黒崎のお義父さんにお義母さんも望んでいる。
そして、三つ目の選択肢を選んだ仲間達もそれを望んでいる。
だから、俺は全力で逃げ出させてもらうよ!! 膝が悪いんでな、そんなに多くは抱えられないんだ!!
さよなら(バイバイ)アース!! ……なんだか害虫駆除の薬みたいで締まらない台詞だな、オイ。




