第一話 これは流行のデスゲームじゃない。でも、ゲームじゃない。
俺は、砂浜をトボトボと歩いていた。
別に浜の傍にある森が怖かったわけじゃない。
森の仲間たちが怖かっただけだ。
野犬とか普通に怖いですけど!? 何か!?
俺は先生の教えにしたがって、まずはぐるりと島を一周しながら川が無いかを探したんだ。
川があれば飲み水があるはずだ。
下流の水は土が混じって飲めなくても、上流の水は澄みきって綺麗だとさ○とう先生が教えてくれた。
砂浜をざくざく。
砂浜をざくざく。
砂浜をざくざく。
砂浜をざくざく。
砂浜をざくざく。
……いやぁ、自分の体力の無さに感動。
まだスタート地点が見える距離で体力の限界がきた。
時間にして三十分。よく頑張った。自分で自分を褒めてやりたい。
十年間、貯蔵に貯蔵を重ねた体脂肪。
これが重い。本当に重たい。
まず膝にきた。
膝、いたぁ~い。
残念なことに、主催者の用意した錠剤の中には軟骨成分のグルコサミンとコンドロイチンは入っていなかった。
普段、家族に隠れるようにしてトイレと部屋の往復しかしてなかったからな……。
そりゃあ太腿もふくらはぎも、たった三十分の運動でパンパンになるに決まってる。
砂浜に倒れて、ぜぇぜぇ、はぁはぁと息を切らしながら俺は真面目になって考えた。
あぁ、今月分のアニメの録画予約しかしてねぇや。
あぁ、来期アニメに楽しみにしてたのあったのになぁ。
後でネット視聴出切れば良いけど出来なかったらレンタル屋に……今は郵送のサービスもあるって話だし、家から出なくてもなんとかなるか?
いや、受け取りのためには部屋から出なくちゃならないな。それは、やだなぁ……。
そんな現実逃避を重ねながら、息が整ったところでゆっくりと立ち上がる。
そうだ! 杖をついてみたらどうだろう?
そうすれば膝への負担が少しは和らぐはずだ。
浜辺の森の方にそーっと近寄って、丁度良さそうな木の枝を捜した。
無かった。細くて長いか、細くて短い枝しか落ちて無かった。
考えて見れば当たり前だ。
人の手にジャストフィットするような太目の枝が、そうそう簡単に折れるわけが無いんだ。
もっと森の奥で探そうかとも思ったけど、やっぱり森は怖かった。
そうだ! ナイフだ!! ナイフがあった!!
こんな人を殺せそうな……いやいや、木を切れそうな肉厚のナイフを握るのは初めてだった。
これを近くの木の枝に振り下ろすとガツンと確かな衝撃があって、枝にくい込んだ。
後は、枝の先を持って体重をかけるとテコの原理で簡単にポッキリと折れた。
理科の知識と俺の体脂肪もたまには役に立つもんだな。
いや、この体脂肪のために杖を探してたんだけどね?
自作の賢者の杖をついて歩くこと三分。
俺の手の皮が剥けていた。
自分の手の平を見てみると、まるで赤ちゃんのような柔らかな手をしてた。
そりゃあ、トゲトゲした木の棒の荒肌には負けるよな……。
杖を逆の手に持ち替えて、今度は服の袖を伸ばし手袋代わりにして握った。
そうやって、浜辺を、俺は、歩き続けたんだよ……。
◆ ◆ ◆
どれだけ歩いたことだろう?
今、太陽が一番高い位置にきてるから、朝八時に起きたとして、約四時間か?
ぜぇぜぇ、はぁはぁ、と息を切らしながら歩き続けた。
腹が減った。喉が渇いた。
こんなに脂肪がいっぱいなのに、全然、栄養になってくれない。
こんな時のための脂肪分じゃなかったのか?
ラクダを見習えラクダを。燃焼するんだ脂肪分!!
そんな非生産的なことを考えていると、突然、女の子の悲鳴が聞こえた。
「やだっ!! 近寄らないでよ!! 来ないでっ!! 来るなぁっ!!」
叫び声は森の中からだ。
近い、でも怖い、森の中に入るかどうか迷っていると、選択の余地なく向こうからやってきてしまった。
まだ若い、中学生? 高校生? よく判らないけどそれくらいの女の子だ。
後から追いかけて来たのは若い男。
見るからに良くない奴だってわかった。
耳と鼻に銀のピアスをして、髪は金色、これで善人だったらビックリだ。
あるいは、この島の原住民の方ですと紹介されたならしっくりときたかもしれない。
「お願い助けて!!」
女の子に縋りつかれて困った。
何が困ったって、人との話し方、忘れてたからな。
えーっと、キャンミースピークジャパニーズ? アイドンノウ。
「逃げんなよぉ。仲良くしようって言ってるだけだぜ? あと、カ○リーメイトを分けてくれって言っただけじゃん?」
いや、誰だって手にナイフを持ってる人間を見たらまず逃げると思うぞ?
仲良くしたいなら、まずRキーを長押しして武器をしまえ。
最近じゃ武器を仕舞わないとゲーム内でもNPCに敵対行為として受け取られる時代だぞ?
「な、な、な、ない、しま、しまう……」
「はぁ? お前なに言ってんの? ハッキリ喋れよ!! ハッキリ!!」
うん、それは俺も思った。
けど、十年ぶりの家族以外との会話……いや、親父が扉越しに一方的に怒鳴ったり話しかけてきたりしただけだから、十年間家族とも話してなかったわ。
でも、そこは察しと思いやりが日本人の精神だから察して欲しい。駄目だ、原住民の方だった!!
「ないふ、ないふ、あぶない、しまう!」
どこの部族の生まれだ俺は?
俺は、インディアンか何かか?
「お前、インディアンか何かか? ナイフ……あぁ、これね。怖いの? じゃあ、お前の持ってるカ○リーメイト渡せよ? お腹減ってんだよ、助けろよ?」
金髪ピアスも俺と同じ意見だった。
全く同じ感想なのに、二人の間には共感も友情も生まれなかった。
原住民の彼は非情にも俺にナイフを向けて脅しかけてくる。
「お前、渡す、メイト、無い」
うん、全部食べちゃったから持って無い。
あげたくてもあげられない。欠片ほどもあげたくないけど。
「あぁ!? 舐めてんのかお前? いいから、さっさと出せって……なんだ? この音?」
ピピピ……ピピピ……と、電子音が響いた。
金髪ピアスの首元からだ。金髪ピアス自身には何処から音がしてるのか判らないらしく左右を振り返ってる。
これが……忠告の音か?
「ないふ、あぶない、忠告、しまう」
「はぁっ? 何が忠告だよ。お前何様のつもりだ? 殺すぞ?」
電子音がピピピからピーに変わった。
忠告音が警告音に、後は、あまり見たくないな……。
「お前、死ぬ、ナイフ、しまう」
「死ぬって、お前が俺を殺すのかよ? そんなビビッてて何が出来るんだよ? もう良いや、死ねよ豚……」
いや、書いてあっただろ? 殺人、強盗、強姦等は駄目だって……。
あぁ、お前ってもしかして……説明書読まないタイプの現代っ子だったりした?
パンッと軽い破裂音がすると、金髪ピアスの若い男の首筋からピュ~ッと赤い血が噴き出した。それは、心臓の動きに合せて、ピュ~ッ、ピュ~ッと何回も何回も噴き出して、金髪ピアスの若い男はあっさりと死んだ。
これは流行のデスゲームじゃない。でも、ゲームじゃない。リアルだ。
リアルで人が死ねば生き返らない。
杖の先で男を突付いてみたけど、動かなかった。
ただ、浜辺の砂に男の血の赤い色がどんどんと広がって……。足先に触れそうになった時、俺は逃げた。
それから俺は吐いた。胃の中には何も入ってないから何も出ないのに吐き続けた。
人の死体なんて見たのは初めてだ。
ゲームや動画でなら見慣れていたのに、リアルはちょっと……。
グロ動画とか見ながら笑ってたのに、リアルは、リアルは……。
「うぇぇぇぇぇ!! うぇぇぇぇぇぇぇ!!」
俺が浜辺にうずくまって胃液ともなんと言えない体液の絞りカスを吐き出していると、女の子がペットボトルで水を差し出してくれた。
「い、良いの?」
「その、助けてくれたし……その水は~……気にしないで飲んで良いよ?」
「あ、ありがと……」
一口だけ水を口に含んで飲んだ。
ペットボトルを返そうとすると「あげる」って言われた。
「水は、貴重だから、もらえない」
「え~と、その、ね。その水、あの金髪の水だから大丈夫だよ? アタシの分はアタシの分で残ってるから」
あの金髪の……金髪の……また、吐いた。
水が一口分でも胃に入っただけ、今度は楽に吐けた。
し……死んだ、アイツから、取るのは、大丈夫なのか。
死人に口無し、死人に所有権も無しが、ルールなんだな。
「えっと~、ゴメンね? 先に言っておいたほうが良かったかな?」
俺は首を横に振った。
知っていたなら口につけることすら出来なかっただろう。
もう大丈夫だ。もう吐かない。吐いたら水が勿体無い。
俺は覚悟を決め、ペットボトルを口に咥えて水を飲んだ。
胃から逆流してきそうになったけど、俺は我慢した。
頑張れ男の子!! ……って年でもないかぁ。
「ほら、昔っから女の方が血には強いって言うじゃない? 大丈夫大丈夫♪」
「そうか、大丈夫か……」
何が大丈夫なのかさっぱりだったけど、大丈夫なんだろう。
彼女は鞄だけじゃなくて、上着から靴から……下着まで、全部脱がせた。
流石に耳のピアスと鼻のピアス、後、血塗れのシャツには手を付けなかった。
むしろ残酷な下半身のみ裸体の遺体。無残だ。
そりゃあ死んだ人間に羞恥心も何も無いだろうけどさぁ……。
死んだらみんな仏と言うけど、確かに物をくれる分には仏様だよ。
「あ~! ほら見て? コイツ、封筒の中身読んでなかったんだよ!」
「なるほど。確かに、開いてすらない」
黒い封筒はそのままに、空腹に任せて食べ散らかして、そして他人から奪おうとしたんだな。
それで、殺人か強盗のどちらかに引っ掛かってパンッって……我慢!! 我慢!!
「ははは、馬鹿だね~。この島が無法地帯か何かだって勘違いしてたんだ」
「せ、説明書。読まないから。こうなる」
「説明書かぁ……私も封筒の手紙は読んだけど、漫画と植物図鑑の方は読んでない。ってか捨てちゃった♪ 重たかったし~♪」
え? 紙は重要な資源なのに。
まぁ、それを説明する説明書を捨てちゃったのなら分かんないか。
「紙は、火を付けるのに、大事。だから、残す」
「アンタ、ホントにインディアンみたいだね? でも、言われて見ればその通りかな? マッチから直接、木に火を付けるのは無理っぽいしね」
「うん、だから、金髪の……うぇっ……本は、残して」
思い出しエヅキする俺の背中を女の子は優しくさすってくれた。
十年ぶりになる人の手の感触は、柔らかくて、暖かかった。
水は大事。だから、もう吐かない。
「わかったよっ♪ 重たいけど、ちゃ~んと鞄に入れておくね?」
金髪ピアスの鞄の中にはアイツの荷物が丸々入っていた。
食べ物以外は丸々。ありがたいな、生きてりゃ鬼でも死ねば仏様だ。
「アタシはね~翔子。親父が翔るって書いてショウって名前だから、そのままショウの子供で翔子。安直でしょ?」
急に名乗られて反応に困った。
え~っと、こう言う場合は……どうするんだっけ?
そうだ、自己紹介だ自己紹介。
「俺、鷹斗。鳥の鷹に、北斗七星の斗」
「ふ~ん、名前負けだぁ~。ほあたぁっ!! あたたたたたたた、ほあちゃぁっ!!」
「……うるさい」
そんなの判ってる。
鷹は鋭くて強い。斗の字は戦いを意味してる。
でも、俺は鷹のように鋭い目も爪も持ってないし、戦うことには不向きな臆病者だ。
名前ばっかり強くて中身が弱いから……無視されて、シカトされて、怖くなって、逃げ出して……。
あと、最後の「ほあちゃ」はブルース・リーだ。微妙に違うぞ?
「お互いに大変だよね~? 急にこんなことになっちゃってさ~」
「俺、十年、家に居た。起きたら、この島、超大変」
「十年かぁ……大先輩だぁ。私なんてまだ一年だよ? 鷹斗、十年も家の中で何してたの?」
「……ネット。インターネット。ずっと、見てた」
「インターネットかぁ……アタシはずっとぉ……聞いても仕方ないよね? もう、この島に着ちゃったんだから……」
そう、仕方ない。
もう、戻れない。
うん、戻れないんだ。
場所も、時間も、人生も、何もかも……。
目の前で人が死んだ。これはゲームじゃない。リアルだと自覚もできた。
「でさ、どうしようか?」
「……なにが?」
主語を省かれると判らない。
俺のコミュ障を察してくれ、ジャパニーズ少女よ。
「こ~れ~か~ら~……一年間、生き延びる? そ~れ~と~も~……今、死んじゃう?」
翔子はあっさりと自殺を口にした。
俺は首を横に振った。
もしも、俺が、首を縦に振ったなら、翔子があっさりと死んでしまうような気がしたから。
◆ ◆ ◆
「でさぁ、なんで浜辺を歩いてるわけ?」
「浜は、安全。森、危険。川、見つける。水、見つかる」
俺のインディアン語もずいぶんとネイティブに近づいたような気がする。
ネイティブアメリカンではなく、インディアンの方にだ。
「な~るほど~、鷹斗ってあったま良いじゃん♪ まずは飲み水の確保ってわけね?」
「一日、1リットル。人、生きる、必要。水、大事、節約する」
「は~い! お水は大事っとぉ。でもさ、トイレの後の手洗いくらいは、良いよねぇ?」
判ってる。今、翔子は俺をからかってる。
判っちゃ居るけど顔は赤くなる。
判っちゃ居るのに歩き辛くなる。
「自分で、判断。俺、お前の、親じゃない」
「……私の親は何にも判断なんてしてくれなかったよ」
あ、親の話は禁句だったのか……無表情になった翔子は俺を置いて浜辺をスタスタと先に歩いていった。
でも、それはゆっくりとした歩みで、俺が着いてくるのをちゃんと待ってくれていた。そういう子、なんだな。悪いことしたな。
翔子が先行しながら歩いていく浜辺の先に小さな石が転がる岩場が見えた。
小さな石が転がっている。これは、川があるからだ。川が、水が、岩を転がしてきた証拠だ。
良かった……これで、水には困らないですむはずだ。
まず、一つ目の生命線を俺達は確保することが出来たのだった。