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有人島物語  作者: 髙田田
有人島物語~秋冬の終章~
17/23

第四話 私を好きに連れてって。お願いだから連れてって。

 雪が舞い踊る夜空は綺麗だった。

 雪が融けた後の地面は泥だらけだった。

 上の空だけを向いておこう。現実は汚いことばかりだ。

 気候は温暖なままなのに、空からは白い雪が降ってきて、そして地面の熱であっさり融けた。

 風情があるのか風情が無いのか、リゾートアイランドの初雪はとても儚いものだった。

 肌寒いと言えば肌寒い。ただ、皮下脂肪と言う分厚い耐寒装備を持つ俺を基準にするのは間違いだ。

 白いワンピースという一番寒そうな格好をしたシロ様が、俺の体脂肪に暖を求めてきた。

 翔子が白いクネクネした恐ろしい生き物を発見して以来、なし崩しに三人で眠るようになった。

 つまり、俺への負荷が二倍になった。正確には1.7倍くらいだ。

 翔子だけではなく俺までちゃんと怯えさせる、白いクネクネとした恐ろしい生き物だった。


 皆が言うには、寒いらしい。

 俺が言うには、心地よい気候。

 なんだか一人だけ仲間はずれにされて天狗になっていた。だから縛り付けられてついにハムにされた。

 御仏の布地を重ね着して十二単にすることで寒さはしのげるが、お洒落ではなかった。

 女の子にはコーディネートとやらが大事らしい。

 また、卒業生たちが集まった。

 廃人眼鏡が拾ってきた御仏の布地をあーでもないこーでもないと悩みに悩んだ。女の子は、こーでねーといけないものらしい。

 俺はそもそも上半身裸でも耐寒OKの裸の大将だ。でも残念なことにランニングシャツは無かった。

 廃人眼鏡も逞しく育った筋肉のために薄着でも耐寒OK。

 同じ耐寒OKなのに、内実が違うって人体の神秘~♪ あんなに柔らかかったのに、今ではカチカチだ。ウサギに火を着けられてしまえ。暖かいぞ?

 女性のファッションは男には解らない世界なのでご退場を申し上げた。が、掴まった。

「どうですかコレ? いい感じですか? 私、女の子のお洒落って解らなくって……」

 シロ様の白いワンピースに、懐かしの金髪ピアスの黒いジャケット、ツートンカラーでよくお似合いだと思います。

 まずブカブカがあざと可愛いジャケットの黒、ワンピースと肌の白、腹の内側の暗黒面、リバーシー効果で黒に挟まれたシロ様もクロ様になりそうでお似合いです。

「うん、良いんじゃ、ないかな? とても、似合ってる」

 嘘は、言っていない。

 一言たりとも、嘘は、言っていない。

「鷹斗ぉ? これなんてどうかなぁ?」

 胸の谷間を強調した、肌の露出が増した素敵な衣装だ。

 ……翔子、お前、何のための衣替えか忘れてるだろ?

「うん、似合ってるけど、寒くないかなぁ?」

「あ、そうだった。忘れちゃってた、翔子ちゃんのお茶目さん♪」

「そうですよ? 鷹斗さんと違って、翔子ちゃんのお肉は寒さ対策にならない無駄なお肉なんですから身体を冷やさない格好を選ばないと駄目ですよ?」

 ここに来て、同じ脂肪分でありながら脂肪にも格の違いがハッキリした。

 翔子の乳肉は防寒対策にならない。暴漢対策にもならない。むしろ引き寄せるばかりだ。

 それから、シロ様の内面に詰まった暗黒アンコくう物質もな。

 シロ様の腰回りの脂肪分は、黒い色をしていらっしゃる気がしてならない。

「シロは良いよね~? どんな服でも入るんだから~。翔子ちゃんは入る服が少なくて困ってるのに、羨ましいなぁ~♪ と~っても羨ましいなぁ~♪」

 女性物だと中々入る服が無いと言うのは現実問題だ。

 羽織るくらいは出来るけれどボタンは閉められない。

 閉めようとするとボタンが飛ぶ。飛んだボタンを付け直す術が無いこの島では、そんな贅沢は許されないのだ。

 どうしても選べる服が男物に限定され、そして、男物は数が少ない。

 御仏の多くが女性だったからだ。島の自然は男尊女卑を推奨した。あるいは自然淘汰かダーウィンか。

 こうなってくるとオラが村のパオもどきに利用した布地も勿体無く感じてくる。


 島の中における男性のファッションシーンは簡単だった。

 エマージェンシージャケットが今年の流行だ。裁縫は銀色ガムテープが担ってくれた。銀に銀、目立たなくて調度いい。ビニール袋に枯れ草を詰めたものを断熱材として内側に貼り付ければ完成だ。

 秋人、お前、流行の最先端を行ってたんだぜ?

 まぁ、流行らせたのは俺なんだけどね?

 死人に口無しだ、盗作だと罵ることも出来ないだろう。ファッションデザイナーの世界は生き馬の目を抜く厳しい世界なんだよ。盗まれた方が悪いのさ……。

 ただ、女性達にはその工務店の作業着のようなデザインは受けなかった。

 未来っぽくて良いと思うんだけどなぁ? ピチピチ感が足りなかったのかなぁ?


 そして、現在に到る。

 あーでもないこーでもないと二人が悩み続けること一週間。俺が縛られ続けハムになることも一週間。

 最終的に女性たちは必要に駆られて裁縫を覚えた。

 針と言っても、金属である必要は無い。

 硬めの木を鋭く細く削れば良いだけだ。

 糸なら自前のものを持っていた。

 この一年、育ててきた自前の髪の毛だ。

 サバイバルナイフを使ったカリスマ美容師は中々に存在せず、ヘアカットは命懸けだった。女性的には命懸けだった。時おり首元から忠告音が鳴ったりして色んな意味で命懸けだった。

 硬木の針と女性の自前の髪の毛に御仏の布地……着たくない。その服は着たくない。

 裁縫は女の仕事だ! なんて言うと時代錯誤だと抗議の声が上がりそうだが、事実、基本的に裁縫を必要とするのは女性だったのだから女の仕事で良いのだろう。

 沙織ちゃんの愛とその他の何かが詰まっていそうなパッチワークの新しい服をプレゼントされて廃人眼鏡は喜んでいた。

 初代から続いた歴代パオもどきの外布部分が破壊され、建材が布材に変わった。諸行無常。

 オラが村の歴史文化遺産が女子生徒達の暴虐の手によって破壊されていく。男達の手で自然素材により再建されたが隙間風が増えた。泣きた~い。思い出ボロボロ。

 卒業生達にとって学び舎への愛よりも、他の何かへの愛が勝ったらしい。

 多分、主に自分自身への愛だ。

 実に逞しくなったものだ。

 だが、源泉さんは偉大だった。オラが村を巡回するルートでの排水を促すことで、オラが村全体を暖かな優しさで包んでくれたんだ。源泉さんの大いなる愛の力を感じた。

 これこそが男の愛だよ。包み込む愛。源泉さんはよく解ってらっしゃいました。

 床暖房? いえ、村暖房です。竹の内部を通すことで、湿度の上昇も適度に抑えられ、隙間風の多い新たなパオもどきも随分と快適になった。

 でも俺は少し寒い方が快適だった。

 この島に来たときは、ただのメタボだった。だから、寒さにも弱かった。

 それが今はアンコの詰まったメタボだった。だから、寒さにも強かった。

 膝というどうしようもない弱点は残りながらも、強く逞しく成長していた。

 腕力はついた。ただし、機動力は無い。だから、強くも逞しくも無い。殴られ放題だ。

 俺は矛盾した哲学的命題に直面していた……。

 そんな俺の気持ちも知らずに、二人の女の子が俺という肉布団の上で身を寄せあって眠っている。

 パッチワークした掛け布団は最小限の厚みで済んだ。そう、熱は下から上に昇って行くものだ。

 地面の底冷えは俺によって遮られ二人の女の子までは届かない。俺は背中が冷却されて気持ち良いほどだ。

 自然界の節理は良く出来ていた。実によく出来ていた。目覚まし機能までついているほど良く出来ていたんだ。


 ◆  ◆


 その日、俺が目を覚ますと、二人の少女が自然界の神秘に見とれていた。

 一面の銀世界だ。昨日はやけに冷え込むと思ったが、本格的な寒波がこの島にもやってきたようだ。

 だから、そっちを見ろ。人体の朝の神秘をこっそり覗き込む二人にW空手チョップを放った。

 お風呂の中で散々見て、俺を散々に辱めただろうに。

「おはよぉ鷹斗。痛いよぉ? 折角、シロに保健体育の勉強を教えてたのにぃ~」

「お、お、お、おはようござます!! 鷹斗さんにおかれましては、今日もお元気でなによりです!!」

 ……はい、今日も俺はお元気でした。


 越冬……ついに、この島最大で最後になるはずのイベントがやってきた。

 一晩で随分と様変わりするものだ。他の村々は大丈夫だろうか?

 源泉のある村はおそらく大丈夫だろう。湧き水を中心とした村々は薪を溜め込んでいたはずだ。

 それでも、何にでも計算違いはある。

 雪が連絡手段を断った今、村同士の助け合いの手が解けてしまった。

 精製を続けてきた塩は事前に分配した。糖類も少しばかりだが分け与えた。冬季特有のビタミン不足は主催者が配布した錠剤で賄える。ちょっとした病気や怪我なら……抗生物質が助けになるはずだ。

 誰も、死なずに……いや、十人以内の被害には抑えられる筈だ。

 想定外のことは、必ず起きるんだ!!

 俺には全てを想定できないことを今までにさんざん学ばされてきた。

 だから、想定外に対して即応することを覚えた。

 塩の備蓄、糖の備蓄、穀物の備蓄、乾燥食材の備蓄、薪の備蓄、布地や建材の備蓄、全て良しだ。

 廃人眼鏡に頼んで探し出し、乱獲を行った。そして備え上げた想定外のための備蓄の束。

 十分な物資の量を確認して俺は頷いた。

 誰も死なせないなんて夢物語は言わない!!

 被害を最小限に抑える、俺に出来ることはそれだけだ!!

「んふふ~♪ ま~た、考え事してる~♪ アタシは嫌いじゃないよ? 鷹斗のその顔♪」

「翔子ちゃんは嫌いじゃないって言ってますけど、私は大好きですよ? 今の鷹斗さんの顔♪」

 この二人に関しては、もはや想定という言葉を当てはめること自身が不可能だと悟った。

 仲が良いのか悪いのか。良いんだろうけど……多分、俺を挟まなければここまで仲が良いわけじゃない。

 俺の居ない二人の関係は、具の無いサンドイッチみたいなものだ。食パンと食パンを重ねてもそりゃ厚めの食パンだ。中の具材があって、初めて上下の食パンが仲良しになる。

 どれが足りなくても駄目なものだった……。

 ん? ……中の霜降りステーキ肉だけでも十分いけるよな?  豚肉ポークだけど。


 膝下の積雪量だけれど、その雪化粧の下には何があるのか解らない。

 もしかすると、一歩踏み出したその先には何も無い空洞が待つかもしれない。

 足元が危うい。そして、雪化粧のために、いつもの道がいつもの道では無くなっている。

 こんな中を移動する連中は命知らずの馬鹿だ!!

 そして、隣村の連中は全員が馬鹿だった。

 さすがは竹さんスキー板にもなられるとは想定外でした。

 えぇ、膝下の雪で道が見えなくても、硬派な竹さんが同行してらっしゃるのなら安心ですよね?

 お風呂に浸かって、湯冷めで風邪をひかないように十分にダラダラと三日も宿泊してから自分達の村に帰っていった。あいつら、人の村の食材を使って飯まで食っていった。

 竹スキーの発明者? もちろんシロ様ですよ?

 なんで俺が知らなかったかって?

 それは、俺の体重に耐えられそうな頑丈な竹さんがいらっしゃらなかったせいです。

 それに、竹スキーを履いたとしても俺の移動速度では途中で夜になって凍死する可能性が大だったからです。

 ……実際に、凍死、出来るんだろうか?

 雪が積もって尚のこと快適なんだけど、このアンコメタボ。

 こうして雪化粧により島内から移動手段が失われた。ただし俺のみ。

 いきなりの想定外から始まった越冬イベントだった。

 俺は一人、さ○とう先生のサバイバルを読みふけって一人だけ過酷なサバイバル生活を脳内で繰り広げていた。冬はビタミン不足になるから鳥の血を生で啜るんだ、じゅるり。

 廃人眼鏡? さっそく雪を理由にして沙織ちゃんの村に遊びに行ったよ?

 沙織ちゃんが心配なんだってさ。そうだね、向こうにはサバイバルに詳しいゾンビ王子が居るものね。頼りになる男性が恋人の傍に居るって心配だよねっ!?

 ねぇ、みんなもっとサバイバろうよ?

 雪が降ったんだよ? もっと寒波を怖がろうよ?


 思えば日本全国津々浦々から集められたジャパニーズ達。

 雪を珍しがる人も居れば、膝下の雪を鼻で笑う人達も居た。

 俺は、都会っ子だ。

 雪が降るたびに電車が止まった、車が止まった、交通機関が止まったと言うニュースを見て、やりぃ!! と思っていた。

 引き篭もりだしてからは悪意をもった「やりぃ!!」。

 引き篭もる前ならば学校が臨時休校で「やりぃ!!」。

 これが会社人であれば、会社への忠誠心を示すために意地でも出社しなければならなかったのだろう。だが、子供精神の俺は「やりぃ!!」の感想しか持ってなかった。

 思えば、子供にとって雪は喜びの象徴でしかなかった。

 雪の苦労を背負うのは主に大人達ばかりであった。

 俺たちは不幸と幸福を背負って大人になったはずが、二十代の者は十代の精神につられて子供帰りを起こしていた。雪を建材にカマクラを作っていた。あとモニュメントとかも造ってるそうだ。

 ……良いのかそれで?

 ……良いんだよな、それで。

 緩急自在の精神が、パオもどきの精神だったじゃないか。

 この程度の積雪なら緩んでも大丈夫だと皆は判断した。だから、まだ遊んでるんだ。

 ただ、人のウチの食料を食い荒らしていくのは遊びじゃねぇぞ?


 俺は竹スキーを思いつかなかった。

 ただでさえ四足歩行、さらにスキー板をつければ身動きがとれるはずもなし。

 俺は自分を基準にしてアイディアを除外していた。

 シロ様は自分を基準にアイディアを採用していた。

 捨てる豚あれば拾うシロ様あり。

「良いもん、ボクにはセリュちゃんが居るんだもん」

 五代目ヒロインのセリュちゃんと共に過ごす楽しい引き篭もり生活の再開だ。

 十年も引き篭もっていると『動かない』もプロの領域に達する。

 エコノミークラス症候群にならないように気をつけて、時おり足をパタパタさせることも忘れない。

 緩急自在の精神だ。

 ……なんか違う気もする。が、幸せなので問題ない。

 『動かない』もプロの領域……あ、俺って宇宙飛行士に向いてるのかも? 確か、無駄なカロリー消費を抑えるために『動かない』で居られることが重要だってネットで見た。

 でも、すでに人類未踏の宇宙の果てに来ているこの俺が、今更になって宇宙飛行士というのも皮肉な話だ。

 そして『動かない』、その不動の精神の対極に位置する困ったちゃんが喚いていた。

「退屈~!! 翔子ちゃん退屈だよ~!!」

 翔子だ。しょうこりもなく我侭を口にしていた。

 俺が不動の精神の持ち主ならば、翔子は流動する精神の持ち主だ。気分屋とも言う。

 とにかく『動く』が、この雪の中では目的が無かった。標的が居なかった。

 まず寒波によって虫が姿を隠した。虫が姿を隠すと鳥も姿を隠した。

 鳥が居ないので獲り甲斐無い翔子は、退屈を持て余していた。

 もはや完全に狩猟採取民族と化した翔子にとって冬は地獄の季節だった。

 その点シロ様は、じっくりと腰を据えて怪しげな工作に精を出してらっしゃった。今度は何が出来るんだろう? 俺はその工作活動を応援するためにも、シロ様には多くの栄養素カロリーを用意してあげる必要があるのだろう。

 人間の身体の中で脳が一番カロリーを消費するって話だからね♪

 親心だ。二代目から四代目までの娘を力尽くで奪われた父親の心だ。

 また、白いクネクネが発生するかもしれない。

 今度は黒いジャケット付きだから白いホネホネなロックかもしれない。


「鷹斗ぉ。翔子ちゃん退屈だよぉ~。だから~、大人の体操しよっ?」

 そんな理由は嫌だ。

 乙女心はロマンティックに口説かれたがる癖に、乙女心は男をロマンティックに口説く気は無いらしい。常に男の浪漫ばかりが踏みにじられるんだ。

 男だってロマンティックに口説かれたいんだ!!

 そこのところを乙女は理解してくれない。

「鷹斗さん。丁度、工作も一段落しましたから、大人の体操をしましょう」

 そんな理由も嫌だ。

 昔の農家が子沢山だった理由がよーく解った。

 雪が溶けるその日まで、暇で暇で仕方が無いのだ。

 やることが無いからやるしかない。

 やれることをやるしかない。

 やることをやれば、そりゃ出来るものが出来るよ。

 豊作だ。俺の方策も決まった。

「解った。大人の体操プロレスだな? 受けて立とう」

「えっ!? 嘘っ!? ついに? ついに鷹斗が鷹に!? やったー♪」

「え、え、え、え、えっ!? お、お風呂!! お風呂に入ってきます!!」

「安心しろ。大人の体操で、たっぷり汗をかいてから、お風呂に入ろうじゃないか」

 まず翔子を抱きしめる。強く、強く、抱きしめた。

 そして、鯖に折る。翔子を優しく押し倒して、男の身体の味を存分に堪能させると翔子は潰れた蛙のように嬉し鳴きを始めた。

 そんなに俺に押し倒されたかったのか?

 今まで待たせて済まなかったな……。

 次にシロ様を……おや? シロ様が居ない?

 あぁ、大人の体操、隠れん坊ですか。それとも、お風呂にでも行ったのかなぁ?

「わりぃゴはいねぇガぁ!!」

 二本の杖をついた四足歩行の獣に追われる美女と野獣プレイ。

 シロ様もなかなかの上級者でらっしゃる。

 探せども探せども、シロ様は見つからない。

 影が見えても、先回りしても、逃げられてしまう。

 野獣の足よりも、シロ様の足の方が早いのだから当たり前だ。

 砂浜で追いかけっ子を楽しむカップルのように、野獣とプリンセスがキャッキャと鬼ごっこを楽しんでいた。

 しかし一向に捕まる気配は無い。

 そう、この四足の野獣ではシロ様を目で捕捉することさえ困難だった。

 だが、このオラが村にはもう一匹の野獣が潜んでいることをシロ様は忘れてらっしゃった。

「し、翔子ちゃん!? な、なんで? なんで私を捕まえるんですか!?」

「ほれ、シロも~大人の階段を昇りたい年頃じゃろ? 鷹斗の肉の味を存分に味わうが良いぞよ?」

「わ、私は~、ほら、病人でしたし~? 無理を言っちゃ駄目だと思います!!」

 女の友情は儚いな。

 こうも簡単に友を裏切るとは。

 あるいは、ここに来て未だに覚悟が決まらないシロ様の背中を押して上げる翔子なりの優しさかもしれない。その友情に俺は感動した。

「うん、大丈夫だ。俺の身体は大きい。愛だって大きいぞ? 二人一緒でも大丈夫だ」

「た、鷹斗ぉ!?」

「鷹斗さんっ!?」

 二人を一度に押し倒した。そして存分に男の肉の味を堪能して貰う。

 翔子、裏切りは駄目だぞ? シロ様、約束を破っちゃ駄目だぞ?

 そして二代目から四代目までのヒロインを奪われた親心を知るといい。

 大人の体操プロレスで三人揃って存分に汗をかいた。

 腕力がついていて良かった。体重を掛けすぎないように俺の両腕が頑張ってくれた。

 ……だがこの調子だと、本当の大人の体操は物理的に不可能なんじゃないだろうか?

 そんな俺の懸念を他所に、男の肉の味を存分以上に堪能しつくした二人は息を荒げてクタリと倒れていた。なんだか、息を荒げる事後の女の子って色っぽいね。


 その結果、二人揃ってねた。拗ねてないけど拗ねた。

 俺の顔を見る度にプイッと顔を逸らし、頬を膨らませ、そして目はチラチラとこちらに視線を送ってきた。

 その度に、優しく抱きしめて、歯の浮くようなロマンティックな台詞を口にさせられた。

 その癖、口説かれるたびに噴出すのだからやってられない。でも、やらせられた。

 影で、二人がジャンケンをしているのを見た。

 この口説かれゴッコは順番制らしい。確かに途中で邪魔が入ったことは無い。

 むしろ、影で忍び笑いが聞こえたことがあった。忍びとして失格だぞ?

 夜になると、二人はコソコソと鷹斗に言わせるキザな台詞の相談をしていた。

 この肉布団の上で、わざわざコソコソと相談をしていた。

 明日の俺の台詞が決まったようだ。

「俺の肉は、お前のためにあるんだぜ? さぁ、はやく掴んでくれよ……」

 何処に口説かれ要素があるのかサッパリだ。

 もはや二人は完全に迷走していた。お前ら、何処に向かって走っているんだ?


 口説かれゴッコの最中に帰ってきた廃人眼鏡がそれを見て、クルリとUターンし沙織ちゃんの村に戻ろうとした。

「カムバーック!! メガーネ!! 俺にはお前が必要なんだ!! お前が居ないと駄目なんだっ!!」

 二匹の小悪魔から身を守る盾としてなっ!!

 渋々ながら、廃人眼鏡は残ってくれた。

 二人は遊びが中断されることを嫌がるかと思ったが、嬉々として迎え入れた。

 だが、二匹の小悪魔が説得を重ねてしまうため、廃人眼鏡はまた近日中に旅立ってしまう予定だ。

 ……廃人眼鏡が居る間は、玩具の対象が俺から眼鏡に変わったことだけが幸いだった。

 沙織ちゃんを口説いたその口説き文句を根掘り葉掘り、二匹の残酷な小悪魔に露天掘りにされていた。

 その説得行為に耐えかねた廃人眼鏡はオラが村から逃げられる。

 でもオラは逃げられない。オラは引き篭もりなのか、それともオラは牢獄の中の囚人なのか、悩ましいところだ。

 廃人眼鏡が再び旅立つ頃には二人のレパートリーも増えていることだろう。

 これから、俺の口説き文句のレパートリーも増えていくことになるだろう。

 眼鏡さん。はやく帰ってきてね? 私の心がボロボロになる前に帰ってきてね?


 ◆  ◆


 最大で膝上以上、腰下未満。

 雨水なら床上浸水だが、幸いにも雪であり、一度に融けることもなかった。

 『非生産的な皆さん』ではあったが、雪国の人達は小学校の頃から『非生産的』であったわけではない。

「ウチの国なら小学生でもこれくらい楽勝だよ」と、道民の方は仰った。

 小規模な雪崩や積雪の落下には注意が必要であったが、身体は大人である俺達にとってはどうということもない積雪量であった。……俺達ではなく俺以外達だ。

 小学生ならではの悪路バティックな運動神経は無いため、若干の転びやすさは残ったが、移動が出来ないわけでもなかった。

 ちょっとばかり歩きづらい。でも、一週間もすれば身体は順応した。

 春から秋までのサバイバル生活だって、無駄じゃなかったんだ。

 ……もしも未だに竪穴式の大黒柱に頼る生活だったなら、多くの人が餓死と凍死をしたことだろう。

 大黒柱に頼る村の作りは一個の村で完成されてしまっている。つまり、閉鎖的なんだ。他所の村は他所の村、オラが村はオラが村だ。

 不測の事態が起きれば一発で村そのものが全滅する仕組みなんだ。

 ある村で、積雪の為に崩壊したパオもどきがあった。

 救援を求める狼煙を上げると隣近所の村から人手と物資が集まり、二日も経たずに再建された。

 見通しの甘さから一部の物資が不足した村もあったが、隣近所の村から物資が運ばれて越冬の手配は済んだ。一部の資源が不足していると言うことは、一部の資源が余剰であったということでもあった。

 デコボコを組み合わせて、村々はそれぞれに融通しあって越冬に望んだ。

 オラが村からは物資が流出していくばかりであったが、翔子もシロ様も廃人眼鏡も文句を言わなかった。隣村の男達もだ。

 雪の犠牲者を限りなく少なくする。その俺の我侭を許してくれた。

 文句を言ってくれても良かったんだけど、誰も言ってくれなかった。

 お願いだから文句を言ってください。廃人眼鏡などの男衆はともかく、残りの二人は謝罪以外の言葉で返せと無言のプレッシャーを掛けてくるんです。

 レパートリーは増えたけど、未だに慣れない。

 そもそもレパートリーの中には実用性に難が見られる言葉が多く、どれを使用すれば良いのか解りません。

 積雪の為に時間はあった。時間はたっぷりとあった。時間はありすぎるほどにあった。

 もはや何週したかも解らないほどに迷走を続けた口説き文句の数々が、逆に俺を惑わせていた。

 口説き文句と言う概念がゲシュタルト崩壊を起こしていた。

 まぁ、本当のとっておきは隣村のリア充女子から手解きを受けてるんだけどね?

 詩的情緒溢れる美辞麗句なんて必要ない。

 一言、真剣に、心の底から「愛してる」とだけ伝えればそれで十分だそうだ。

 ただ、そこに到るまでの雰囲気作りとか褒め言葉とか、アレとかコレとか童貞には実に難しい曲芸飛行も求められましたけどね?

 でも、最後の言葉は一言で十分なんだそうだ。

 いつか、きちんと言えたら良いなぁ………………あ、言っちゃってるわ。秋人と闘ったあの夜に言っちゃってるわ。

 既に言っちゃってるよ、どうしよう?

 まぁ、二回三回言っても良いだろう。きっと、見逃して……くれるよね?


 ◆  ◆


 …………二人だ。二名でも良い。いや、この場合は二尊になるのかな?

 やはり、ゼロにはならなかった。

 心の準備は出来ていた。

 でも、心の準備が出来ていることと痛みが無いことは話が別だ。

 注射に、似ているのかな? 心の準備が出来ていても、痛いものは痛い。

 こうして俺達は一年間のサバイバルライフ、一年間のリゾートライフを満喫し終えた。

 主催者の用意した船は、船と呼ぶにはいささか概念の変更を求める形状の船であった。


「……正方形の豆腐は無いだろ」

 これが、俺があの島で最後に残した言葉だった。


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