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有人島物語  作者: 髙田田
有人島物語~秋冬の終章~
14/23

第一話 飽食の秋、暴虐の秋、謀略の秋

 リゾートアイランドに秋が来た。米だ。白米の季節が来た。

 米といえば田んぼとセットのイメージだが、陸地にも米は実る。

 水稲と陸稲、その双方を主催者は用意してくれていた。

 島民の全てがジャパニーズだ。

 あんなに皆で支えあおうと誓い合った仲なのに、お米の魔力の前には無力だった。

 そして起こった現象は縄張り争いと乱獲による自然破壊。

「わりぃオゴメはイネェがぁ?」

 ナマハゲのようになった島民達が島中を探索しはじめた。

 発見、即乱獲サーチアンドデストロイ。流石に命を懸けた暴力沙汰には発展しなかったが、村と村の間にギスギスとした空気が漂い始めた。

 あぁ、食べ物の恨みは恐ろしいって言うしな。

 廃人眼鏡が夏の間に目を付けていた沼地の水稲や陸稲は翔子とシロ様が乱獲して回った。

 沙織ちゃんの村におすそ分けを~と眼鏡が口にしたところ、一睨みで黙らせられた。

 W翔子も珍しい。

 パン食の多くなった現代の日本人だが、やはり日本人の心の原点はお米だったようだ。

 安心したような不安になったような。

 今までの食事での主なカロリー源は、豆、芋、豆、芋、豆、芋のローテーションだった。

 稀にひえに麦にトウモロコシなども仲間に入った。

 ……だが、不味かった。美味しくはなかった。

 イースト菌の無いこの島では、麦はナンにもならなかった。

 まず麦を綺麗な粉末に出来ないため強引に潰して作ったそれは、創作料理としては及第点だが日本人の舌を唸らせるには至らなかった。

 ひえなど日本史の教科書でしか記憶に無いものを目の前にして、そもそもどう調理すれば良いのかが解らなかった。とりあえず煮てみた。変な味がした。

 蕎麦の実も見つけた。そして、やはり調理方法はさっぱりだった。

 あのシロ様でさえ匙を投げた。昔の人は、これをどうやって食用として用いたのだろう?

 なんとなく中の白い部分が食べられそうであったが、一粒一粒の皮を剥いていく、その作業は精神を苛んだ。俺の精神を苛んだ。泣いて御勘弁を願った。

 トウモロコシは主食というよりも、オヤツ感覚にしかならなかった。

 野菜や果物のビタミンや糖質、魚や鳥などの動物性淡白質といった食料事情はとても良い。

 ただし、炭水化物事情のみがこの島では極端に悪かった。

 量はある。種類が無い。あっても調理方法が解らないから食べられない。

 オカズだけでは駄目なんだよ、オカズだけでは。

 しかし初めて見たよ、歴史の教科書から飛び出してきた千歯扱ぎの実物とその実演。

 それからお米同士を手の平の中で摺り合わせて手揉みの人力で精米を開始した。

 これをシロ様が用意した微細振動機の中に入れると、小さな粒子である籾殻やぬかは下に、大きな粒子である白いお米様が浮上していらっしゃるじゃないですか。

 真っ白なお米様です。シロ様よりも真っシロ様がここにご光臨です。

「で、自炊した経験のある人は?」

 俺を含めた四人が共に目を逸らした。

 俺、引き篭もり。シロ様、病院食。眼鏡、問題外。最後の砦の翔子もコンビニ弁当。

 ミリヲタ村長の秋人よ、ちょっと今だけでいいから蘇ってきてくれないか?


 豆は茹でれば良かった。

 芋も茹でれば良かった。

 米は茹でたらトロリとしたお粥になった。

 炊きたての白米を期待した皆の希望は失望に変わった。

 釜戸で炊くその釜戸が無い。鉄釜が無い。銅仕様も無い。

 目の前にあるのに食べられない、その苦しみ……そんなもの、俺は毎日味わってるわっ!!

 お米様の白さは失われた俺の歴代ヒロイン達を思い起こさせた。

 塩子ちゃん。そしてソルティちゃん。三代目のザルチェちゃん。四代目のサーレちゃん。

 皆、良い子だったのに、二匹の小悪魔が……五代目のセリュちゃんは守ってみせるからね?

 しかしなぜ無機物に嫉妬する?

 透けるような白い肌でスベスベだからか?

 翔子はもう日焼けサロンに行ったのではないかと思うくらいに小麦色だ。

 シロ様もシロ様という名前の割には日焼けした小麦色だ。

 やっぱり、塩子ちゃん達の肌の白さに嫉妬したんじゃないだろうか?

 美意識過剰な女の嫉妬は怖い怖い。


 さて、お米戦争の結末だが、うちですらお粥なんだ、他所の村はもっと大惨事だったことだろう。

 傷を舐めあう者同士、同病相哀れむ者同士、村と村の結束は再度固まった。

 お前らの村の結束って、結局そんなもんなんだよな……。


 ◆  ◆


 それは、ある秋に入った始まりの頃だった。

「た、鷹斗さぁん……」

 シロ様が俺に抱きついてきたのだ。

 珍しい積極的なアプローチにドキッとした。

 うるうるとした上目遣いの瞳で……うるうるじゃなくて、実際に泣いていた。

「シロ様、どうした? 悲しいことでもあったのか?」

「私、私……病気になっちゃいました……」

 お医者様でも草津の湯でも治らないあの病気、では無いんだろうな。

 でも、元気そうに見えるけど……服の、下、とか?

 いや、うん、全部、見ちゃった。

 見せ付けられちゃったんだけど、慣れは、しないなぁ。

「どこか、具合が悪いの? どこか、痛いの?」

「……皮膚が。皮膚がボロボロになって、剥がれてくるんです!!」

 うん、そりゃ日焼け跡だよシロ様。

 いつから病院生活をしていたのかは知らないけど、肌が剥がれるほど日焼けしたことなかったんだなぁ……。

「翔子ちゃんが言ってました!! 早く剥かないと大変なことになるって!! だから、鷹斗さんに剥いて貰えって……お願いして良いですか?」

 し、翔子ぉ……。

 純情な乙女の無知に付け込んだ翔子の卑劣な作戦に……俺は乗ったっ!!

「うん、解った。任せろ」

 俺の返答を待って、シロ様がその象徴の白いワンピースをスルスルと脱いでしまった。

 俺は手ぶら、シロ様も手ブラ。音にすると一緒なのに、どうしてこうも違うのか。

 初めて出会ったときはガリガリだったのに、今ではふっくらとした肉付きが……大変困る。

「あ、あの、お願いします……」

 下着姿のアカ様に上目遣いでお願いされた。

 これは、ドキッとくるよなぁ……。

 俺の手でペリペリっと小麦色の肌が破かれる度に、シロ様がフルフルっと身体を振るわせた。

 小麦色の肌の下、シロ様本来の白い柔肌が敏感に感じ取ってしまうのだろう。

「痛く、ない?」

「大丈夫、んっ! です……でも、んぅっ! もう少し、優しく……」

「解った、優しく、する」

 この俺の指は皮だけを摘むには太すぎる。

 どうしても周囲の肌をなぞり上げるように触れてしまう。

 その度にシロ様はくすぐったそうに身をよじらせた。

「なんだか、んっ! 恥ずかしい……ですねぇ♪」

 ……ワンピースを脱いだその時点から恥ずかしい姿だと思うんだけどね?

 腕の皮を剥き終えると、次は、脚だ。

 どうしても白い下着が目に入って、色々と困る。

 前屈みの姿勢で行う作業なんだから、困らないと言えば困らない。

 ふくらはぎからゆっくりと太ももへ、一枚一枚、優しく剥いていく。

 時折、敏感な肌に触れてしまったのか、シロ様がピクンッと足の指を丸めて反応した。

「んふふっ♪ くすぐった~い、です♪」

 小麦色の肌が、白く、真っ白に、戻っていく。

 右足、左足を終える頃には、二人が共に息を切らせていた。

「もう少しですから~鷹斗さん、頑張って? お願いしますね♪」

 首筋に触れるたびにシロ様は身体を震わせて、とても摘みにくかった。

 首筋から背中まで、剥き終えると、シロ様は息を荒げながらクタリと俺に身を預けてきた。

「ぞくぞく、しちゃいましたぁ……このままでも、いいですよね?」

 そしてそのままの姿勢でシロ様が手で隠す胸元までに触れるよう誘われた。

 鎖骨や、胸周りの肌に触れるたびにシロ様が身動ぎして、背中ごしにその動きが伝わってくる。

 柔らかな女の子の身体が、俺の胸の内側で踊っていた。

 フルフルと震えながら、最後の一枚を剥き終える頃には、二人がともにクタクタに、俺の一部分だけがとても元気になっていた。

「鷹斗さん、ありがとうございます♪ 背中の日焼け跡とか自分では剥け無くて困ってたんです」

「え?」

「翔子ちゃんが~♪ なんだか楽しそうに企んでたので~♪ 先回りしちゃいま~したっ♪」

 し、シロ様が、悪巧みを?

 あの、純白のシロ様が!?

「ふっふ~ん♪ 二番煎じの翔子ちゃんは、どうなっちゃうので翔~子?」

 首を傾げてそんな小粋なジョークまで口にされるシロ様。

 スルスルとその象徴である白いワンピースに身を包みなおされるシロ様。

 ……この目の前の女の子、ホントにシロ様? なにかに寄生されてたりしてない?

「やっぱり、ボロボロの肌を見せるのは嫌だったんですよ? 鷹斗さんに~綺麗に剥いて貰って、なんだかとっても気持ちが良かったです♪」

 きっと、その気持ちいいには色んな意味が含まれているんだろうなぁ~。

 ……女は、恐ろしい、のぉ?


 その晩、二番煎じの翔子が皮むきを迫ってきた。

 なので、一緒にお風呂に入ろうと俺から誘った。

「えぇっ!? 嘘っ!? た、鷹斗が鷹に、鷹になっておるぞ!? し、翔子ちゃんピ~ンチ♪ 大ピ~ンチだぁ~い♪」

 うん、今のお前は大ピンチだ

 うきうき気分でお風呂に向かう翔子。

 一緒にお風呂に浸かり、十分もした。

 十分も湯に浸かったんだ、もう十分だろ?

 俺は御仏の布地を片手にゴシゴシと翔子の肌を削り落とす。

「た、た、た、た、鷹斗ぉ!? 色気が!! 色っぽさが欠片も感じられないよぉ!? 痛い痛い痛い痛い!!」

 効率性重視だ。

 一日に二回もあんな我慢が出来るかっ!!

 シロ様もお育ちになって、大変に恐ろしゅうなられましたなぁ。

 いい加減、隣村のリア充女子達を立ち入り禁止にしなければならないのかもしれない。

 その日、因幡の白兎となった翔子がシクシクと俺の肉布団の上で泣いていた……。

 そして腕が攣るまで慰めろと強要された。どっちにしろ俺が苦しむんだよなぁ……。


 ◆  ◆


 この島には十代から二十代後半までの男女が揃っている。

 主催者の思惑は解らないが、三十代より上は含まれなかった。

 さらに『非生産的な皆さん』であったため、真っ当な自炊の経験がある人間は数少ない。

 それにくわえて道具が揃ってないこの状況。白いお米を前にして、どうしたものかと考えた。

 ミリヲタ村長の秋人、お前は優秀な奴だったよ。俺なんかよりもずっとな。

 パオもどき形式ではなく、大黒柱形式の社会で多くの人を助けようとすれば、三角になるに決まってる。

 一人では足りずとも二人の友と一緒に頑張れば、二十余名の人命を支えられる立派な大黒柱だった。

 それはもの凄いことだ。

 二十余名の命を背負っても折れないだけの、凄い立派な大黒柱だった。

 だけど、背負われていた人々はそうは思っていなかったんだ。

 三人に支配されている……そう、思っていたんだ。

 人の心のケアまで手が回らなかった、たったそれだけで独裁者扱いだ。

 どうすれば良かったのか、俺は何度も何度も繰り返し考えた。

 それで秋人の居場所が戻ってくる訳ではないのだけれど、俺は考え続けた。

 そのおかげで大黒柱とパオもどきの実物を用いたプレゼンテーションを思いつくことが出来た。

 居場所を奪い、生き甲斐を殺して、命まで奪ってしまった俺が言う台詞じゃないけれど……ありがとうな、秋人。お前のおかげでこの島の皆が救われたんだよ。

 だから、生き返ってくれないかなぁ……なんて夢想していると、ハタと気が付いた。

 そう言えばもう一人居たな。サバイバル生活に詳しい人間が。

 ゾンビ世界限定の人だったけれど。


 お呼びしたのは沙織ちゃんの村で男班のリーダーを勤める爽やか好青年のゾンビ王子。

「お米の、炊き方、知らない?」

 彼の答えは実にシンプルだった。

 目の細かい竹のザルに白米を乗せ、源泉の熱いお湯に漬ける。

 そして良い茹で上がりになったところで取り出してササッと湯切り。

 ふっくらご飯さんがそこには出来上がっておりました。

「普通の炊き方に比べると格段に味は落ちるんですけどね? 機材が無いこの島ではこれが限界です。すいません」

「謝るの、こっち。むしろ、感謝、感激、雨、あられ」

 やばい惚れそう。この王子、超カッコ良い。

 料理の出来る男がモテるってこういうことだったんだな。イケメンに限るけど。

 源泉さんはナトリウム泉のため、ほんのり塩味が付いてしまったお米さん。それもまた、おむすび気分で良い感じ。

 気が付けば全てをパクパクと食べ終えていた。

 後からやってきた三人には「お前は子供かっ!!」と怒られた。

 え? 食いしん坊キャラだよボク?


 ゾンビ王子にバレた以上、沙織ちゃんが『炊飯』という大義名分を背負ってオラが村学校に帰ってきた。

 今までは廃人眼鏡が通い夫だったのだが、今度は沙織ちゃんが通い妻に変わってしまった。

 第一期卒業生の村はリア充率がとても高い。

 それは、一人の女の子の命を背負っているからだった……。

 望郷の念に心を挫かせた一人の女の子、その自裁に苦しんだのは誰か?

 もちろん、村長であった沙織ちゃんが一番に決まっている。

 自分の指の隙間から命が零れ落ちる感覚は、とてもとても辛いものだ。

 沙織ちゃんが自身の無力感から真っ先にボロボロと崩れていく姿を見て、その弱さのために他の女の子達は何とか平静を保つことが出来た。

 『弱さ』が『強さ』を保ったんだ。

 それでも沙織ちゃんを立ち直らせることは適わず、そして、廃人眼鏡が彼女を助けた。

 惚れた女が泣いている。なら、男が出来ることはただ一つ、慰めることだけだろう?

 言葉だけで足りないなら、心だけで足りないのなら、身体を使ってでも慰めることだけだ。

 沙織ちゃんが立ち直るにつれて他の女の子達も立ち直っていった。

 そして、沙織ちゃんを羨み、今現在のリア充率に至るのであった。

 わかっちゃいるけど許せねぇ。

 俺の童貞魂が廃人眼鏡のことを許さないのだ。

 俺の身体は大きいが、俺の器は小さいぞ!!


 俺は、男と女の関係はデジタルだと思う。

 0か1だ。有るか、無いかだ。

 一線を越えるか越えないか、そこで全てが変わってしまう、そんな気がするんだ……。

 ……そんな童貞の女性論はさておき、村々はお米を通じてまた交流が始まった。

 現金な付き合いだなぁオイ。

 まずはオラが村の卒業生同士の女の子ネットワークから始まった。

 シロ先生が作られた微振動式精米分離機を利用した白米や玄米作り。

 やっぱり日本人としてご飯を食べたいのか、卒業生の皆が呼んでもないのに食材持ち込みで集まってワイワイガヤガヤと華やかになっていった。

 ちょっとした同窓会になった。

 そして、呼んでもないのに童貞三人衆(偽)も来た。

 ……どこから情報を? あぁ、非童貞村長の彼女はここの卒業生だったっけ。

 まぁ、突っ立っているだけのお前らに恋の花咲く季節は永遠にあるまい。

 好きなだけ立ってろ。今のここは学校だ、廊下に立ってる分には一向に構わんぞ。

 やがて近隣の村々にも炊飯方法が伝わり、各地の源泉さんは炊飯ジャーさんに変わった。

 熱源、煮物、お風呂、塩作り、果ては炊飯ジャー、源泉さんのお力は凄いですなぁ。


 この後には栗戦争とサツマイモ戦争にジャガイモ戦争が待っていて、再度村同士がギスギスしあうことになるのだが、もう俺は知らんぞ。勝手に争え!!

 しかし、吹かし芋は美味しいですね、ありがとう源泉さん。ムシャムシャ。


 ◆  ◆


 恵みの秋を迎えて俺はようやく気が付いた。

 この島には建材と食材しか無いことに気が付いた。

 全ての木は建材だ。そして、数多くの木が実りをもたらす。

 俺達が生きていく上で、全てが有益なものだ。無意味なものや無価値なものなんて無かった。

 路傍の石だって石弓の弾になる。

 全てのものは使いかた一つ、捉えかた一つで益にも害にも無関係にもなった。

 この島には無駄なものなんて無い、たった一つ、この俺と言うメタボを除いてなっ!!

 ……嘘だ。俺と言う『弱さ』を必要としてくれている女の子が二人も居る。

 俺と言う『弱さ』すら、この島では有益なものだったんだ。

 翔子とシロ様が『強く』あるためには、俺が『弱く』なければいけないんだ。

 皮肉なものだ。俺にはちゃんと骨もあるのに皮と肉ばかりが重用されている気がする。あと脂身な。


 十年前、俺は、虐められた。

 十年間、俺は、悩み続けた。

 十年間、俺は、認めなかった。

 でも、今の俺は認められるし、俺を虐めた奴等の気持ちもなんとなくだが解るようになった。

 教室のなかに『弱者』が必要だったんだ。俺を苦しめた彼等の心の慰めには。

 許す許さんで言うのなら許そう……この島で、翔子とシロ様に出会わせてくれた恩人でもある。

 そして、機会があれば復讐だ!! 報復だ!!

 全身全霊、感謝の気持ちを込めた全力の拳がナックル!!

 許した上でぶちのめしてくれるわ!! 十年間は立ち直れないほど心をし折ってくれるわ!!

 千尋の谷に突き落とす親獅子の如き恩返しだ!! 強く逞しくなって帰って来いっ!! その頃お前はアラフォーだっ!!

 ……まぁ、無理ですけどね~?

 むしろボコボコにされるだけですけどね~?

 このメタボのパンチが届くことは無いんですけどね~?

 なので、明日のためのその一、ジャブをして鍛えてみた。

 脇を締めるまでも無く自動的に締まる我がメタボ。

 三回目で肩から何だか嫌な音がしたのでギブアップした。

 身体を鍛えることすら許されないとは、弱者の極みよのぅ。

 骨髄の病気で苦しんでいたシロ様も同じ気分だったのだろうか……絶対に違うな。向こうは命懸けだしね。

 そんなシロ様の身体は大事にしてあげないとね……。


 ◆  ◆


「ご飯が美味しいと太っちゃうね~♪ 困っちゃうね~♪ 最近、また胸まわりが苦しくなっちゃって、翔子ちゃん困っちゃうな~♪」

 家族の食卓の席で、そんなふしだらな発言をするんじゃない。

 カロリーが胸周りではなく腰周りに溜まるシロ様が、怖いんだ。

 そして、廃人眼鏡は飄々としたものだ。むしろ頷いて同意すらしている。く、悔しい……。

 ご飯を食べる姿勢は前屈みだから、俺は何一つ困らない。挟まれてちょっと痛いくらいだ。困らない。

「へ、へぇ~、そうですか~。そうですか~」

 納得済みの三角関係だと本人達は言うのだけれど、事ある毎に衝突している。

 あるいは、ジャレあっているだけなのかもしれない。

 そんな弄られて可哀想なシロ様の栗ご飯には、栗成分をちょっぴり多めにしてあげる俺の心遣い。

 栗の甘さで心が癒されて欲しい。きっと、バレたらまた怒られるけど。

 出されたものは出された分だけちゃんと食べる。シロ様は好き嫌いの無い偉い子だ。

 そして偉いことになるんだ、腰周りが。

「翔子ちゃんはまだ成長期だからね~♪ まだまだ発育中だからね~♪」

「わ、私だって成長期……ギリギリ成長期です!!」

 意外な事実、翔子よりもシロ様の方が年上だったのだ。

 身長でも胸周りでも小柄なシロ様の方が年上だった。

 この島にくるまでは重病だったんだ、発育不良になるのも仕方が無い。

 せめてもと思い、沢山食べて大きくな~れと俺がシロ様のカロリー供給に気を使うほどに腰周りが大きくなる。不思議だなぁ?

 塩の結晶と違って、人の身体を育てるのはなかなか上手くいかないものだなぁ……。


 料理の基本さしすせそ、五つの調味料の内、砂糖と塩は手に入れた。

 酢は柑橘類、レモン等の絞り汁で何とかまかなえる。

 大豆があっても醤油や味噌などの発酵食品はどうにもならなかった。

 試作品を試食してみるのも命懸け、隣り合わせの食中毒と発酵食品。

 そこまで食道楽のための覚悟は決められない。今でも基本である寄生虫対策は忘れていない。

 納豆を最初に口に出来た人、よっぽど飢えてたんだろうなぁ……。

 そして、勧められて二番目に食べた人、よっぽど気の良い人だったんだろうなぁ……。

 醤油と味噌が抜けたが、代わりに黒胡椒と唐辛子がinしたのだからトントンだ。

 砂糖、塩、柑橘類、唐辛子、黒胡椒の五つの調味料があれば大抵が何とかなった。

 主催者はハバネロまで用意してくれたのだが、これは、玩具にしかならなかった。

 たまに混ぜておくと、楽しい。そして、怒られる。それも、楽しい。

 延々と続く先生不在の臨海学校。

 先生は俺達だ。生徒も俺達だ。取り締まるのもはしゃぐのも俺達だ。

 どこまでも緩く出来れば、どこまでも引き締めることも出来る。

 季節の変化、環境の変化に応じてパオもどきは緩んだり引き締まったりを繰り返し、外からの圧力に耐え切った。

 誰かが怪我をすれば引き締まり、治れば緩む。

 誰かが病気になれば引き締まり、治れば緩む。

 誰かが失恋をすれば引き締まり、皆で大笑い。

 緩急自在の臨海学校。それはただひたすらに楽しい時間だった。

 泣いた、笑った、喧嘩した。

 こうして、皆が人生のなかで取りこぼしてきたものをこの島で拾い直していた。

 支えあうと言うことは、背負いあうと言うことだ。

 知らぬ間に他人を背負い、俺達は大人への階段を一歩一歩、昇っていた。

 もちろん幸せばかりがあったわけではなく、不幸が無かった訳ではない。

 これだけの人数が居れば、大きな事故だって偶にはあるさ。

 でも、その不幸を背負うことで、また一歩、大人に近づいた。

 幸せを背負い、そして、不幸を背負って、俺達は大人に近づいていったんだ。

 自分達の足で、一歩一歩、確実に昇っていったんだ……。


 シロ様だけがいつまでたっても大人にならない自分の身体付きに悩んでいたので、カロリー成分を多めに用意してあげた。日本人らしい目に見えない気配りだ。

 シロ様は夜になると人気の無い場所に行き、クネクネとした不思議な盆踊りを踊りだす。

 女子の体育である創作ダンスという奴だろうか? シロ様は相変わらず勉強熱心な御方だ。

 シロ様は不思議な盆踊りを踊った。CPカロリーが減少した。

 鷹斗は魔法カロリー補給を唱えた。CPカロリーが増加した。

 ふふふ、俺に痩せるなと言いながら自分一人だけ逃げ出そうなどとは許しませんぞ? シロ様よ。

 ……ソルティちゃん、ザルチェちゃん、サーレちゃん。塩の仇は砂糖で摂ったからね?


 ある晩、翔子が珍しく慌てて俺に抱きついてきた。

 その顔は恐怖に青ざめており、今にも泣きそうな表情だった。

「どうした!? 何があった!?」

「くねくね……白くてくねくねしたの見たぁ……怖ぁぃ……」

 シロ様は、知らず知らずのうちに復讐を果たしたらしい。

 その日から一週間ほど翔子は俺の傍をずっと離れなかった。

 なので、シロ様も一週間ほど俺の傍をずっと離れなかった。

 ……翔子、お前が見た恐怖の根源、実はすぐ傍に居るんだぞ?

 そ知らぬ顔をして「私も怖いんです、一緒に眠ってください……」と、仰るシロ様が俺は怖いです。

 二人よりも三人の方が安心できたのか、翔子は白いクネクネ様を大歓迎した。

 俺は本当にシロ様が怖いです……。

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