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有人島物語  作者: 髙田田
有人島物語~春夏の始章~
11/23

最終話 やることをやれば、起きることが起きる。そりゃ当たり前だよ。

 …………寝取られた。

 俺のメインヒロイン、塩子ちゃんの長方形の清らかなボディと見知らぬ小さな塩の結晶が合体していた。

 ……寝取られたっ!!

 だから、村を留守にしたくなかったんだ!!

 俺が傍に居なかったばかりに塩子ちゃんが汚された!!

 だけど、それすら飲み込むのが男の甲斐性というものだ。

 やはり、人は人同士、塩は塩同士で幸せになるべきなのだろう。

 幸せな家庭を築くんだよ? 塩子ちゃん……。

 俺のことは忘れていいからね? 塩の結晶に記憶領域があるとは思わないけど。

 ついでに眼鏡も沙織ちゃんを寝取られないかな? こっちは超笑えるんだけど。


 思えばこの島に来てから、沢山の人達に助けてもらったな。

 まずは、木さん。賢者の杖の槍ももう八代目になったけれど、そのナイフは受け継がれてます。

 つぎに、竹さん。上水道から建材まで、人の業など苦とも思わぬその硬派な生き様には痺れます。

 それと、石さん。ごめん、忘れるところだった。ガチンコ漁からなにからお世話になっております。

 お水と魚をくださる川さん。煮物からお風呂から塩作りまでドンとこいの源泉さん。

 塩水を無尽蔵に提供してくださった海さんには頭が上がりません。でも、この村は海抜より高いので頭が高いことをお許しください。

 さまざまな人達のお世話になって来ました。

 そして、さ○とう先生、有難う御座います。

 植物図鑑と並び、今では島の聖書として崇めさせていただいております。

 無力で無力なこの人豚を、皆さんに支えていただいたこと、感謝しております。

 そんな俺の首元では小さな忠告音がピピピと鳴っていた。

 忠告音は夜更け過ぎに警告音に変わるだろう。……サイレントと言うには煩い夜だ。

 俺は、それだけのことをした。だから、それだけのことをされるのだろう。

 俺は、自覚を持って、計画性を持って、人を殺した。

 その報いがやってくるだけの事。

 そんなの当たり前のことだ。

 ……皆には、見られたくないな。

 人の死ぬところが、美しいなんてのは、ありえないことだしな。

 見苦しく、惨めったらしく、涙と鼻水を垂れ流しながら死んでいく。

 金髪ピアスは涙を流す暇さえ無かったんだっけ。あいつは何から何まで規格外の奴だったな。

 これはリアルだ。ゲームじゃない。それでこそリアルライフだ。くそったれ。

 俺の首元では小さな忠告音がピピピと鳴り響いていた……。

 その日、死が一歩一歩、着実に近づいてきていた……。


 ◆  ◆


「もうすぐ秋だねぇ。鷹斗の肉布団もずいぶんと快適になったねぇ」

 結局、真夏の猛暑の中でも肉布団から降りなかった翔子の根性は認めよう。

 でも、真夏の猛暑の中でも肉布団の役割を全うした俺の根性は誰が認めれくれるんだろう?

 自分で自分を褒めてやる。偉いぞ、肉布団。

 ご褒美は翔子の頭をナデナデだ。

「鷹斗ぉ? 不意打ちは駄目だよ? 翔子ちゃんにも心の準備があるんだからね?」

「じゃあ、準備しろ」

「うん、準備したっ♪ 撫で撫でして?」

 ナデナデ。

 たったこれだけで、満足してしまえるのだから翔子は安い女だなぁ。

 たったこれだけでしか、満足できないのだから翔子は重い女だなぁ。

 目方を量れば俺のほうが遥かに重いのだから、背負う分には対した重さじゃない。嘘だ、膝が持たない。

 最初は嬉しそうに微笑んで、次は何かを思い出したようにクスクス笑い始め、目がトロ~ンとしてくると、翔子はそのままスヤスヤと眠りに就いた。

 真夏は過ぎたとは言え、この残暑の中で、よく眠りにつけるものだ。

 その寝付きの良さは羨ましい。日々、運動しているからか?

 俺は膝の具合と相談しながらしか動けないため、なかなか疲労するということが出来ない。

 あぁ、せっかくの夏なのに海水浴に行くの忘れてた。

 ……俺の移動速度と往復の時間を考えれば非現実的な海水浴だな。ごめん、皆。

 島の皆が越冬越冬と騒いでいるが、そもそも雪が降らないという肩透かしさえ有り得ることに気が付いた。

 冬=厳しいと思い込んでしまうのは、俺達が日本人だからなのだろう。

 ハワイの人に冬のイメージを尋ねてみれば『ちょっと肌寒い?』くらいの回答が戻ってくるはずだ。

 シロ様がこっそり耳打ちで、ハワイ諸島は北半球だと訂正してくれた。

 ハワイは北国だったんだな。日本より南極なんごくに近いから南側だと思ってた。


 ミリヲタ村の一件から色々あったっけ。

 誰かが上に立ち、その指示に従うことは楽だけれど、誰かの指示に従っているのに隣村がもっと幸せそうに見えたならどう感じるか? そりゃ、上司の無能を疑うよなぁ……。

 どうも人は人の上に立つと『非生産的な皆さん』と言う一文を都合よく忘れてしまうようだ。

 俺たちは、神か悪魔か宇宙人のお墨付きを貰った駄目人間の集まりだぞ?

 一つの村の大黒柱に成れる人材なんて居るわけが無いだろう?

 一本の柱に頼った構造は、一本の柱の長さと太さよりも成長しないんだよ。

 そして、この島では大黒柱候補になれるような人材はレア中のレアな存在だ。

 俺に思い当たるのはシロ様くらいだ。

 シロ様のような身体の不具合で非生産的と看做みなされた人々も居たが、総じて学識には疎く、シロ様が本当に特別なんだと思い知らされた。そして特別扱いを求められた。

 日に一度は頭を撫でる特別扱い。翔子からのお許しは貰っているそうだ。

 ……だから、俺の意思は?


 身体の具合の悪かった人たちは総じて捨て鉢になり、勉強することの無意味さに鉛筆を置いてしまっていた。

 シロ様だけが、いずれ身体が治ったときのことを考えて、夢を見て、必死に机に噛り付いていたのだ。

 ……ただ皮肉なことに必死に学んだ知識と、島内で求められた知識は違った。

 か弱い女の子の身体と日本の教育制度を掛け算しても生存には無理があった。

 日本の教育制度に理科はあってもザ・サバイバルは存在しないからな。

 そして、赤い村に頼ることとなり、そして、俺達と出会うことになった。

 むしろ、勉強ばかりに傾いていて、女の子としての遊びや話題などにはついていけなったそうだ。

 だから、生々しい話をすると今でもすぐに真っアカ様になってしまう。

 俺もウブだが、シロ様もウブだった。

 そんなウブウブな二人をくっつけてしまえと翔子は悪巧みしていたそうだ。

 三つの村を巡る旅先で、三人での同衾を許したのもその一環だった。

 人豚印の肉布団の心地よさで口説いてしまえとな。無茶な計画だ。

 いずれ自分は身を引くから、後のことは任せたいとシロ様に頼みこんだらしい。

 そこで翔子が俺よりも先に身体の不具合が治っていることを知ることになった。

 そして、とてもカッコ悪いことに、口に出した以上引っ込みがつかなくなった。

 馬鹿だ。一言で言って、大馬鹿だ。

 バカめ。

 俺を半分こする過程で一悶着あったらしい。

 翔子は解るとして、あの大人しいシロ様が悶着を起こすとはビックリだ。

 半分と言っても色々ある。

 左右で半分、上下で半分、前後で半分、どの角度でスライスされても俺は死ぬ。

 恐ろしい女の談話の果て、とりあえず左の玉の分は翔子が、右の玉の分はシロ様のものになった。

 どんなビックリ人間なんだ、この俺は?

 どうも、保健体育には疎い二人だったらしい。


 この島の特産品、パオもどきの建物はオラが村の縮図であった。

 真ん中に一本の太い柱はある。でも、その周囲にはそれを囲むように竹の骨組みが集まっている。

 竹の骨組みは柱に寄り添っては居るものの、真ん中の太い柱に頼ることなく、自らの力で外壁を支えていた。

 一本の柱と、それに寄りかかった状態の竪穴式住居。

 一本一本の竹の骨組み自身が支えとなるパオもどき。

 住み良いのも直しやすいのも、後者だ。文明的で文化的な構造だ。

 たとえ一本の支えが挫けても、立ち直るまでの時間は他がカバーしてやれば良い。

 人材が流出した村々の村長達と口頭で政治体制についての議論をしても埒がなかった。

 でも、竪穴式住居とパオもどきを実物として見せ、その村の構造の違いを目に見える形で説明すると多くの人々は納得してくれた。

 そして、自分達のやり方の限界を悟ってくれた。

 自分達の村長が無能だから幸せが足りないんじゃない。

 自分たちの支えが足りないから幸せに成れないんだと悟ってくれた。

 竪穴式住居は狭いんだよ。

 パオもどきは竹の骨組みが成長するごとに広くなるんだ。

 そして俺たちは駄目人間だ。支えあわなきゃ何にも出来ない。天からの血統書付きだ。

「皆、足りないんだ。手紙にも書かれていただろう? それを自覚して、支え合おう」

 インディアン語の通訳として非童貞村長がこうしてプレゼンを締めくくった。

 俺という存在が、その言葉に強い説得力を与えたらしい。

「このインディアナ人豚が村長なのに、この村はこんなに発展してるんだ。間違いない。このやり方こそが正解だ」と、皆が納得してくれた理由のベストワンに入ることだろう。

 こうして争うことなく、幸せの青い鳥は自分で造れと言って追い返した。

 人材の流出も止み、そして、自分たちが村を支えているという自負が彼らを強くした。

 これで、一部の人間が権力に酔いしれていた時代、一部の人間に依存していた時代は終わった。

 となりの鳥は鮮やかな青だと言う事実がそれを強制的に終わらせた。

 俺の体脂肪がこんな形でも活躍するとはなぁ……。

 肉い男だねぇ~俺も。そして滅べ、お前ら。


 ……もっと早く、この実物をモデルに使ったプレゼンテーションを思いついていれば、ミリヲタ村長も説得できたかも知れなかった。

 でもさ、問題が起きた後じゃなければ対処法にも気付けないよ。

 生産的な皆さんなら、きっと、前もって思いついたんだろうけどさ……。


 ◆  ◆


「なんか、難しい顔してるッスね? また、何か悩んでるんスか?」

 俺は膝が悪い。だから、悩む時間はたっぷりあった。

 これしか出来ないんだから、こればかりしてた。

 サバイバル顔を続けた結果、眉が若干太くなり始めた気が……しないしない。

「眼鏡、俺、居なくなっても、大丈夫?」

「……急に、不吉な事を言うッスね? なにか、思い当たることでもあるんスか?」

「心筋、梗塞?」

 廃人眼鏡が引きつった笑いを浮かべていた。

 うん、やはり俺の体脂肪の説得力は素晴らしいな。

「……無理ッスよ。俺も、シロ様も、翔子さんも、一人で生きていけますけど、三人じゃ生きていけないッス。三人とも我が強いッスからね、ぶつかり合うばかりッスよ。あとは、喧嘩別れッス」

「そう、なのか?」

「そうッスよ。居なくても良いと思ってたギルマスが抜けた途端、喧嘩ばかりで崩壊したギルド、いくつも見てきたッス。ゲームの話ッスけどねぇ……」

 ゲームの話か……でも、人間の話でもあるんだよなぁ。

 オンラインゲームは苦手で、結局ソロプレイだったからなぁ。

 つまんなかったからすぐ止めた。

「この村で、四人だけで閉じ篭もって暮らすだけなら楽だったんスけどねぇ。俺の我侭で、鷹斗さんには迷惑掛けっぱなしッスよ」

「迷、惑?」

「まずシロ様でしょ? 次は困ってた女の子達、最後は新しい村の幸せを妬む人達の対処まで、結局、島全体を助けさせたッス。鷹斗さんは、四人で閉じ篭もっていたかったんスよね?」

 ……言われてみれば、そうだ。

 別に、誰一人、俺が助けたいと思った人間は居なかった。

 強いてあげるなら、翔子、眼鏡、シロ様、三人だけだ。

 そもそも、困った人を目にする機会をこの膝が与えなかったからな。

 目の前に居なければ他人の不幸に気付くことすらないし、助けたいと思うこともない。

「閉じ篭り、したい、違う。ただ、楽を、したかった」

「この村に厄介事を持ち込んだのは、全部、俺ッスよ。それくらい自覚してるッス。沙織の村のいざこざも、この村の厄介事じゃ無かったッスから……俺の我侭ッス。迷惑、掛けたッス。感謝してるッス」

「そう、か。その上で、脱童貞。……眼鏡、恩という、言葉、知ってるか?」

「……え~っと、海に行って来るッス~♪」

 この野郎、非童貞の余裕の貫禄でスルーしやがった。

 これが童貞と非童貞の違いかっ!!

「二人の可愛い女の子に言い寄られて、しかも一緒に眠りながら未だ清い身体。その我慢強さには皆、尊敬の念を抱いてるんスよ? 鷹斗さんはこの島の王ッス。いや、この島の皇帝ッス」

「こ、皇帝?」

「そうッス。童帝様って皆の憧れない的ッスよ? 凄いとは思うッスけど、憧れはしないッスよねぇ~?」

「もう、海にいけぇ!! そして水平線の向こうまで行って帰ってくるなぁっ!!」

 大声で笑いながら、こうして眼鏡は密偵ジャッキーの旅に出た。

 最初は二日かかっていた海までの行程も、今じゃ一日も掛からず往復出来る。

 でも、沙織ちゃんの村を経由した場合は一泊多くなる。一泊多くなる。一泊多くなる。

 ……自制心という言葉をお前らは持たんのか?

 しかも島内全域で俺を笑いものにするとは……沈んじゃえよ、もう、この島。

 ロストしろ、ロスト。ロス島だ。打ち切りだ!!


 ◆  ◆


「シロ様、NAISEI、楽しい?」

 シロ様は作業に集中しているのか、コクコクと頷くだけだった。

「シロ様、頭、ナデナデして良い?」

 シロ様はテテテと走り寄ってきて、頭を差し出してくれた。

 ナデナデすると、しばらくして満足し、また作業に戻っていった。

「シロ様、いつ、俺なんかに惚れたの?」

 シロ様の作業の手が、ビクッとして止まった。

 シロ様がアカ様に変身していた。そりゃそうだ。

 デリカシーの無い人間は嫌われるぞ? でもボクは豚さんなので構わないのです。

「……乙女の、内緒♪ ですっ♪」

 シロ様が隠し事をなされた。

 この島に来て花開いたのは才能だけではなく乙女心も一緒に花咲いたらしい。

 乙女の恥らう姿は可愛いなぁ。

「そうか、解った」

「解っちゃ駄目です!! そこは、もっとグイッと強引に迫るところです!!」

 駄目だしされた。

 この童帝に乙女心は難易度が高い。

 なにしろ皇帝だからな。

「じゃあ、いつ、俺なんかに惚れたの?」

「……乙女の、内緒♪ ですっ♪」

「でも、知りたい、教えて?」

 アカ様はモジモジとしながら傍に寄ってきて、俺に身を預けてきた。

 それから目を閉じて催促を促してくる。話してやるから頭撫でろ。

 シロ様もしたたかになりましたなぁ。

 俺の腕が攣るまでは話をしてくれるそうです。

「……最初からです。杖を二つもついて、ゆっくりと私の前に居た村まで頑張って歩いてるとき、病院でリハビリを頑張ってる人達を思い出しました」

 ……シロ様の中で、俺は病人枠だったのか。

「正直に言うと、その時は、この人で大丈夫なのかな? って思ってたんですよ? でも、前の村に辿り着いたとき、アッサリと私の荷物を取り返してくれました。あの時の鷹斗さんは……カッコ良かったです。それから、この村に戻るまでの間、膝が悪いのに頑張ってくれて……私のために、ここまでしてくれたんだって……思って……」

 ……廃人眼鏡なら半日、今の廃人眼鏡なら三時間の道のりだったんだけどね?

 あの時は、往復で六日も掛かったんだっけ。今なら何とか二日で往復……三日ください。

「この村に帰ってきてからもそうでした。あの、こわ~い翔子ちゃん相手に私の居場所を作ってくれて、塩造りの仕事を譲ってくれました。前の村では役立たずだった私に、ちゃんと、居場所をくれたんです。それから机の上じゃ学べない色々なことを教えてくれて……気が付くと、好きになってました。鷹斗さんは見た目はカッコ良くないのに、中身がカッコ良すぎるんです。……ズルイです。女の子ならドキッとしちゃいます……幸せです♪」

 ……ギャップ萌えッスね?

 このデブが醜態さらしまくっただけなのに、シロ様の目にはそう見えてたのか。

 深読みを、しすぎじゃないかなぁ?

「翔子ちゃんが……身体の事を勘違いして鷹斗さんを譲るって言ってきたときには、嬉しくて、悲しかったです……。だから、身体が治ってること教えてあげたら凄くビックリしてました。あと、譲るって言っちゃってたからオロオロしてました。あの時の翔子ちゃんは、とっても可愛かったんですよ?」

「それは、見たかった」

「だ~め~で~す♪ これは、ほんとの乙女の秘密だから駄目ですよ?」

「それは、残念」

 シロ様の前でオロオロしてる翔子の姿かぁ。

 想像できるような出来ないような。口は災いの元だなぁ。

 そしてその災いが俺の身に降りかかるのは何故でしょう?

「そっか、最初からか」

「そうです。最初からです。だから、気付かずに乙女心を傷つけた分だけ頭を撫でてください」

 シロ様は交渉上手だなぁ。

 俺の腕が攣るまで撫でさせるなんて、交渉上手だなぁ。

 イタタタタタタタ。


 ◆ ◆


 俺が居なくても、オラが村は回ると思ってた。

 でも、俺と言う柔らかな脂肪分の塊、グルコサミン&コンドロイチンという軟骨成分が無ければ上手く回らない。三人揃って優秀なのに、不思議だ。

 俺は要らない子だと思ってたんだけどなぁ。

 人が歯車だとすれば、俺は油だ。オイリーだ。とてもお似合いの役だ。

 その割には体脂肪が減っていかないんだけど、何故ぇ?

 でもそんな幸せな想像も、いつか予感したとおり、俺の首筋からピピピと忠告音が鳴りだして中断した。

 ミリヲタ村長の居場所を破壊した、その罰を受ける時間だ。

 先に手を出したのはあちらだから正当防衛だと普通の人にほんじんは言うだろう。

 でも、居場所を壊して、その幸せを奪い、生き甲斐を失わせた。

 生き甲斐を失うことは一つの死だ。呼吸をしていても心は死んでいる。

 十年熟成ものの引き篭もり、十年間死体だった俺にはよく理解できた。

 夢の中、**君の声援を受けて、俺をシカトしたクラスメイト相手に、俺の居場所を破壊した相手に教室夢双を俺はした。

 俺の場合は十年もかかったけれど、ミリヲタ村長は一月とかからず正しい怒りの矛先を見つけ出したようだ。

 優秀だなぁ。なんで、この島なんかに来たんだよ?

 もっと、日本列島で頑張っておけよ。……この俺が説教しても説得力ゼロだけどさ。

「じゃあ、案内、頼むぞ?」

 竹さんのスコップを背負い、杖をついた四速歩行の鈍獣が歩みを始めた。

 主催者とは会話が出来るし、主催者は意外に話の解る奴だと知っているのは、俺とシロ様、元・赤い村の村長、それに忘れてるか気付いてないっぽい廃人眼鏡だけだ。

 この村に、この村以外にも、主催者が想定していなかった危機が発生した場合は忠告音で警戒喚起を促して欲しいとお願いしてあった。

 お願いしたときに返事は無かったが、今日、この瞬間に返事があった。

 ピピピと言う音の大小で方位は解った。

 ピピピがピーに変わることで、距離が解った。

 なんか、こんなゲームあったな。音を頼りに戦う、ヘッドホン推奨のゲームだ。

 そうして歩くこと一時間、俺は宇宙人とのセカンドコンタクトに成功した。

 銀色のゴワゴワな宇宙的スーツに身を包んだ宇宙人。

 宇宙人が呼吸をするたびに、短冊状の銀の触手がパタパタと揺れる。

 目の部分だけはどうしようもなく穴が開いていたけれど、それすら小さい。

 よく、その小さな穴で外が見えるものだと思った。

 俺が気が付くことだ、軍事に詳しそうなミリヲタ村長が気が付かないわけが無い。

 電波を反射する素材で身を包めば、いつだってデスゲームに参加できる。

 電波かく乱のために細く刻んだエマージェンシーブランケットを原材料にした、多量の短冊で身体を覆っている。

 宇宙人というよりも、雪男の方が近いかもしれない。頭にプロペラが付いていないから暑そうだ。

 エマージェンシーブランケット製の全身スーツ、銀色のエマージェンシースーツに身を包んだミリヲタ村長がそこには潜んでいた。サバイバルナイフを片手に持って。

 元々、サバイバルナイフを装備しても銃刀法違反で首パンッしないこの島だ。

 エマージェンシースーツを作って装備しても、そこに違法性は無いだろう。

 ただ、首パンッという被害者保護が不可能な怪物になっても、まだ違法性は無い。

 暖かな暖房スーツだと言われれば、確かにそうなんだ。

 でも残暑が残るというのにそのサウナスーツは暑すぎるだろ?

 ナイフを相手に向けて、殺意を剥き出しにするまでは、ただの脳内殺人計画。

 俺達が主催者の保護の下で安眠を貪っているところ、一人一人を殺そうと実行に移すまではただの計画だ。

「全部、お前のせいだ。お前のせいで、全部、ぶち壊しだ。俺達の村が、お前のせいで、全部ぶち壊しだ……」

 スーツの中からくぐもった声が聞こえる。

 怒りを押しつぶしながら、冷静な語りを保とうとしていた。

 正当防衛だ、なんて言っても話にならないだろう。

 完全に過剰防衛だった。

「そう、だな」

 はっきり言って、やりすぎた。

 俺も、ミリヲタ村長もやりすぎた。

 女性の怒りというものを甘く見ていた。

 何人かの女性は村に残るだろうと思っていたのに、全員が出て行き、村を全壊するまで破壊しつくすとは予想外だった。

 それだけ、やりすぎた扱いをミリヲタ村長はしていたんだ。

 自分の村を愛するどころか、自分の村を憎ませるまでの扱いをしていたんだ。

 二人の無能な男の読み違いが、今と言う不幸な結果を生んだ。

 マッチ一本火事の元。怒りの火の勢いを俺は侮った。

 女は……存在そのものが恐ろしいのぉ。


「今なら、まだ、主催者は見逃すと、思う。どうする?」

「どうする? …………お前を殺すに決まってるだろ!!」

 計画が明確な実行に変わった。

 クロス・ザ・ルビコン。賽は投げられた。でも、首パンッは起こらない。

 過剰なまでに電波対策を施したゴワゴワの雪男がドッスンドスンと近寄ってくる。

 迎え撃つのは四足歩行に厚い脂肪の鎧を纏った鈍獣。カバが自然界では強い方だって言うけどホントかな?

 ナイフの刃を横にすると、殺人事件では明確な殺意ありとされるんだったっけ?

 ミリヲタ村長が基本通りに刃を横にして、ノロノロと突っ込んできた。

 しかしこのメタボ、そのノロノロの刃を回避するだけの機動性は無い。

 顎を引き締めると二重顎が首筋に肉壁のプロテクトを掛けた。俺は防御特化のタイプだ。

 草食獣だって、それなりに戦えると言うのに俺には戦う手段が無い。

 馬に蹴られれば死ぬ、牛に突撃されても死ぬ、象に踏み潰されても死ぬ。

 草食動物って結構危険だよな? 草食系男子って本来、かなり危険じゃないといけないんじゃないか?

 なにも狙いにくい心臓を抉らずとも、内臓にちょっと傷がつくだけで内臓が腐って死ねるこの島だ。

 効果的で合理的な判断から、俺の柔らかな腹部にナイフが襲い掛かった。流石はミリヲタ村長、解ってらっしゃる。

「全部!! お前の!! せいだ!! 死ねぇぇぇぇ!!」

「半分は!! お前のせいだと!! 思うけどねっ!? 殺してみろっ!!」

 ガキッと言う音が俺の腹部からして、ナイフが突き刺さっていた。竹さんに。

竹「ん? 呼んだか?」

 はい、お呼びしました。竹さん、流石です超硬い。超硬派です。

 俺のメタボに隠れて気が付かなかっただろう? やせた人間が着込めばすぐにわかる竹アーマー。

 でも、俺のメタボちからの隠ぺい力がその存在を隠してくれた。

 ガキッと言う音を発てて止まった凶刃。

 あとはナイフを掴んだ手と、その手を掴む手の応酬がノロノロと、二匹の鈍獣が争いあった。

 人類史上稀に見る、迫力の無い戦いだっただことだろう。

 決まり手は熱中症による体力低下からの肉布団の押しつぶし。この俺が、勝利した。

 喧嘩に勝ったのは、生まれて初めてだったな。

 ……喧嘩そのものが生まれて初めてだし、これは喧嘩じゃなくて殺し合いだった。

 俺の掛け肉布団の下で苦しそうにもがいているが、もはや打つ手は無いだろう。

 俺も暑いが、お前はもっと暑い。クロスカウンターだ。

 人類史上、最も多くの人間を殺した気象現象、それは台風でも竜巻でも大雨でもない。熱波だ。

 深夜を待ち、空気が冷えて皆が眠りについた後に襲われたならば脅威だったことだろう。

 でも、まだ空気は暖かく、竹さんも超硬く、主催者が俺の味方をしてくれた。

 復讐に燃える人殺しと、このメタボ、期待値で勝った成果だ。


 ◆  ◆


「なんで? ……なんでだ?」

「人の幸せ、踏みにじれば、復讐される、当たり前。だから、俺、備えてた」

「そうか……そうだな。俺の完敗なんだな……すげぇよ、お前」

 銀色の鈍獣と最近は少しばかり日焼けした茶色っぽい鈍獣が地面に寝そべっていた。

 なんかもう、殺し合いとか、そういうのを色々を通り越した泥試合だった。

 ミリヲタ村長には殺意を抱く気力すら残っていなかった。

 サバイバルナイフは、殺し合いの途中で何処かに行った。いろいろと、よく解らん。

「俺、残った人、大事にしろ、言った。でも、挑発的だった。ごめん」

「……いいよ。俺も、間違ってた。食べ物を粗末にしちゃ駄目だよな。それも他所の村の食べ物を」

「そう、だね……」

 表情は見えないが、ミリヲタ村長は苦笑いを浮かべているようだった。

 俺も空気が読めるようになったんだな。

「その、スーツ、凄いね。主催者の、裏かいた。デスゲームに、なった」

「でも、脱いだら死ぬけどな? ……三人で作ったんだ。シートを細く斬るのには苦労したよ」

「三……人?」

「おぉ、三人だ。俺と、作戦班の二人。ずっと三人で頑張ってきたんだよ。三人で村を始めて……それから人が増えだして、効率性を考えて……楽しかったよ。でも、どこかで間違えたんだ。何処かで……」

 また、指先から、こぼれ落とした気がした。

 また、一つ、気付くことに遅れた。

「違う……残りの二人……無事、か?」

「……ッ!?」

 気付いたのだろう。

 ミリヲタ村長は殺人未遂で死刑の身、なら、その計画を手伝った二人は?

 殺人の共犯は、窃盗なんかよりずっと重い罪だ。

 罠に掛かった魚を盗もうとしただけで首パンッをする主催者が、殺人の共犯者を見逃すとは思えない。

 ミリヲタ村長は立ち上がって、何処かへ向かおうとしていた。

 熱中症でフラフラになりながら、仲間の下に帰ろうとしていた。

 俺も、杖をつき、四足歩行の二匹の鈍獣が、一歩一歩、助け合いながら進んでいった。


 ◆  ◆


 疲弊した鈍獣達の足でさらに一時間。

 二人の御仏が、地面の上に転がっていた。

 赤い血が、地面に染み込み、そして残暑の熱ですでに乾いていた。

「……俺が、手伝わせたから……畜生。……畜生!!」

 ミリヲタ村長にとって大事な二人、だったんだろう。

 俺にとっての、翔子や、シロ様や、廃人眼鏡のように。

「スコップ、ある。まず、ともらおう?」

 俺の提案に、ミリヲタ村長は、頷いた。

 一本しかないスコップで、順番に、体力が尽きて二人揃って休む時間をはさみつつ。

 二つの土饅頭が出来上がるまで、一時間か、二時間か。日が完全に沈んでしまっていた。

 見知らぬ星空の下、二つの土饅頭を前にして、二匹の鈍獣が体力の限界を迎えて倒れていた。

「いまさら虫の良い話だけど、俺、死にたくないな。二人には悪いけど、死にたくないな」

「それ、凄く、虫が、良い。でも、俺は、許してる」

「そっか、なら大丈夫……かもな」

「大丈夫、かもね?」

 答えは、その銀色の宇宙服を脱いだ時に解る。

 許すも許さないも、主催者の気分一つなのだ。

 暴力から守られている。暴力を振るう自由を奪われている。捉え方は人それぞれだ。

「死にたく、ないなぁ……死にたく、ないなぁ……くそっ!! 死にたくねぇよ!!」

「大丈夫、みんな、死にたくない」

「そうだな。みんな、死にたくない。……大丈夫だな」

 何が大丈夫なのか知らないけど、大丈夫だ。

「あのさ、殺しかけておいて悪いんだけど、俺が死んだら、二人の隣に、寝かせてくれるか?」

「……二人がかりで、大変だった。まだ、こき使う、気か?」

「ははは、ごめん。でも、頼むよ」

 俺は、頷いた。

 ここまで付き合ったんだ、見捨てたりなんかしないよ。

「じゃあ、今から、脱ぐな? 死にたくねぇよ、死にたくねぇよ、死にたくねぇよ……」

「うん、俺は許してる。俺は許してる。俺は許してる」

 脱ぐ、と宣言してから、本当に脱ぐまでには三十分ほどかかっただろうか?

「そうだ、俺の名前、秋人って言うんだ。良かったら、憶えといてくれ」

「安心しろ。忘れようが、無い」

 首筋の銀色ガムテープを外し、宇宙人のヘルメットを取ると、ミリヲタ村長の顔が見えた。

 汗だくで、吹けなかった涙と鼻水でボロボロの顔をしていた。

 それから三秒後、首からパンッと音がした。

「……ぁ」

 意識を失うその数瞬で悟ったんだろう。

 色々と伝えたそうな、でも諦めた、苦笑いを浮かべた、ないまぜの表情のままミリヲタ村長の秋人は倒れた。

 皆、血の色は同じ赤だった。三人揃って仲良しさんだ。


 気温が下がっても、重労働は重労働。

 まったく、この鈍獣に後をまかせるなんて、最後の最後まで、面倒をかけさせる奴だ。

 先に自分の墓穴を掘らせておくべだった。

 まったく、村の皆だけでなく、俺までこき使うとは、最後の最後まで理不尽な奴だ。

 理不尽すぎて涙が出てくるわ。鼻水も出てくるわ。ちょっと遅めの花粉症だわ。

 こうして秋人は、秋の訪れを前にしてこの島を去った。

 ……骨を埋めて永住したことになるのか? まぁ、どっちでも良いや。


 この見知らぬ星空の下で散った魂は、ちゃんと地球に帰ることが出来るんだろうな?

 リアルライフにはリスポーンもリザレクションも無いが、輪廻転生、リンカーネイションはあるかもしれないんだからな?

 神か悪魔か宇宙人なんだ、そこの所の手配もちゃんとしておいてくれよ? 主催者。


 俺は宇宙の迷子なんて、嫌だぞ?

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