混雑
とある葬儀場、人々が悲しみにくれる中、突然棺の蓋が開き、中から亡くなったはずの老婆が顔を出した。
「死んだ婆さんが蘇った!!」
場内は騒然。
この世に悲観し、高層ビルから飛び降りた若者。地面に叩きつけられるも、暫くすると平然と起き上がる。または病院、手の施し様がない病の患者が息を引き取る。「ご臨終です」と医師が言い終わるやいなや、再び目をあける。
その様な不思議な現象が世界のあちこちで起きていた。蘇った人々の話によると、
「閻魔様が、もうあの世は定員いっぱいなので死なないでくれ」
と、現世に帰されたのだという。
かくして、人が死ねなくなった世の中。まず無くなったのは戦争。敵が殺せないのだ。これほど無駄な争いもない。兵士達は「アホらしい」とそれぞれ持っていた武器を投げ捨てた。牧師や寺の僧侶は、自分達の存在意義が薄れた事を実感し、各々好きに生き始める。困ったのは葬儀社。人が死なないので商売上がったり。人質事件発生。犯人の常套文句、「こいつの命が…」が通じるはずもなく、人質は、
「あ、好きな時に殺してくれて構わないですよ」
と呑気なもん。
人は不死に憧れた頃があった。しかし、こうもあっさり実現すると、不死という言葉も軽く感じてしまう。何しろ、皆が平等に不死なのだ。
ある片田舎に住んでる男が友人に言った。
「最近この辺りも人が増えたよな?」
「田舎暮らしに憧れた人が増えたんだろ?」
と友人は笑いながら答えた。
人が死ねない、死なない世界。この世の定員もいっぱいになるのは時間の問題だろう。