第壱話「ある大男と食人鬼の世間話」
『裏世界』の片隅にある町、『表世界』ではスラム街と呼ばれる場所にそのお店はありました。店名は『常闇の皇』店長は食人鬼の[鬼灯 沙羅]。barの様な内装のお店のカウンターで、今日も依頼を待っております。
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土砂降りの雨の中、鉄製の重たい傘をさした大男が『常闇の皇』にやってきました。重厚感のある戸をくぐり、いつもと変わらない様子の店長を見た大男は呆れた顔で店長に話しかけました。
「まったく、人がわざわざ危険を犯してまでここにやって来たのに、お前は呑気だな。営業時間に寝るなと、あれほど言ったのに。」
「あら、営業時間にどうしようと店長の勝手でしょう?ここには、私しかいないんだし。」
「そうかよ。それよりも珍しいな、お前が香水を頼むなんて。」
そう言った大男は懐から、紫色の液体が入った小瓶を取り出し沙羅に渡した。その小瓶を受け取った沙羅は、中身を確かめるために小瓶の蓋を開けた。開けた途端、甘ったるいけどさっぱりとした匂いが店に広がった。
「そう、これよこれ。『表世界』の桃の匂いのする香水が欲しかったの。『裏世界』で桃はタブーだから、中々手に入らないのよね。」
「それは裏ルートから仕入れたが、大手企業の代物だ。品質は保証するぜ。それと、なんでまた香水なんか頼んだんだ?」
「好きな子が出来たのよ。」
「...は?」
大男は沙羅の言葉に驚愕した。
「種族は?...まさか、人間なんて言わないよな?」
「人間よ。」
「お前、人間は沙羅にとって食べ物だろ!なんで人間に恋したんだよ!!」
「良いじゃない。仕事の途中でばったり出会って一目惚れしたの。香水を頼んだのも、あの子の為よ。死臭のする彼女と付き合う事なんて出来ないでしょう?」
大男はスキンヘッドの頭に手を置き、降参のポーズをした。
「もう良いよ。どうせ、何を言っても聞かないしな。そう言えば、俺の依頼はどうなった?」
「ばっちりよ。『裏世界』を支配しようとしたおバカな議員二人は、私のお腹の中。」
大男は沙羅からの依頼達成の報告を聞き、安堵の表情を浮かべた。
「それにしても、『裏世界』と『表世界』の交流が始まってから50年が経つけれど、両立は難しいのね。『表世界』でも、獣人に対する恐怖とエレフを性的にしか見ていない風潮が目立つのよ。」
「まぁ、そうだろうな。平成だった時に植え付けられた知識が、今も残ってるからな。俺だって、『表世界』を歩けば恐怖の対象なんだよ。二メートル越えの大男なんて『裏世界』では五万と居るのに。」
確かに『表世界』では、『裏世界』の住人を危険なものとして見ていた。そんな『表世界』では、「裏世界の者が暴力をふるった。」「裏世界のやつが人間を殺した。」等といちゃもんをつけ、『裏世界』の住人を不利な立場に立たせようとしていた。
「仕方ないわよ。人間は考える事を知らない生き物だし。それに比べて、あの子は本当に可愛いの!私の髪の毛を褒めてくれたのよ!」
「イカみたいだがな。」
「...それよりも、何か食べていかない?香水のおまけで奢るわよ。」
「嗚呼、頂くよ。沙羅も何か食べてけよ。俺の奢りでな。」
「まぁ!じゃあ、遠慮無く頂くわ。」
『裏世界』の片隅で行われた飲み会は明け方まで続き、大男は依頼料が半分まで減ったのであった。
大男の名前は後々登場させます。