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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder12. 惑星の守護者
94/120

File094. 家族



 ――不死システム。


 召喚システムを利用するそれは、王が自らプログラミングしたものだ。

 ナノマシン開発チームの統括プログラマーだった六十五歳の滝谷海里の知識がそれを可能にした。


 召喚システムは、世界中に点在する〈離位置(テレポート)〉出現可能ポイントの地下から“材料”となる原子を少しずつかき集め、百年という長い年月をかけてカイ・リューベンスフィアの肉体を生成する。

 一方、不死システムは、この多重独立防護層(ダンジョン)・第五層にある大型冷凍庫に保存された“骨肉”から、必要な原子をてっとりばやく調達する。

 つい最近も、二十五日前にセイリュウの留守中に王を護衛していた衛兵たちの、若い“骨肉”が補充されたばかりである。


 ただし、それだけでは十五分という短時間で王を復活させることはできない。

 “骨肉”を原子状態まで分解するのは一瞬だが、その原子を別の肉体の生成に再利用できる適切なエネルギー状態にまで調整するのに時間がかかるからだ。


 ナノマシンは大気中で原子の再結合を実現するため、環境パラメータの経時変化を含む膨大なデータを処理し、必要なエネルギー状態を現実空間の一個一個の原子に対して維持する状態を作り出す。

 〈離位置(テレポート)〉出現可能ポイントであれば、時間をかけてその下準備を終えた原子群がすでに地下に格納されており、肉体の再生は一瞬である。

 しかし日本の最高機密機関だったこの日科技研の近くに〈離位置(テレポート)〉出現可能ポイントがあるはずもなかった。

 王にできたのはあくまで既存の召喚システムを利用するプログラムの作成であり、〈離位置(テレポート)〉出現可能ポイントのように複雑で高機能な装置――いにしえの時代の遺物――を製作することなど、この時代の誰にも不可能だった。


 そこで、死から復活まで最長でも十五分という短時間を実現するために王が取った手段が、分解・結合系ナノマシンの大量消費である。

 日科技研周辺の分解系および結合系のナノマシンをほぼすべて投入することで、確率に依存する工程に必要な時間を大幅に短縮したのだ。


 今回、王は、各種ナノマシンの存在比率が元に戻るまで数時間を残して死んだ。

 ナノマシンシステム側からの制限により〈離位置(テレポート)〉などの魔法は使用できないが、王の手による不死システムは稼働した。

 そして既定の数には達していないものの、分解・結合系ナノマシンの数はひとりの人間の肉体を復活させる程度には十分すぎる数がすでに補充されているはずである。


 普通に考えれば、王は問題なく復活できるはずなのだ。

 それでも王は、“ナノマシンが規定数に達しない状態での死からの復活”という初めての経験に不安を覚えていた。



 案の定、目の前に寄せられたディスプレイにエラーメッセージが表示されていた。

 ベッドに横たわったままそれを確認した王は、逆に安心する。

 エラーメッセージを読めるということは、少なくとも眼球を動かす筋肉は動き、視力は存在し、記憶も再生されているからだ。


(十分だ)


 王は思った。

 ここは外の世界から完全に隔離された多重独立防護層(ダンジョン)・第五層。

 時間はいくらでもある。

 あと数時間もすれば、召喚システムの自己修復機能が不死システム側の不具合を検知し、エラーを解決する処置をしてくれるだろう。


 自然に漏れていた笑みを認識して、さらに安心する。

 顔の筋肉も問題なく再生されていることが確認できたからだ。


(セイリュウは……海だったか。俺が復活したことを知り、すぐに来るだろう)


 王が何も言わなくても、あらかじめ決められた奉仕をするセイリュウ。

 その従順な態度を、美しい身体の線と白い肌を思い浮かべるだけで、王の身体に熱がこもる。




 それは唐突だった。

 ディスプレイを遮るように、上から王の顔を覗き込む小人の顔があった。


 王の命により、二十四体の家の精(ブラウニー)を引きつれて第五層に移動していたレインである。


「ああ、おまえか。のどが渇いた。水を持ってこい」


 声が出たことに、再び安心する王。

 だが王は、あることを思い出せないでいた。


 無言のままのレインに違和感を覚える。


「……どうした? 早く水を持ってこい」


 王の顔を見おろす家の精(ブラウニー)の小さな顔が増えていく。

 王から見えたのはそれだけだが、ベッドに横たわる王の全身をレインと二十四体の家の精(ブラウニー)が囲んでいた。


 彼らが持ち上げた手には、短剣やハンマーが握られている。

 異常を感じ取る王だったが、その身体は王が目覚める前からすでにベッドに拘束されていた。

 とっさに何かの呪文を唱えようとする王の口を、レインが押さえつける。


「……最高責任者(アドミニストレイター)、おまえとの契約は解除された。……新たな主人の命により、消去する」


 感情の見えないレインの瞳が、王の最後の記憶となった。


 彼は最後まで思い出すことなく、この世を去った。

 警戒していたはずの女エルフのことを。

 そして日科技研に残された家の精(ブラウニー)たちが戦闘精霊であることを。



  ***




「ど、どうしたの、セイリュウ姉?」


 慌てるスザクに声をかけられ、ライトブルーの髪の女は初めて認識した。

 自分の頬に涙が伝っていることに。

 ……それが止まらないことに。


「どうして……契約が解除された……それだけのこと……なのに」


 けして喜びの涙ではなかった。

 自分で自分が不思議だった。


「大切にされていたわけではない……のに……」


 涙が止まらない。

 それが狼狽と悲しみの涙であることを、セイリュウ自身が自覚していた。


 そっと声をかけたのはゲンブだった。


「一緒に行きましょう、セイリュウ姉さん」


 あっけにとられているスザクとビャッコをそのままに、氷の上を歩いてセイリュウに近づく。


「わたくしたち……家族なのですから」


 ゲンブの手が、セイリュウの細い肩を抱きしめていた。



  ***



 不死システムを制御するプログラムが、ナノマシンシステム上から完全に削除された。

 それを実行したのはレインである。


 金髪の家の精(ブラウニー)が振り返り、新たな主人を見上げた。


「……終わったぞ、新しい主人(ニューマスター)


 そのレインが怪訝な表情を浮かべる。


「……どうした、新しい主人(ニューマスター)?」


 彼の見つめる先で、背もたれ付きの椅子に腰かけたサナトゥリアが不貞腐れた表情を見せていた。


「なんなん、その呼び方。“仲間”やて、ゆうたやん」


 苦笑するレイン。


「……そんな細かいことを気にしていたのか。……意外とナイーブだな、新しい主人(ニューマスター)は」

「…………」


 そっぽを向くサナトゥリアを見て、からかいすぎたかとレインは思った。


「……おまえは水の精(アンディーン)の壺を使い、俺を縛る精霊のルールと、忌まわしい過去から俺を解放した。そして約束通り、おまえの過去と不思議な力、そして目的についても俺に話した。だから俺はおまえを信用すると決めたし、おまえが今から俺の新しい主人どころか、もっと凄いものになると知っている」

「…………」


 こちらを見ようともしないサナトゥリアの前で、ぽりぽりと頭をかくレイン。

 うつむいた顔が少し赤い。


「……安心しろ、サナ。おまえが何になろうと未来永劫、俺たちは仲間……いや」



 ――家族だ。



 その言葉を聞いて、レインからは見えないサナトゥリアの見開かれた瞳が濡れ光った。

 それは彼女にとって思いもかけない言葉であり、意外なほどに心を揺さぶり、肩が震えた。


「……俺みたいな変わり者の家の精(ブラウニー)でも良ければ、だが」


 レインが顔を上げると、サナトゥリアが満面の笑みを見せていた。


「そうそう、素直が一番やで、レイン」

「……な、おまえ、演技か? ……不貞腐れていたのは演技だったのか?」

「どうやろな?」


 にっこりと微笑んでから、急に真面目な表情に戻るサナトゥリア。


「――じゃ、始めよか」

「……おまえな……」



 サナトゥリアの手には一枚の紙切れ。

 その冒頭には日本語でこう書かれている。


 “ナノマシンシステム総合責任者認証方法”――と。


 かつてカイリの目の前で、予言書から切り離した一ページだ。


「この第五層来るまでに初代に解読させよ思てたけど、レインなら読めるやろ?」

「……ふん、借りは返す」


 依然、ダブル役満(フルコマンド)の〈大遮隣(アイギス)〉という絶対的防御魔法に守られたままの多重独立防護層(ダンジョン)・第五層。

 ただの魔法であれば効果時間はとっくに過ぎているはずだが、ここ第五層の〈大遮隣(アイギス)〉は特別であり、レインが解除しない限り半永久的に展開されたままだ。

 そこではエルフと家の精(ブラウニー)という異色の二人組が、何かを始めようとしていた。




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