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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder11. 日科技研究所
86/120

File086. 家の精


 正面には巨大なスクリーンを中心に複数の映像が構築され、眼下には弧を描いて配置されたコンソール群が並ぶ。

 SF映画に登場する宇宙船の司令室のような広い部屋で、その最も高い位置に据えられたデスクに足をのせ、革張りの大きな椅子に背をあずけたサナトゥリアが目を細めた。


「レイの奴、また腕を上げたん? これやから真面目くんは油断できんわぁ」


 巨大スクリーンに再生されているのは、ふたつの球体型防衛装置が消滅する瞬間の超スロー映像だ。

 そして壁の前で会話するカイリたちのライブ映像に切り替わった。


 部屋に鳴り響いていた小さなアラーム音が突然止まる。


「……地上迎撃システムの一部が破壊されたぞ。……アラーム音を停止した。……第一層防衛レベルを引き上げるか?」


 サナトゥリアが足をのせたデスクに、六精霊の一種である家の精(ブラウニー)が尊大な態度で立っていた。


 金髪の青年姿で小人の彼は、この多重独立防護層(ダンジョン)・第一層管理室で働く二十四体の家の精(ブラウニー)()べるリーダーだ。

 責任者権限を有する人間が在室する場合には、その命令を理解し、実行する指示情報を他の家の精(ブラウニー)たちへ瞬時に伝えるという役割を担う。


 静けさを取り戻した部屋に、家の精(ブラウニー)たちがコンソールを操作する音が響いていた。


「そうやね。第一層の防衛レベル、最大にしといて。あ、アラーム音は全部オフにしといてな。しばらくの間は、止めてもすぐに次が鳴るやろし」

「……承知した。……まて」

「ん?」


 この家の精(ブラウニー)はなかなかの美貌なのだが、その面影がどこかレイウルフを思い出させる。


(精霊のくせにレイより口調が偉そうなとこは、ポイント高いんやけどなー。ここまでクセあるんは、名前持ちか?)


「……最高責任者(アドミニストレイター)から指示が入った。……魔法無効化フィールドを切れということだが、どうする?」

「初代からの指示やろ? いちいち、うちに確認するん?」

「……ここは多重“独立”防護層だ。……俺たちのボスはおまえだ。……ここにいる限り、最高責任者(アドミニストレイター)の指示の意味を正しく理解し行動を決めるのはおまえの仕事だ」


 しばらく無言で金髪の小人を見つめたサナトゥリアが、無表情のまま指示を出した。


「指示通りに、魔法無効化フィールド切ってや。……おまえ、名前は?」

「……レインだ」

「……おまえもレイなんか」

「……?」


 ため息をついたサナトゥリアが真面目な顔になる。


「初代はここで二十一代目との決着をつける気や。汎数レベル13までのすべての魔法を使うふたりの対人戦いうと、戦いは一瞬いう可能性もあるけど……まあ、普通に駆け引きに勝ったほうが勝つやろな」

「……勝負は五分五分ということか?」

「まさか。この世界に来て一か月のヒヨッコと、二千年生きとるシステムの主みたいなベテランの戦いやで? 各種魔法の長所、短所や制限を含めた知識に、相手の行動に対する行動選択のバリエーション、ぜんぶ初代が勝っとるて」


 プロの囲碁棋士が、ルールを覚えただけの小学生に囲碁で負けることなど百パーセントありえない。


(そういう戦いやて、わかっとるんかな、二十一代目は)


 レインが姿を消したデスクの上で、サナトゥリアが足を組み替えた。



  ***



 フオン!


 その空気が震える奇妙な音が、次の瞬間には巨大な破壊音に変わった。

 日科技研を囲む厚さ五十センチの壁は窒化ケイ素をベースにした素材であり、硬さはもちろん強靭性も備えている。

 そのセラミックス製の壁をただの金属製の斧で破壊するという非常識さを理解できる者は、この世界にひとりもいなかった。

 ただカイリは、まるで航空機が地上に激突したかのような大音響に肝を冷やし、レイウルフはその圧倒的な戦力がひとりのドワーフに備わっていることに危機感を覚えた。


「まあ、こんなものだ。ドワーフ製の戦斧があってこそだがな」


 青い顔の仲間を見渡し、満足げに語るリュシアス。


 ――そして、彼らの視線の先が自分ではないことに気づく。




「……セイリュウ姉さん」


 そうつぶやいたのはゲンブだった。


 瓦解した壁から施設まで五十メートル以上のスペースがあり、その空き地に紺のチャイナドレスに身を包んだセイリュウが立っている。


 彼女が腕を上げ、全員に緊張が走った。

 その手が細いアゴに当てられる。


「不思議だわ。私の竜の虚無(ドラゴンノート)はあなたたち三人の竜を完全に捉えていた。湖の底であなたたちが死を迎えたことを、姉竜として私は感知していた。にもかかわらず、あなたたちの生存を感知し、こうして実際に生きている姿を確認することになるなんて」


 ゲンブが震えながら一歩前に出た。


「セイリュウ姉さん、わたくしたちが互いに大切な主人に仕える身であることはわかっていますわ。でも、争わずに済む方法は本当に無いのでしょうか?」


 考え込むセイリュウに反応はない。

 ゲンブに続いて前に出たのはビャッコだった。


「セイリュウ、水系(リキッド)のあなたに対して切り札になるはずの土系(ソリッド)のゲンブがこんな調子ではありますが、あなたと互角である風系(ガシアス)の私がいることをお忘れなく」


 その宣言は、ビャッコが自分を鼓舞するためのものだろうとカイリは思った。

 ノマオイの村におけるセイリュウとの会話で、彼女が二千歳に達していることがわかっている。


(妹竜の中で最年長のビャッコでさえまだ十歳にすぎない。セイリュウとの力の差は大人と子供の差以上だろうな)


 二千歳に達した竜の破壊力がどれほどのものか、そこまで予言書に書かれていたわけではない。

 年齢を重ねた竜の扱うエネルギーが、魔法の汎数(レベル)13相当を超える可能性があるという話も、予言書の記述をカイリがそう解釈しているにすぎない。


(そしてナノマシンへのアクセス優先権――属性の相性――は、システムに依存する絶対のルールだ。相性が有利で、しかも防御に秀でた土系(ソリッド)のゲンブなら、少なくとも負けることはないはず)


 セイリュウはまだ動かない。


 その時だった。

 ゲンブの背後から、最年少の少女が大きな声を発した。


「セイリュウ姉! セイリュウ姉は、今の主人が死んだらカイリの竜になってもいいって、そう言ったんでしょう?」


 スザクの声はよく通り、姉竜に対して臆する様子はない。


「セイリュウ姉は、本当に今の主人を好きなの? その人のために、生命を懸けて戦う意味があるの? 今すぐ……」


 こぶしを握り締めて叫ぶスザク。


「カイリの竜になっちゃえばいいじゃん!」


 あっけにとられるゲンブとビャッコ。

 そして、ようやくセイリュウが反応した。


「……私の心の内を、あなたたち“自由な竜”が理解することは……永遠にないでしょうね」


 セイリュウの身体が、白い光に包まれた。



  ***



「なあ、レイン」

「……なんだ?」


 サナトゥリアの呼びかけで、青年姿の小人がすぐに姿を見せた。


「……まだ防衛レベルを戻す段階ではないと思うが?」


 巨大スクリーンにはセイリュウがカイリたちと対峙する姿が映っている。


「誰もそないなこと言うてへんやん。うちの役目は、防衛レベル上げ下げすることだけなん?」

「……そうは言っていない」

「言うとるやん。まあ、それはええんよ」


 デスクから足を下ろし、レインを見据えるサナトゥリア。


水の精(アンディーン)の壺、知っとるか?」

「……無論」


 六精霊の一種である水の精(アンディーン)は人魚の姿をした小人であり、下半身が魚の姿をしている。

 そのため、その主人は自分が契約した水の精(アンディーン)を専用の壺に入れて持ち運ぶのが一般的だ。


「それすぐに作って持ってきて。水も入れてな。家の精(ブラウニー)なら居住区画の皿とかスプーン分解して、簡単に作れるやろ?」


 レインの動きが、一瞬止まる。


「……理由を聞いても?」

「理由は言えへんな。それとも、理由言わんとボスの命令きけへんの?」


 サナトゥリアの顔がニヤついている。


「……いや、承知した。……だが俺がここを離れるのは役目に反する。……どうしてもと言うのであれば従うが、他の者にやらせてもかまわないか? ……機器制作が得意な者を選出するが」

「あんたの工作の腕見たかったいうのも、あるんやけどな。かまへんよ。ちなみに、ここを離れん命令なら、なんでもきいてくれるん?」

「……ここのボスはおまえだ。……その判断に従うのが俺の役目だ」


 レインが姿を消し、再びデスクの上に足をのせるサナトゥリア。


「おもろい奴ちゃなぁ」


 そうつぶやく彼女の目は笑っていなかった。




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