表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder11. 日科技研究所
84/120

File084. 多重独立防護層


 金髪ショートボブからのぞく長くとがった耳。

 非常灯により必要最小限の明るさだけが確保された地下の下り階段を、エルフ族の娘がゆっくりと歩いていた。

 その前を落ち着いて歩くのは、ヒューマンの王とチャイナドレスの美女セイリュウだ。


「サナトゥリア。おまえをここに通すのは初めてだな。うかつな行動をとるなよ? 俺の客人らしからぬ振る舞いがあれば、すぐにセキュリティシステムがおまえの身体を分解する」


 前を向いたまま語る王の言葉が狭い階段にこだまし、サナトゥリアの額に緊張の汗がにじむ。

 “悪魔()き”の彼女の体質は攻撃魔法を無効化するが、彼女の身体にナノマシンが作用しないわけではない。

 特定の役名(コマンド)が無効というだけの話であり、魔法以外の攻撃を受ければダメージを受けるのだ。


「わかっとうて、初代。それより珍しくそっちから呼び出した思たら、こない怪しいとこ連れ込んで、か弱いうちをどないするつもりなん?」



 王が普段からセイリュウと過ごす生活空間は、ソファ型の玉座がある王の間とその奥にある寝室くらいであり、サナトゥリアも王の間に顔を出したことは何度かあった。

 だが今回は初めて寝室に入り、さらにその奥の扉から地下に続く階段へと通されたのだ。

 広い寝室で見かけたのは王の嗜虐性を示す仕掛けや道具の数々であり、それらを思い出してサナトゥリアは顔をしかめた。


「ふん。おまえが以前から“王の力”に興味があること……いや、そもそもそれが目的で俺に近づいたことに、気づいていないとでも思ったか?」

「え、バレてた? ……て、料理食べながら王の力を散々自慢したのは初代やん。それでうちを責められても困るわ」


 いくつもの分厚い自動扉を抜けた先に、明るい光に照らされた白い扉があった。

 その洗練されたデザインはSF映画の宇宙船にある隔壁のようであり、扉の上にアルファベットの文字が並んでいる。


 INDEPENDENT PROTECTION LAYER - I


「なにこれ? 古代文字の一種? あ、このまえ初代に習った古代言語と関係ある?」


 サナトゥリアの質問には答えず、王が扉近くのパネルを操作した。


「今からおまえに、この区画の責任者権限を与える。勘違いするなよ? 第一層はほんの表層にすぎん。城の門番みたいなものだ。外敵への対応以外には何の権限もない」

「へっ? なんでうちが、そないなことせなあかんの? 初代にはセイリュウちゃんがおるやん」

「王の力の一端に触れるチャンスは、これが最初で最後かもしれんぞ?」


 黙って王を見つめるサナトゥリア。


(初代、なんかあせってる? うちに対する罠ってわけでもなさそうやなぁ。初代の敵になりえる相手いうと、まぁ、あの子らてことなんやろけど……)




 王は、カイリたちに脅威を感じているわけではない。

 ただ自分の時間を邪魔する要素になりえる彼らが鬱陶しいという理由で、早く片付けてしまいたいだけだ。


 王の間があるこの場所――日科技研をカイリたちが目指していることを、王は当然のように予想していた。

 スザク、ゲンブ、ビャッコという竜を連れているカイ・リューベンスフィアは、二十一代目のカイリが初めてである。

 予言書の解読が進み、竜の卵が眠る正確な場所を突き止めたとしか考えられなかった。

 となれば、彼らがこのヒューマン領に来てまで目指す場所は、当然最後の竜――セイリュウの卵が地下に眠っていたこの日科技研ということになる。


 どうせ、いつかここに来るのであれば、万全の態勢で確実に仕留めたいと王は考えた。

 だからセイリュウに命じ、スザクたちを呼び出す信号を送ったのだ。

 さっさと片付けて、その後は好きな時間を過ごすために。


 そしてこの場所を知られている以上、別の場所に呼び出すことは考えられなかった。

 ここは不死システムが眠る場所でもあり、自分がこの場を離れている間に破壊されるようなことがあってはならないからだ。



 通称“ダンジョン”と呼ばれる多重独立防護層。

 それに守られた不死システムを含む日科技研中枢部が破壊されることなど、普通は考えられない。

 とはいえ、所詮は人間が設計したシステムであり、人間によって絶対に破られないとは言い切れない。

 竜も魔法も封じられた状況で、カイリが自分を一度は殺したという事実が、慎重な王の警戒心を刺激していた。


(念を入れて入れすぎということはない。面倒だが、世界滅亡までに起こりえる面倒事はこれが最後だろう。想定外の事態に備えるには、自動システムではなく優秀な人間に対応させるのが一番だ)


 王はサナトゥリアの種族と態度が嫌いだったが、その明晰な頭脳と大胆で確実な行動力を高く評価していた。

 いつか使える駒だと思っていたし、だからこそ今まで生かしておいた価値があると認識していた。


(使い捨てるなら今だ。二十一代目さえ片付けば、もうこの女の情報に用はないし、ここまで知った者を生かしておくのはリスクにしかならん)




 サナトゥリアが真面目な顔で口を開いた。


「うちが裏切るとは思わへんの? 二十一代目のパーティには、エルフ族の元森林防衛隊長もおるで?」


 王が声を出して笑った。


「笑わせるな。おまえに種族愛などあるものか。おまえの行動など、王の力ですべて把握している。ドワーフ族にエルフ族族長の場所を教えたのは誰だ? ついでに言えば、二十一代目にくみする心配もない。小僧の屋敷を燃やし、殺そうとさえしたな? おまえの行動原理は単純だ。支配欲。そのために邪魔になりそうな者を排除し、真の支配者である俺に近づいた。そうだろう?」

「……キモいわ、ストーカーか。てか、それ全部、うちが食事の席で話したことやん」

「裏が取れているということだ」



 そばで会話を聞いていたセイリュウが、わずかに目をそらした。

 王の力で知ることができるのは、実際にはナノマシンシステム上の情報だけだ。

 リアルタイムで監視していたのならともかく、システムに残らない過去の情報を洗いざらい知ることなどできない。


 だが、サナトゥリアの話の真偽を見極めていたのは本当だ。

 それは王の力ではなく、セイリュウの能力――水系リキッドセンサによるものだった。

 脳内血流分布のわずかな変化を検知するそれは、いわゆる嘘発見器として機能する。


 ふとセイリュウは、自分を見つめるサナトゥリアの視線に気づいた。

 その口元がわずかに笑っているように見える。


「まあ、ええわ。そういうことにしとこか」


 そして気づく。

 サナトゥリアの脳内血流分布が、ありえないほど均一になったことに。

 それは生きている人間にはありえない現象だった。


 真っ青になるセイリュウ。

 サナトゥリアが何にどうやって気づいたのか、それにどうやって対応したのか、一切わからなかったからだ。

 そして何より恐ろしいのは、サナトゥリアの言葉の真偽について王に尋ねられても、今後は答えることができないという事実だった。

 王の機嫌を損ねる未来が確定したのだ。



「……最初に言ったように、たとえおまえが裏切ったとしても第一層の責任者権限でできることなど知れている。余計なことを考えるのは時間の無駄だぞ」

「うん、たしかに王の力がどんなもんか興味あるしな。侵入者排除するよう、状況に合わせて対応すればええんやな?」


 セイリュウの狼狽に気づかない王と、余裕の笑みを見せるサナトゥリア。


「あ、でも、あれよ? うち、システムに命令する方法なんて知らんよ?」

「心配いらん。行けばわかる。第一層は生活支援スタッフの居住区でもあるから、生活に支障はないはずだ」

「え……もしかして、何日も缶詰めされるん? うち、こう見えて忙しいんよ?」

「ふん、やつらの接近をセイリュウが感知している。今日の夕刻までには終わるだろう」


 こうしてサナトゥリアは、全五層からなる多重独立防護層(ダンジョン)の第一層責任者となった。



  ***



 広大な草原の一点に飛来したのは千本の光の矢。

 その光量はすさまじく、よく晴れた昼間だというのに、低身長のリュシアスに集中してまばゆく輝く光の塊となった。


「ぐああああああああ!」


 大声を上げて引き返してくる彼は、半分地面を転がっている。

 カイリたちが潜む森まで戻り、ぜえぜえと肩で息をしていた。

 ちなみに無傷である。


「や、やばいぞあれは。カイリが俺にかけた〈障遮鱗プロテクト〉がなければ死んでいたかもしれん」

「〈探矢緒マジックミサイル〉のようですが数が異常ですね」

「あれは度等ブーストがのった〈探矢緒マジックミサイル〉だよ、レイウルフ。度等ブーストひとつで数が十倍になるんだ」


 冷静に会話するレイウルフとカイリの横で、リュシアスをいたわるビャッコが前方の施設をにらんだ。


「私が丸ごと地上から消してきましょう」


 雪原の街に向かった頃に比べればずいぶん話すようになったビャッコだが、その会話には物騒な内容が多かった。

 慌てて止めるカイリ。


(外見はスザクやゲンブより年上のお姉さんって感じだけど、発想は中身が五歳児のスザクとあまり変わらないんだよな。十年間地下に閉じ込められていた弊害なのか、リュシアスへの盲目的な愛ゆえか……)


「セイリュウに呼ばれたのは、この座標で間違いないんだよね?」

「はい、カイリさん」


 素直に頷くゲンブを見てから、カイリが話を続ける。


「あの施設は日本科学技術研究所――セイリュウの卵が埋められていたはずの場所で、唯一、世界を滅びから救うために必要な情報を得られそうな場所なんだ。壊されたら困る」

「そうなんですか?」


 反応したのはマティだ。

 頷くカイリ。


 セイリュウからの信号を受けた彼らは、三日の休憩と準備の時間を空けた後、ヒューマン族に見つかることを承知でここまで空を移動してきた。

 空を飛ぶ大きな金属板を見上げて驚くヒューマン族はいたものの、攻撃を仕掛けられるようなことは一度もなかった。

 ここヒューマン領ではダイゴや精霊騎士団(スピリチュアルナイツ)のように気概のある者は少なく、ただ王に従うだけの無気力な者がほとんどのようだった。


「俺たちが世界を救うために、本当に向かうべき場所は別にある。だけどその情報は予言書にはもちろん、ナノマシンシステム上にも無いとされているんだ。それでも、その手掛かりが得られるとすればこの場所――ナノマシンシステムを生み出し、ナノマシンシステムの深い部分にアクセスできる唯一の場所――日科技研なんだよ」


 液体窒素タンクや廃液処理設備に加え、カイリに馴染みがある高校の校舎のような四角い建物も見えるその区画は、高い塀に囲まれていた。

 その塀の上には等間隔に、プラネタリウムの投影装置に似た球状の物体が並んでいて、先行したリュシアスに向けて〈探矢緒マジックミサイル〉を発射してきたのだ。

 しかも回数を重ねるごとに、のせられる度等ブーストの数が増えていた。

 リュシアスが最初に近づいたときにはただの〈探矢緒マジックミサイル〉だった攻撃が、四回目には〈探矢緒マジックミサイル度等ブースト3〉になっていて、どこまで度等ブーストの数が増えるか見当もつかない。


 しかも、こちらの魔法攻撃は一切効かなかった。

 カイリの〈一気通貫ライトニング度等ブースト2〉さえ、塀に到達する前に無効化されたのだ。

 それ以上に魔法の威力を上げると、施設その物を破壊しかねない。


(ナノマシンシステムの中枢ってことは、国防的にも最重要施設だろうしな……ちょっとやそっとの攻撃魔法じゃ通じないってことか)


 ちなみに〈鎮溢タイムストップ〉は最初にカイリが試し、無効化されていた。

 少なくとも汎数レベル6までの魔法は役に立たないということだ。


「球体と球体の間隔は二十五メートルといったところですね」


 そう小さくつぶやいたのはレイウルフだった。

 その意味を察したリュシアスが頷く。


「やってみろ、レイウルフ。失敗しても〈探矢緒マジックミサイル〉の度等ブーストとやらがひとつ増えるだけのことだ」


 次は光の矢の数が一万本になり、失敗すれば十万本になるんだけど……と思いつつ、カイリはレイウルフの説明を待つことにした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ