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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder10. ヒューマン領
79/120

File079. 血まみれのオブジェ



 ――ギシッ


 それは、かすかな音だった。

 宿屋がほんの少しだけ揺れたことに気づいたのは、畳の上で目を覚ましたばかりのマティだった。



  ***




「やはりダメなのか?」

「ええ、そのようです……」


 リュシアスの問いに、レイウルフがかすれた声で答えた。


 〈探矢緒マジックミサイル〉、〈品浮レビテート〉、〈離位置テレポート〉、〈衣蔽甲シールド〉、〈燐射火囲包ファイアボール〉、〈薬杯ヒーリング〉――覚えている限りの呪文をすべて詠唱したレイウルフだったが、何度唱えても魔法が発動しない。


 粗末な納屋の中で、彼らは家の精(ブラウニー)製の縄から逃れる手段を見つけられずにいた。


「実はな……」


 リュシアスの声に焦りがにじんでいる。


「この村に入ってから、ビャッコには“伝声管”で三十分ごとに連絡を入れさせていたのだが……ここに放り込まれてから、まだ一度も連絡がないのだ」

「……もう二時間は、()っていますね」


 木の板が釘打ちされただけの壁の隙間から、外の薄い光が幾筋も入り込んでいる。


「あいつに何かあったのだ。そうとしか思えん。カイリは何をやっとるのだ?」


 縄でグルグル巻きにされたまま、リュシアスがもぞもぞと動き始めた。

 芋虫のように這いつくばってでも脱出を試みるつもりだ。

 だが、頑丈によられた縄が身体を折り曲げることさえ許さず、ただ湿ったわらの上を転がるだけだった。


「くそっ」


 怒るリュシアス。

 レイウルフがうつむくように自分の身体に巻きつく縄を見おろし、つぶやいた。


「ただの村だと思い、甘くみていました。これは最悪の事態かもしれません」

「どういうことだ?」


 ゆっくりと答えるレイウルフ。


「もし、カイリやテクニティファ様も魔法を使えないのだとしたら……武器を扱える私たち以上に危険な状況にあるということです」

「…………」


 リュシアスがもう一度「くそっ」と叫び、レイウルフが目を細めた。


(“伝声管”とは、ビャッコが風を操る力のはず。湖から宿屋まで五百メートル以上はあったように思いますが……そこまで届いていたということですね)


 かつてカイリとエステルが争った際に、ゲンブが大地を壁のように隆起させたことがあった。

 その時のゲンブの話によれば、竜がその系統の物質を操れる範囲は半径百メートル以内だという。


(この村では魔法を使えない代わりに、竜の力が強化されているとでもいうのでしょうか)


 レイウルフの明晰な頭脳は、少ない情報から真実に近づいていた。

 だが問題は、ビャッコからの連絡が途絶えているという事実である。


(竜を制するほどの力が、あの精霊騎士団(スピリチュアルナイツ)にあるとは思えません。竜に対抗し得るのは、私が知る限りカイリと……)


 カイリとの会話を思い出すレイウルフ。


 ――竜の長女の拠点は、エルフ領やドワーフ領がある大陸じゃないと思うんだ。

 ――ああ、わかりましたよ、カイリ。カイリは竜の長女の拠点がこの付近だと考えているのですね。


(カイリ、テクニティファ様……それにゲンブたち。どうか無事でいてください)




  ***



 眠り液の影響が残るマティの耳に、男と女の声がおぼろ気に届いた。


「――間違いないのだな、セイリュウ」

「はい。たった今、スザクのプログラム崩壊深度が修復不能状態――完全な死――に達しました。先に機能を停止していたビャッコとゲンブも間もなくと思われます」


 意味を理解できないまま、朦朧とする意識を言葉が通り過ぎていく。


 畳の上で身を起こしたマティが最初に目にしたのは、後ろ手に縛られたうえに、腕の上からも縄を巻かれているカイリの後ろ姿だった。

 そのこぶしが握られ、震えている。


 壁際には倒れたエルローズの姿。

 その近くで棒立ちになっている精霊騎士団(スピリチュアルナイツ)の四人。

 床には血の塊のような男の死体と、血まみれの少女。

 部屋の隅にはチャイナドレスの女と、初老の――。


 その男の顔を見て、マティが固まった。


(……え?)


 それはただ知っているという以上に、彼女がよく知る男だった。




「嘘だ……竜がその系統の物質を操れる範囲は百メートル以内のはず……この場にいながら竜三体を相手にするなんてことが――」

「ほう、竜を手に入れて、それくらいのことは試していたか」


 ヒューマンの王がニヤニヤと笑みを浮かべている。


「この世界に竜はセイリュウだけでいい。そしてこの二千年間、竜はセイリュウだけだったのだ。この村はな、小僧。かつて、俺と竜だけがナノマシンにアクセスできるように俺が設定した(・・・・・・)モデル地区だ。そして竜の物質操作範囲を十倍に拡張してある」

「何のために、そんなことを――」


 竜の力は圧倒的だ。

 他に同等の戦力が存在しなかったのであれば、その力を拡張する意味がない。


「意味などない。王の力を手に入れた俺に何ができるのか、その実験だったに過ぎぬ。結局、そんな仕掛けは不要だと判断したしな。その実験の痕跡がたまたま、幼竜どもを手早く始末するのに役立った――それだけの話だ」


 その通りなのだろうとカイリは思った。

 スザクたちの力も拡張されるはずだが、二千年間成長を続けていたセイリュウとは成長度に大きな開きがある。

 次女のビャッコでさえ、地下で生まれてからまだ十年しか経っていないのだ。



(スザク……)


 荒れ狂う熱風の中で、ヨタヨタと小さな身体を揺らして近づく生まれたばかりの子竜だったスザク。

 カイリの脚に抱き着き、にへらっと笑顔で見上げる幼女のスザク。

 豪奢に輝く紅い髪をなびかせ、美しく成長していくスザク。


 ――私はね、ずっとカイリの竜だよ。ずっとだよっ。


(スザク……もっと一緒にいてやればよかった。もっと、かまってやればよかった……それだけで、幸せそうに笑ってくれたおまえは、もう……)




 王が腕を伸ばした先に、呼びつけられたはずの女が立ち止まっていた。


「どうした、早く来い」


 ランファが、まるで誰かに足首をつかまれているような動きを見せた。

 動けないのだ。

 その不審さに王が気づいた。


「それは……」


 ランファの右足首に巻きついている木の根に王が気づくのと、カイリの悲痛な叫びが同時だった。


「やれ、フェス」


 びくっとセイリュウが反応したときには、もう遅かった。

 宿屋の建材と一体化していたその存在が、セイリュウの索敵リスト圏外から一気に上位に駆け上がる。

 何本もの太い木の根に見える木の精(ドライアード)触覚器(フィーラー)が天井と床をぶち破り、上下から王の身体を貫き、潰した。

 初老の身体がじれて引きちぎられ、鮮血と肉片が畳に飛び散る。



 王がいた空間には、今や上下から伸びた太い木の根が絡み合う血まみれのオブジェが存在していた。




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