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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder10. ヒューマン領
75/120

File075. 母娘接待



「なあ、マティ……」

「なんでしょうか、カイリ」


 カイリが小さな声でつぶやくと、白ローブの内ポケットから、くぐもった声が返ってきた。


「ヒューマン族っていうのは、なんていうか……」


 村に入って二百メートルは歩いただろう。

 最初に痩せた畑で見かけた中年夫婦も、貧しそうな家々の前ですれ違う少年少女さえ、陰鬱な重い雰囲気をまとっていた。


 皆、耳が丸いヒューマン族だ。

 その誰もが、村に入ってきたカイリとスザクにほとんど関心を示す様子がなかった。


「……暗い性格の種族なのかな?」

「…………」


 カイリの襟元から少しだけ頭を出したマティは、キョロキョロとあたりを見回してから考え込んだ。


「私の知るヒューマン族は、エルフ族やドワーフ族よりも活気がありましたけど、こちらでは違うのでしょうか――あっ」


 マティが声を上げたときには遅かった。

 スザクが道の端を歩いていた少年に走り寄り、その正面に立ったのだ。


 ぶつかりそうになった少年が驚いて顔を上げた。


「なっ、何だよ、俺は忙しいんだよ」

「ねぇ、何が忙しいの?」


 フードからのぞく赤い髪を揺らし、にっこりと微笑むスザク。

 光がこぼれるような笑顔だ。


「なんだ、おま……」


 スザクと目を合わせた途端、少年の声が消えた。

 みるみるうちに顔が赤くなる。


「うわ……ぁ」

「ん?」


 カイリには少年の気持ちが手に取るようにわかった。


 竜たちは皆、一流の美人・美少女にデザインされている。

 暗い雰囲気が漂う村人を見慣れている少年にとって、スザクは輝く天使にさえ見えたかもしれない。


「う、うるせえよっ」


 少年がスザクから視線をそらすように、美少女の連れであるカイリの方を見た。

 ――そこで少年の動きが止まった。


「――っ」


 驚きに顔色を変える少年。

 しまった……と思ったのは、カイリとマティが同時である。


 ――マティが顔を出したままだった。


「う……うぁあっ」


 カイリとマティを交互に見つめた少年は、スザクの存在を忘れたように、きびすを返して走り去っていった。

 道の先は村の中心と思われる方向だ。


「もう出ていいよ、マティ。いきなり失敗しちゃったなぁ」


 リュシアスからお荷物扱いされるのも仕方がないと、自責の念にかられるカイリ。

 力を落とす彼の襟元からマティが飛び出した。


「あの子、なんだか驚き方が普通じゃないような……失礼だわ」


 スザクには顔を赤くしたくせに……という心の声が漏れそうになり、慌てて口をつぐむマティ。

 カイリがポツリと言った。


「……嫌な予感がするな」




  ***



 他人に無関心な村人たちの様子から、先に行ったリュシアスたちは無事に村を抜けられるだろうと思われた。

 心配なのは、マティを見た少年の反応が異常に大きかったことだ。


 悪い予感が的中した。


 早足で歩くカイリたちの前に、数人の大人が現れて道を塞ぎ、頭を下げたのだ。

 中心にいるのは老人である。


「カイ・リューベンスフィア様ですな。村長のヌルクスと申します」

「どうして、その名前を?」


 おかしな話だった。

 過去のカイ・リューベンスフィアたちは、この村どころか北海道にさえ上陸していない。

 先代が死んだのは九十年以上も前のことであり、カイリがこの世界に現れてからまだ一か月も()っていないのだ。

 この土地の人間がその名を知る理由がなく、ましてやカイリたちの登場を待っていることなど、ありえなかった


 ヌルクスが頭を下げたまま答えた。


「昨夜、王よりご命令が下りました。フェアリ族を連れた者は、王の客カイ・リューベンスフィア様であり、村に泊めて王と同等にもてなし、王の到着を待て――と」

「顔を上げてください」


 村長と目を合わせる。

 何かを企んでいるようには見えず、むしろ怯えているようにさえ感じられた。

 “王”とは、ヒューマン族をべる王なのだろうとカイリは思った。


「カイリ……」


 不安そうなマティに、「ああ」と頷くカイリ。

 スザクは興味が無さそうに遠くを見ている。


「俺たちには約束があって、先を急いでいます。どうかおかまいなく」


 リュシアスたちを待たせていることは本当だが、村長の反応を見る意味もあった。


「お、お待ちくだされっ……」


 村長の顔が真っ青になっていた。


「王のご命令を守れなければ、村の者全員が粛清されてしまいます。どうか、どうかこの通りでございます」


 村長を含めた村人たち全員が、地面に額をこすりつけていた。

 演技とは思えない必死さが伝わってくる。


「粛清って……俺達がとどまらなければ、村人全員が殺されるっていうんですか?」

「おっしゃる通りでございます」


 沈黙が訪れた。

 村長たちがカイリの返事を震えながら待っているのだ。


「や~な感じの王様だねっ」


 スザクの何気ない言葉に、地面に顔を伏せたままビクリと反応する村長と村人たち。 

 カイリがため息をついた。


「わかりました。宿にご案内願います」

「ありがとうございます」


 その言葉に、心からの安堵がにじみ出ていた。



  ***




「お連れのおふた方は、どうぞこちらへ」


 王の客とその連れでは、もてなし方が違うのだという。

 カイリと離れることに抵抗を示したマティとスザクだったが、“王の命令”と“粛清”の言葉が出ると逆らうことは難しかった。


 この村の人々には何の義理もないが、カイリとしても恨んで死なれるのは気分が悪い。

 ましてやマティなら、“世界を救うのは、この村の人々のためでもあります”と言うだろう。


(魔法を使えなくても、マティはスザクがいれば大丈夫だろう。心配なのは俺の方だな)


 この村では、事前詠唱の〈衣蔽甲シールド〉も発動しない。

 ナイフで刺されるだけで、簡単に死ねるのだ。




 驚いたことに、通されたのは畳の大部屋だった。

 カイリが畳を見るのは、この世界に来てから初めてである。

 広い座卓には豪勢な料理が並び、部屋の奥にはすでに広い布団まで敷かれていた。


 痩せた畑とみすぼらしい家々しか見ていないカイリには、どこからこれだけの食材が出てきたのか不思議だった。

 わずかな食料のほとんどを、王のために備蓄しているということなのだろう。


 綺麗に着飾った女性二人だけが部屋に残り、給仕をした。

 村長の話では、以前村へ“巡回”に来た王をもてなした母娘おやこだという。


 娘は十四、五歳だろう。

 母親の方は姉かと思えるほど若く見え、ふたりとも美しい。

 母親はランファ、娘はリンファと名乗った。


「では、私から」


 驚いたことに、カイリが何も言わなくても母親のランファが、続けて娘のリンファが毒見をした。


 それが前回の王への接待で、王から命じられた手順なのだろうとカイリは理解した。

 そのことが、信頼ではなく恐怖によって支配する王であることを裏付けている。

 民から恨まれていることを知っているのだ。



  ***




「くそ、俺は耐えらんねぇ」


 木製のテーブルを叩いたのは、角刈りで筋肉質の大きな男だった。

 カイリが通された二階建て宿屋の下の階である。

 テーブルを村長と数人の男たちが囲んでいた。


「落ち着け、ダイゴ。ワシらにはどうにもならん」


 なだめる村長に、ダイゴと呼ばれた男が叫んだ。


「村長も知ってんだろ。ランファの旦那リューイと俺は、子供の頃から親友だったんだ。それを王は……村で見かけた母娘が気に入ったというだけで、リューイを粛清しやがったんだぞ」

「こ、声が大きいぞ、ダイゴ」


 オドオドと天井を見上げる者、周囲を見回す者。

 しかし、頭に血が昇ったダイゴの口は閉じなかった。


「ランファとリンファは、旦那を……父親を殺した王に、感謝(・・)の言葉を強制され、夜を共にさせられたんだ。どんなに……どんなに悔しかったか……苦しかったか……」


 最後は涙声になっていた。

 彼女たちがどのような接待をいられたのかは、わからない。

 ただその後、村人が母娘の笑顔を目にすることは二度となかった。




「もしビャッコを殺すやからがいたら、刺し違えてでもあだつぞ、俺なら」

「母娘で互いを人質に取られているようなものでしょう。酷いやり方です」


 村長と村人数人が集まる一階の部屋入口に、背の低いがっちりした体格の老人と、背の高いほっそりとした男が立っていた。


「なんだ、おまえらは?」


 ダイゴが叫ぶと、村長のヌルクスがつぶやいた。


「昼に村を通りかかった者たちじゃな。どこの誰かは知らんが、今はたて込んでおる。さっさと村から出ていってもらいたい」


 待てよ、村長――と、銀のひげをたくわえた老人が、真剣な顔で提案した。


「可憐な母娘が客人の毒牙にかかる前に、俺たちがそいつを殺してやろう。なぁに、心配はいらん。俺たちよそ者が勝手にやることだからな」

「な、何を言っておるんじゃ、そんなことをしたら――」


 慌てる村長の肩に、手を置く者がいた。

 ダイゴだ。


「面白い提案だ……が、おまえらの目的は何だ?」

「俺の名はリュシアス。よい女の涙が見過ごせぬ性質(たち)でな」


 金髪金目の男がやれやれという手振りの後に笑顔を見せた。


「レイウルフと申します。ご安心ください。これでも腕はたちますし、すぐにこの村を立ち去るつもりですから」


 村長が何かを言おうとする前に、ダイゴが声を上げた。


「よし。そこまで言うなら、今から三人で上に行こうぜ。村長、これが終わったら俺は村を出るからな。なぁに、王自身を相手にするわけじゃねぇんだ。すぐに――」

「待ちなさい、単細胞」

「ああっ?」


 ダイゴの勢いを止めたのは若い女の声だった。

 入口とは逆にある扉が開いている。

 奥の部屋にいたのは、モッズコートのフードとえりで顔が見えないヒューマン族の女。

 彼女を中心に、一癖も二癖もありそうな五人の男が奥の部屋にいた。


「何だ、こいつら。村長が呼んだのか?」


 ダイゴのセリフに、憂鬱な表情を見せるヌルクス。


「ワシは話を受けただけじゃ。この者たちが何者か、おまえたちは知らんほうがええ」


 女が細い指で襟元を下げ、色っぽい口元だけを見せてニヤリと笑った。


「いいえ、知っておいてもらうわ。レジスタンス“精霊騎士団(スピリチュアルナイツ)”――この国を救う者よ」


 部屋の中がざわついた。

 あの精霊騎士団(スピリチュアルナイツ)だって?――そんな声が聞こえ、名の知れた組織であることがわかる。


「あたしはリーダーのエルローズ」


 そのエルローズが、きっぱりと言った。


「だまされないで。そのコンビは王の客人の仲間よ」


 リュシアスとレイウルフが、互いの顔を見合わせた。



  ***



 手を付けられないままの料理が多く残る座卓。

 それを前にカイリが食事に満足した旨を告げると、カイリの両脇で食事を手伝っていたランファとリンファが、感情を見せない表情のまま頭を下げた。


 彼女たちはただ黙々と、以前王に命じられた手順通りにカイリをもてなしているようだった。


 やがて湯気の立つ桶と手ぬぐいを部屋に運び、カイリのローブに手を掛ける。


「な、何を――」

「この村には入浴設備がございません。私どもがお身体を清めさせていただきます」


 母親のランファがそう申し出ると、娘のリンファが震える声ではっきりと告げた。


「その後はもちろん、あなた様のご命令になんなりと喜んで従います」


 とても喜んでいるようには見えない無表情の母娘を前にして、何かが狂っているとしかカイリには思えない。

 すべてはヒューマン族の王の命令なのだろう。

 そして今は、その王が来るまでの待ち時間だと聞いている。


「待ってください。ここでローブを脱ぐ気はありません」

「ご安心ください。私どもが武器など隠し持っていないことはすぐに……」


 座椅子に背をあずけるカイリの前で、母娘が綺麗な服を脱ぎ始めた。




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