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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder09. 雪と星の聖女
72/120

File072. 星空


 ヒョウエに気づいたカイリの目が見開かれた。


「なぜ……どうやって……?」

「どうしたの、カイリ」


 カイリの背中から離れたスザクが、主人の顔を見上げている。

 彼女の索敵は、ヒョウエのそばに二人の人間がいることをすでに捉えていた。


 ヒョウエの陰から姿を見せたのは二人の少女――に見えるドワーフ族の女だ。

 カレンとシエルの顔は、領主の支配から解放された喜びに輝いていた。


「おおきに、カイリはん」

「あんさんのおかげで、あて――あてら、いや、この街が救われたと、ヒョウエ様から聞きました」


 魔術師の〈翻弄頭コンフュージョン〉に操られ、悲惨な体験をしたはずのシエルの表情にその陰は見えない。

 そのこと自体は喜ばしいことなのだが、廃人と化してしまったはずのシエルと普通に会話できる理由がわからない。

 〈翻弄頭コンフュージョン〉の“洗脳”モードによる廃人化は、汎数レベル13の魔法〈大産源リジェネレート〉でも治せないはずだった。


 カイリの様子に気づいたヒョウエが笑顔を見せた。


「シエルちゃんは僕が治すって言ったでしょ? こう見えても医者だよ、僕は。身体の傷も、心の傷も治すのが僕の仕事さ」

「ヒョウエさん……あなたが何をしたのか、俺にはわかりません。でも、俺がしたくてもできないことを、あなたはしてくれた。ありがとうございます」


 頭を下げるカイリ。

 それを見たヒョウエが、珍しく慌てる様子を見せた。


「いやいや、それはこっちのセリフだよ。僕も“報復システム”に聖女を人質にされていてね。領主には手を出せなかったんだ。君は――カイ・リューベンスフィアだね。何代目になるのかな」

「二十一代目です」


 もうカイリに、ヒョウエをあざむく気はなかった。


 ――そんなシステムがこの世界に……


 報復システムの話を聞いて、思わずそうつぶやいていたカイリ。

 自分が異世界から召喚されたカイ・リューベンスフィアであることは、聖女にもバレているに違いないと思っている。


「そっか。君はカイサを知っているかい? 聖女と僕は、彼女と楽しく過ごした時期があるんだ」

「カイサ――カイサ・ブリッガレ……のことじゃ、ないですよね?」

「ああ、やっぱり知っているんだ。そう、たしか四代目のカイ・リューベンスフィアだと自分で言っていたよ」


 そんなばかな――とカイリは思った。

 四代目が召喚されたのは、千七百年も前のことだ。


「あーっ、ヒョウエ? どうしてあなたが、こんなところにいるのよ」

「え?」


 驚くカイリとヒョウエ。

 大声を上げて店内に飛び込んできたのは、マティだった。



  ***



 領主の屋敷に、聖女はいた。

 あせった様子の急ぎ足で、広い寝室の奥にある扉へ向かう。

 彼女が開いた扉が大きな音をたてた。


 金属とセラミックスでできた壁に囲まれたこぢんまりとした部屋。

 その奥にある台座の上に、一辺が四十センチほどの透明なキューブが載っている。


 キューブの中に安置された球状の機械部品のようなものを目にして、聖女の目に涙が浮かんだ。


 あらかじめ屋敷のセキュリティをすべて殺していた彼女は、ためらうことなくガラス製のキューブを床に叩きつけて砕いた。

 転がった球体に、すがりつくように這いつくばる。

 ガラスの破片が散らばる床で、球体をしっかりと両手で包んだまま震える彼女の頬を、涙が伝っていた。


「赤ちゃん……私の赤ちゃん……もう、誰にも奪わせないからね」



  ***



「テ……テクちゃん? 本当に?」

「そ……その呼び方はやめてほしいわ。もう、二千歳を超えているのよ、私」


 顔を赤くするマティとヒョウエが知り合いだと理解するカイリ。


「千年以上ぶりの友だちに会える日が来るなんて、ね。長生きはするもんだなぁ」

「な、何者なんだ、ヒョウエさん」


 後ずさるカイリにマティが答えた。


「ヒョウエはヒューマン族です、カイリ。ただ、変な虫を使って長生きしているみたいなんですけど……まさか、まだ生きているとは思わなかったわ」

「変な虫って、テクちゃん。メディカル・マイクロマシンだって教えたでしょう。こう見えても、僕は君よりずいぶん年上だよ。二千歳なんて小娘もいいところさ」

「メデ……? もう、フェアリ族相手にそういう難しい発音の言葉を使わないでほしいわ」


 言葉を失うカイリ。

 “メディカル・マイクロマシン”とヒョウエは言った。

 予言書にはなかった単語だが、医療用(メディカル)の小さな機械という意味だろうと推測できる。

 そしてマティが“変な虫”と言ったことから、おそらくナノマシンシステム上で動く、ナノマシンより大きい医療特化型のマイクロマシンなのだろう。

 ナノマシンが百ナノメートル前後のサイズであるのに対し、マイクロマシンは百マイクロメートル……〇・一ミリ前後のサイズだと思われた。


(ナノマシンシステムの完成から何年後かにそんなシステムが完成されたとして、それをこの時代に使いこなしているっていうのか、この人は……)


「失礼ですが、ヒョウエさん。あなたは何歳なんですか」

「えー、もう忘れたなぁ、そんなこと。ごめんね、答えられなくて」


 そのとき、店の扉が勢いよく開き、数人の集団が入ってきた。

 皆が注目する中、先頭にいたモッズコートの女がフードを下ろした。

 カールした金髪が肩の下までこぼれる。


「ヒョウエ、まだここにいたのね。金髪でショートボブのエルフ女を見なかった? この店に入るのを見たっていう目撃情報があったんだけど」


 精霊騎士団(スピリチュアルナイツ)のエルローズ様――そんな言葉がカレンから漏れ、シエルが頷いた。

 かなりの有名人らしいことがわかる。


「最後に残っていたシランの風の精(シルフ)まで奪われてしまったのよ。これで、あたしらはすべての戦闘精霊を失ったことになる……これではもう、王に対抗する手段が……」

「そうか。さっきの小雨はその金髪エルフ嬢ちゃんの仕業というわけだね」


 完全に他人事というていで独りごちるヒョウエに、美しくカットされた眉を吊り上げるエルローズ。


「雪しか降らないこの土地で、小雨って……アルシンから奪った水の精(アンディーン)を使ったに決まってるわ」

「ああ、小雨が降ったのは店の中だから間違いないだろうね。ふーむ」


 何かを考え込む様子のヒョウエに期待の目を向けるエルローズ。


「何か知ってるの、ヒョウエ? 思いつくことがあるのかしら?」

「いや、君たちみたいな優秀な精霊使い(シャーマン)が、無益な戦いで生命を落とす心配がこれで無くなったのかなぁと」


 エルローズの平手が空を切り、バランスを崩した彼女のグラマラスな身体がスウェーで避けたヒョウエに倒れ込む。

 そのままキッとヒョウエを見上げるエルローズ。


「無益な戦いですって? あたしらはこの戦いに生命を賭けてるのよ。あの王のせいでヒューマン領が地獄と化していることを、ヒョウエだって知らないわけじゃないでしょ?」

「わかっているよ、エルローズ。それでも僕は、君たちに死んでほしくはないと願っているんだ。君たちを助けたのは、死なせるためじゃない」


 ふたりの会話に口を挟む者はいなかった。

 エルフ領に滞在していたカイリは、金髪のエルフがさして珍しくないことを知っている。

 それでも、ショートボブの金髪と聞いてすぐに思い浮かぶのは、ずっと心に引っ掛かっている存在だ。


(サナトゥリアにもう一度会いたい。なぜ召喚されたばかりの俺を助けたのか。何のために予言書の特別なページを持ち去ったのか。彼女が何を知っているのか……それを確かめたい)


 だが、サナトゥリアは行方不明のままだった。

 エルフ領中央神殿区にある第一催事場でのソロンとの会話を最後に、その姿を消したとされている。

 族長のエステルがやたらと忙しくしているのは、森林防衛隊隊長だったレイウルフのみならず、神殿護衛隊隊長のサナトゥリアまでが不在のせいだった。



  ***



 ガラス片が散らばる小部屋で、聖女が服の裾を持ち上げていた。

 露出した腹部にあるのは、機械がむき出しになった穴だ。

 そこに球体部品を収めると接触部が白く輝き、いくつかの端子が接続される。


「父上、わたくしの索敵に引っ掛かったのは、この人ですわ」


 小部屋の入口のほうから聞こえた声に、びくりと反応する聖女。

 慌てて服の裾を下ろした彼女が振り返ると、そこにゲンブとレイウルフが立っていた。


「驚かせてすみません。私たちの用件はひとつだけで、それが済めばすぐにこの街を去ります」

「…………何の御用でしょうか?」

「あなたなら、はるか遠くまで聞こえる女性の叫び声について、何かご存知ではないでしょうか?」


 目を細める聖女。

 その口が再び開いた。


「それは、私の声を私の本体(・・)が拡散させた結果でしょうね。ご心配にはおよびません。私が身を切る思いの哀しみを抱えていた長い時間(とき)は終わりを告げました。もう私の声でご迷惑をお掛けすることはありません」

「あなたの……本体……?」


 今度はゲンブが目を細めた。

 自分たち竜の百倍以上の強さだと推測される脅威度で、索敵リストのトップに君臨する相手である。

 警戒するのは当然だった。


 本来、聖女にはナノマシンシステムに対して自分の脅威度を隠蔽する能力があった。

 だがスザクが索敵を繰り返す過程で、学習するナノマシンシステムの解析能力が聖女の偽装能力を上回ったのだ。

 距離が近づくことで聖女に対する脅威度判定が正確になったというのはスザクの勘違いであり、今の聖女は竜の索敵に容易に引っ掛かる存在になっていた。


「私の正式名称は、CODE TERRAFOEMER’S SATELLITE #26 “SNOW-STAR”です。世界に散らばるテラフォーミング装置のひとつに連なる補助装置のひとつにすぎません。たしかに、コアを取り戻した今の私なら、この地域に天変地異を起こすことも可能ではありますが、私にその実行権限はありません」

「テラフォーミング装置……」


 聞き慣れないはずのその名称を、どこかで聞いたことがあるとレイウルフは思った。


「そこに連なる補助装置のひとつです」


 そう訂正し、小部屋の出口に向かって歩く聖女をゲンブとレイウルフがよける。


「私は本体に戻ります。すでに私自身の消耗部品は推奨メンテナンス期限を過ぎていますが……コアさえあれば、この身を解体して再生し、新たに生まれる子に役目を引き継ぐことができます」

「…………」


 聖女の言葉を理解できていないのは、レイウルフだけでなくゲンブも同様だった。



 テラフォーミング装置は、ナノマシンシステムに追加された拡張プラグラムにより、自転が減速した地球に暮らす人類を寒暖差や太陽風から守るためにシステムがたどり着いた答えだ。

 ゲンブの知識にあるのはナノマシンシステム稼働時にすでに予定されていた機能だけであり、テラフォーミング装置についての情報はない。


 テラフォーミング装置の重要度は高く、想定外の事故やテロへの対策として、ナノマシンシステム自身から物理的に独立性を持つ方向へ発展していた。

 今は竜の索敵に引っ掛かる聖女だが、新たに生まれる幼い聖女は偽装能力を格段に高めるはずである。



 何かを思いついたように聖女が振り返った。


「この地には、私の本体が五百年ほど前に再排出した鉄鉱床があります。この街が百個あってもあと千年はもつでしょう」


 この場にリュシアスがいれば、目の色を変える話だろうとレイウルフは思った。

 リュシアスが逸れドワーフと呼ばれるようになった経緯を、九十年ほど前に知ったエステルからレイウルフが聞いたのは最近のことだ。

 ドワーフ族を憎むエルフ族にとっては、あと百年あまりでドワーフ族が勝手に滅びるという朗報に思える。

 だが今のエルフ族の文化が、ドワーフ族の鉄文化に支えられていることをレイウルフも知っていた。


「ですから、あなた方がこの街に住み着きたいと言うのであれば止めません。ただ、そこにある“報復システム”を利用してこの街を支配するつもりだったのなら、無駄足でしたね。それは、もう機能しませんよ。私のコアに匹敵するほどのローカル演算装置があれば別ですが」

「私には、あなたの言葉の半分も理解できません。ただ、旅の途中である私たちは声の正体を知りたかっただけですし、先に申し上げたとおり、すぐにこの街を出ていきます」

「そうですか。それでは、ごきげんよう」


 聖女が街の東にある大山脈の方向に歩いていく様子を、ゲンブの索敵が捉えていた。




 それから数日後。

 この地の空を覆っていた雪雲が晴れ渡り、街で暮らすドワーフたちが生まれて初めて目にする星々が、東の山脈の上で瞬いていた。


 それにより新しい聖女の誕生を知ったのは、およそ一万年ごとに、この地で同じ星空を繰り返し見てきたヒョウエだけである。



 - End of Folder 09 -




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