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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder09. 雪と星の聖女
67/120

File067. ドワーフの女


 暗雲の空の下。

 ダウンコートを着た二人組が、家屋と雪壁に挟まれた無人の道を歩いている。

 ふたりともファー付きフードを深くかぶり顔が見えない。


 ひとりは恰幅のよい体型で背が低い。

 ダウンコートのサイズが合わないのか前を開き、裾が地面すれすれで、まるで厚手のマントのようになっている。


 左手でフードの先を押し上げ、銀のひげに埋もれた顔を見せた。


「テク、ゲンブ嬢ちゃんの話では、この街の半数・・はドワーフ族ということだったな」

「みたいね」


 背にした荷物にくくりつけられた小袋から、人形サイズの小さな頭が出て答えた。


「コートを脱ぐぞ。うっとおしくて、かなわぬのだ、エルフ族のこれは」

「寒くないの?」


 そう聞くマティだったが、ドワーフ族が寒さに強いことはよく知っている。


「ああ、ビャッコは着たままでいろ。フードもおろすな」

「はい、リュシアス」


 リュシアスの後ろを歩く背の高い――ドワーフ族のリュシアスと比べるとそう見える――女が答えた。


「リーダーの許可なく脱いだわね……レイウルフの作戦なのに」


 さして怒ったふうでもなく、マティが文句を口にしたときだった。


「来たぞ」


 リュシアスの低い声を聞き、マティが小袋に身を隠す。

 前方から近づくふたつの人影があった。


 リュシアスと同じような体型でこげ茶色の髪とひげをもつ男が、赤い顔でヨタヨタと歩いてくる。

 典型的なドワーフ族で、一目で酒に酔っているとわかった。

 大型のつるはしを背負っている。

 その横で、小柄な少女が男を支えながら歩いていた。

 ゲンブやスザクよりも幼く、十一、二歳くらいのヒューマン族に見える。


(ビャッコの索敵に引っ掛かっていた二人だな。ひとりは鉱夫か。もうひとりは、その……待てよ)


 狭い道ですれ違うため、リュシアスが止まって道を譲る。

 ビャッコもそれに合わせた。


(まずいな……)


 少女を見つめるリュシアスの額に浮かぶ汗。


 ――どうかしましたか?


 リュシアスの耳の中の空気が震え、ビャッコの声が届いた。

 彼女の風系ガシアスセンサが、主人の動揺を感知していた。


「あ、すんまへん」


 幼い声の少女がリュシアスに微笑みかけ、ふらつく男とともに横を通り過ぎようとして――その足が止まった。

 顔が見えないはずのビャッコを見上げ、動きが止まる。


 ――なるほど、そういうことですか、リュシアス。索敵を再実行。ええ、あなたの予想通りです。少なくとも半径二百メートル以内にいる人間の九十九(・・・)パーセントが――ドワーフ族です。


 少女の怯えた視線がリュシアスへと走る。

 リュシアスは表情を緩めないまま少女へ声をかけた。


「向こうの道がぬかるんでいた。気をつけるとよい、奥さん(・・・)


 気遣う言葉を聞いた少女の顔に、安堵の色が浮かんだ。


「お、おおきに。ほら、しっかりしいな、あんさん」

「んぁ?」


 酔った男が薄目を開けた。

 その視界に、コート越しでもわかるビャッコの胸のふくらみが映る。


「ん……え? まさか、ヒューマンのおん……?」


 背にした戦斧に手をかけるリュシアス。

 その筋肉の張りを感じたビャッコの顔にも緊張が走る。


「ね、寝ぼけとったらあかんよっ」


 一瞬の出来事だった。

 少女の手刀が、男の首をとらえていた。


「え、えへ。あて、あてら、なんも見てやしまへんから。な、堪忍やで」

「…………」


 意識を刈り取られ、ぐったりとした男を片手にぶら下げて、少女がぎこちない笑みを浮かべた。

 リュシアスが頬の筋肉を緩める。


「そうしてくれると助かる」

「え、えへへ」


 ひきつった笑顔のまま、男を肩にかついだ少女は足早に去っていった。


「よろしかったのですか?」

「あの女が誰かに話したところで、俺たちが二度と姿を見せなければ問題ない」


 それを聞いたビャッコがフードをおろした。

 美しい顔を風が撫で、白い髪がなびく。


「風の神衣を発動します」


 同時に二人の身体が宙に浮き、その姿が消えた。


「おそらくレイウルフも気づくだろう。問題は……」

「スザクたちですね」


 風の神衣の中で会話を続けるふたりの様子から、問題ないと判断したのだろう。

 小袋の中からマティが顔を出した。


「どうしたの?」

「テク、カイリは知っているのか? ドワーフ族の女が、年端もいかぬヒューマン族の少女に見えることを」


 はっとした顔で固まるマティ。


「住人の半数がヒューマン族というのは、ゲンブ嬢ちゃんの勘違いだ。この街で……ヒューマン族は目立つぞ」

「ドワーフ領における私の経験からいえば――」


 口を挟んだのはビャッコだった。


「ドワーフの男たちの中には、ヒューマンの女に欲情する者が少なくありません」


 リュシアスが左手で額を押さえている。


(まあ……な。一般的に、ドワーフの女は細身のエルフ女よりさらに胸が小さく、ずん胴な感じだからな)


「そしてドワーフでヒューマンの女を連れているのは、よほどの富裕層か……力のある犯罪者です」

「ドワーフ族の繁殖期はほぼ終息しているはずだが、それでもスザクとゲンブの嬢ちゃんたちは目立つだろう。嬢ちゃんたちを連れているカイリとレイウルフもな」


 リュシアスがビャッコを連れてドワーフ領へ帰郷したときは、まさに繁殖期の真っ最中だった。


(あのときは俺が(にら)みをきかせたが……それでも、ビャッコには不快な思いをさせてしまった)


 そしてリュシアスは気づいた。


「む。そういえば、ビャッコなら嬢ちゃんたちの様子がわかるのではないか?」


 ため息をついたビャッコが、仕方がないという様子で口を開いた。


「竜の専用回線を開くには遠すぎます。妹たちの様子を感知する能力からは推察することしかできませんが――スザクからはやや緊張が、ゲンブからは激情を感じます。スザクは接敵寸前、ゲンブはすでに接敵している可能性が――いえ、違いますね。ゲンブからは同時に安心も感じますから、接敵前でしょう」

「場所はわかるの?」


 あせる様子のマティを冷めた目で見返すビャッコ。


「何を慌てているのですか、フェアリ族。竜の力があれば、この街のひとつやふたつ、一瞬でさら地にできます。ましてや、あの男なら――」


 そこまで口にしたビャッコが、拗ねた表情で視線をそらした。


「ビャッコ。俺の願いを覚えているか?」


 リュシアスの声に、ビャッコの暗い表情が明るくなる。


「もちろんです、リュシ――」


 ドワーフ族の発展――。

 それがビャッコの知る、リュシアスの唯一といっていい望みである。


「…………」


 途端に押し黙るビャッコ。

 リュシアスの耳の中で空気が震えた。


 ――ここのドワーフ族も、あなたの願いに含まれるのでしょうか?


「すべてのドワーフ族だ」

「わかりました。妹たちのおおよその場所は把握しています。スザクは南東、ゲンブは北東――どちらに向かいますか?」

「スザクからお願い、ビャッコ。カイリなら汎数レベル2魔法の〈問意渡意テレパシー〉を使えるから、レイウルフにはカイリから連絡してもらいます」


 無言のまま、ビャッコが風の神衣ごと三人をさらに高く浮かせ、雪原の上を南東へと運んだ。



  ***




「君ら、何してんの? 中は暖かいから、早く入んなよ」


 窓から光が漏れる建物の前で、フードをかぶるカイリとスザクの背後から突然声をかける者がいた。

 深みのある魅力的な男性の声だが、背後にある街灯のせいで細身のシルエットしか判別できない。


「えっ?」


 思わず高い声を漏らしたのはスザクだ。

 心の底から驚いていた。


(この人、どうして――)


「え?」


 声をかけた男も、意表を突かれた様子で片手をあげた。


「その声、まさか女子なの? ヒューマンの?」


(どうして、私の索敵に反応しないの――?)


 明らかにこちらを警戒しているにもかかわらず、竜の索敵に反応しない。

 そんな人間を、スザクは知らなかった。




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