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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder07. 古代兵器・竜
56/120

File056. 竜の虚構


 木の精(ドライアード)のフェスが直径五十センチという極太の根を地下に伸ばし、それを縮小させる。

 それだけで身長三十センチのマティが余裕で通れる地下通路となった。

 その下り坂を小人の姿に戻ったフェスと一緒に歩くマティ。

 通路の広さは十分だし傾斜もゆるやかだが、マティが唱えた〈散暗光ライト〉の魔法に照らされた地面はでこぼこで歩きにくい。


 〈散暗光ライト〉はカイリが屋敷で初志の玉(ガイドジェム)を出し、初めて発動させた魔法だ。

 汎数レベル2の魔法なので、マティも二千年前に習得している。

 カイリが初志の玉(ガイドジェム)の色を青に調整して設定したのは“透過モード”だったが、今回マティが頭の中で設定したのは“散乱モード”である。

 “散乱モード”は、もし初志の玉(ガイドジェム)を出して設定するのであれば色はデフォルトの白であり、マティを中心に放射された可視光が物質に当たって散乱する役名コマンドである。

 横にいるフェスからは、マティ周辺の空気がぼんやりと白く光って通路の壁を照らしているように見えている。


 マティの背中には、青みがかった透明な翅が四枚ある。

 荒れた地面を平気で歩くフェスの横で、何度も転びそうになったマティは身体を浮かせた。

 翅は動いていないが、意識すれば身体は浮く。

 それはマティが生まれた時から当たり前のことであり、そのことを彼女自身が不思議に思ったことはない。

 この特別な翅を持っているのは全種族の中でフェアリ族だけであり、どうしてそんなことができるのかは、予言書を読んだカイリにもわからなかった。

 多様な種族がこの地球に誕生した時期は、世界がナノマシンの海に沈んでからずっと後のことであり、予言書にそれに関する記述があるはずもない。

 そしてその謎を解明することは、あと一年以内に世界を救うことに比べればさして重要ではないというのがカイリの判断である。


 ただしヒントはすでに得ていた。

 リザードマン族のガーディと眺めた円環状の山脈。

 そしてマティの透明な翅は、〈品浮レビテート〉で透明化した物質の状態とよく似ている。


「あの…… 手をつないでも いいです?」


 身長がマティの半分しかないフェスの、突然の呼びかけにマティが驚いた。


「もちろん、いいけど。どうしたの、フェス?」

「あの…… この通路の先のこと です」


 マティが首を傾けた。


「どういうこと?」

「あの…… 広い地下空洞に出る です。マティさんに つかまっていないと フェスだけ落ちるかも です」

「???」


 フェスの言葉の意味はすぐにわかった。

 通路を三十メートルほど進んだ先の床に、穴があいていたのだ。

 地上からの深さでいえば、ほんの地下五メートルくらいの浅い場所である。

 その穴を覗き込んだマティが目を見張った。


「え、何なの、これは? どこなの、ここは?」

「あの…… わからない です」


 “広い地下空洞”とフェスは言った。

 確かにその通りなのだが、その規模がマティの想像をはるかに超えていたのだ。


 マティが覗く穴から下の地面までの距離が十メートル以上はありそうだった。

 そして横の広がり。

 突き当たりが見えない。

 見えるのは、数百メートル先の天井に一か所だけ開いた大きな穴。

 そこから漏れる地上からの光と、その光に照らされた何本もの柱。

 岩でできたそれらが凹凸おうとつのある天井をところどころで支えていた。

 広すぎて遠近感がよくわからないが、床はまるで人工物であるかのようにどこまでも平坦で滑らかに見える。

 天井が波打つようにいびつな形になっているため、床から天井までの距離が三十メートルくらいのところもあれば五メートルくらいしかない場所もあるようだ。


「あの…… マティさん、あれ」


 フェスの視線の先にあるものに、マティも気づいていた。


 それはこの地下空洞で最も明るい場所。

 地上の光が漏れる天井の穴の、その真下の床。

 そこには天井の穴と同じ大きさ――直径三十メートル――の縦穴があった。


(どこかで見たような穴?)


 その直径に見覚えがあった。

 エルフたちがゲンブの黒い箱を掘り出したという縦穴に似ている。


 その穴の横に、黒い影がゆったりと横たわっていた。

 黒い鱗で覆われ、肉食恐竜の頭と、首長竜の胴と、翼竜の翼をあわせもつその姿は、竜形態になったスザクによく似ている。

 ただし赤竜ではなく黒竜であり、少しだけスザクよりも大きく見えた。

 その周辺には大量の岩が散らばっている。


「まさか…………ゲンブ、なの? 他のエルフたちと一緒に〈離位置テレポート〉したと思ってた」


 緊急退避の信号火矢を飛ばしたエルフ族は、騎士隊が〈離位置テレポート〉で連れてきた魔道士たちの手を借りて、生き残っていた全員が〈離位置テレポート〉で帰還したはずだった。

 そういう手筈になっていた。

 当然、ゲンブも一緒に移動したのだろうとマティは思っていた。


 黒竜の首がこちらを向いた。

 同時に黒竜の陰から金髪の男が姿を見せ、手招きするのが見える。

 向こうからは〈散暗光ライト〉の光に包まれたマティがよく見えるのだろう。


「あれは、レイウルフ? 行ってみましょう、フェス」

「あの…… 種になる です」


 通路に戻り、フェスは休止携行形態になった。


「うーん、確かに人型のままよりは運びやすいけど」


 一人になり少々寂しく感じたマティだったが、アーモンドのようになったフェスを脇に抱えて地下空洞へ飛び出した。



 黒竜に近づくにつれて、金髪の男がレイウルフに間違いないこと、そして地面に散らばるたくさんの岩がただの岩ではないことに気づいた。

 どれもドワーフ族の形をしている。

 岩というよりも石像だった。

 左肩に小さな頭を乗せた石像まである。


 マティが到着すると、レイウルフが森林防衛隊の敬礼で迎えた。


「テクニティファ様、ご無事で何よりです」


 笑みを返すマティ。


「いったい何がどうなって――」


 マティの言葉が途切れた。

 黒竜の陰に隠れていた地面に布が敷かれ、二人の人間が寝かされていることに気づいたからだ。


「エステル!? それに、リュシアス!」

「テクニティファ様、お二人とも気を失っているだけです。このドワーフの戦士をご存知なのですか?」


 レイウルフの言葉で振り返ったマティが、しっかりとうなずいた。


「リュシアスとエステル、そして私は、カイン……二十代目カイ・リューベンスフィアと旅をした仲間です」

「エステル様が二十代目と旅をしていたことは聞いています。ですがそのパーティの中に、ドワーフがいたとは知りませんでした。そうですか……エステル様らしい経歴です」


 さして驚いた様子のないレイウルフが黒竜を見上げた。


「ゲンブ、人の姿に戻ってくれませんか? 君がしたことをテクニティファ様に説明してください」


 白い光が黒竜を覆い、巫女装束に身を包む黒髪の娘が現れた。


「大地を安定させるまでは、竜形態でいる必要がありました」


 そう言ってマティを見つめたゲンブが、地下での出来事を語った。

 エルフたちが〈離位置テレポート〉で移動するのと同時に、レイウルフとゲンブは地下に潜ったこと。

 そこで土系ソリッドの竜形態――黒竜――となったゲンブがブレスを吐き、ほぼ一瞬でこの地下戦場(ステージ)を作り上げたこと。


 原理はビャッコの竜の虚無(ドラゴンノート)に似ているが、ゲンブが移動させたのは大気ではなく大地である。

 地上から深さ五メートルの表面とそれを支える柱だけを残し、大地を地下へ圧縮したのだ。

 この土系ソリッドのブレスは、その範囲こそ火系プラズマのブレスの十分の一ほどにすぎないが、それでも三キロ先まで届き、あらゆる固体に対して有効である。

 敵部隊や敵の施設に対して、あるいは敵の領土に対して、このブレスが放射された場合の惨劇は容易に想像できるだろう。


竜の虚構(ドラゴンフィクティヴ)という名のブレスですわ。ビャッコ姉さんに気づかれにくいように、スザクの竜の火炎(ドラゴンフレイム)と同時に放ちました。二倍のエネルギー消費で竜脈が焼き切れるならそれも良しと思いましたが、想定以上にここの竜脈は太かったようですわ」


 マティは自分の理解が追いついていないことを自覚したが、口を挟まなかった。

 この巨大な地下空洞は昔からあったものではなく、目の前の少女がつい先ほど作ったばかりのもの。

 わずかに理解できたのはそれだけだが、それだけで軽く自分の常識を超える話だとわかる。


「そして一般的に、地下は地上よりもナノマシンの密度が数百倍から数千倍ほど高いのです。その影響で竜の索敵も地下までは届きませんわ。おそらくビャッコ姉さんも、索敵から消えたわたくしが他の皆様と一緒に〈離位置テレポート〉で移動したと思っているでしょう。逆に地下にいるわたくしからは、地上付近の様子が手に取るようにわかります。竜の虚構(ドラゴンフィクティヴ)を放つのと同時に、エステル様とこの人たちを地下に引き込みました」


 エステルを入れた袋を持ったまま土の精(ノーム)のダブドとともに地下に潜る最中のリュシアス、そして千五百のドワーフ軍、それらを地下に引き込み無力化した。

 地下戦場(ステージ)では無敵だと言い切るゲンブ。

 たとえ相性が悪い風系ガシアスのビャッコが相手でも、ここへ引き込むことさえできれば負けることはないと。


「索敵から消えたドワーフたちは竜の火炎(ドラゴンフレイム)で焼け死んだと、ビャッコ姉さんは勘違いしているはずですわ」

「彼らは死んでいるの?」


 石の彫像にしか見えないドワーフたちを見て問うマティ。

 ゲンブが首を横に振った。


「わたくしの別のブレス、竜の石化(ドラゴンリシファ)で彼らの表面を石で覆い動きを封じましたが、呼吸までは奪っておりません。長時間放置すれば後遺症が残るかもしれませんが、一、二時間程度であれば――」


 その時だった。

 地下空間に轟音と振動が響きわたり、三人が顔を見合わせた。


「な、なに?」

「テクニティファ様、あそこです」


 レイウルフが示す方向で、天井が崩落していた。

 瓦礫が山となり、地上の土や燃えたままの木々が落下してくるのを地上からの光が照らしている。


 瓦礫の上に、赤い翼が見えた。


「スザクですわ」


 ゲンブの言葉に反応したマティがすぐに飛んだ。

 ゲンブとレイウルフが到着すると、そこに赤髪の少女が倒れていた。

 先に来ていたマティが振り返る。


「今はもう傷は見当たらないし、呼吸も落ち着いてる。でも竜の姿だったときには傷だらけだったのよ」

「きっとビャッコ姉さんのブレスを浴びている間にダメージを受けなかったのですわ。たぶんここの薄い天井がクッションになって……。その後に床に落ちて受けた傷なら、変身で完治しますから」

「よくわからないけど、スザクは無事なのね?」


 マティの言葉にゲンブが頷いた。

 胸を撫でおろすマティ。

 ゲンブが赤髪の少女を見つめていた。


(スザクは意識を失っている。姉竜の感知能力でビャッコ姉さんにもそれがわかるはず。気を失えば索敵から消えるのも当然で、不思議には思わない。だから地下戦場(ステージ)の存在にはまだ気づいていないはず……)


 好機チャンスかもしれない。

 ゲンブはそう思った。


(ビャッコ姉さんはスザクにとどめをさしに、近接距離クローズレンジに入ってくる。土系ソリッドのわたくしのことなんて、きっともう意識から消えているでしょう。それなら戦場ここに誘い込む手段は、いくらでも……)


 そこまで考えたゲンブの索敵に、別の存在が引っ掛かった。

 人が走る速度で近づいてくるそれは――。


「カイリさん」

「え?」


 ゲンブの素っ頓狂な声を聞いて、振り返るマティ。

 地上を駆けるカイリに気づいたゲンブの顔から、緊張が消えていた。

 ゆっくりと息を吐く。


「どうしました?」


 問いかけるレイウルフに、ゲンブが気の抜けた様子で答えた。


「竜の時間は、終わりのようですわ」

「?」


 意味がわからないレイウルフとマティ。

 ゲンブが両手を広げた。


「きっと、落とされるスザクを見たのですわ。……可哀想なビャッコ姉さん。あの人が出てきたら――あの人が本気になったら、誰も勝てません。もちろん、竜でも」


(……そこまでおもわれるスザクが、少しだけうらやましいかも)


 そうゲンブが考えたときだった。

 気を失っていたはずのスザクが、がばりと上体を起こした。


「ビャッコねえが、私の戦場ステージにいる!」

「えっ、スザク?」


 周囲が止める間もなく、白い光に包まれたスザクは再び赤竜となり飛び立っていた。



 - End of Folder 07 -




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