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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder01. 沈まない太陽
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File005. 滅びの予言


 カイリとマティが消えた場所には、たくさんの矢が残されていた。

 そのうちの一本を引き抜く手の持ち主は、大型の弓を背にした細身の男である。

 カイリより一つ年上くらいに見える彼は北欧の民族衣装に似た色数の多い鮮やかな服を身につけ、ラフなミディアムヘアの横から長くとがった耳が突き出している。

 抜いた矢を矢筒に戻してから、長い指で前髪を払った。


(サナに言われたとおり、テクニティファ様を池方面に追い込みましたが、まさか……)


 細いあごに手をそえた男の、若い口元に笑みが浮かんでいた。


(カイ・リューベンスフィアを継ぐ者を発見することになるとは。テクニティファ様と一緒にいた上に見たこともない服装でしたから、間違いないでしょう。黒髪の男……その顔、しっかりと覚えましたよ)


 髪と同じ金色の瞳が、キラリと光を反射した。


「まだ防御魔法さえ扱えないようですし、召喚されたばかりのようですね。……エステル様にご報告しなければ」


 傷みの少ない矢を選んで回収した男はマティと同じ呪文をつぶやき、それを完結させた。


「〈離位置テレポート〉」


 男の足元に白く光る波紋が広がり、無数の光点が瞬く。

 男の身体を包んだ白くまぶしい光が収まると、そこに男の姿はなかった。


 森に鳥や獣の鳴き声が戻った。



  ***



 目の前に広がるのは、さえぎるものが何もない大空だった。

 オレンジ色に染まる雲が前方に向かって勢いよく流れる大河となり、空いっぱいに荒々しい模様を描いている。

 緑に覆われた大地は視界の下方にあり、いく筋ものきらめく幅広の河川が蛇行しながら雲と同じ方向に流れている。

 見晴らしのいい切り立った崖の上にカイリはいた。


 雲と河が流れる先に赤い光に染まった地平線があり、そこに大きく見えるオレンジ色の太陽が浮かんでいた。

 初めて見るこの世界の太陽である。

 美しく焼けた空に目を奪われているカイリの背に声がかけられた。


「私たちの世界へようこそ、マスター」


 声の主は見なくてもわかる。

 翅の生えた小さな妖精テクニティファ・マティ・マヌファだ。


「ただ、マスターにはお気の毒ですが……」


 その声に、出会ったときの明るさはなかった。

 そしてマティははっきりと言った。


「この世界は、あと一年で滅びます」


 ぱっと振り向いたカイリの顔は無表情だった。

 話の内容がぴんと来ないのだ。

 それにわからないことが多すぎた。


「マティさんが、俺をこの世界へ呼んだのですか?」


 急にマティの目が険しくなり、カイリは驚いた。

 むっとしているのが伝わってくる。

 そして彼女が不機嫌になった理由は、カイリにとって意外なものだった。


「重ねて申し上げますが、私のことは“マティ”とお呼びください。他の呼び方でもかまいませんが、“さん”付けは絶対におやめください。丁寧語も不要です」

「わ……わかりまし…………わかった」


 戸惑うカイリは、そう答えることしかできなかった。

 理由を聞きたかったが、余計に機嫌を損ねる気がしたので今はやめておく。


「はい。よろしくお願いいたします」


 そう言って下げた頭を戻したマティの顔は、穏やかな笑顔に戻っていた。

 そしてすぐにカイリの質問に答える。


「マスターを召喚したのは、私ではありません。そして私たちの世界に、世界の壁を超える召喚術についての記録はありません。ただ、少なくとも二千年以上前から百年に一度、この世界にマスターが一人だけ召喚されることがわかっています」


 自然現象ということだろうかと考えるカイリ。

 しかし“召喚”という表現をするからには、何らかの目的があって呼び出されたように聞こえるのだが……。


「滅びを迎える世界が、滅びを避けるためにマスターを召喚していると言われています。過去に召喚されたマスターたちは外見も性別もばらばらですが、太陽が空を移動する世界に住んでいたとお聞きしています」

「俺もそうだな」


 そう言ってちらりとマティの表情を見る。

 “俺”という一人称を使ってみたが、うなずく彼女にそれを気にしている様子はない。


(丁寧語だと機嫌を損ねるし、タメ口でいいか)


 そう割り切るカイリ。


「その、過去に召喚されたっていう人たちは、この世界で何をしていたんだ? 元の世界には帰れたのか?」


 すぐには答えないマティだったが、やがて言葉を選ぶようにゆっくりと話しはじめた。


「……私がこれまでにご案内した二十人のマスターたちの多くは……」


 二十人、とマティは言った。

 百年に一度召喚されるマスターを二十人と。

 ということはマティの年齢は二千年を超えるということになる。


 ここでカイリは気がついた。

 この世界の一年は何日で、一日は何時間なのかを知らないことに。

 そもそも太陽が沈まない世界で、一日という概念があるのかという疑問に。


「……私の願いを聞き入れ、“予言書”の解読に寄与してくださいました」

「予言書?」


 はい、と答えるマティ。

 それはいにしえの時代からフェアリ族に伝わる書物だという。

 古代語で記されており、マティには読めない。

 そこには世界の滅びと、滅びから世界を救う方法が記されているという。


 どうしてその解読をわざわざ異世界からきた人間にやらせるのだろうか。

 この世界の住人には解読できない呪いでもかけられているのだろうか。

 そんな疑問を浮かべるカイリだったが、次の言葉で忘れてしまった。


「ですがもうマスターに解読を依頼することはありません」

「…………」


 マティは笑顔のままだ。


「どういうことだ? この世界が一年後に滅びるって、さっき言ったよな? 俺みたいに召喚された奴が二十人も解読を続けて、それでもまだ世界を救えていないってことだろ? 諦めたってことか?」

「…………」


 矢継ぎ早に言葉を発したカイリに対し、マティがゆっくりと顔を伏せた。

 黙ったままの彼女の表情が見えず、不安を覚えるカイリ。

 もう一度話しかけようとしたとき、マティの声が聞こえた。


「……って……」


 長い沈黙の後に聞こえたマティの言葉は荒々しかった。


「だって……仕方がないじゃないですか!」


 初めて大声を上げた彼女の全身は震え、その双眸からは涙があふれていた。


「二十人のマスターが解読にかけた時間は合わせて三百年以上ですよ! それでも解読できたのは予言書の十分の一にも満たなかったんです。あと一年で……あと一年で、あなたに何ができるって言うんですか!」


 言葉が途切れ、口をぎゅっと閉じてカイリを見つめるマティ。

 そんな彼女に返す言葉をカイリは用意していなかった。


 黙ったままのカイリからマティが視線を外した。


「すみません……」


 静かにそう言うと、彼女は翅の生えた背を向けた。

 何も言えないままのカイリに言葉を続ける。


「そういうわけですから、もうマスターに予言書の解読を依頼するつもりはありません。世界が滅びるまでの一年間は、私がマスターの身の回りのお世話をしますから自由にお過ごしください。ただし……」


 そこでマティは少しの間をおいた。


「召喚されたマスターがご自分の世界に戻ったという事例も、その方法に関する情報もありません」


 その言葉の意味がカイリの頭に染み込むまでに、たっぷり三秒の時間が過ぎた。




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