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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder06. 逸れドワーフ
42/120

File042. 襲来



「ナノマシンをとある研究施設が完成させた(・・・・・)と、最初にそう言ったな、二十一代目」


 エステルの口調は落ちついていた。

 顔を上げたカイリに話を続ける。


「その虫たちは、いにしえの時代につくられたということか? 誰が、どうやって、何のためにだ?」


 最初の説明をエステルが覚えていたことにカイリは驚いた。

 そして思っていたよりもずっと柔軟な思考と理解力を持っていることに。


(虫を造る(・・)と言っても理解してもらえないと思って、生まれたと言い換えたのに……。本当にすごいな、この人は)


 剣と魔法の両方をきわめている上に、エルフ族を統率する器とカリスマを備える頭脳明晰な麗人。

 いったいどれほど多くの才能に恵まれれば、こんな傑物ができあがるというのか。

 そんなことを考えながら、カイリは簡潔に答えた。


「当時の人々が、当時の技術によって、世界を救うために(・・・・・・・・)造りました」


 小さな妖精が目を見開いた。


「世界を救う……ため……?」

「そう。今この世界が直面している危機とは別の理由だけどね」


 言葉を選ぶよりも、まずはきちんと話すべきだと考えを改めたカイリは、ナノマシンの開発経緯から語り始めた。


「古の時代に、世界は今とは違う理由で滅びかけていました。大気や土壌、水という人類を取りまく自然環境に、生物に有害な化学物質が排出され続けていたからです。人々はそれを“環境問題”と呼んでいました」


 直接人体には影響しない温室効果ガスから、永続的に影響を与える放射性物質まで、生物生存環境をおびやかす物質が日々作り出されていたことはカイリも知っている。


「排出された有害物を隔離し、原子を並べ替え、無害な物質に変換して返す。それを地球規模で実行することがナノマシンに託された最大の使命です」


 ただし放射性物質の場合には原子を構成する原子核にまで干渉する必要があり、実用的な方法はまだ確立されていなかった。

 そこで放射性物質の完全隔離だけを確実に実行させ、実効的な無害化方法の発見についてはナノマシンシステムの学習成長能力に任された。

 システムがその方法にたどり着いたかどうかまでは、カイリにもわからない。


「今の世界を見る限り、環境問題はナノマシンによって解決されたと見ていいと思います」

「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ、カイ殿」


 声を上げたのは、口ひげをさする親指を止めたラウエルだった。


「先ほどレイウルフ様がお尋ねになったときは、その虫たちが世界に広がることはなかったと、そう言ったのではなかったかね? それとも、今でもその辺にいると?」


 表情が引きつっている。

 騎士隊の隊長が大の虫嫌いであることを、エステルとレイウルフは知っていた。


 ラウエルがずっと無言だった理由の半分は話についていけていなかったからであり、もう半分は魔法が苦手な自分には関係のない話だと思っていたからだ。

 だが目に見えず得体のしれない虫が、今も身の回りにいるかもしれないとなれば話は別だった。


「俺のことはカイリと呼んでください、ラウエルさん。ナノマシンは増えすぎることはありませんでしたが、今も世界に満ちています。その多くは地面の下で活動しているはずですが、水の中にも空気の中にもいますよ。さらに言えば、俺たちの――」


 ――身体の中にもいます。

 そう言いかけて、カイリは口を閉じた。

 ラウエルの顔が明らかに青ざめていたからだ。


 エステルが笑った。


「気にするな、ラウエル。二十一代目の話が本当なら、我々は生まれた時からナノマシンの海にかっているということだ。空気のようなものだと思うしかあるまい」

「私もにわかには信じられませんが、エステル様の仰るとおりですよ、ラウエル」


 エステルとレイウルフのセリフを聞いて、カイリも察した。


「あの、たとえが悪かったですか? すみません、虫ではなく花粉と言い換えてもいいです」

「それならば……」


 やや元気を取り戻したラウエルの耳に、となりのテーブルからゲンブのつぶやきが聞こえた。


「……自分で動き回りますけどね」


 再び顔を青くするラウエルだったが、それ以上言葉をかける者はいなかった。

 カイリが驚いた声を発したからだ。


「ゲンブ、君は……竜はナノマシンのことを知っているのか?」

「当然ですわ。竜はナノマシンシステム上で動くプログラムですよ? それから呼び捨てはおやめください、カイリさん」


 巫女装束の少女はそう言い捨てると、香茶のカップを口に運んだ。

 食事も水分もる必要がない竜だが、食べることも飲むこともできないわけではない。

 ただそれらは体内で分解されても彼女たちの栄養にはならないというだけのことである。


(そうか……その可能性を忘れていたな。首輪の人の主人も、ナノマシンの知識を首輪の人から聞いているかもしれない。どうやって竜の起動方法を知ったのかは今もわからないけど、少なくとも今は俺と同等レベルの知識があると思っておいたほうがいいかも。……やっかいだな)


 ナノマシンシステム上のプログラムという意味では、フェスのような精霊も同じである。

 おそらくフェスにもナノマシンシステムの知識はあるはずだが、精霊には竜ほどの能力も能動性もない。

 おまけに公共サービス用のインターフェースである精霊は、その学習機能によって使用者が知らない言葉をわざと使わないようにしていると思われた。

 カイリが送電線グラフェンラインについて尋ねたとき、カイリがその言葉を口にするまでフェスは思い出しもしなかったからだ。



 エステルが確認するように尋ねた。


「土の中にいると言ったな。それは魔法を唱えると魔法陣が発生することと関係があるんだな?」


 カイリとエステルの視線が合った。

 頷くカイリ。


(もうこの人、全部わかって聞いているんじゃないか?)


 エステルの質問は核心を突いており、話を誘導しているようにさえ感じるカイリだった。

 それほどにエステルは優秀な頭脳の持ち主ということだ。

 もともと魔法の仕組みについて話すことにしていたのだから、ここまでの前置きがどのように魔法の話へつながるのかを考えていたのだろう。


 魔法陣と呼ばれる円形の発光は、術者周囲のナノマシンが役名コマンドを受理し、それがナノマシンシステムのネットワークに伝達されたことを視覚的に示すための機能である。


「ナノマシンで構成されるシステムには自然環境の改善とは別に、もうひとつの目的がありました。自然環境改善のための五つの機能――変換、固定、分解、結合、伝達――をそのまま利用して、生活を便利にすることです。そのためにナノマシンがになっているのが、再生可能エネルギーを利用したインフラ、つまり電気や水を生活圏まで供給するシステム――“竜脈”の維持です」


 環境問題の解決とエネルギー供給ネットワークの構築、その二つがナノマシンにあらかじめ内蔵されていた惑星設計プログラムの根幹だった。


「そしてナノマシンの機能を個人が利用するために用意されたのが、役名コマンド――つまり“魔法”です」




 カイリがもう一度香茶を飲もうとテーブルに手を伸ばしたとき、ゲンブとスザクが近くに立っていることに気づいた。

 二人の緊張感が伝わってくる。


「父上、たくさんの生物が空からこちらに迫っていますわ」


 ゲンブが告げる言葉にレイウルフが反応した。


「どんな生物かわかりますか?」

「ええと……」


 途端に口ごもるゲンブ。

 彼女にはその生物群のビジョンが見えている。

 ただその名称を知らなかった。


「その、すべての個体が父上の半分くらいの大きさですわ。二本の手と二本の足があって、武器らしきものを手にしていて、ええと、顔いっぱいにひげが生えていて……」

「ドワーフどもだな」


 エステルが断定した。


「ゲンブ、数と到着時刻がわかるか?」

「数、およそ千五百です。八分四十秒後に、この上空に到達するものと思われますわ」


 ラウエルがあせったように立ち上がり、彼の椅子が音を立ててひっくり返った。


「千五百ですと? 偵察の数ではありません。奴ら、もう開戦準備を整えておったのか……早すぎる」

「落ち着け、ラウエル。開戦のつもりならエルフ領に向かうはずだ。目的は私か、まさかとは思うが……」


 皆の視線がゆっくりとゲンブに集まり、それから顔を見合わせる。

 行方不明としている族長の居場所を、ドワーフ族に知られたとは考えにくい。

 そしてこんな辺境の地に偶然通りかかった者がいたとしても、その目的が竜の発掘であるとは夢にも思わないだろう。

 肩をすくめるエステル。


「考えても仕方があるまい。洞窟で暮らすような奴らが空から来るということ自体が前代未聞だ。だが幸いなことに我々には、こういう異常事態に適した者がいる」


 にやりと笑うエステルの命令が下った。


「レイウルフを臨時の族長代行に任命する」


 レイウルフが立ち上がり、エステルとともにラウエルとゲンブを連れて部屋を出て行った。



 部屋に残されたカイリの袖が引っ張られた。

 彼を見上げるのは頭にフェスを乗せたスザクだ。


「敵の中に……ビャッコねえがいるよ」




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