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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder05. エルフの族長
38/120

File038. 一気通貫《ライトニング》


 汎数レベル4の魔法〈消散言サイレント〉。

 この汎数レベルの魔法を使える者を、マティは他に知らない。


 もちろんカイリは使えるだろうし、過去には使えるマスターが六人いたと記憶している。

 だがそれは、彼らが予言書の解読を継承するカイ・リューベンスフィアだからだ。

 カイ・リューベンスフィア以外で汎数レベル4の魔法を使えるのは、マティの知る限りエステルだけである。


 彼女は特別だった。

 旅仲間のソロンは、同じエルフ族でありながら習得できなかったのだから。

 エステルには卓越した魔法の才――正確な発音を聞き分ける才と発声する才――があり、そのうえカインに愛されるという幸運にも恵まれた。

 もし先代カイ・リューベンスフィアであるカインが旅の途中で死ななければ、彼が知る汎数レベル6までの魔法をエステルは手に入れていただろう。

 マティはそう確信している。




 汎数レベル4の魔法〈消散言サイレント〉。

 それは対象者周囲における音の空気伝導を遮断することで、敵の呪文詠唱を一定時間封じる魔法である。

 対魔術師戦で無敵を誇るエステルの、静かなる最強魔法。

 それを詠唱省略で発動することでカイリの先手を取ったエステルは、いくつもの戦場で敵を殺戮してきた戦闘の熟練者ベテランであり、カイリにとってはこれが初めて受ける魔法攻撃だった。

 無音の世界で、骨を伝わる体内の音だけが大きく聞こえる。


(やってくれる……。でも俺は、引くわけにはいかない)


 魔法を封じられたカイリは、棒立ちするただの高校生にすぎない。

 エステルの冷酷な表情は変わらず、その意識は戦闘機械(マシーン)のように冷静だった。


「竜を置いてこの場を去れと、そう言ったはずだ。〈消散言サイレント〉の中では、もはや私の声も聞こえまい。終わらせよう、世界を救うために」


 〈消散言サイレント〉を詠唱省略で発動したエステルが、今度は余裕をもって通常の呪文詠唱を始めた。


 ――低目移行ランクダウン汎数レベル

 ――通模インプット要俳キーワード

 ――電子のみねより正イオンの泉にいたる電界の道標に従い……



「やめて、エステル!」


 エステルが流暢りゅうちょうに唱える要俳キーワードを聞いて真っ青になるマティ。

 それは彼女が知る限り、最大の威力を持つ攻撃魔法だった。


 マティが普段から事前詠唱を更新している〈衣蔽甲シールド〉は、サナトゥリアのナイフからカイリを守った。

 だがその〈衣蔽甲シールド〉でも、今エステルが詠唱している魔法には無効である。

 〈衣蔽甲シールド〉で防げるのは衝撃と熱だけであり、それは度等ブーストをいくら乗せたとしても変わらない。



 マティには理解できなかった。

 なぜ二人が戦わなければならないのか。


 エステルとカイリは、ともに世界を救うことを願う者どうしのはずだ。

 九十年ほど前には、エステルはそのためにカインと一緒に旅をした。

 あの頃と同じように協力する理由はあっても、争う理由はないはずである。

 世界を救うという同じ目的を達成するために、竜を譲りあってもいいくらいだ。


 カイリは、この時のために戦う準備をしてきたと言う。

 エステルもまた、事前詠唱魔法を用意していた。


 マティには理解できなかった。

 なぜ二人が戦わなければならないのか。



 ――……大気の絶縁を超えて導通する整流素子をここに形成する

 ――転配コンパイル

 ――役名コマンド


 予言書に記された汎数レベル2の攻撃魔法。

 一般市民に公開された汎数レベル1魔法とは異なり、特別な資格を持つ警官や下級兵士向けに許可された汎数レベル2魔法には、多人数を容易に殺傷する威力がある。

 転配コンパイルを終えたエステルが、その役名コマンドを口にした。


「〈一気通貫ライトニング〉」


 完成する呪文。

 カイリに向けてエステルの右手が開かれていた。

 その先から、自然の雷と同じ一億ボルトの稲妻がはじけ、ほとばしった。


 大気を電離させてまばゆく輝く雷撃が、轟音とともに一瞬で、カイリの身体を貫通した――。




 木々や大型テントの陰から、エステルとカイリの戦いを見守る者たちがいた。

 レイウルフとゲンブの二人、ラウエルを含む騎士隊六名、そして箱発掘に従事していた作業員三十五名である。

 カイリの姿を確認した族長から「手を出すな」と命令されていたが、作業員たちは皆が弓に矢をつがえて緊張の汗を浮かべていた。

 狩猟を生活の一部にしているエルフ族は、子供の頃から弓の扱いには慣れている。

 だが騎士隊と違い作業員たちは戦闘慣れしていないうえに、相手が歴史に登場する最強の魔術師と知り、武器を手にせずにはいられなかった。

 それほどのストレスを抱えていた彼らは〈一気通貫ライトニング〉の紫がかった白い光が一直線に伸び、黒髪の青年を貫く光景を目にしたとき、ようやく安堵の息を吐いたのだった。

 族長の勝利を確信していた。

 いくらカイ・リューベンスフィアといえども〈消散言サイレント〉を先に受ければ魔法を唱えることができず、盾や鎧ごと人間を貫通する〈一気通貫ライトニング〉を防ぐこともできなかったのだ。


 エステルもまた、カイリのあっけない死を信じて疑わなかった。

 〈消散言サイレント〉と〈一気通貫ライトニング〉の連続魔法は彼女の必勝パターンであり、これに耐えた魔術師はいない。

 助かる手段があるとすれば〈消散言サイレント〉の発動前に何らかの攻撃をして先手を取ることだが、今回のように事前詠唱を用意できればそんなすきを生じることもない。

 唯一懸念していたのはカイリが連れているはずの竜の介入だった。

 だがその竜が姿を見せることはなかった。

 理由はおそらく自分と同じだろうとエステルは思う。

 この戦いに竜を参加させる必要はなく、待機を命じた。

 そして主人の命令に絶対服従を強いられる竜は、たとえ主人が死に瀕してもその命令を守るのだろう。

 フェアリ族のテクニティファ・マティ・マヌファとは、これが理由でたもとを分かつことになるかもしれない。

 それでもかまわないとエステルは思っていた。



 だから。



 何事もなかったかのようにたたずむ青年の姿を目にしたとき、エルフの族長は心の底から感じたのだ。

 もう何十年も感じることがなかった、“恐怖”を――。



 呆然とするエステル。

 彼女がそうだったのだから、作業員たちがパニックに陥ったのは当然のことだったのかもしれない。

 彼らはほとんど無意識に、一斉に矢を放った。

 動きが遅れた者も、周りにつられるようにカイリに向けて矢を飛ばした。

 何十本という矢がカイリに降りそそぐ。

 だが、ただの一本さえカイリの身体に触れることはなかった。

 あせりで手元が狂った矢のほとんどは外れたし、当たるはずだった矢はことごとく折れて地面に落ちていた。


「エステルさん」


 カイリの声が、エステルの長い耳に届いた。

 ――〈消散言サイレント〉の効果時間が終わっていた。


「あなたの本気と実力を確認しました。そのうえで俺は示さなければならない。俺の本気と実力が、あなたよりはるかに上であることを」


 エステルが次の呪文を唱えるよりも早く、カイリが事前詠唱魔法を口にした。


消散言しょうさんげん


 エステルの周囲から、すべての音が消えた。




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