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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder05. エルフの族長
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File035. 最初の命令


 カイリたちがエルフ領の中央神殿区にある第一催事場から〈離位置テレポート〉で消える一時間ほど前。

 腰まで伸びたストレートの黒髪を背にした少女が、椅子の上で姿勢を正していた。


 川沿いにある簡易宿舎の一室で続いていた会話が間もなく終わろうとしている。

 エルフの族長エステルが、最後の議題を口にした。


「ゲンブ、おまえを呼んだのは正式に命令を下すためだ。残る竜の箱をレイウルフとともに探し出し、孵化した竜をレイウルフに服従させろ」

「…………」


 ゲンブは即答しなかった。

 エステルの前でいつもおどおどしていた彼女が、今は口に手をあて視線を落として思案している。


「どうしました、ゲンブ?」


 レイウルフに問いかけられ、少女が口を開いた。


「父上にご相談したいことが三点ございます」


 レイウルフが振り返ると、目を合わせたエステルが無言で頷いた。


「言ってみなさい」

「はい。一点は、竜であるわたくしへの命令権についてです。わたくしはわたくしの意思で、父上の命令に最優先で従うことを約束いたします。そして父上の命令があれば、他の方の命令にも従いますわ。ただし……」


 少女が顔を上げてレイウルフを見つめた。


「できればわたくしは、父上から直接命令を受けたいのです。そうでなければその命令が父上の意に沿うものか、あるいは反するものか、わたくしには判断いたしかねます」


 レイウルフの顔から一瞬血の気が引いた。

 族長の命令が絶対であるエルフ族において、少女が口にした言い分は身勝手であり、無礼であり、厳罰に処せられてしかるべき態度である。

 もしこれを許せば他の者に示しがつかない。


 胸元に手をあてて訴える少女の目は真剣だった。

 その目を見たレイウルフは、彼女を責める以前に教育係としての自らを責めた。

 すでに族長の偉大さをいていたつもりでいたが、不十分だったのだと。


 レイウルフが謝罪と反省の言葉を口にするより先に、エステルが短く言った。


「それでいい」


 にやにやしながらゲンブとレイウルフを見つめるエステル。


(面白い。レイウルフは私を崇拝するあまり忘れているようだが、ゲンブにはいつでも我々を抹消できるほどの力があるに違いないのだ。そんなゲンブがレイウルフへの恭順を明言するのだからな。……竜とは本当に面白い)


 族長がよいと言えばよい。

 レイウルフはすぐに頭を切り替えた。


「ゲンブ、君をエルフ族の命令系統に組み込むのはやめましょう。私が君を管理します。そして今、最も優先すべき命令をひとつだけ君に授けます」

「はい、父上」


 エステルが見る限り、ゲンブの顔に迷いはない。

 何を言われても従う覚悟が見てとれた。


 これが部下なら、むしろ心配になったかもしれないなとエステルは思う。

 族長の命令が絶対のエルフ族だが、それは族長の最終判断に対してであり、それ以前の反論や進言は歓迎されている。

 エステルはエルフの統率者であって支配者ではない。


(ゲンブ、おまえには他者をねじ伏せ自分の意思を優先させられる強大な力があるはずだ。レイウルフに従ってくれるのは助かるし、世界を救うための協力もしてもらうが、すべてをレイウルフに委ねる生き方をする必要はないと思うがな。私は、おまえを気に入っているのだから――)


 レイウルフが幼い子に言い聞かせるようにゆっくりと、最初の命令をゲンブに下した。


「エステル様のご命令には従いなさい。それが私の意思です」

「はい、父上」


 それだけだった。

 すぐにレイウルフが次の相談を促し、ゲンブが口を開いた。


「二点目は、発見した竜にすでに主人がいる場合についてです。竜は主人の命令にのみ従います。同じ竜だからといって、わたくしの説得で主人を鞍替えすることはありませんわ。わたくしがお役に立てるのは父上の護衛くらいに思えるのですが、かまわないでしょうか?」


 ゲンブの言葉を受けて最初に言葉を発したのはラウエルだった。


「他の竜がすでに生まれているという可能性は低いように思えます。これまでの歴史に竜が登場したことはありません」

「いえ、わたくし以外に少なくとも一体は生まれています」


 断言するゲンブ。

 部屋にいる残りの三人が驚いた。


「なぜわかる?」


 エステルの問いかけにゲンブが素直に答えた。


「竜は四姉妹です。そして先に生まれた竜は、後から生まれた竜――妹の存在とその状況を感じ取ることができます。わたくしが何番目に生まれた竜かはわかりませんが、少なくとも妹が一人生まれていることを感じますわ」

「待ってください、ゲンブ。君が生まれたのは昨日のことでしょう。たった一日の差でその妹竜が生まれたというのですか?」


 レイウルフはゲンブが首を横に振るのを見た。


「いいえ、父上。わたくしが孵化器から出たのは昨日ですが、卵から孵ったのは二か月前のことですわ。父上たちの発掘が進み、警戒距離フライトディスタンスを超えて近づく父上たちを孵化器が“脅威”と判定しました。そしてわたくしを卵から自動孵化させたようです。わたくしはずっと、孵化器の中で父上たちの会話を聞いておりました」


(そうか……可能性があると思ってはいたが、我々の他に竜を手に入れた者がいるか……)


 エステルの目つきが鋭くなる。

 竜を卵から手に入れるのに対し、他者から奪うのは難易度がはるかに高いだろう。


「ゲンブ、妹の状況を感じ取れると言ったな。どこまでわかる? 場所の特定もできるのか?」

「わかるのは方角とおおまかな距離、そして感情くらいです、エステル様。ただこれは三点目、最後のご相談ですが――」


 エステル、レイウルフ、ラウエルの三人が、姿勢よく座る少女に注目する。


「どんなに離れていても、竜はその妹に呼びかけることができます。探しにいくよりも、まずは呼んでみることを提案いたしますわ」



  ***



 カイリたちがエルフ領の中央神殿区にある第一催事場から〈離位置テレポート〉で消えた数分後。

 掃除の続きをするソロンの前に姿を見せる者がいた。

 ソロンが神殿式の敬礼をした相手は、ショートボブの明るい金髪を揺らすエルフの若い娘である。


「四体の竜が目覚めたらしいわぁ」


 族長代行の第一声に、老エルフが驚いた。


「サナトゥリア様は竜のことをご存知でいらっしゃいましたか」

「エステルの居場所、教えぇ。まさかレイウルフに言えて、うちに言えへんてことないやろ」


 有無を言わせない口調だった。




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