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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder01. 沈まない太陽
2/120

File002. 布に包まれた果実


 まばたきを一回したら景色が変わっていた。

 そんな感じである。


「…………」


 呆然として声も出ない。

 たっぷり三秒が過ぎて最初に漏れた言葉は――。


「あ……っつ!」


 朝から雪が降っていたはずだった。

 にもかかわらず、急に上昇した気温と湿度で汗が噴き出す。


 目の前には日本ではあまり見かけないであろう植物群。

 大きな葉の木や草が生い茂っていた。

 とにかく枝と葉の量が多くて空が全く見えないくらい頭上を覆っている。


 冬服のブレザーを脱ぎ、白シャツの袖をまくるカイリ。

 実際には日本の初夏よりも涼しいくらいなのだが、真冬の廊下にいたカイリには気温以上に暑く感じられた。


(……どうなってるんだ?)


 何が起こったのかさっぱりわからない。

 周囲を見渡すが人の気配はないようだ。

 時折、鳥や獣のけたたましい鳴き声が不気味に響き渡る。


(ここがどこか、というのは後回しだ。何が起こったのかも置いておこう。重要なのは……)


 重要なのはこの森から脱出できるかどうかだとカイリは思った。

 少し歩いたくらいで道路でも見つかればまだ生き残れる可能性はある。

 ここが日本とは限らないが、人に出会うことさえできればなんとかなるかもしれない。

 だが……。


 ここが広大な森林の奥地だとしたら――。


 サバイバルの知識でもあらかじめ記憶していれば良かったのだろうが、受験生だったカイリにそんな余裕はなかった。

 しかも子供の頃から運動が苦手で体力にはまるで自信がない。

 そんな自分が何の準備もなく未開の奥地に放り出されたのだとしたら、生き残れる確率が一パーセントもあるとは思えなかった。


 さらに。

 森の中はうっすらとオレンジ色に染まっていた。


 まだ明るいが、日がかなり傾いていると想像できた。

 太陽が沈めば夜が来る。

 街灯などもちろんないし、空が見えないほどの鬱蒼うっそうとした森なので月明かりさえ期待できない。

 世界が暗闇に閉ざされる前に、夜を過ごす場所を探す必要があるとカイリは思った。

 小屋でもあればベストだが、せめて登れそうな樹くらい見つけておきたい。


 ここまでのカイリはかなり冷静だと言える。

 あまりに突拍子もない出来事に対し、まだ実感がわいていないというのが実情だった。

 次のまばたきの後には学校の寒い廊下に戻っているのではないか。

 そんな気さえしていたのである。




 腕時計が時の経過を示している。

 この森に放り出されてから実に七時間が過ぎようとしていたが、カイリは安全な場所を確保できずにいた。

 午後十時過ぎであるにもかかわらず森の中は夕焼け色のままで暗くならないし、高校の廊下に戻ることもなかった。

 まるで時が止まっているかのようだが確かに腕時計は動いている。

 そして木の根元に座り込んだカイリはすっかり空腹になっていた。


(腹……へったな、のどはカラカラだし……)


 加えて森の中を歩き回った疲れで眠気に襲われていた。


(かなり、やばいかも……)


 今のところ獰猛な獣に出くわすことも、虫刺されで苦しむようなこともなかったが、道路も水辺も見つかっていない。

 小屋や洞窟を見つけることもなかったし、カイリが登れそうな樹も見あたらなかった。


(今頃は風呂に入ってのんびりして……会社帰りの父さんに推薦合格の話をしている……はずだったの……に……)


 気がつくと頬が地面に付いていた。

 横たわった身体に虫が這い上がってきても、払い落とす気力さえ今のカイリにはない。


 真冬の高校にいたはずが温暖で深い森の中。

 何時間()っても訪れない夜。

 そしてもう一つ。

 カイリはこの森の奇妙さに気づいていた。


 登れそうな樹を探し始めてすぐにわかったこと。

 それは、木々のすべてが同じ一方向にだけ枝を広げていることだった。

 幹の片側にだけ枝が密集しているのだ。

 それはオレンジ色の光が漏れてくる方向と一致していた。


 何もかもがおかしく、理解できない現状だった。

 夢を見ているか、気が触れたか……そう考えるほうが自然な気がしてくる。


(瞬間記憶なんて、本当に困っている時には何の役にも立ちやしない……)


 いつの間にかカイリは眠りに落ちていた。




 何かの気配を感じてカイリの意識が戻った。

 薄く開いた目にぼんやりと映る光景は、やはり夕日に染まる森の中だった。

 

(…………人?)


 オレンジ色の明かりの中で、スレンダーな後ろ姿が歩き去っていくのが見えた。

 身に着けた服装は多種の色が鮮やかな北欧の民族衣装のようで、ショートボブの明るい金髪ブロンドからのぞくうなじは白くて細い。

 おそらく女性だろう。

 背中に小さな弓と矢筒、大きめの袋を背負っている。

 頭の両耳の位置から突き出しているのは、髪飾りだろうか?


(待……って、助けて、く……れ……)


 その願いは声になることはなく、のどがヒューヒューと小さく鳴るだけだった。

 沈む意識。

 カイリは再び深い眠りに落ちていた。




 すさまじい空腹と渇いたのどの痛みがあった。

 さらに筋肉痛と痺れ。

 そんな不快な感覚の中で、カイリは再び目覚めた。


 身体をひねって仰向けになる。

 下になっていた皮膚に血が通うのを感じた。

 とにかく全身が痛いが手足は動くようだ。

 そして頭が少しすっきりしているのは眠ったおかげだろう。

 どうやら眠っている間に危険な生物に襲われたりはしなかったらしい。


 相変わらず夕日……いや、方角がわからないので朝日かもしれないが……の中にあった。

 寝起きのせいで昨日よりも周囲が明るく感じられる。


(いてて……)


 痛みに耐えながら上半身を起こすと、かたわらに何かがあった。

 丸められた布が地面に置かれている。

 派手な色彩でタータンチェック柄のそれはカイリの持ち物ではない。


 警戒する心の余裕はなかった。

 今のカイリにできることは危険を避けることではなく、生き残る可能性を探ることだけだったからだ。


 手に取り、広げた布の中から出てきたもの。

 それは青りんごに似た果実に見えた。




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