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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder15. 生命ある限り
120/120

File120. 竜たちの未来


 目を覚ましたスザクがその緋色の瞳に映したのは、連なる丸太が太い枝で支えられた高い天井と、広い屋内を小部屋に仕切る幾重もの布だった。


 布越しの夕陽が部屋の中を柔らかい光で満たし、ベッドの白いシーツが朱色に輝いている。

 静まりかえった空間に届く音は、外から聞こえる川のせせらぎだけだった。


(あ、ここ、前に住んでたとこだ。エルフ族の――)


 山あいの森に囲まれたその建物は、かつてゲンブを掘り出すためにエルフ族が建てた簡易宿舎だった。


 簡素なベッドの上でそっと身を起こしたスザクは、その部屋が以前に割り当てられていた部屋よりもずっと広いことを知った。

 彼女の左側には同じ造りのベッドが三台並び、手前の二台にはそれぞれゲンブとセイリュウが眠っている。

 十一か月を共に過ごした姉たちの顔を見て、ホッとするスザク。


 本来、竜の眠りとは疑似的なものにすぎない。

 だが、今回ばかりは人の睡眠と同じように意識を失っていた。

 それが大量のエネルギーを消費するトリプル役満(フルコマンド)の発動に起因するものだろうということは、ナノマシンシステムに詳しくないスザクにもなんとなくわかる。

 実際のところ、焼き切れた大陸間の竜脈が自己修復により復旧するまでの三日間、竜たちのAIは眠り続けていた。


 一番奥のベッドには誰もいなかったが、使われた毛布がそのまま残っていた。


(ビャッコ姉、先に起きたんだ)


 スザクにはすぐにわかった。

 最初に目を覚ました二番目の姉が、真っ先に会いに行く相手を想像するのは難しくない。

 その相手と添い遂げるために彼女は姉妹の誰よりも努力を重ね、世界を救ったのだから。


(そうだ……私たちは世界を救ったんだ。カイリとの同調(シンクロ)で感じたアレは、カイリが言っていたピージの修復――)



 二段階の同調(シンクロ)を経て実現したトリプル役満(フルコマンド)通移位相枢暗光大産源(ホワイトホール)〉。

 それは三つの役満(フルコマンド)をほぼ同時に発現させた。


 〈通移位相(ワープ)〉により時空を超え、衛星軌道から外れたピージへ大量のナノマシンが送り込まれた。

 そのナノマシン群は〈枢暗光(サーベイ)〉による状況把握の後、〈大産源(リジェネレート)〉による修復を開始し、ピージを新品同様に復活させたのだ。

 それはピージが自力で衛星軌道へ復帰できるぎりぎりのタイミングだった。


 〈大産源(リジェネレート)〉による修復は、ヒョウエのメディカル・マイクロマシンによる治療とは根本的に異なり、必ずしも対象の遺伝子情報を必要としない。

 構造や機能の対称性、論理性、一貫性などを考慮してナノマシンシステムが欠損部分を推定し、本来あるべき姿を“復元”する。

 だからこそ、その本質がプログラムである竜の、ビャッコの左脚さえ再生されたのだ。



 すぐに部屋の右手に視線を移したスザクはドキリとした。

 右側に並ぶベッドの手前から五台目と六台目の間に、こちらに背を向けて椅子に座る人物を見つけたからだ。

 竜の索敵が反応していないことから、戦力的な脅威ではないとわかる。

 フード付きの外套に包まれたそのシルエットは細身で、どちらかといえば小柄に見えた。

 外から聞こえる川の音と頭を覆うフードのせいで、スザクが起きたことには気づいていないようだ。


 その人物が見守るベッドで、カイリが眠っていた。



  ***




「エルローズ、エルフの族長様と一緒に来たあのお姫様は、結局誰だったんだ?」

「お姫様? なんの話よ、シラン」


 エルローズの綺麗にカットされた金の眉が寄せられる。

 シランはお手上げのポーズだ。


 トリプル役満(フルコマンド)を放ち、そのまま台座の中央で倒れたカイリと竜たちを〈離位置(テレポート)〉で運んだのは、台座の外で待機していたエルローズとシラン、そしてエステルとその連れの四人だった。

 エステルは連れの人物と家の精(ブラウニー)のレインにカイリたちの世話を任せ、エルフ領へ帰った。

 そしてエルローズたちもまた精霊騎士団(スピリチュアルナイツ)のアジトに戻ってきていた。


「いやあ、大して化粧してる感じでもねぇのに、エルローズに負けねぇくれぇ美人だったし、高貴な感じがしたぜ。大陸中で暗躍してきた俺たちだが、あんないい女の噂は聞いたことがねぇ」

「なんなの、シラン。あたしが厚化粧で育ちが悪いとでも言いたいわけ?」


 口が滑ったという様子のシランを見て笑うエルローズ。


「前にアンタも会ってるじゃないの。カイリのパーティリーダーよ。だから任せてきたんじゃない」

「へ? 小僧の仲間にあんな美人いたっけ? そりゃ女たちは美人ぞろいだったけどよ、あんな清楚な感じの……いや、待て。小僧のパーティリーダーだって? それは確か――」

「もういいじゃない。あたしらは借りをきっちり返したし、ついでに世界が救われたんだから」



  ***



 スザクがフードの人物に声をかけようとしたときだった。

 竜の索敵リストが書き換えられたことに気づき、開きかけた口を閉じる。

 リストのトップに突如現れた対象の脅威度パラメータは、見慣れたカイリの数値だった。


 フードの人物の背に隠れてスザクからは見えないが、カイリが目を覚ましたのだろう。

 背を向けた人物が驚いた様子でフードを外し、少し前のめりになった。

 ストレートのつややかな黒髪のショートボブがあらわになり、その肩を震わせている。


(ああ……っ)


 スザクの心に動揺が走った。

 せっかくカイリより先に目覚めたのに、目を開けた彼の視界に最初に入るチャンスを逃してしまったのだ。

 それどころか、その役目を見知らぬ女に譲ってしまったのである。


「――っ!」


 悔しくて大声を出しそうになったスザクの口が、後ろから伸びた手に塞がれた。

 すぐに竜の通信回線が開く。


『ちょ、なにすんのよ、ゲンブ!』

『いいから、少し様子を見ましょうよ』


 スザクの口を塞いだのは、いつの間にか目を覚ましていたゲンブだった。



 震える女の前で、顔を赤くしたカイリが先に口を開いた。


「……いつから、その姿に?」

「カイリが……スザクたちと姿を消して、すぐにです」


 その涙声と口調に、スザクとゲンブは聞き覚えがあった。

 十一か月前に見た彼女の身長は三十センチ程度しかなく、背中には青みをおびた透明な翅が生えていたはずだ。



 カイリがカイ・リューベンスフィアの屋敷で見つけた日記の中に、六代目カイ・リューベンスフィア――カイネ・ミーティトサールの日記があった。



 ~~~~



 異世界召喚歴二年八十二日


 もう諦めてよいでしょうか。ビルマ語と英語しか知らない私に予言書の謎言語を解き明かすことなど、到底できるわけがないのです。マティの話によれば、世界が滅びるまでにまだ千年以上あるということですから、この仕事の成就は後世のカイ・リューベンスフィアたちに任せたいと思います。


 そういうわけで、今日からは後世のカイ・リューベンスフィアたちに役立つような、この世界の情報をまとめていきます。とりわけ私の関心事は、この世界の生物についてです。特に、人類と呼べる種は私が知る地球人によく似ていて興味深い。以前にも書いたように、エルフ族と地球人の違いはほとんどなく、骨格がやや細身であることと耳が長く尖っていることくらいなのです。他の人類も大した違いはないのですが、フェアリ族だけは別です。そこで今日は、フェアリ族の特殊性について私がマティから聞き出した話と、エルフ領で仲良くなったお婆ちゃんの話などを整理したいと思います。


 まず、フェアリ族は長寿である代わりに、著しく出生率が低い種族でした。ずいぶん昔(おそらくマティの数世代前)に、もともと比率が少ない男性がいなくなり、フェアリ族は女性だけになりました。そのままフェアリ族は滅びると考えられていましたが、当時のフェアリ族族長ディアルテ・ルウ・ラティスがエルフ族の美しい青年と恋に落ちたとき、その奇跡は起こったのです。


 驚くべきことに、ディアルテの身体が光り輝いて大きくなり、その姿がエルフ族に変化しました。そうして愛しあうふたりは結婚し、ディアルテはエルフ族としての寿命をまっとうするまでに六個の卵を産みました。卵からはフェアリ族の娘が生まれ、生まれてすぐにフェアリ領(今の妖精の樹海(フェアリオーシャン)だと言われています)に飛び去りました。


 この内容は、エルフ族に伝わるおとぎ話から、いろいろ脚色されたと思われる部分を省いて書いています。つまり、どうやら本当のことのようなのです。マティの話によれば、その後もヒューマン族やワーウルフ族と結ばれたフェアリ族がいると伝えられているそうで、いずれの場合も両想いになった男と同じ種族に身体が変化したのだとか。


 それでも、フェアリ族が他種族と結ばれる確率は極めて低かったのでしょう。そもそも種族間における婚姻の例はほとんどないらしく、ましてや身体の大きさが著しく異なるフェアリ族が他種族と両想いになることはめったになかったはずです。そうでなければ、マティがフェアリ族最後の生き残りになることもなかったはずですから。


 明日は、ワーウルフ族の狼化(メタモルフォシス)とその周期の謎について、聞きかじった話をまとめるつもりです。



 ~~~~



 カイ・リューベンスフィアの屋敷でこの日記を読んだときのカイリは、その内容について深く考えることはなかった。

 だが、マティという存在にかれていくうちに、瞬間記憶に刻まれた一字一句を思い出し考えるようになった。

 おとぎ話のように思える一連の話は、人類を存続させることを使命とするナノマシンシステムの仕業ではないのか。

 そもそもフェアリ族の身体、特に脳は、人類の知性を保つには小さすぎるはずであり、その生命維持にナノマシンが深く関与していることは間違いない。

 滅びかけた種族を救うために、その種族特性にシステムがさらに介入したとしても不思議はないと、カイリには思えた。




「十一か月前に言えなかったこと、マティにはバレていたんだな」


 ――世界を救うことができたら、マティに伝えたいことがある。


 カイリが告白しなくても、ふたりの気持ちが同じであることをマティの身体の変化が示していた。

 だが、マティはカイリの言葉を否定した。


「違います。私がカイリの気持ちに応えたのではありません。私はカイリと離れるよりずっと前から、その……今と同じ気持ちでした。カイリが悪いんですよ。私がカイリを名前で呼びたくないと言ったのに、名前で呼ばせたのですから」


 四代目カイ・リューベンスフィア――カイサ・ブリッガレの日記を読んだカイリは知っている。

 マティが初代、二代目、三代目のカイ・リューベンスフィアにも恋していたことを。

 それらの恋が成就しなかったことも。


「好きにならないように……好きになってまた辛い思いをしないように、召喚されたマスターを名前で呼ばないようにしていたのに」


 俯いたマティの顔が赤い。


「だから私の姿が変わったのは、スザクたちと消えた後に、カイリの気持ちに大きな変化が……その、私のことを本気で、す、す、好きになってくれる変化があったはずです」


 カイリには心当たりがあった。

 だがそれは、あまりマティに話したくないことだった。


 なにしろ美しく魅力的な女性四人と、十一か月もの間一緒に暮らしたのだ。

 しかもビャッコ以外の三人は、カイリにかなり好意的だった。

 健全な男子であるカイリが、自制心を維持するためにマティのことを想い続けた結果、誰とも一線を越えない代わりにマティへの想いが一線を越えたのだ。


 マティを誰よりも大切に思い、深く愛していることは間違いない。

 だがそれは病的といえる領域であり、現代社会であればストーカー認定されてもおかしくないレベルだとカイリは思っている。

 そういう部分を知られて、マティに嫌われたくはなかった。


「そういえば、あの時、どうして私にも決闘を申し込んだんですか?」


 カイリの心配をよそに、マティが話題を変えた。

 マティにとっては今の関係が重要であり、そのきっかけはどうでもいいのかもしれない。


「ああ、それは……ええと、忘れてくれって言ったよね?」

「はい。でもカイリは、世界を救うことができたら、すべてを話すと言いました」


 気まずそうなカイリ。

 だが、今度は話題を変える気はないらしく、マティの黒い瞳がカイリを見つめている。


「その……なんとなく、というか。俺の好きな相手は決まっているのに、違う女の人たちと生活を始めるのが後ろめたかったからというか……そんな気持ちをいましめてほしかったといいますか……」

「…………」


 首を傾げるマティ。

 そして気づく。

 つまりカイリは初めから、四人の竜を異性として意識していたのだ。


「……スザクたちと、いったい、どんな生活をしていたんですか!?」

「え! いや、ご、ごく普通に……!」




 ケンカをしているのか、じゃれているのかわからないふたりを眺め、スザクとゲンブがため息をついた。

 ゲンブがつぶやく。


「自由な竜としては、主人を独占したい気持ちをどうしたら良いのかしらね」

「十一か月の間に、何度もしたよね、そんな話」


 再びため息をつく少女たち。

 その背後から、落ち着いた声が聞こえた。


「私は放置プレイでもかまいませんが……そうですね、心配はいらないと思いますよ」


 ふたりが振り返ると、ベッドに座るセイリュウの姿があった。

 ただ座っているだけなのに、彼女の場合はなぜかなまめかしく色っぽい。


「心配いらないって、どういうこと、セイリュウ姉」


 スザクの問いかけに妖しい笑みを浮かべるセイリュウ。


「フェアリ族といえど、その寿命はせいぜい数千年。このいびつな世界には、まだまだ多くの危機が訪れるはず。少なくとも今から五千万年後には、再びあの静止衛星が地表へ落下するでしょう。その危機に、ナノマシンシステムは何をすると思いますか?」

「え?」


 戸惑うスザクの横で、ゲンブが何かに気づいた。


「――そうですわ。ピージは〈通移位相枢暗光大産源(ホワイトホール)〉で改造されたわけではなく、ただ元の姿に戻っただけ。五千万年後には間違いなく同じ軌道で落下するはずですわ。そして今回の成功を学習したナノマシンシステムは――」

「そう。再び召喚するでしょう。実際に世界を救った実績のある英雄を」


 五千万年後には再びピージの補助バッテリーが老朽化し、この惑星(ほし)は滅亡の危機を迎える。

 そうでなくてもテラフォーミング装置によって無理やり生き長らえている世界なのだから、ちょっとした変動で何度も危機を迎えるはずだ。

 その頃には、今のカイリはもちろんフェアリ族のマティでさえ、とっくに土に還っているだろう。

 そして召喚システムは自己防衛のために再び召喚する。

 おそらくはすべての魔法を身につけた今のカイリを。

 それが最も手っ取り早い方法だからだ。


 ――スザクの顔つきが変わった。


「早い者勝ちだね!」

「召喚されたカイリさんを、先に見つけるのはわたくしですわ」


 ゲンブが真面目な顔でつぶやく。

 そんな彼女たちの様子を目にし、セイリュウがクスクスと笑った。


「あなたたち、最大のライバルの存在を忘れていますよ」

「………?」

「まさか、セイリュウ姉さんも――」


 警戒するふたりの前で、セイリュウが首を横に振った。


「私は望まれれば何でもしますが、望まれなければ何もしません。それより――」


 セイリュウは言った。

 フェアリ族の寿命よりも、ドワーフ族の寿命ははるかに短いと。


「――あ」

「……うぁあ」


 真っ青になるスザクとゲンブ。


 ――精霊と違い、竜は主人が死んでも主人を忘れることはありません。それでも私は、あなたが死ねば別の新たな主人を求めるでしょう。恐ろしいことに……竜が主人を求める本能には、それほどの強制力があります


 それは十一か月前にあったリュシアスとカイリの決闘で、ビャッコ自身が口にした言葉だった。

 今のビャッコは確かに、リュシアスを誰よりも愛している。

 だがそのリュシアスが死んだ後、彼女の新たな主人を求める心が行きつく相手は、おそらく同調シンクロまで成功させた――。


 セイリュウが変わらない笑顔で告げた。


「ビャッコはあなたたちよりもずっと、主人に対する愛情も独占欲も強いでしょうね」




 離れたベッドでは、何も気づいていないカイリとマティが肩を寄せ合っていた。




 - End of Folder 15 -



 ~ 竜を連れた魔法使い Rev.1 完 ~




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