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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder15. 生命ある限り
119/120

File119. 残虐のアルバ



「良かったのか、リュシアス。皆殺しにしたとはいえ、定時連絡の狼煙(のろし)が上がらねば、中央軍を警戒させることになろう? 俺たちのことがバレるのは時間の問題だぞ」


 栗色の髪とひげのドワーフが、銀色の髪とひげのドワーフへと話しかけた。


「それに、だまし討ちのようなやり方は、おまえらしくない」


 息を乱すことなく駆けるふたりの男たちは、息を乱すことなく会話を続ける。


「ああ、少々冷静さを欠いていたかもしれぬ。だが、やつらを殺すことは最初から決めていたことであるし、この先同じことを続けるつもりはない」



 リュシアスは思い出していた。

 ビャッコを連れて故郷に帰還した一年前のことを。

 その時に彼が知ったのは、たとえ何が起ころうとも、ビャッコはリュシアスの命令を絶対に(・・・)守るということだった。


(あの時、やつらは俺とビャッコを別々の部屋で取り調べた。そして――)



 リュシアスはビャッコという女の能力とプライドの高さを知っている。

 旅の途中で遭遇した二百人規模の大盗賊団は、リュシアスに高圧的な態度をとったという理由で竜巻に呑まれ、人間の雨となり大地を赤く染めた。


 そんな彼女を連れて繁殖期のドワーフ領へ戻れば、同胞たちを数百人、数千人という規模で殺傷しかねない。

 だから彼は、ドワーフ領の北端を警備する兵を目にしたとき、あらためて彼女に注意を促した。


 “警備兵の指示には逆らわず、無難にやり過ごせ”――と。


 竜にとって主人の命令がどれほどの重みをもつか、その時の彼はまだ知らなかった。

 そして中央と比較して北の警備兵の態度が悪いという噂は聞いていたものの、露見していない彼らの悪行までは知るよしもない。

 繁殖期に妻や恋人の元へ帰れず、辺鄙へんぴな土地で任務をこなす彼らに、リュシアスは同情さえしていたのだ。


 一方の警備兵たちは、「はぐれドワーフ」ではあるものの「武術大会二十連覇の男」としても有名なリュシアスを、通常の取り調べで済ませることに決めた。

 彼らが牙を剥くのはあくまで弱者に対してであり、自分たちがリスクをおうつもりはないのだ。


 だから、ビャッコがいくら魅力的な女であったとしても、危険な男の連れである彼女に手を出すつもりはなかった。

 別室で取り囲み、セクハラ気味の質問だけで済ませるつもりだったのだ。


 だが――。


 どんなに下品で性的な質問であっても、ビャッコはそのすべてに素直に答えた。

 質問には正直に答えるようにと、兵たちが最初に指示・・したからだ。

 “警備兵の指示には逆らわない”――それが主人の命令だった。


 結果、質問の内容はエスカレートしていき、兵たちの興奮も高まっていく。


 ――よし。では確認のため服を脱げ。一枚残らずな。


 兵たちがその指示・・を口にするまで、大して時間はかからなかった。



 その隣の部屋。

 ドワーフ族最強の男に怯えながらもリュシアスを取り調べていた兵は、隣室からかすかに響くざわめきと浮かれた口笛の音を耳にした。

 リュシアスの鋭い眼光に射抜かれた彼は慌てて確認のために部屋を飛び出し、その現場を目にして青ざめた。


 ――おまえら、なにやってんだ。奴に殺されるぞ。


 同時に隣の部屋に面する壁が轟音を立てて震え、その表面に亀裂が走る。

 ビャッコの白い肌に手をのばしかけていた兵はその音に跳び上がり、我に返った。


 ――急いで服を着ろ。いいか、奴には“何も無かった”と言うんだ。


 その指示・・を、ビャッコは守った。

 リュシアスが真実を知ったのは、ずっと後になって彼女に質問したときだった。

 あの時、本当に何も無かったのか? ――と。



(今ならば、絶対にあのような指示をビャッコに出したりはせぬ。ビャッコ……プライドの高いおまえが、一体どれほどの屈辱に耐えていたのか……それをいた自分を、俺は今でも許せぬ)


 野を駆けるふたりのドワーフの視界に、中規模の砦が小さく見えていた。



  ***



  大広間の中央に、リュシアスと栗色の髪のドワーフが立っている。

 武装した兵がそれぞれ二人ずつ、彼らを後ろ手に拘束していた。


 正面の高い段の上に、質の高い武具を纏ったドワーフの男が姿を見せる。

 貫禄のある彼はふたりを見下ろし目を細めた。


「おまえたちは下がっていろ」


 リュシアスたちを拘束する四人の兵に向けての言葉だった。


「しかし隊長、危険です。この逸れドワーフはリュシアスと言って、武術大会二十連覇の――」

「気づかぬのか? 俺には見えるぞ。彼らが手枷を引きちぎり、おまえたちが奪い取られた武器で真っ先に殺される未来がな」


 彼らをここまで連れてくること自体が危険だということを、兵たちもわかってはいた。

 だがそれは隊長命令であり、砦を訪れた彼らを命懸けで連行してきた彼らにとって、その言葉は理不尽でしかない。


「そっちの栗色は先の大戦でエルフ軍の猛将ラウエルの大隊を一人で半壊させたという“残虐”のアルバであろう。その後、姿を消したそうだが、腕自慢の逸れドワーフふたりがつるんで何をしようとしているのだ?」


 “残虐”のアルバの名は戦場では有名だった。

 だが、大観衆の前で行われる武術大会とは違い、アルバの姿を知る者は少ない。

 尾ひれがついた噂によれば、アルバとは残虐行為を好む快楽殺人鬼であり、規律違反を重ねた末に、ついには彼をもてあました上官に毒殺されたとのことだった。



 兵たちが扉の向こうへ姿を消すと、二人の訪問者は隊長の予見通りに手枷を引きちぎってみせた。

 静まりかえった大広間に、リュシアスの声が響く。


「族長の座をかけた決闘を、レブリオスに申し込みにきたのだ」

「……誰がだ? 逸れドワーフの貴様らが、族長の座に興味があるとは思えぬが?」


 “残虐”のアルバは、意外な事の成り行きを面白がっていた。

 今回の行動はすべてリュシアスが決めたものであり、アルバ自身は雪の街で強敵ともと認めた彼に付きあっているにすぎない。


 あまり重要な拠点とは言えない北の砦だが、北方面を任される隊長にこうもすんなり会えるとは思っていなかった。

 しかも繁殖期が終わり、エルフ族との戦争再開が間近に迫っているであろうこの時期にである。


 好意的とまでは言えないまでも、部下を追い出した状況で逸れドワーフである自分たちと会話を続けている。

 常識では考えられないことだった。


「俺が申し込むのだ、マクシミリアン。理由はある。それを説明するためにここに来――」

「必要ない」


 リュシアスの言葉を、マクシミリアンと呼ばれた隊長がさえぎった。

 段の上から降り、リュシアスの前まで歩み寄る。


「そうか。そうか」

「マクシミリアン?」

「九十一年前に、俺が初めて貴様を“逸れドワーフ”と呼んだときのことを覚えているか?」


 リュシアスの肩に手を置いたマクシミリアンが、真っ直ぐに見つめていた。


 ――次から次へと世間を騒がすホラばかり吹いてんじゃねぇよ、このはぐれドワーフが!


 それは当時、マクシミリアンがまだ領内最大の鉄工ギルドを率いるギルド長だった頃のことだ。

 鉄鉱床探索の有志を募りにきたリュシアスに、マクシミリアンが冷たく言い放った言葉。


「忘れるはずもない。俺に面と向かって“逸れドワーフ”と言ったのはおまえが最初だ、マクシミリアン。そして俺の話に耳を貸さなかったのは、おまえだけではない」

「そうだ。俺たちは貴様に落胆していた。武術大会で二十連覇までしたにもかかわらず、おまえが族長になろうとしなかったからな」

「なんだと?」


 予想していなかった言葉に驚くリュシアス。


「当時の族長を含めた上層部も、エルフとの戦争しか頭にない連中ばかりだった。まあ、それでも自分のことしか考えない今のレブリオスよりは、いくらかマシだったがな」

「…………」


 黙ったままのリュシアス。

 “残虐”のアルバは興味深げに耳を傾けている。

 いつも先に仕掛けるエルフ族との戦争がまだ始まっていない理由は、十中八九、レブリオスが酒と女に溺れて指示を出していないからだろうと予想していた。


「貴様も知っていたはずだ。俺たちはリュシアスという新しい族長の誕生に期待していた。だが、貴様はけして族長になろうとはしなかった。それどころかエルフと一緒の旅に出たり、鉄鉱床を調べて回ったりと、理解できないことばかりを繰り返した」

「それは――」

「気にするな。後半の話は重要ではない。重要なことは、貴様が族長を目指すというのなら、貴様を知るドワーフのほとんどが貴様に協力するだろうということだ」


 間があった。

 たしかにリュシアスは、昔の知り合いに協力をあおぐつもりでここに来た。


 しきたりとして、族長に決闘を申し込み勝利すれば、族長になれるということになってはいる。

 だが実際には、猫も杓子も族長に決闘を申し込むという事態にはならない。


 族長を決める決闘とは領内をあげてのお祭り騒ぎになるのが通例であり、その準備には多くの領民の協力が不可欠だ。

 誰にも相手にされないような者が族長に決闘を申し込みに行っても、門前払いになるだけである。

 そして多くの観衆の前で族長に勝利してこそ、誰にも文句を言われることなく次の族長として認められるのである。


「俺は、逸れドワーフとしてあきれられ、嫌われていたはずだ。マクシミリアン、おまえの説得にも苦労すると思っていた」

「重要なことは、族長になるという貴様の意思が本物かどうかだ」


 リュシアスのグレーの瞳に光が反射する。


「本物だとも。理由は――」

「本物ならそれでよい。元ギルド長のコネを最大限に活用してやろう」



 その時だった。

 突然の爆音とともに天井の一部を含めて壁の一面が崩落した。

 すぐに扉から多くの兵たちが駆け込んでくる。


「隊長、ご無事ですか?」


 遠巻きに囲む兵たちが目にしたのは、瓦礫の上で白く輝く大きな光のかたまりだった。

 それが人の形に収束していく。


 アルバは、リュシアスが固まっていることに気づいた。

 その両目は、光る人型に釘付けになっている。


 光が収まると、白い髪と白い肌を持つスカートスーツ姿の女が姿を現し叫んだ。


「リュシアス!」

「ビャッコ!」


 駆け寄ったふたりは抱き合い、皆が見守る前で唇を重ねた。


「十一か月ぶりです、リュシアス」

「会いたかった、ビャッコ。毎日、想っていた。おまえのことを考えぬ日は無かった」


 互いの頬に手をあて、見つめ合ってはキスをする。

 それを三回繰り返した。


「安心してください、リュシアス。この部屋を百人規模の兵が取り囲んでいることは把握しています。すぐに私が片付けて――」

「……くくっ。おまえはビャッコだ。間違いなく、俺のビャッコだ」


 もう一度キスを交わすと、リュシアスはビャッコに誤解を解くための説明をした。

 武器を構えていた兵たちは、マクシミリアンの指示で再び下がった。


「終わったのだな?」

「はい。世界は救われました」


 ついにはビャッコの腰を頭上まで持ち上げたリュシアスが、そのままクルクルと回り始める。


「もう二度と離さぬぞ、ビャッコ」

「はい、二度と離れません、リュシアス」

「ちょっといいか、リュシアス」


 振り返ったふたりの前で、わざとらしくせきをしたマクシミリアンが遠慮がちに言った。


「貴様が族長になったら、真っ先にこの砦の修復をしてもらうからな」

「ん? ああ……そうだな。すまぬ、マクシミリアン」


 マクシミリアンの隣で、笑いをこらえるアルバ。

 リュシアスは、“残虐”のアルバにまつわる噂がまったくのデマであり、少々不真面目なところがあるものの憎めない性格であることを知っている。



 十一か月前。

 再び雪の街を訪れたリュシアスが、鉄鉱床使用権の交渉に向かった先。

 そこにいたのが臨時領主となっていたアルバだった。

 軍の規律に嫌気がさした彼は自ら逸れドワーフとなって旅を続け、数年前から雪の街に落ち着いていたのだ。


 アルバの挑発にリュシアスが乗り、鉄鉱床使用権を賭けた決闘にリュシアスが勝利して以来の付き合いである。


 一方、雪の街の鉄鉱資源を、ドワーフ領とどう分かち合うかが問題だった。

 ドワーフ領へ使者を送ってみたものの、鉄鉱床の話どころか雪の街の存在さえ信用されなかった。

 使者は使者としての歓待を受けることもなく、「その話が本当なら、ドワーフ領が百パーセント管理してやる」と言われ追い出されたとのことだった。


 今はまだいい。

 だがあと百年あまりでドワーフ領の鉄鉱床は底をつくのだ。

 そうなれば、本気で雪の街が攻められる可能性が高いように思われた。

 すべてのドワーフ族の発展を願うリュシアスにとって、同族同士で争うことほど愚かなことはない。

 そんなことのために探鉱の旅を九十一年も続けたわけではないのだ。


 アルバが言った。


 ――リュシアスは、案外馬鹿なのだな。そんな問題を解決することは、この街で雪だるまを作るより簡単ではないか。

 ――何を言うか。ドワーフ軍が本気になれば、こんな街などすぐに滅ぼされるだろう。妙案があるなら言ってみるがいい。

 ――本当に、わからないのか?


 アルバの目は真剣だった。


 ――おまえが、ドワーフの族長になればいい。



 ドワーフ領の北寄りに位置する中規模の砦。

 その壁にぽっかりと開いた穴からは、夕陽に照らされた遠くの山々がよく見えた。




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