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竜を連れた魔法使い Rev.1  作者: 笹谷周平
Folder15. 生命ある限り
113/120

File113. 少女の日記


 カイサ・ブリッガレ――。

 十六歳で召喚されたフィンランド人の少女は四代目のカイ・リューベンスフィアであり、初の女性カイ・リューベンスフィアであり、日記を残した最初のカイ・リューベンスフィアでもあった。


 召喚されてからのおよそ一年間、彼女は毎日のように日記をつけている。

 魔法の習得がなかなか進まず、一年もの間めったに屋敷から出ることがなかったカイサにとって、その日の心情をフィンランド語でつづるという行為は数少ない気晴らしのひとつだった。


 召喚から一年後、事件は起きた。

 その日、社会勉強も兼ねてエルフ領の街に出ていた彼女は、誘拐事件に巻き込まれ北の街で売られる。

 容姿の優れた若いヒューマン族の女は、ドワーフ族の権力者に高値で売れるのだ。

 それはカイサの一生の中でも最悪の忌まわしい記憶となったが、同時に彼女の世界が広がるきっかけにもなった。

 ヒョウエや聖女と出会ったのはその頃だ。


 そういうわけで、カイサの日記は誘拐事件の前日で終わっている。

 まだ〈離位置(テレポート)〉さえ習得できずにいたその頃の彼女にとって、テクニティファ・マティ・マヌファというフェアリ族は、魔法、そして世界のことを根気強く教えてくれる教師だった。



 ~~~~



 召喚三六二日目


 久しぶりに酒を口にしたマティ先生が大暴れした。酔って顔が赤い先生はとても可愛いのだけれど、屋敷の中は竜巻(トルネード)でも発生したかのようにめちゃくちゃだ。先生が指先を動かすだけでソファが飛び、壁に穴があいた。壊れた家具はいつものように不思議な力で自動修復されるのだろうけれど、壁紙まで綺麗に元通りになるには三週間くらいかかるだろう。そんな先生が眠りに落ちる直前に、珍しく愚痴をこぼした。


 最初に先生はこう言った。初代カイ・リューベンスフィアを愛していたのだと。何を今さら、と私は思った。たしかにはっきりと聞くのは初めてのことだけれど、先生と長く一緒に暮らせば誰だって気づくだろう。けれど、話はそこで終わらなかった。


 初代にほどではないけれど、実は二代目、三代目のカイ・リューベンスフィアにも先生は恋心を抱いていたらしい。正直、意外だった。サバサバ系とか男(まさ)りとか言われる私とは違い、貞淑で慎ましい印象の先生。そんな先生が実は恋多き乙女――というか、そんなに軽い女だったのかと少々あきれた。


 けれど、考えてみれば逆なのだろう。今のところカイ・リューベンスフィアが召喚されたのは百年に一度と聞いている。人間なら、一生に一人の男だけを愛し続けたと言えるスパンだ。先生らしいなと妙に納得した。


 そして先生の愚痴はここからだった。実は先生の恋が実ったことは一度もないらしい。まあ、そうだろうなと思う。スラリとした美人のマティ先生ではあるけれど、それは妖精サイズでの話だ。人間の男性が、いや、他種族の男だって、美しく情に厚い先生を好ましく思うことはあっても、本気で恋をすることはないように思える。もしあるとしたら、それは究極の精神的恋愛(プラトニックラヴ)だろう。というか、はっきり言って変態だと思う。


 むしろ、いくらフェアリ族最後の生き残りとはいえ、自分よりはるかに大きい相手に恋愛感情を抱ける先生のほうが不思議だ。高層ビルのようにそびえ立つ巨人に恋ができるだろうかと想像してみるけれど……私なら近くにいるだけで恐怖を感じるに違いない。


 マティ先生は最後に不思議なことを口にした。フェアリ族は他種族と子を成すことだってできるのに、と。


 は? ちょっと信じられない。いったい、どうやって? 遺伝子的な問題はこの際どうでもいい。そんなことより、どうやってエッチするの? それとも魔法かなにかで済ませちゃうわけ? すごく気になる。詳しく聞きたかったけれど、先生はすぐに眠ってしまった。


 たしかに聞いたことはある。数千年前、元々男性の比率が少ないフェアリ族の数が二桁にまで減ったとき、女性しか残っていなかったと。それでもマティ先生が生まれたのが四百年くらい前だと知って、フェアリ族は木や花から生まれるのだろうとその時は思っていた。


 けれどこの世界で一年を過ごした今なら、そんなことはないはずだとわかる。フェアリ族は六精霊とは違い生きている人間だ。いくらこの世界がファンタジーで溢れているといっても、ここで暮らす人々の本質は地球人と何も変わらない。良いところも悪いところも。


 やばい。明日は街に出られる貴重な日で、朝早くに屋敷を出る予定だというのに……今夜は眠れる気がしない。



 ~~~~



 サナトゥリアの訪問によりカイリが屋敷ごと燃やしてしまったノートの一部、四代目カイ・リューベンスフィア――カイサ・ブリッガレの日記はここで終わっていた。


 フェアリ族が他種族と子を成すという話の真相については、カイサと同じく女性で六代目のカイ・リューベンスフィア――ミャンマー人のカイネ・ミーティトサールが日記に残している。



  ***



 視界いっぱいに広がる砂漠の景色。

 雲ひとつない青空から照りつける太陽の位置は高く、地表温度は九十度に達している。

 〈衣蔽甲(シールド)〉の魔法がなければ十秒も耐えられないであろう砂の上に、フード付きで丈が長い外套に身を包む者たちが立っていた。

 その数、四名。


 上空から舞い降りてきた風の精(シルフ)が、外套から差し出された男の手につかまった。

 その男に金髪の女が話しかける。


「この一か月の成果はどうなの、シラン?」

「問題ないぜ。綺麗な円形にできあがってるらしい」


 男が真面目な顔で答えた。


「アルシンとホスフィンはいい仕事をしたようだ。正確に言えば、奴らの水の精(アンディーン)土の精(ノーム)が、だな」

「そう」


 女の色っぽい口元が満足気にほころぶ。


精霊騎士団(スピリチュアルナイツ)は貸しをきっちり取り立てるし、借りはきっちり返す主義なの。あたしらがカイリに頼まれたのは、ここまでよ」


 エルローズに話しかけられた残り二人のうちの一人がフードを下ろす。

 ストレートの白い前髪が風に踊った。


「ふむ。これくらいの仕事は、ゲンブなら一日もかからないと思うが」

「無理よ。あの子たちは今この瞬間も、“同調シンクロ”とやらの練習をしていると思うわ。他のことに時間をつかう余裕はないでしょう」


 口元に手を当てたエステルの目が厳しくなる。


「やはり一年……正確には、十一か月か。それくらいの月日では“同調シンクロ”とやらを完成できなかったということか」

「…………」


 となりに立つ四人目の人物は黙ったままだ。

 肩をすくめるエルローズ。


「これ以上、あたしらにできることは何もないわ。神に祈るなら今のうちよ。エルフ族には信仰する神がいるんじゃなかった?」


 誰も口にはしないが、すでに失われた予言書の記述によれば、今日この日に世界は滅びることになっている。

 エステルの脳裏に、ふとサナトゥリアの姿が浮かんだ。


「それは古の時代の民が信仰したものだ。だがそうだな。これが世界を救う最後の機会(チャンス)だと思えば、神に祈るというのも悪くないかもしれん」


 その時、エステルの足元から話しかける者がいた。


「……サナに祈っても意味が無いぞ。……あいつにできることは、十一か月前に終わっているからな」

「―――! 貴様が例の家の精(ブラウニー)か」


 金髪の小人を見おろしたエステルが目を細める。

 レインが現れたということは、十一か月前に一緒に消えたカイリと竜たちもここに来ているということだ。


「……間もなく時間だ。……最後のチャンスのな」


 レインは、エルローズの外套から出てきた別の家の精(ブラウニー)にらみあったが、すぐにエルローズたちの前を歩き始めた。


「……ここで待つのもいいが、どうせなら“同調シンクロ”とやらを見学するほうがいいのではないか?」

「待って。カイリからは近づかないように……いえ、そもそも誰も近づけないように言われてるのよ。それなのに二人も連れてきてしまって……精霊騎士団(スピリチュアルナイツ)としては、これ以上の失態を重ねられないわ」


 慌てて声をかけるエルローズに、素知らぬ顔のエステル。

 レインがニヤリと笑った。


「……確かに台座の上に出るのは危険だ。……だが、心配はいらん。……台座の陰にいる限りは“同調シンクロ”の影響を受けることはないから、そこにいるように俺は言われている。……そのために作った台座だろう?」


 彼らの前は急勾配の斜面になっており、その先にレインが“台座”と呼ぶ高さ百メートルほどの台地があった。

 上空から見れば直径百キロメートルにも及ぶ広大な真円になっていて、精霊騎士団(スピリチュアルナイツ)土の精(ノーム)に作らせたものだ。

 この台座が形成される前には一帯にオアシスが点在していたのだが、同じく水の精(アンディーン)に移動させていた。


 急な斜面を登りきったレインと四人が、恐る恐る頭を出して広大な台座の上を覗き見る。

 そこは硬質な床に覆われていて、地平線の彼方まで真っ平らな場所だった。


「シラン」


 エルローズの声にシランが無言で反応し、彼の風の精(シルフ)が前方に空気の壁を作る。

 北の街の酒場でエルローズたちが座るソファの一角をカモフラージュしていた風の精(シルフ)の能力だ。

 空気の密度を調整し、簡易的な望遠レンズを何重にも形成する。

 その能力はビャッコの下位互換にすぎず、密度の均一性や光軸合わせも完全とは言えないため、解像度の低い映像となる。

 しかも数十キロ先の景色を太陽に熱せられて揺れる空気越しに拡大しているのだから、ほとんど何も判別できない。


 それでも、数人の人影らしきものが動いていることがわかった。

 カイリと四人の竜だ。


「……“同調シンクロ”開始予定時刻まで、あと――二百秒」


 キッチンタイマーを手にするレインの声が、心なしか緊張しているようにエステルには聞こえた。




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