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プロローグA  作者: 一ノ瀬樹一
第壱話 『八久慈区誘拐事件編』
5/10

二十二時十分

 掴まれた手を振りほどく前に、この異常な光景に目を疑った。

 疑ったというよりは、理解出来ていないといった方が、適切なのだろう。

 まさか、壁から人が出てくるなんて思ってもいなかったからだ。

 

 そんなファンタジーな展開に、頭が混乱している。

 それはなにも、俺に限ったことではなく、その場にいた冬司、加奈も同じであり、驚きのあまり動くことが出来なかった。

 

 ただ、壁から出てくる男が出るのを、見ているほかなかった。

 体の全てを出し切って、男が話す。


 「待ってくれ!さっきは悪かった。僕は君達に危害を与える気はない、落ち着いて話を聞いてくれ」


 思っていたよりも、紳士的な態度に思わず、気を許してしまった。

 壁から現れるという、こんなファンタジーを見せられて言うのもなんだが、本当に危害を与えるつもりがないように感じた。

 それに、先ほどは動揺してしまって気付かなかったが、この男が着ている制服は、加奈と同じ八久慈学園のものだった。

 落ち着いたのを見計らって、男が笑顔で自己紹介をする。

 

 「よかった、信じてくれてありがとう。僕は、畠瀬公彦はたせ きみひこという。君たちは?」

 「俺は、瀬川清春。それで、こいつが白鷺冬司。でこの女が加奈だ」

 「解かった、よろしく瀬川君。ところで、君達はなぜ、加奈さんを連れて逃げたんだ」


 これまでのことを、一部始終を畠瀬に話した。

 別に、この畠瀬のことを心の底から信じての行動ではなかった。ただ、この状況を理解するには、この畠瀬から情報を聞き出すしかないからだ。

 それに、謝られはしたが、さっき右腕を殴られたことを許してはいない。

 あくまで、利用する為の行動である。


 全ての話を聞き、畠瀬は口を開いた。


 「つまり、君達は仕事で、彼女をその倉庫へ連れているってことなんだね」

 「そういうことだ。まさか、お前らみたいな奴らに狙われているなんて思ってもいなかったからな」

 「そうか・・。それで、その依頼人については、何か知らないかな?」

 「知らない。金を払ってもらえれば誰でもいいっていうのがこの仕事だ。それに、依頼人を詮索することは、この業界ではタブーなんだ」


 裏を返せば、知られたくないからこそ、俺達に依頼しているのだ。

 仮に、事件になってしまったとしても、俺達から足が付く心配はない。

 だからこそ、俺達も依頼人については詮索しないのがルールであり、マナーなのだ。

 こんな俺達ですら、それは守ることにしている。


 それよりも、こいつらは一体何者なのだろうと疑問に思うが、それよりもあの壁から出てきたのは、一体どんなトリックを使ったのだろうか?

 さっきから、質問されているからには答えてもらおうと思い、畠瀬に質問をする。


 「ところで、さっきの壁から現れたのは、どんなトリックなんだ。それに、お前と一緒にいた女は、何も持っていなかったのに、突然木刀を持っていた。説明してもらおうか?」

 「それは・・・、教えるは出来ない」

 「なぜだ!」

 「それと、君達はこの件から手を引いてくれ。この街を出るのなら、手を貸すから・・」

 

 そう言って、畠瀬は加奈を連れて行こうとした。

 どうやら、作戦は失敗に終わったようだが、そもそもが間違っていたのかもしれない。

 情報を聞き出そうとしている俺に、完全に欠けていたもの、それは皮肉にも情報であった。

 なんの情報も持たない俺に対して、情報を提供してくれるわけがないのだ。

 例えるならば、コンビニに弁当を買いに行って、財布を忘れるのと一緒で、弁当と同等の対価を持ちあわせていないことに等しい。

 

 あきらかな愚行。

 本来は、畠瀬が現れた時点で、逃げてしまっていた方が懸命だったのだ。

 しかし、後悔をしてもすでに遅い、とりあえずの切り札である、加奈を手放すわけにはいかない。

 俺と冬司が、畠瀬の前に立ちはだかる。


 「いい加減にしないか。君達が思っているよりも、事態は深刻なんだ。そこをどいてくれ」

 

 畠瀬の言葉に、冬司が答える。

 

 「悪いが、そういうわけにもいかない。これは仕事である以上、俺達には果たさなければいけない。それに・・・。この仕事を終えれば、俺達には明るい未来が待っているんだ」


 そう言って、冬司は畠瀬に襲い掛かった。

 明るい未来の為、畠瀬がそうであるように、冬司にもまた、譲れないものがある。

 しかし、呆気なくといってしまっては冬司に悪いが、畠瀬は軽く冬司を倒してしまう。

 合気道の達人が使うような技で、ひらりと攻撃を躱したかと思えば、そのまま冬司は地面に倒れ込んでしまった。

 その様子を見ていた俺に、畠瀬は言う。


 「無駄な抵抗はやめて、おとなしく彼女を渡せ!」

 

 もちろん、そんな言葉に従うつもりはない。

 冬司と同じように、倒されてしまうかもしれないが、黙ってやられるわけにはいかない。

 せめて、一発だけでも入れてやろうと、畠瀬に向かおうとした瞬間のことであった。


 ボンっ!

 

 なんとも形容しにくい音が、畠瀬の頭から聞こえた。

 そして、無残にも畠瀬の頭はぐちゃぐちゃに原型を留めていなかった。

 畠瀬は頭部を粉砕されて死んでしまったのだった。

 一体、何が起こったのだろう。突然のことに動揺していると、ビルの非常階段から声が聞こえてきた。

 

 なんとも、嫌味なあの声だ。


 「隙だらけぇ~だからられちゃうんだよぉ~。1ポイントゲットぉ~」

 「・・・・・・・」


 そこにいたのは、石を弾丸のように飛ばす、弁財だった。

 どうやら、弁財の攻撃で、畠瀬は頭部を撃たれ死んでしまったらしい。

 

 「さぁ~て、お邪魔虫も死んだところだぁ~し、その子以外みんな殺しちゃおうかぁ~なぁ~」

 「!!!」


 まずい!と頭より先に体が動いた。

 止まっていては、弁財の石の弾丸によって、殺されてしまう。

 冬司を起し、ジグザグに蛇行しながら走り抜けた。

 

 その作戦が功を相し、弁財の石の弾丸の攻撃は、空しく空を切るばかりで、当たることはなかった。

 おそらく、精密な射撃は苦手なのだろう。実際、畠瀬が撃たれたのも、止まっている時だった。

 

 全速力で走り抜け、弁財から逃げ切ることに成功した。

 時間は二十二時三十分。

 目的の倉庫はすぐ目の前だった・・・。


 

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