二十一時三十分
場面は変わり、ビルとビルの間に身を潜め、俺達は追跡者から身を隠していた。
右腕の痛みを忘れる程、頭の中は混乱していた。
さっきの奴らは、一体なんだろう?
冷静を取り戻しつつ、先ほどのことについて考えていた。
二十一時三十分。
某ファーストフードを後にし、街を歩いていた。
仕事の内容を確認すると、この女の名前は加奈。私立八久慈学園に通う女子高生だった。
八久慈学園といえば、全校生徒数二千五百人の巨大な高校で、選考学科も多くたくさんの有名人を輩出したことでも有名だ。
そんな女子高校生を、街の外れにある倉庫まで無事に連れて行くことが、今回の仕事内容だった。
この無事にという言葉が示すように、何者かに追われていることを意味する。
だから、フードを深く被り、素顔を曝さないのだろう、はっきりとは見えないが、表情は不安に違いない。
そして、その不安はすぐに的中することとなる。
人目に付かないよう、裏路地を中心に歩いていると、一人の女が立っていた。
暗くてよく見えないが、シルエットから察するに女であることは確かなようだ。
様子を覗っていると、女の方から口を開いた。
「その子を置いて、今すぐ消えろ。お前達に危害を加えるつもりはない」
凛々しい口調と、微動だにしないその姿に、こんな時に言うことではないのかもしれないが、魅せられてしまった。
少し間を開けて、冬司が口を開いた。
「こっちも仕事なんで、そこをどいてもらおうか。それに、怪我をするのはお前の方だ」
「・・・・ふう・・・仕方ない」
そう言って、女は近寄って来た。
怖かったらしく、加奈は俺の左腕を摑んで放そうしない。
まあ、相手は女一人だし冬司に任せておけば大丈夫だろう。
そう思った瞬間、女に異変が起きた。
それまで、何も持っていなかった女の手に、いつの間にか木刀が握られていた。
どこかに隠し持っていたとも思えない、手品のように突然現れたのだった。
そして女は、耳につけているヘッドセットに手をやる。
「これが、最後の警告だ。その子を置いて今すぐ消えろ」
「聞けないな」冬司がそう言った次の瞬間、女はヘッドセットで支持を出す。
その後だった。
「!?」
右腕に鈍い痛みが走った。見るとそこには、警棒を持った一人の男が立っていた。
危険だと思うよりも先に、体が男との間に距離を取るように動いていた、きっと、本能がそうさせたのだろう。
なぜなら、俺の立っている右側は、ビルの壁があり何もなかったのだが、どこかに潜んでいたのか、男が突然現れたのだった。その男は、本当に文字通り突然現れて、例えるなら手品などでよく見るイリュージョンのようで、正確には現れたことに気付くことが出来なかった。
右腕を走る警棒の痛み、攻撃されて初めてそこに男がいることに気付いたのだ。
かくして、状況は一転してこちらが不利な立場にある。
当然ながら、男と女の二人を相手にすることは別になんてことはないのだが、得体の知れない奴らの行動に、思いがけず恐怖を感じてしまった。
人が、幽霊や未来に対して、不安や恐怖を感じるのは、理解ができないからである。
つまりは、得体の知れないものに対して、人間は恐怖を感じてしまうのだ。
とにかく、この場は逃げることに集中しよう。
俺達の目的は、この加奈という女子高生を無事に送り届けることにある。つまり、こいつらに勝つ必要も、戦う必要すらもない。
おそらく、冬司もそう思っているだろうが、問題はどうやってこの場を切り抜けるのかだ。
走って逃げるとしても、こいつらが見逃してくれそうな雰囲気はない、どうしたものかと考えていたその時であった。
「!」
銃撃が、俺達とこいつらの間を割るように放たれた。
おそらくは、威嚇射撃であったのだろう、着弾した者はいなかったが一体誰が放ったものだろうか。
目線をそちらに向けると、見たことのない男が立っていた。
男は、帽子を深く被り、細身の長身で派手なシャツを着ていた。
なんとなくだが、嫌な雰囲気のするその男は、こちらに向けて口を開く。
「なぁ~にお前達だけで、楽しいことをしている~んだぁ~よ。こぉ~の弁財さんも交ぜろよぉ~」
「誰だ、貴様は?」
木刀の女が、弁財と名乗るその男に素性を問いただす。
「だぁ~から、弁財さんだぁ~っての。それより、加奈ぁ~って女はいるかぁ~、こっちに来いよぉ~」
「貴様も、この女が目的なのか?」
「そぉ~だよ。つ・ま・り、お前の敵ぃ~てわけだぁ~よ」
そう言って、弁財はポケットから石を数個取り出した。
その辺に落ちている、何の変哲もない石に見えた。
そんなものを取り出して一体なにをするのかと思えば、驚くべきことが起きた。
掌の石に、弁財が息を吹きかける。
すると、掌の石がまるで弾丸のように、木刀の女の方へ飛んで行った。
何かトリックがあるのかと思ったが、そんな風には見えなかった。
それにしても木刀の女達といい、この加奈って女は一体何者で、何の目的があって狙われているのだろうか?
とにかく、これはチャンスだ。
こいつらが争っているうちに、逃げてしまおう。
「冬司!いくぞ!」
その言葉で冬司も理解したらしく、逃げることの成功した。
そして時間は戻り、ビルとビルの間に身を隠しているって訳だ。
やはり、この仕事はどこかおかしい、加奈って女を問い詰めても答えは出てこない。
だた「私を守って」と震えるばかりで、奴らについてもなぜ狙われているのかも、解からないようだ。
思いがけないこの状況に、冬司は苛立っていた。
無理もない、びっくり人間さながらな奴らに追われているのだから、命の保証だってない。
不安を吐き出すように、冬司は言う。
「一体、奴らは何者なんだ?なぜ、こいつを狙っている。お前は何者なんだ!」
冬司は加奈の髪を引っ張り、問い詰める。
しかし、先ほども言ったように、加奈からの答えは知らないの一点張りだった。
この緊迫した状況を、これ以上悪化させるわけにはいかない。
冬司を落ち着かせることにした。
「落ち着け冬司!とにかく、この女を目的の場所にまで運ぼう。それで、この仕事は終わりだ」
「・・・そうだな・・・。こんなことは、早く終わらせよう。ほら、行くぞ!」
冬司は落ち着きを取り戻し、座り込んでいた加奈の手を持って立たせる。
目的の倉庫まで、あと半分といったところだった。
さっさと終わらしてしまおうと、行こうとした瞬間だった。
ビルの壁から手が出てきて俺の手を掴んだ。
ゆっくりと壁から姿を現したのは、先ほど木刀女と一緒にいた男だった。




