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プロローグA  作者: 一ノ瀬樹一
第壱話 『八久慈区誘拐事件編』
4/10

二十一時三十分

 場面は変わり、ビルとビルの間に身を潜め、俺達は追跡者から身を隠していた。

 右腕の痛みを忘れる程、頭の中は混乱していた。

 さっきの奴らは、一体なんだろう?

 冷静を取り戻しつつ、先ほどのことについて考えていた。


 二十一時三十分。

 某ファーストフードを後にし、街を歩いていた。

 仕事の内容を確認すると、この女の名前は加奈かな私立八久慈学園しりつはちくじがくえんに通う女子高生だった。

 八久慈学園といえば、全校生徒数二千五百人の巨大な高校で、選考学科も多くたくさんの有名人を輩出したことでも有名だ。

 そんな女子高校生を、街の外れにある倉庫まで無事に連れて行くことが、今回の仕事内容だった。


 この無事にという言葉が示すように、何者かに追われていることを意味する。

 だから、フードを深く被り、素顔を曝さないのだろう、はっきりとは見えないが、表情は不安に違いない。

 そして、その不安はすぐに的中することとなる。


 人目に付かないよう、裏路地を中心に歩いていると、一人の女が立っていた。

 暗くてよく見えないが、シルエットから察するに女であることは確かなようだ。

 様子を覗っていると、女の方から口を開いた。

 

 「その子を置いて、今すぐ消えろ。お前達に危害を加えるつもりはない」


 凛々しい口調と、微動だにしないその姿に、こんな時に言うことではないのかもしれないが、魅せられてしまった。

 少し間を開けて、冬司が口を開いた。


 「こっちも仕事なんで、そこをどいてもらおうか。それに、怪我をするのはお前の方だ」

 「・・・・ふう・・・仕方ない」


 そう言って、女は近寄って来た。

 怖かったらしく、加奈は俺の左腕を摑んで放そうしない。

 まあ、相手は女一人だし冬司に任せておけば大丈夫だろう。

 そう思った瞬間、女に異変が起きた。


 それまで、何も持っていなかった女の手に、いつの間にか木刀が握られていた。

 どこかに隠し持っていたとも思えない、手品のように突然現れたのだった。

 そして女は、耳につけているヘッドセットに手をやる。


 「これが、最後の警告だ。その子を置いて今すぐ消えろ」

 

 「聞けないな」冬司がそう言った次の瞬間、女はヘッドセットで支持を出す。

 その後だった。


 「!?」


 右腕に鈍い痛みが走った。見るとそこには、警棒を持った一人の男が立っていた。

 危険だと思うよりも先に、体が男との間に距離を取るように動いていた、きっと、本能がそうさせたのだろう。

 なぜなら、俺の立っている右側は、ビルの壁があり何もなかったのだが、どこかに潜んでいたのか、男が突然現れたのだった。その男は、本当に文字通り突然現れて、例えるなら手品などでよく見るイリュージョンのようで、正確には現れたことに気付くことが出来なかった。

 右腕を走る警棒の痛み、攻撃されて初めてそこに男がいることに気付いたのだ。

 

 かくして、状況は一転してこちらが不利な立場にある。

 当然ながら、男と女の二人を相手にすることは別になんてことはないのだが、得体の知れない奴らの行動に、思いがけず恐怖を感じてしまった。

 人が、幽霊や未来に対して、不安や恐怖を感じるのは、理解ができないからである。

 つまりは、得体の知れないものに対して、人間は恐怖を感じてしまうのだ。

 

 とにかく、この場は逃げることに集中しよう。

 俺達の目的は、この加奈という女子高生を無事に送り届けることにある。つまり、こいつらに勝つ必要も、戦う必要すらもない。

 おそらく、冬司もそう思っているだろうが、問題はどうやってこの場を切り抜けるのかだ。

 走って逃げるとしても、こいつらが見逃してくれそうな雰囲気はない、どうしたものかと考えていたその時であった。

 

 「!」


 銃撃が、俺達とこいつらの間を割るように放たれた。

 おそらくは、威嚇射撃であったのだろう、着弾した者はいなかったが一体誰が放ったものだろうか。

 目線をそちらに向けると、見たことのない男が立っていた。

 男は、帽子を深く被り、細身の長身で派手なシャツを着ていた。

 なんとなくだが、嫌な雰囲気のするその男は、こちらに向けて口を開く。


 「なぁ~にお前達だけで、楽しいことをしている~んだぁ~よ。こぉ~の弁財さんも交ぜろよぉ~」

 「誰だ、貴様は?」


 木刀の女が、弁財と名乗るその男に素性を問いただす。


 「だぁ~から、弁財さんだぁ~っての。それより、加奈ぁ~って女はいるかぁ~、こっちに来いよぉ~」

 「貴様も、この女が目的なのか?」

 「そぉ~だよ。つ・ま・り、お前の敵ぃ~てわけだぁ~よ」


 そう言って、弁財はポケットから石を数個取り出した。

 その辺に落ちている、何の変哲もない石に見えた。

 そんなものを取り出して一体なにをするのかと思えば、驚くべきことが起きた。

 

 掌の石に、弁財が息を吹きかける。

 すると、掌の石がまるで弾丸のように、木刀の女の方へ飛んで行った。

 何かトリックがあるのかと思ったが、そんな風には見えなかった。

 それにしても木刀の女達といい、この加奈って女は一体何者で、何の目的があって狙われているのだろうか?

 

 とにかく、これはチャンスだ。

 こいつらが争っているうちに、逃げてしまおう。

 

 「冬司!いくぞ!」

 

 その言葉で冬司も理解したらしく、逃げることの成功した。

 

 そして時間は戻り、ビルとビルの間に身を隠しているって訳だ。

 やはり、この仕事はどこかおかしい、加奈って女を問い詰めても答えは出てこない。

 だた「私を守って」と震えるばかりで、奴らについてもなぜ狙われているのかも、解からないようだ。

 思いがけないこの状況に、冬司は苛立っていた。

 無理もない、びっくり人間さながらな奴らに追われているのだから、命の保証だってない。

 不安を吐き出すように、冬司は言う。


 「一体、奴らは何者なんだ?なぜ、こいつを狙っている。お前は何者なんだ!」

 

 冬司は加奈の髪を引っ張り、問い詰める。

 しかし、先ほども言ったように、加奈からの答えは知らないの一点張りだった。

 この緊迫した状況を、これ以上悪化させるわけにはいかない。

 冬司を落ち着かせることにした。


 「落ち着け冬司!とにかく、この女を目的の場所にまで運ぼう。それで、この仕事は終わりだ」

 「・・・そうだな・・・。こんなことは、早く終わらせよう。ほら、行くぞ!」


 冬司は落ち着きを取り戻し、座り込んでいた加奈の手を持って立たせる。

 目的の倉庫まで、あと半分といったところだった。

 さっさと終わらしてしまおうと、行こうとした瞬間だった。


 ビルの壁から手が出てきて俺の手を掴んだ。

 ゆっくりと壁から姿を現したのは、先ほど木刀女と一緒にいた男だった。

 

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