二十一時五分
そういえば、自己紹介を忘れていた。
俺は、瀬川清春。年齢は十六歳で、何でも屋で生計を立てている。
両親については何も知らない、というのも西城区の近くの教会に、赤ん坊の頃に捨てられたからだ。
奥さんも子供もいなかった協会の神父は、赤ん坊の俺を引き取り育ててくれた。
厳しく、決して裕福とは言えなかったが、神父は俺に愛情を注いでくれていたことは事実で、こんな毎日が続くことを願っていた。
しかし、現実は時として残酷であり、神父は重い病気を患っており、俺が八歳の時に死んでしまった。
協会は閉鎖され、俺も児童施設に預けられたが、施設内の虐待に耐え切れず、逃げるように施設を後にした。そこからはお決まりのパターンで、西城区に流れ着き生きる為に、色々なことをしていた。
そこで出会ったのが、目の前にいる白鷺冬司ってわけだ。
まあ、対して面白くもない話をしてしまったが、暇つぶしぐらいにはなっただろう。
そんな訳で、冬司とはその頃からの付き合いで、血は繋がっていないが兄弟だと思ている。
親友であり、家族であり、仕事のパートナー。
俺が唯一、心を許せる人物である。
その冬司が持ってきた仕事が、このいわく付きの三百万円の仕事だ。
仕事の内容について、冬司が話をする。
「さっきも言ったように、今回の仕事は運び屋だ。それで、運ぶ物なんだが・・・、ちょっと変わっていてこの娘をある場所まで無事に連れて行くことなんだ」
「・・・・は?」
「この娘って、この娘は?」
いまだに、フードを被って素顔を見せない女を指さした俺に、「そうだ」と言う代わりに、冬司は頷いた。
!?
冬司を強引に他の席に連れて出し、説明を求めるよう促した。
それもそうだろう、こんな訳の解からない仕事は初めてのことで、正直に驚いている。
以前も、ヤクザの警護のような仕事はあったが、素性が知れないとはいえ、こんな高校生ぐらいの女を運ぶなんて仕事はなかった。ましてや、その報酬に三百万もの大金が支払われるとしたら、異常である。
冬司の説明次第によっては、断るつもりだ。
「警戒するのも解かる。確かにやばそうな仕事だが、考えても見ろ、これはチャンスかもしれないぞ」
「チャンス?」
「そうだ、この仕事の報酬があれば、西城区を向け出せる。まともな生活を送ることだ出来るんだぞ!」
「・・・・・」
「こんな仕事はいつまでも続かない、それはお前も解かっていることだろう。ここから這い上がるためのも、この仕事の報酬は大きい、そうだろ清春」
冬司の言っていることは的を得ていた。
確かに、このままこんな仕事を続けていても、明るい未来は訪れない。
こんな俺達だからこそ、未来に対する不安と恐怖は付きもので、遠い未来ではなく、すぐそこにある問題なのだ。
そして、冬司は未来の夢について語る。
「こんなこと話したことなかったけど、俺には夢があるんだ」
「夢?」
「そうだ、夢だ。俺、料理が得意だろ、だから、いつか自分の店を持って俺の料理を色々な人に食べてもらいたいんだ」
冬司の料理は、確かに旨かった。
それこそ、食べたことはないが、一流のレストランに引けを取らないと思う程だ。僅かな食材から、あそこまで本格的な料理を作れるのだから、きっと才能があるのだろう。
しかし、その才能を開花させられないのは、西城区にいること、つまりは貧困が原因だ。
「だから、俺は今度の仕事を最後に、この街を出ようと思う。もちろん、お前も一緒に来るだろう?その為にも、この仕事をやり遂げよう、頼む清春」
冬司は、深々と頭を下げた。
ここまで、真剣な顔をした冬司を見たのは初めてのことかもしれない。
普段は、どこまでも愛想がよく、本音を語らないのが冬司であり、その明るい笑顔が俺は好きだった。
しかし、この真剣な表情には余裕がなく、それだけの強い思いが伝わってきた。
頭をさげたままの、冬司の肩に手を置きこう言った。
「解かったよ冬司、この仕事を引き受けよう」
「ありがとう、清春」
冬司は、目に涙を溜め喜んだ。
そんな冬司を見て、心の中にある不安を打ち明けようと思った。
「それにしても、ちょっと不安だな」
「何がだ?」
「俺は、冬司みたいな立派な夢があるわけじゃない。この街を出ても、上手くやっていけるか不安なんだ」
「きっと、お前にも夢中になれるものが見つかるよ。そうだな・・・、とりあえず、学校にでも行って探せばいいんじゃないか」
「学校?」
「ああ、そうだ、それがいい。頭も良いし、この街を出たら学校に通えよ。俺も応援するから」
今にして思えば、この時が最高に良かった思い出なのかもしれない。
冬司が夢を語り、俺が心の不安を曝け出すことが出来た、明日への期待に胸が躍ったのは、この日が初めてだったと思う。
しかし、この夢が果たされることはなかったのだった・・・。




