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プロローグA  作者: 一ノ瀬樹一
第壱話 『八久慈区誘拐事件編』
2/10

四月十五日 二十時十六分

 四月十五日二十時十六分。

 この日のことは、正直あまり思い出したくないのが本音で、多分忘れたいまでは思わないが、出来れば触れたくないのが本心だ。

 人にはそれぞれ、語りたくない過去があり、その傷を忘れずに生きている。

 それを、人は後悔と呼び、その積み重ねを人生としている。

 まあ、後悔しない人間はいないと思うので、真理なのかもしれない。

 

 ただ、そんな生まれながらに罪を背負っているような、辛気臭いことを思う人間は少なく、皆明るい未来を夢見ている。

 人間の愚かさは案外、地球を汚すことでなく、こんな楽天的な思考を持っていることにあるのかもしれない。

 とにかく、あの日のことを語ることに、いささかの抵抗があり、全ての元凶の始まりであることを覚えておいて欲しい。


 四月十五日二十時二十分。

 待合せの時間から、五分が過ぎた。

 ・・・・・。

 まったく、何時まで待たせるのだろう。

 あいつの時間にルーズなところは、いつものことだがいい加減直して欲しいところであると、思っていたところに、待ち人はあらわれた。

 

 「よう、待たせたな。相変らず、時間に正確だな」

 「お前は相変わらず、時間にルーズだな」

 「お褒め頂き光栄です」


 こいつの名は、白鷺冬司しらさぎ とうじ俺の親友であり仕事のパートナーだ。

 時間にルーズな部分はどうかと思うが、気が合い信頼を置ける唯一の親友だ。

 冬司とは、いわゆる腐れ縁で、幼い頃からこの街のスラム街である『西城区せいじょうく』で育った仲間だ。

 

 そういえば、この街についての話をまだしていなかった。

 この街は『久慈市くじし』と呼ばれる地方都市で、近年急速に発展をした街である。

 その急速な発展の陰には『アグニ』と呼ばれる、企業の日本支社が出来たことにあった。

 その久慈市の中でも、治安の悪い街が西の城と書く西城区で、別名『犯罪者の城』と呼ばれ、恐れられている。

 当然、まともな仕事をしている者はなく、かくいう俺も何でも屋と称して、裏社会の仕事をしている。

 まあ、生きる為には仕方のないことだと割り切っている。

 今日も、その仕事の為に久慈市の繁華街である『八久慈区はちくじし』に来ている。


 遅れて来たにも関わらず、相変らず悪びれた素振りもなく、笑顔で冬司は言う。


 「仕事の内容について話をするから、どこか入ろうか?」


 そういえば、今日の仕事についての話を聞いていなかった。

 というのも、昨日、電話で時間と場所を言われただけで、内容については聞いていない。

 急な仕事であったようで、冬司も詳しくは明日会った時にと言っていた。

 仕事の話をする為、冬司と近くのファーストフード店に入ることにした。


 店内は、閑散としていて俺達にとっては好都合だった。

 俺達が生業としている何でも屋は、殺人こそはしないまでも犯罪行為であることに変わりはない。

 つまりは、あまり人に聞かれたくないのが本音。

 だからこそ、この店内の状況は好都合なのだ。

 

 適当に、注文を終え席に着いた。

 飲み物で一息つくと、冬司は楽しそうに、こんな話を始めた。


 「なあ、このポテトって三年間腐らないって知ってたか?」

 「さあな・・・初めて聞いた」

 「じつは、実験した奴がいて、色々なファーストフードのポテトを並べて放置したんだ。すると、他の店のポテトは数週間もしないうちに腐ってしまったんだが、この店のポテトは三年間腐らなかったらしい」

 「へー、どうして?」

 「理由はわかっていないが、一つ言えることは、このポテトにはトランス脂肪酸が含まれているらしい」

 

 トランス脂肪酸?聞いたことのない名前が出て来たぞ。

 困惑する俺の顔を楽しそうに見つめて、冬司は話を続ける。


 「トランス脂肪酸はLDLコレステロール、つまりは悪玉コレステロールを増加させ心臓疾患のリスクを高めてしまうらしい」

 「・・・!」

 

 手に持っていたポテトを戻し、言葉を失った。

 俺の行動を見て、冬司は笑いながら言った。


 「ははは、そうなるよな。ちなみに、このことは店側も知っていて、食べる食べないは個人の判断に任せるって話らしいぞ」


 その話を聞いて、店に文句を言ってやろうと席を立った。

 このチェーン店の一店舗にしか過ぎないこの店に、抗議をしたところで、何も変わらないと思うが、今まで、その事実を知らずに食べてきた俺には、文句を言うくらいの権利はあるだろう。

 しかし、そんなおれの行動を、冬司が止める。


 「まあ待てよ、文句を言ったところで、何も変わらないだろう。それに、健康の心配をしたって、俺達には関係ないだろう」


 俺達には関係がない。

 そう、俺達には関係のないことだ。

 こんな、生活を続ける俺達には、いつ死んでもおかしくないのが日常だ。

 実際に、西城区出身の若者の三分の二は何かしらの理由で、二十歳を迎える前に死んでしまう。

 残りの三分の一はどうなるのかといえば、犯罪者として刑務所に入れられているか、裏社会で死ぬまでこち使われているかの二者一択だ。


 どちらにせよ、未来のない俺達にとって、健康の心配をする必要はないのだ。

 ポテトを手に取り、口に入れた。

 あんな話を聞いた後でも、うまい物はうまい。

 

 「そうそう、俺達に明日はない。だから今日を楽しもうじゃないか」

 「そうだな」

 「しかし、楽しむにはお金が必要だ。そこで、今日の仕事についてだが・・・」


 冬司は店内の時計に目をやった。

 時計の針は、午後二十一時五分を指していた。

 すると、冬司は辺りを見回し始めた。何か、あるいは誰かを探しているのだろうか?

 しばらくして、冬司は手を挙げて合図を送る。

 その先には、見知らぬ女が立っていた。


 「・・・・」


 パーカーのフードを深く被り、いかにも訳ありな雰囲気をしている女。

 こいつが依頼人なのか?

 その疑問を解消してくれたのは、冬司だった。


 「じつは、今回の仕事の依頼は、あるものを無事に送り届けることなんだ」

 「運び屋か、あまり気乗りしない仕事だな」

 「そう言うなって、今回の報酬は半端じゃない額なんだから!」

 「いくらなんだ?」

 「三百万円!」

 「!?」

 

 三百万円!?単純に金額に驚いてしまった。

 この仕事は、報酬額と仕事の危険性・難易度が比例する。普段、請け負っている仕事で大体十万円前後が相場で、今までの最高額で百万円だった。

 もちろん、百万円の仕事となると、命の保証がないレベルになってくる。

 しかも、今回はその三倍、明らかにヤバイ仕事を連想させる。

 

 「一体、何を運ぶ仕事なんだ?」


 仕事について問い詰めると、冬司から意外な言葉が返ってきた。




 

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