四月十五日 二十時十六分
四月十五日二十時十六分。
この日のことは、正直あまり思い出したくないのが本音で、多分忘れたいまでは思わないが、出来れば触れたくないのが本心だ。
人にはそれぞれ、語りたくない過去があり、その傷を忘れずに生きている。
それを、人は後悔と呼び、その積み重ねを人生としている。
まあ、後悔しない人間はいないと思うので、真理なのかもしれない。
ただ、そんな生まれながらに罪を背負っているような、辛気臭いことを思う人間は少なく、皆明るい未来を夢見ている。
人間の愚かさは案外、地球を汚すことでなく、こんな楽天的な思考を持っていることにあるのかもしれない。
とにかく、あの日のことを語ることに、いささかの抵抗があり、全ての元凶の始まりであることを覚えておいて欲しい。
四月十五日二十時二十分。
待合せの時間から、五分が過ぎた。
・・・・・。
まったく、何時まで待たせるのだろう。
あいつの時間にルーズなところは、いつものことだがいい加減直して欲しいところであると、思っていたところに、待ち人はあらわれた。
「よう、待たせたな。相変らず、時間に正確だな」
「お前は相変わらず、時間にルーズだな」
「お褒め頂き光栄です」
こいつの名は、白鷺冬司俺の親友であり仕事のパートナーだ。
時間にルーズな部分はどうかと思うが、気が合い信頼を置ける唯一の親友だ。
冬司とは、いわゆる腐れ縁で、幼い頃からこの街のスラム街である『西城区』で育った仲間だ。
そういえば、この街についての話をまだしていなかった。
この街は『久慈市』と呼ばれる地方都市で、近年急速に発展をした街である。
その急速な発展の陰には『アグニ』と呼ばれる、企業の日本支社が出来たことにあった。
その久慈市の中でも、治安の悪い街が西の城と書く西城区で、別名『犯罪者の城』と呼ばれ、恐れられている。
当然、まともな仕事をしている者はなく、かくいう俺も何でも屋と称して、裏社会の仕事をしている。
まあ、生きる為には仕方のないことだと割り切っている。
今日も、その仕事の為に久慈市の繁華街である『八久慈区』に来ている。
遅れて来たにも関わらず、相変らず悪びれた素振りもなく、笑顔で冬司は言う。
「仕事の内容について話をするから、どこか入ろうか?」
そういえば、今日の仕事についての話を聞いていなかった。
というのも、昨日、電話で時間と場所を言われただけで、内容については聞いていない。
急な仕事であったようで、冬司も詳しくは明日会った時にと言っていた。
仕事の話をする為、冬司と近くのファーストフード店に入ることにした。
店内は、閑散としていて俺達にとっては好都合だった。
俺達が生業としている何でも屋は、殺人こそはしないまでも犯罪行為であることに変わりはない。
つまりは、あまり人に聞かれたくないのが本音。
だからこそ、この店内の状況は好都合なのだ。
適当に、注文を終え席に着いた。
飲み物で一息つくと、冬司は楽しそうに、こんな話を始めた。
「なあ、このポテトって三年間腐らないって知ってたか?」
「さあな・・・初めて聞いた」
「じつは、実験した奴がいて、色々なファーストフードのポテトを並べて放置したんだ。すると、他の店のポテトは数週間もしないうちに腐ってしまったんだが、この店のポテトは三年間腐らなかったらしい」
「へー、どうして?」
「理由はわかっていないが、一つ言えることは、このポテトにはトランス脂肪酸が含まれているらしい」
トランス脂肪酸?聞いたことのない名前が出て来たぞ。
困惑する俺の顔を楽しそうに見つめて、冬司は話を続ける。
「トランス脂肪酸はLDLコレステロール、つまりは悪玉コレステロールを増加させ心臓疾患のリスクを高めてしまうらしい」
「・・・!」
手に持っていたポテトを戻し、言葉を失った。
俺の行動を見て、冬司は笑いながら言った。
「ははは、そうなるよな。ちなみに、このことは店側も知っていて、食べる食べないは個人の判断に任せるって話らしいぞ」
その話を聞いて、店に文句を言ってやろうと席を立った。
このチェーン店の一店舗にしか過ぎないこの店に、抗議をしたところで、何も変わらないと思うが、今まで、その事実を知らずに食べてきた俺には、文句を言うくらいの権利はあるだろう。
しかし、そんなおれの行動を、冬司が止める。
「まあ待てよ、文句を言ったところで、何も変わらないだろう。それに、健康の心配をしたって、俺達には関係ないだろう」
俺達には関係がない。
そう、俺達には関係のないことだ。
こんな、生活を続ける俺達には、いつ死んでもおかしくないのが日常だ。
実際に、西城区出身の若者の三分の二は何かしらの理由で、二十歳を迎える前に死んでしまう。
残りの三分の一はどうなるのかといえば、犯罪者として刑務所に入れられているか、裏社会で死ぬまでこち使われているかの二者一択だ。
どちらにせよ、未来のない俺達にとって、健康の心配をする必要はないのだ。
ポテトを手に取り、口に入れた。
あんな話を聞いた後でも、うまい物はうまい。
「そうそう、俺達に明日はない。だから今日を楽しもうじゃないか」
「そうだな」
「しかし、楽しむにはお金が必要だ。そこで、今日の仕事についてだが・・・」
冬司は店内の時計に目をやった。
時計の針は、午後二十一時五分を指していた。
すると、冬司は辺りを見回し始めた。何か、あるいは誰かを探しているのだろうか?
しばらくして、冬司は手を挙げて合図を送る。
その先には、見知らぬ女が立っていた。
「・・・・」
パーカーのフードを深く被り、いかにも訳ありな雰囲気をしている女。
こいつが依頼人なのか?
その疑問を解消してくれたのは、冬司だった。
「じつは、今回の仕事の依頼は、あるものを無事に送り届けることなんだ」
「運び屋か、あまり気乗りしない仕事だな」
「そう言うなって、今回の報酬は半端じゃない額なんだから!」
「いくらなんだ?」
「三百万円!」
「!?」
三百万円!?単純に金額に驚いてしまった。
この仕事は、報酬額と仕事の危険性・難易度が比例する。普段、請け負っている仕事で大体十万円前後が相場で、今までの最高額で百万円だった。
もちろん、百万円の仕事となると、命の保証がないレベルになってくる。
しかも、今回はその三倍、明らかにヤバイ仕事を連想させる。
「一体、何を運ぶ仕事なんだ?」
仕事について問い詰めると、冬司から意外な言葉が返ってきた。




