彼と彼女の、牽制とアピール。―2―
「っーッス。さみぃなぁオイ。あんどー、数ⅡのP58の問3、やってきた?」
「えっれぇ限定的だなべ、おかべ! ッス、してきたー。のわけねぇでしょ。かなたは?」
「おかべがしてなくてさー、あんどーがしてなくてさー、どーして俺がしてるとか思うわけだよ。今からだよ」
「あ、そう。っつかオレね、今日は当たる日なんだわ。だから」
「あぁ、そんならおれらも当たるか。面倒な。っつか、最初が出席番号で、そこからは同じ列で当てていく方式、よく考えたら大概すげくね?」
「当たる奴と当らない奴とかがいねぇもんなー。確かにある意味すげぇ、かなー? ……じゃあさー、俺が上から三個目、から二つするわ。それででいい? おかべ」
「かなたがそこから二つなら、おれがその下、五個目から二つかな。んーでおかべが上から二つ。あと七個目から二つ……って感じ? おかべ」
「…………あんどー、さらっとオレにまで割り振ってくるし、喋りが温ぃくせに隙がねぇよな」
「ちょ、お前が一番に当たるんだろ?! ……喋り? うん? 温いか?」
「っあー。わかる気がする。だってほら、すっげー小動物っぽいホシノだってあんどーとは良く話してるじゃん」
「ホシノ? ……図書委員の?」
「おぉ?! あれだけ楽しそうにしてんのに名前とか憶えてねぇの?!」
「や、覚えてるよ。じゃなくて、きなこちゃんなんだよ、あの子。タカシマと仲良しで、タカシマがしょっちゅう『きなこ、きなこ』って言うからさ、移っちゃって」
「…………」
「っはー? なにそれー。じゃあさー、しれーっと俺もまいちゃん、きなこちゃんって呼んじゃおうかなー。あの子、かわいいよなー」
「……オイかなた、手が止まってるぞ。あと、あんどー、そこの問の答え、違ってねぇ? オレのと違うんだけど」
「あぁ?! おかべ、おま、自分でやっちまうならそう言えよ!」
「お前が女の話にしたんだろ」
「したのはかなたですぅ。別にいいけどさぁ」
「…………」
「……なんなのその眉間のしわ。意味わかんねぇ」
「まぁまぁあんどー。俺らが青少年だからだよ」
「……あーもーあーもー。青少年の意味が深すぎて、こっちのかなたはわかんねぇし。宿題するか」
「しろよ」
「しようぜ」
「「「……お前らがな」」」
じゃあ始めましょうか。今日の教材映像会話はこれですね。参考にして男心を理解してください、朱里さん。ちなみに、このポータブルDVDプレイヤーは朱里さん個人のものですか?
いや違うよ。DVDと一緒にとっしーから借りたんだ。後で返すことになってる。…………しゅ、宿題は手分けしてしたほうがイイ。……って話じゃ、
ないですよね。もちろんね。あー、でも今回はちょっと例文として高等すぎだと僕も思いますよ? これって男同士だとよくある牽制風景なんですけど。
牽制?! なんなの、この間の女の子たちよりまっっったくわかんなかったよ?! してた?!
してましたよ。……うーん。でもね、この場合は、会話の中身より視線のやり方が重要なんですよね。
……はい?
今回の会話映像にメインで出てきたのは、おかべくん、あんどうくん、かなたくんですね。……ああ、朱里さん、また相関図描くんですか? じゃあ僕がわかりやすいように第一人称を書き込んでもいいですか?
第一人称?
はい。おかべくんがオレ、あんどうくんがおれ、かなたくんが俺、です。
…………聞いてるだけで理解できるもんなの?
便宜上です。なんとなく発音で。ええと、おさらいしますよ。前回出てきた、きなこちゃんとまいちゃん。覚えてますか?
や、前の時の相関図を持ってきたから。えっと、きなこちゃんがあんどうくんと同じ図書委員で、ちょっと特殊な男の子の好みしてる子だよね。草食ヘタレ系ぽっちゃりが好きだとかそんな子、初めて聞いたよ。
……そんなふうにまとめられると、僕のカテゴライズまで聞きたくなるじゃないですか朱里さん。今すぐに教えてくれます? で、とりあえず話を進めますとね、きなこちゃんのお友達がまいちゃん。この子はあんどうくん狙いです。しかし現在、あんどうくんはきなこちゃんと気安くしゃべれてるし、きなこちゃんの方も、男の子に興味がないわりに彼を個別認識してるわけで。まいちゃんしては多少、もやっとすることもある、と。
なので、どこかできなこちゃんをかわいいって言ってたっぽい『かなたくん』をきなこちゃんに推して、ライバルを落とそうとしてるわけですね。
……コノワタくん、女の子に恨みでもあるの? 言い方が怖っ。
アンタの中での僕のカテゴライズと位置が聞きたくてしょうがないくらいには、ええ、もやもやしてますよ。もうそろそろ8年ですから。ハッキリしたいですね、ぶっちゃけると。
……コノワタくん? あのね、ちょっと何言ってるのか、わかんないんだけど。
…………そうですか。わかりませんか、朱里さん。
うん。あのね。
はい。
おかべくんって草食系? この会話からは見えないんだけど。
そ こ で す か ?! っつか、いつの間に今の会話が終了したんですか!! アンタのスルー能力、ガチでパネェな?!
……コノワタくん時々、言葉が汚いよね。どうしてそれで下品にならないんだろう。ちょっと不思議。
僕はどんどんズレていってる会話が不思議ですけど!? …………はぁ。……はぁ、それで、おかべくんですか?
あ、うん。
おかべくん、多分ですけどバリバリの肉食ですよね。あんどうくんも、どっちかっていうと肉食でしょう。むしろ、かなたくんが草食ヘタレだと。
…………おぉお?!
あぁっ、その情報を相関図に描くと、なんかホモホモしくなるからやめてください!
……ん。この矢印が卑猥だよね。
卑猥じゃないです。
っえーーー。まぁいいや。じゃあね、今の肉食判定の説明をお願いしますコノワタくん。
僕の名前はコノワタじゃないんですけどね……。はい。じゃあ行きます。
っし、頼む!
まず、前提条件として、おかべくんはきなこちゃん狙いです。あんどうくんはまいちゃんを欲しがってる。かなたくんはちょっと読みにくいですが、きなこちゃんに落ちていく可能性はあり。だからおかべくんに警戒されてますね。肉食って言ったのは、どうも彼らがそれぞれの彼女たちに黙ってアプローチされるのを待つとは思えないからです。自分からガツガツ行くタイプに見えるというか。
…………ぜ、前提からの解説をお願いします先生。
基本的にね。僕たちが女の人を名前で呼ぶって、ものすごくハードルが高いんですよ。や、そりゃ今時の子ならちょっとは抵抗も低いでしょうけど。いわゆる普通の子にとっては、下の名前、ましてや学生の間なんか気にしてる子を照れなく呼ぶなんて無理ですよ無理。
……うん?
京子先輩と朱里さんじゃ苗字がかぶるでしょ? だから、そういうんじゃなかったら、男の子が下の名前で呼ぶときは、独占か無関心かの二択です。
……き、極端な……。
それはもう仕方ないですよ。……さて、今回の映像の中で言うと、あんどうくんが『まいちゃんの呼び方が移っちゃった』って言ったとき、おかべくんはちらっと目を逸らしましたよね。で、あんどうくんは会話の流れに逆らってまで、まいちゃんの苗字であろうタカシマ呼び。かなたくんがまいちゃんって言ったときは、一瞬でしたが口の端が引きつりました。さらに、おかべくんが話を逸らそうとしたときは積極的に乗ってます。このことから好意の有無を推測してみたんですけど。
おぉぉおお!! すげぇぇぇ!!
……朱里さんこそ、手ぇ握りこんで叫んでもかわいい大人女子とか、反則でしょう? 相関図のぐちゃぐちゃ加減からは目を逸らせないですけどね。
あ、ばれた?
ですよ。どうしてまた担任の情報を描き入れるんですか! まだ出て来てませんから!! というか、少しは理解してもらえましたかね? 男心。
んー。誰が誰を好きってのは、なんとなく理解したかな。私の技量じゃ、この二枚の相関図を一枚にまとめられる気がしないけどね。
わりと簡単なほうの図なんですけどね……。あ、あと、肉食かそうでないかは、快不快をはっきりと表に出したところからの推測です。おかべくんに至っては最後、ちらっとですが笑ってましたからね。きっともう、自分が彼女を好きなのかどうか、個人認識よりもう一歩は余裕で踏み込んでるんでしょうね。恋心に。
踏み込んでる、かぁ。なんかすごい表現だよね。うらやましい。誰かを好きになるって、小説情報はたっぷり仕入れてるけどさぁ、イマイチ理解できてないんだ。私はね。
……だから僕が朱里さんの目の前にいるんでしょ? 教えてあげられる人間が、アンタの目の前に、
こーいー。こーこーろー。
ちょ、今はケーキのメニューを漁るときじゃなくないですか?! 僕の一途で純情でかわいらしい恋心を聞くときですよ、ねぇ?!
ねぇねぇコノワタくん。この子たちの相関図とかも大体は飲み込んだし、今日のミッションはちょっと高度すぎたよ。これで今回は切り上げといてさ、この後、ケーキ食べたら映画に付き合ってくれる? あと私さぁ、風のうわさで聞いたきょーこさんの、今の逆ハーレムの話がしたいなぁ。
は、……はは、たっぷりと聞かせてあげますよ。どこかの誰かの鈍感具合も、たっぷりとね!! ……っと、ミッションDVDに付箋が付いてますよ? ……ええ。次回は男心女心実践編、会話における各自へのアピール方について、だそうですよ。楽しみですね。
……っえーーーー。これ、まだ続くの!? 誰得ひどすぎだよ、誰が楽しいの?!
ぼ く が 。うん。そう、僕が楽しいんです。さてケーキは決まりましたか朱里さん。相関図は僕が家で描いてきますから、
お茶代は私が払いたい。ね? コノワタくん。
はい。それでアンタの気が済むんなら、朱里さん。何度でもどこにでも付き合いますよ。映画代は僕に出させてくれます?
えぇっ?! じゃあ、…………じゃあさぁ、そのあとのご飯代を出そうか?
…………いつの間にアンタの中で今日中に清算をつけなきゃいけない設定になってるのかわかりませんけど。夕飯は食べましょう。ケーキは決まりました?
ケーキ、うん、決まったよー!! コノワタくん、シェアして食べる?
食べますとも。もちろん。何が何でも、ぜひにでも。
あれ? もしかして、食い意地張りの助なの?
いいえ? 僕はただ、アンタからのケーキをもらいたいだけですよ。あ、手を伸ばして食べるの面倒なんで、僕の口に入れてあげてくださいね。
んーー? わかったー。
今回のミッションは男の子の会話でした。個人情報……とか私は気になりますけど。盗聴は自由だけど他人に漏らさなければいい、んでしたっけ? や、もちろん、個人宅とかロッカーとか、プライバシーゾーンは駄目絶対です。そこは常識で。
いやぁどっちにしろ他人に渡してる時点でアウトだよ、とっしー。なにやってるの。
ところでこのお話は全部で五話です。ココが読みたい、次はこんな話、などのリクエストがありましたら、心よりお待ちしてます。
・全年齢向け
・誰のでもない話
前提で。ええ。