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溺愛と腹黒 7

ようやくたどり着けました、かな?腹黒と溺愛は二話まとめての掲載。

最終回です。



自覚してからもう十年の単位で時間が過ぎているようだが俺は断言する。

呆れる勢いで俺は、目の前のこいつが愛おしくて仕方ない。言葉にするのは身悶えしそうなんで思考で語ると、自分が恋に落ちたと知った時、いくつかの選択肢ができたわけだ。

1、告白する。

2、しない。

いくつかと言っておきながらいきなり二つで終わってしまったが、極論すれば二つで済む。要するに、俺の方にはこいつを手放すという結果がないわけだから。

たとえどんなルートをたどろうとも、どの道の先でも俺はコイツの隣にいるし、コイツは意味もなく、にへーっと笑ってるだろう。俺以外に向けてあの顔をするのは想定外だ。予測もできない。

もしもそういうケースに陥ってしまった場合、俺がどんな思考結末を迎えるか詳しく言いたくないというのも、正直に言えば、ある。


 「あれ、結局さぁ、私には『お前以外の誰かと恋に落ちる』なんて未来はないのか?」

 「無いな。お前が落ちるなら俺が相手で、俺がお前を手放さない以上は他の未来はあり得ない」


 好きだと告げ、そうかと返し、じゃあ男女として付き合おうとまで言ったのにコイツはまだ『その思考』に辿り着かないんだろうか。ほけほけと俺の脚の間に座って携帯ゲーム機で遊びながら前振りなく唐突に聞いてくる。

どうでもいいが距離が近すぎる。俺の体がもぞつきそうだ。少しは警戒しろ、警戒。

 手を出したいのに警告するなんて理不尽極まりない。


ゲーム画面を覗き込みつつも髪の匂いを嗅いでいた俺は口角を上げる。不満がたまるとどうして人は笑みを浮かべるんだろうな。

 不穏当さを感じたのか、彼女がやや身じろいで密着を解消しようと動く。馬鹿かコイツ、だからもうちょっと考えて動け。俺は男子高校生でお前が好きで、しかも長年の幼馴染だぞ。手なんて出し放題じゃないか。なんつーか、男性向け雑誌でも読んで勉強しろ。


 「どうだろうな、雑誌まで俺がチョイスするか?」

 「チョイス……なんとなく私の読む本をお前に支配されてるようで不愉快だな。おすすめとか、それ系の単語にしろよ」


 彼女はあっという間に霧散した、『甘酸っぱくなりかけた空気』をかき混ぜるように肩をすくめて俺の言葉をさらりと受け流し、ゲーム機へと集中を戻す。くそう、どうすれば下心をスマートに提示できるんだよ。ハーレム小説にも時代小説にも載ってなかったぞ。

『鈍い女の口説き方』

……なんとなく売ってそうなタイトルなのにな。少なくとも今の俺なら買う。

 湧いた感慨は気持ち良く鳴りはじめた彼女の腹の虫で、じつに些細なことへとトーンダウンされた。


空腹に勝る問題があるだろうか。

 いや、コイツに限っては、更にない。


 「ああ、腹が減ったようだ」

 「よし聞け。これからお前が台所……ああ、リビングのソファで俺の作る食事を待っててくれるならな? 今日の昼飯はあっさりトマト系パスタ、アマトリチャーナと鳥レバーのパテ付きブルスケッタ、これはガーリックトーストでも可能で、あとは油淋鶏、麦茶、アイスがあるからアッフォガードまでは作れる」

 「おぉぉっっ!? すげくねぇっっ!? 油淋鶏が浮いてるけど!! マジか!」

 「ガチだ。フレーバーティーと緑茶はティーバッグだが旨かったんで我慢しろ」

 「ん、うんっっ!!」


 我ながらカタカナばかり、良くもまぁ噛まずに言えるもんだ。しかも自作と来た。男子高校生の可能性はすごい。食い気のはった幼馴染が絶対に食いついてくるって理由だけで料理までマスターできたんだからな。

しかもこの釣り針、かなり有効性が高い。例え少々不機嫌でも釣れるし。メニューをすべて彼女の好みにしてしまえば、こっちが引くほどに怒っていてもたいがい釣れる。というか折れてくれる。満腹にさえしてしまえばある程度の話を聞いてくれる女なんだから…しまった、話がそれた。


うんうん、と無邪気に笑うコイツは、どっちかっていうと、ああ、本当にどっちかっていうと『整ってる』んだけどなぁ。ちくしょう、そんな感じでにへらーってされたら下心も消えそうになる。そうなりたくもないのに、いい人になっちまう。

これだからコイツと一緒にいるのが好きなんだと思う。

 親はともかくとして、男友達も騒いでると楽しいんだけど、最終的に一番は、結局のところ悔しいことに、これがいい。


 「しかし相変わらず野菜はダメか。パテとブルスケッタで」

 「ああ私、お前が幼馴染で嬉しいよ。便利だし、手放したくないわぁ」


 ちくりと野菜のことで嫌味を言おうと思ったが、返された剛速球のあさってぶりに、多少、目が泳いだ。とぼけたことを言ってんじゃ、って問い詰めようか鼻で笑おうか迷う。

くそ、何が幼馴染だ。便利なのは当たり前だろう。手放すって、手放せるのか? うん?

ここまで仕込んだのが、お前のくせに?

にっこりと笑って携帯ゲーム機から左手をすくい上げる。手の甲、指、爪に順に唇を落としてやった。あわあわしているが慣れてもらわないと困る。


幼馴染は解消しないが、その先のステージに上ったんだ。降りるのは不可能だろう?


彼女は慌ててゲーム機を置き、俺の口元から自分の手を取り戻した。立とうとする意志を汲んで、回した腕は外さないものの一緒に立ち上がる。目についたので髪をすくい上げてそこにも挨拶をしておいた。頬にも。

「負けた気分でいっぱいです……」

ぶつぶつと呟くコイツを丁寧に階下へと連れ下ろす。廊下の幅が狭い。こうなった以上、常に引っ付いていたい。もしもこの先、新しい住処を用意するなら、廊下をなくすか幅広を選択しよう。うん。

時々コイツから貢がれる金を使ってコイツ好みのファブリックをそろえたソファへ座らせた。嫁を食べさせるんだからいいと俺は思っていたが、しかし、付き合ってもないうちからその思考はやばかろうとしぶしぶ受け取っていた金だ。こうして華麗にターンを決め、コイツのためへと使うんだから意味もないと思うんだが。

待ってるあいだ退屈だろうから、と持ってきていたゲーム機を渡す。本なんて読まれた日には食事ができたとしても目を離してくれないからな。テレビはうるさいし、ゲームが一番、都合がいい。

魔法使いのように何でも出てくるな、と彼女が嬉しそうに笑いつつゲームを再開する。横目でそれを見ながら冷蔵庫を開け、昼飯の算段をした。おっと、そう言えば結局、盆の上の菓子はいつ食べさせるべきだろうか。

おやつか? デザートか?

湯が沸く隙にニンニクを刻み、手際よく準備を重ねていく。料理は目に見えて進むからいい。どこまで手順が進んだのかはっきり視認できるし、短時間で決着がついてしまうところも好きだ。

鼻歌でも歌いたい気分でソファを見やる。


温度と湿度がコントロールされた室内。執着している幼馴染。勉強は詰まっているところもとりあえずなくてテストは遠い。昼飯の算段もつきかけていてトマトも上物。

BGMに好きな女の笑顔と、俺も好きな携帯ゲーム機の音楽ときた。


幸せだな、と歌いかけて飲みこむ。幸せな時間には限りがある。どれだけ楽しい瞬間にも関係にも、終わりのこないものはない。形を変え種類を変え目の前に出続けるだけで。

今回のパンチェッタは母と共同で作ってみた。少し塩辛いので、こうしてパスタかスープにするのがいいだろう、と試食で結論付けた一品だ。市販のレシピだとちょいと辛すぎる。


 居心地のいい関係や、過ぎ去っていくのが惜しい時間ほど、必ず終わる。

だけど。

思考の繰り返しになるが、それはただ、名前を変えただけのことかもしれないと、俺は最近思うようになった。


 「手放したくなければ、そうしろよ」

 「時間の経過は自力で把握できないよ。関係性は、変わるからこそ捕まえていられない」


 ぽろりとこぼれた言葉を律儀に拾って、彼女が返してくる。呆れたことに、コイツにはまだ俺を手放せる選択肢があるとでも思ってるようだ。まったくもってそこは気に入らない。早く依存すればいいのに。

俺に。俺の作るメシに、でもいい。お前の全部を受け入れて、変えようとしない俺からの溺愛っふりにでもいい。

コイツが溺れきって息もできなくなってしまえばいい。

きっと俺は、喜んで口移しで空気を与える。

関係性の継続を望むような子供っぽさも含めて、愛おしい。これから起きるかもしれない問題も一緒に解決したいし、始末も共同で取りたい。責任も。

それが楽しいか面倒かはともかく、どんな類のモノであろうとも。


 だから俺は、手を変え品を変えコイツに証明したいと思っている。『変わっても、あり続けること』が俺のプライドで存在意義で、気障な言い方をすれば…っあーーー、愛、だ。

たとえ恋心が一瞬で終わることがあるとしても、愛情はずっと湧いて出てくる。

俺はそれを知っている。


もしかしたらコイツの言うとおり、いつか俺たちの関係性から熱がなくなる日がくるのかもしれない。違う情で繋がれて、にこにこ笑いながら他の誰かと結婚するのを祝福する日が来るのかもしれない。来るとも思えないが。

 万が一のたとえで続けると、俺たちの間に流れている空気の均衡がおかしくなるとしたら、コイツが去っていき、俺がどんなに泣こうが喚こうが関わり合いのない、隣人ですらない赤の他人になってからだ。


 アマトリチャーナはもうすぐ出来上がる。彼女に声をかけ、テーブルのセッティングをさせた。アルデンテよりもう少し早く引き上げて、心持ち煮込むのが俺は好きだ。彼女も。

ふと目が留まる。トマトの赤と、目の端を通り過ぎた幼馴染の唇。

同じ色だ。

食欲をそそるじゃないか? こんなに綺麗な赤。…キスをしたい欲望なんて、信号でもあるまいし止まるものか。

フライパンの火を止め、彼女の二の腕を引いた。触れるだけのキスは二回。ちょっと、ちこーっとだけ我慢が出来なくて一瞬だけ口内にも挨拶する。すぐに身を引いて、パスタの大皿をテーブルに運んだ。……おお、顔色までトマト色。


「食うか。旨そうにできたな」


二重、三重の意味は受け取ってもらえただろうか。暴言を飲みこんだのだろう、彼女の喉がごくりと動く。そんなことをされたらそこにも挨拶したくなるのに。

わからない女だ。


 俺はパスタを取り分けて笑いかける。食欲が済んだら肉欲だろうか。ゲーム機に戻られるだろうか。本か? 

まぁ、ジレンマすらも楽しめばいい。高校生の時間は思ったよりも短くて長い。いつになったら布団の隙間に二人で潜り込めるのか、じたばたあがくことまで含めて、いっしょくたに味わってしまえ。


 「言っとくけど、俺はお前を手放す気もよそ見させる気もないから」

 「わ、私もだからなっ! 畜生、いただきますっっ!!」


 そう言って猛然とかぶりつき、旨いな! なんて無邪気に笑う、空気よりも大切な幼馴染の女なんぞ。



 馬鹿野郎、俺以外の男が幸せにできるはず、ないだろう?



いかがでしたでしょうか。きちんと、一話目と対比してましたでしょうか。

それに気が付いてもらえれば、本当にうれしいです。


さて、次回からは新しい話。現在の拍手は、どうでもいい日常を書いてる…はずです。

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