溺愛と腹黒―5―
短いのですが投稿します。最終話はもう書き上げてますが、
そこに行くまでが長い。先が見えないよ、かぁさん。
やかんに水を入れる。熱源のスイッチオン。はい、ではこちらに沸いた湯を用意して…おりますという間に水はその温度を上げて蒸気を吹き出す。
ああ、この水の変化と同じように俺の心もアイツに見せられればいいのに。
そうすれば、話なんて一瞬で済む。
部屋から持って出たポットの湯をぬるくもないのに入れ直し、さて、と上を向いた。タオルは一番先に濡らして冷凍庫に入れたが、さすがにまだ冷たくもなってないだろう。俺の方の動揺もひどいし、一服つけるか。
うちの場合はオールシーズンで用意してある麦茶をコップに注ぐ。一息。
これじゃ深呼吸するあいだより時間がたたないじゃないかと思い至ってもう一度おかわりを注いだ。やはり一息で飲んでしまう。
なるほど、コップが思っていたよりも小さいらしい。
というか、そこには最初から気が付くべきだ。
意識して息を吐いてみる。冷静になりたい。そう思ってるってことは冷静なんだろうか頭に血が上ってるんだろうか。とにかくジャッジのための経験値が欲しいところではある。
若さを嘆くまではいかないけど余裕は欲しい。見るともなしに見ていると、握っているグラスが白く曇る。冷たいコップと熱い俺の手の平の温度差のせいだ。…温度差。温度差ね。
手持ちぶさたなのでグラスを洗い拭いた。食器棚にしまおうか悩んで、結局は間抜けのように、同じ行動を繰り返す。つまり、またも麦茶を一杯、で、一息に飲む。
馬鹿みたいにかわいくて斜め上の幼馴染から爆弾発言をされたのがたった今のことだ。思っていたより恋愛に耐性のない女子だったらしい。いや、すべての可能性の芽をつぶしてきた俺が言うべきことじゃないが。読んでる本が悪かった…うーん、それも、ほぼ俺とかぶってるんだがなぁ。
一体、どうしてああなった。
そう、言っておくが『馬鹿みたいに』はこの場合、『斜め上』につく。かわいいのは確かだが万人受けするタイプじゃないだろう。あれ。
…ただなぁ、普通に黙ってた場合、キツそうに見える程度には整ってるんだ。しかも笑うとギャップがひどい。つらーっとした印象から一転、てへー、もしくは、にゃははーみたいな擬音が付く。
いや、ここは俺の惚れた欲目じゃない。現にクラスメイト達が何度も二度見する現場に立ち会ってる。かなり信じていい憶測だ。むろん、二度見していた同級生はチェックして、あとでさりげなくグレードの高い週刊誌のグラビアを選りすぐって与えておいた。三次元よりまだ二次元。と耳元で告げると「そうだなぁ」なんて真顔で言ってたから、気を逸らすことに成功はしたらしい。
まったく、油断も隙もない。害虫退治は24時間、気を抜く暇もくれはしない。
幼馴染でずっとそばにいるってのに。これだけ構い尽くしてきたつもりだが、いかんせん、あの女の方に男女の枠がなさすぎた、んだろうな。これは。
空になったグラスをもてあそぶ。ガラスというものは案外安定している。形状がさらに安定を目指してデザインしてるし、わざと不安定に取り扱いをしない限り割れはしない。…うん。安定しているものは、そうそう崩れないものだ。
彼氏なんて必要なのか? とか言いそうな幼馴染の顔を想像の中で掴む。ほら、頭の中でならこんなに簡単にキスまでさせる癖に。
どうして現実となるとああも斜め上なんだか。
焦る時期は乗り越えた、と思っていた。年ごろになっても、一番身近な俺をその手の意味で見ないなら、とりあえず余所も見られないようにもしてきたつもりだ。…いや、保険くらい欲しいじゃないか。
俺だって鬼じゃない。ただ、俺以外の人間をアイツの視界から消したいだけなのに。これはささやかで少年らしくてちょいとわがままなだけの純情だと思う。しかも俺としては譲歩に譲歩を重ねて、今のところその手の束縛をあいつにかけてない。
かけてないのに逃げられそうになってるとは、これいかに。
胸中でむなしい言葉が流れて行く。…そうだよ。そもそもなぁ、今日のこの騒動は何なんだろうな。どうも推測するだに俺がどこぞの女と喋ってることから暴走したようだけれども、それでどうして焼き餅を通り越して二度と会わない、になる。
謎変換というしかない。
ぶっちゃけた話、このことで俺とアイツの中が進むか? といえば、進ませる、と拳を握るしかないだろう。今から全力で丸め込まさせてもらうが、うまくいくかはそれでも五分だ。斜め上、本当に侮れない。
なんせ、好きだと大絶叫しながら、離せ馬鹿野郎、だぞ? いや、確かに好きだとかその手の単語を直接には言ってないが…待て、まてまて。
アイツは、俺が指摘するまであれが告白だと理解してなかった。むしろ俺が好きだって自覚はあったのか? …それは、いつから?
読み間違えたか? と背筋を何か冷たいものが滑り落ちる。無意識のうちにもう一杯、麦茶のグラスを干した。冷たい。
どうでもいい。あいつと、キスがしたい。
すとん。冷たい麦茶が胃の腑に落ちると同時に、その思考も落ちてきた。音でも立てそうな勢いで。物理的に体が冷やされて、あの女の好きは俺と同じか? なんてパニックしかけた視界をクリアにした。
ああそうか。俺はあほか。
他の誰でもない、俺がアイツを好きなんじゃないか。あの反応からして彼女にも憎からず思われてて、現在は自分の部屋に閉じ込めてる。
うん、閉 じ 込 め て る 。
……やばいくらいの甘美な感傷に、危うく引きずられるところだった。これは危険な誘惑だと自覚する。早いとこ部屋の鍵を開けようと冷凍庫から冷たくなったタオルを出した。ポットとタオル、迷ったが冷たい麦茶も一杯グラスに入れ、盆を持って階段を上がる。
さぁ、全身全霊をもって懇願する時間の始まりだ。じっくりたっぷり、急ぎすぎればスルーされるから、耳の中に落とし込むようにして俺の情熱を知ってもらおう。
どれだけお前が好きか。
お前の意思なんてもう関係ない。
手放せないっていう、その意味を。
細胞の一片にまで、浸み込ませてやる。