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溺愛と腹黒―4―

 「落ち着いてほしい。私はただ、お前と縁が切りたいだけだ」

 「お前こそ落ち着くがいい。俺がそれを許すと思うか?」


 ベッドの上、彼に押し倒されて…るんだろうが。この、お互いの冷静さは何だろうか。

 自分で問いかけつつも私は自覚している。

 現在、私たちは綱渡りの綱の上にいる。どちらかが切れ始めたらすぐにもう一方に伝染するだろう。経験からくる、予測ではない事実だ。

 意識して深呼吸する。彼がぴくりと眉を上げたが無言を貫くことにしたようだ。目を眇めて私の目の奥まで覗き込み、何かを観察している。


 「……お前が何を見たのかは知らんが。俺には他に好きな女はいない。むしろお前が好きでお前以外は目に入ってない。それを踏まえて、さぁ、言うべきことがあるなら言え」

 「………は?」


 は? と言いはしたが、実際には「あぁん?!」の方が近かっただろう。ついうっかりと巻き舌で言い返してしまった。


 「な、に言ってやがるこの野郎。お前、今日の昼辺りに可愛い子と楽しそうに話してたじゃないか」

 「それで? お前だって今朝も二時限目も五時限目も、けらけら笑ってただろう。思いっきり無防備に。クラスの中なんて馬鹿みたいに目立つ場所で。くそったれにかっわいいツラぁさらしやがって」


 我ながら理不尽だと思いつつも、思い出しただけで胸をえぐってくる記憶を叩きつける。と、それ以上に理不尽な文句が返って来た。しかもこいつの方が言葉が汚い。おいおい、いつも使ってる外向けの言葉遣いはどこいった。

 ぽかんと口を開いていたが、なるほどこれは、もしかして言葉遊びの一環かと不意に思い至った。でなければこんなふうにポンポンと同レベルで返ってきたりはしないだろう。

 なんだこの馬鹿。普通こんな場所でそんな遊びとか、仕掛けてくるか? 人の真剣さをなんだと思ってやがる。


 乙女の純情、カスにはさせねぇぞ、この野郎。


 急激に頭に血が上って、とりあえず彼をぶん殴ろうと身をよじる。不思議そうな顔をされたものの当たり前のように抑え込まれた。言葉遊びしてんじゃねぇぞボケ、と罵ると一転して表情を変え、なんでそうなるお前はあほか、と罵り返される。カオスだ。

 縁を切る、切らせねぇと言い合い、なんでその結論に飛びついた、うるせぇ黙ってろ馬鹿野郎と荒い息の下から言葉汚く睨みつける。

短くも濃厚なマウントポジション争いの後、理性の鎖を半分以上引きちぎってしまった私は叫んだ。


 「怖いんだよ! 私は、ただ、私でいたいだけだ! 笑ったり泣いたり怒ったり、その感情全ての素が『誰か』由来のものになるだなんて怖すぎるだろう!? 私はっ、私の事情で泣きたいっ! たかが、『お前が誰かと笑ってた』くらいのことでモヤモヤしたのが夕飯まで続くとかっっ、イヤなんだっっ!!」


 全身全霊、渾身の叫びだった。親を相手にしてすらこんなに絶叫したことはない。いつの間にか完全に彼のしたで両手を拘束されていて、だから涙が拭けない。そのことすら異常に悔しい。


 「大体っ、お前はなんなんだっっ! ちょっと押さえたくらいで私の手が自由にならないなんてなぁっ! お前は私をいつだって好きにできるのに、私にはできないじゃないか馬鹿野郎っっ!!」

 

 そのあとは支離滅裂、涙が出てる上に絶叫し続けることが、そしてこんな無理な体勢でそれをすることが、これだけ体力を消耗するとは思わなかった。わぁわぁ、ふがふがとしか形容のできない無茶で子供じみた悪態を聞きながら、彼がふぅと嘆息する。

 するりと私の上から退き、手首を掴まれた。親指の下、小指の下と骨を噛まれる。

 咄嗟に息もできずに黙った私を背筋を丸めて見上げながら、はぁ、と、また熱い息を吐いた。目を逸らさずに筋に沿って舌を這わされる。


 なんだこれ。この状況。


 「………お前の主張は、聞いた」

 ぞくりと背筋が震え、反射的に左手を取り返した。目をしばたいた彼が再度、『私の』左手を取り返す。おい、それは私の手だ。舐めるな噛むな、口に入れるな。

 「…まぁ、力云々だけの話で行くならな。お前が女で俺が男な限り、この先も、ほとんど全部の言い分は通らないだろうよ」

 「知ってる」

 実に苦々しい思いで肯定した。力の差、体格の差はいかんともしがたい。何をどれだけ言葉を飾ろうともだ。


『違うものは違う』


 性差とはそういうものだ。


 「だが、お前の感情が、俺を素にして、さらに向ける先も俺限定なら、な。湧いて出る感情についての全責任、俺が取ろう」

 「……は?」

 「お前が言ってるのはな、つまるところ、俺が好きで、四六時中、ずっと俺のことを考えていて、俺以外のことでは感情も波打たない、っていう告白なんだが」


 ちゅ、と彼の唇が音を立てるたびに身じろぐことに気が付かれたらしい。彼は私の手首を自分の手の平で掴んだまま、私の顔を覗き込んだ。

 

 淡々と言われた言葉を咀嚼する間、じっと視線が動かない。


 瞬きすらも、されていない。


 ………落とされた台詞を理解した瞬間、かっと全身が熱くなった。一瞬で涙が渇いた気がする。唇や耳や、爪の先まで赤くなった。

見えないがもしかして、鎖骨くらいまで赤くなってないかこれ。

「…あ、……いや、待て」

 意味のなさない声がぽろぽろとこぼれる。うろたえて、目が泳いだ。はっと気が付き、立ち上がってスーパーダッシュしようとしたが、立ち上がる前の段階で気が付かれる。

 腰を引き寄せられ、髪の匂いを嗅がれた。


「ば、ばかやろう、へんたい、はなせ……」

「男とはすべからく、変態で馬鹿であまのじゃくだ」


 きっぱりと断定した彼が、私の方まで抱き込んでくる。ひぃぃぃ、汗が、汗臭くないか私。…というか、泣きっ面とか見られてる、の、か? あぁん?

 「ちょ、壊れる…私が、私の心臓がとりあえず壊れる。どけ」

 ここで顔を伏せたら多分一生、コイツの前では女として扱われてしまう。もう本当に、どういう回路か知らないが私の負けず嫌いのスイッチが今、この時に、入った。


 私は馬鹿か。


 自嘲するより先に言葉は止まらない。負けたくない。

 どうしてもコイツとだけは、対等でいたい。


 「離せ。私が大事なら、私の言うことを聞け」


 腹が据わってしまえば声はぶれなくなる。彼がチッと舌打ちした。なんだと、この野郎。睨むと渋々と肩だけは離してくれる。いや、腰まで離せ。距離が欲しい。

 「お前といると壊れそうだ。私はなぁ、さっきから何度も言ってるだろう。私でいたいんだ。お前を見ているだけで揺らいで、自分で立ってられなくなるほど動揺するとか、そんなのはイヤなんだよ。頼む。幼馴染の情を持ってして、私をこの感情から解放させてくれ。縋り付いてみっともなく懇願するより先に、自由にさせてくれよ」

 しかし距離が欲しいと駄々をこねるより、こいつに言いつのることの方が優先だ。卑怯だが逆にこの近さを利用した。彼の肩を掴み、懇願したくないと言いつつも逆のことをこいねがう。希う、というより、乞い、願うのだ。


 頼むから、私を、人間でいさせてほしい。

 ただ一人に執着するようなみっともない真似を、この若さでしたくない。


 そうか、私は自分の執着が怖いのか。


 事ここに至って、ようやく私は自分が何を怖がっているのか理解した。まだ自我が確立していない時期、もともと執着しがちな家系、幼馴染だけにそれらを知っていて許容してくれる彼。


 ここで突き放してもらわなければきっとすぐ近くの将来で、共依存に、近くなる。


 ふるふると首を横に振った。馬鹿だ。自分でずっと、『私でいたい』と言っていた意味をここで飲みこんだなんて。

 大学生になって別れたらどうする。社会人なら。彼の家が転勤になったなら。別れのための、駄目になるためのIFルートは膨大で、私は全てのそれを回避できるのか? 


 回避するための努力を、し続けられるのか?


 呆然としてしまった私を、彼はもう一度、引き寄せた。うっかりとなすがままになることに苛ついたのか舌打ちが降ってくる。いやいやいやいや髪の毛の中に突っ込んでても聞こえるから。三回分とも。


 「…お前が何を心配してるのか、ようやく理解した。なるほど。…なるほど」


 肩から這い上がった手が、左耳を覆って側頭部を掴んだ。ぐっと、体がたわむほどに密着させられる。熱が伝わるほどに。

吐く息の音すらも、聞こえる近さだ。


 「まず、壊れるなら、壊れてしまえ」


 「……は?」


 「ただし、俺の腕の中での場所限定だ。俺のせいで、俺の手の中でなら、どれだけ壊れてもいい。細かい欠片の一つでさえも拾い集めて、愛して、棚に飾ってやる。塵一つでさえも逃がさないから安心しろ」


 「…は?」


 「共依存で構うものか。できるもんならしてみろよ馬鹿野郎。大体、お前が自立してない瞬間があったなら俺が手を出してないわけがないだろう。くそったれ、お前はどんな時でも、言っちまえば、壊れかけているときほど冷静で腹が据わって格好いいんだよ」


 「うん?」


 「お前が懇願するより先に俺がする。頼む、俺に許可をくれ。お前の許しなく、どんな時でもお前にさわれる唯一の権限を俺に寄越せ。頭の先から体の中まで、どこまでも俺のものにしたい。髪を切る許しさえも俺に乞え。畜生、……畜生、どれだけ、どう頼めばお前に届く。頭を下げて済むならどれだけでもそうする。安心が欲しいというなら今すぐに同居にまで持ち込んで見せる。くそ、未来が不安ならいつだって婚姻届ごと離婚届まで判をついてお前に渡そう。ああもう、なぁ、…なぁ。頼む。俺に堕ちろ」


 「ちょっと待て」


 「待てるかボケ。いま畳み掛けなくていつ言うか。この場をしのげばお前は逃げる。逃がすわけがねぇだろう」


 「ボケ?」


 「十年分の俺の執着に愛情表現、口説き文句も全部スルーさせてんだぞ? ボケ以外になんかいい表現があるか?」


 「いや…、や」


 「俺の恋愛感情にまっっったく気が付いてねぇから、このボケは今こんな状況になってんだろうが。自覚しろ。この、無駄にどこ見てんのかわかんねぇ目玉を俺から離さず、耳かっぼじって聞けよ」


 どうでもいいが、どうして私が罵られてるのか、誰か説明してくれないだろうか。

 おかしい。

 告白とは甘いものじゃなかったか。


 「お前が好きだ。こうやってくっついてるととりあえず頭ン中が吹っ飛びそうなくらいに好きだ。どこがどう、とかじゃねぇ。好きで、好きで、だから好きだ。わかったか?」


 「……は、」


 情けないことに、返事が出来なかった。物理的に心臓が痛い。好きだと何度も繰り返されて、そこだけがすとんと落ちてきた。胸に。頭に。

心に。


 「…す、き?」

 「そうだ。お前が好きだ。逃げるな。俺の腕の中に居ろ。いいか、今の続きが明日になって、明後日になって、十年後になる。それを証明してみせる。だから」


 ふるふると首を横に振ると、彼は舌打ちして私を離した。聞こえよがしのリップ音は髪に、頬に、きわどい位置の唇の横で鳴らされる。

 「……急に言い過ぎたか。湯が温くなってるだろうから、熱いのを持ってくる。茶葉を選んでとけ。茶請けはテーブルの上。…ついでに、冷たいタオルも用意する」

 今まで密着していた体温がなくなって、少しだけ寂しい。ぴくりと動きそうになった手を懸命に我慢したが、「馬鹿野郎、俺を殺す気か。ンな顔すんじゃねぇ」と吐き捨てられた。

 おかしい。どうして伝わったのか。


 驚くことにこの部屋は、外からも鍵をかけられる。するりと立ち上がった彼は乱暴に私の頭を撫で。

 ポットを持って、部屋から出て行った。


 かちりと、そう、鍵から目を離せない私の視線の先で。


 冷たい金具に、閉じ込められた。



終わりませんでした。

おかしい。さすが連載。

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